前沢ダイキの憂鬱
[あんた、夏休み中に一回も実家に帰ってこないつもり?今週の木曜日には帰って来なさいよ]
と、母さんからメールが来たのは、突然も突然、火曜日のことであった。
(しっかし、どうすっかなー…)
木曜日に帰ってこいっていうのは、あまりにも急すぎる。友達と予定を立てているわけではないが、もし立ててでもしていたらどうするつもりだったのだろうか。
(あ……)
そこまで考えて気づく。
(やべ…神崎とデートの約束したんだった…)
そう、一週間に一度のデート。それは、木曜日に行われているのだった。
(栞には悪いけど、事情を話して、謝るしかないか…)
と。そう考え、どう謝るか、良い案が浮かばず四苦八苦していると、不意にインターホンが、軽快な音を鳴り響かせた。
(…誰だろうか?)
そう考えながら玄関のドアを開けると、そこには、今ちょうど話がしたい相手が立っていた。
「か、神崎…さん、何用で?」
やはり、一度いけると言ってしまった約束を断るのは気がひける。そのせいで謎の言葉遣いをしてしまい、神崎が少し不思議そうに顔を傾げる。……だが、すぐに俯き…いや、俺に頭を下げ、言葉を発した。
「あの…今週、実家に帰らないといけないんで、デートにいけません…すいませんっ」
……まさかの言葉に俺は驚き、目を見開いていた。
「あの…さ、実は、俺も実家に帰れって言われてて、謝りに行こうと思ってたんだ」
この偶然、なんと言葉にするべきか
「そうなんですか!?じゃあ、いけるじゃないですかっ!」
嬉しげな声で、神崎が言う。ただ、何を言いたいのかは分からなかった。
「いけるって…何にだ?」
「デートですよっ!」
「それなら実家に……」
そこまで言って俺は思い出す。
(そういや、俺ら、実家も隣同士だったわ…)
……この偶然、なんと言葉にするべきか……
「じゃあ、木曜の9時に駅集合でな」
「はい、わかりましたっ」
……神崎と一緒に実家に帰る約束を取り付けた俺は、とぼとぼと、すぐ目の前のドアまで歩く為に何歩もかけて、歩いていた。
「あ、よかったら、今日もお昼ご飯一緒に食べませんか?」
「喜んで」
もう俺は、断ることを諦めてしまっているのかもしれない。いや、あの味を食べたら、断れなくなってしまうのだ。胃袋を掴まれるというのは、これほどのものだったのか。人間の食べ物への執着心、おそるべし…
(俺ら二人で帰ったら絶対母さんに誤解されるよ…)
俺のお母さんは、なんでもハイテンションで乗り切って、誤解が始まると解くのは難しいくせに、早合点するのだけは人一倍早い。悪い性格ではないのだが、息子としては厄介だ。
(あー、実家に着くまで母さんと会うことがありませんように)
俺は、神崎のご飯を待ちながら、そんな憂鬱なことを考えていた。
「大輝さーん、出来ましたよー」
どうやら、こんな憂鬱なことを考えるのも終わりらしい。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
ご飯一粒も残っていないお茶碗を見て、神崎がやはり嬉しそうに運んでいく。その後ろ姿にお礼の言葉を言う。
「美味しかった、ありがとう」
「いえいえ、喜んで頂けたようでなによりです」
そんな平和な、それでいていつまでも続いて欲しいと思う時間が、もはや日常になりつつあった。
そんなことを考えている時、ポケットに入れていたケータイが、「ヴー」と、音を鳴らし、震えた。なんだろう、と思い、確認しようとすると、俺の背筋に物凄い嫌な予感が走った。
[なあ、大輝、お前の家着いたんだけど、居ないのか?]
と、良吾からメッセージが届いていた。やけに静かさが増したように感じるこの空間で、耳を澄ませる…と、隣の部屋からインターホンの音が聞こえてくる。
(今何時だ!?)
そう急いで時間を確認すると、1時半を回っていた。そこで、俺はあることに気づく。
(良吾と遊ぶ約束の時間、きちゃってるよ)
やばい、と。そう感じた俺は、鳥原に急いでメッセージを送る。
[ちょっと待ってくれ、すぐにいくから]
「神崎さん、今日は本当にありがとう、急用ができたから、今日はお邪魔させてもらいます、本当に、このお礼はまた」
「わかりました、私こそ、付き合ってもらってありがとうございます」
きっと良吾はエントランスで待っているはずだ。謝りに行かなくては。そう考えて勢いよく神崎の部屋を飛び出し…
「……なんで、ここにいるんだよ!?」
ドアを開けて真正面、いや、正確には斜め前に立っていた人物。それは、紛れもなく鳥原良吾であった。
「いや、言ったじゃん、家着いてるって」
「なんでエントランス抜けてるんだよっ!?」
「まあ、そこはちょちょいと」
「ちょちょいと何したんだよ!?」
興奮している俺を良吾がまあまあと抑える。
「それよりお前、お隣さん家で何してたんだ?」
それを言われて、俺は思い出す。俺は良吾に、神崎の家から出てくるのを見られたのだ。と。
「こ、これはだな…お昼ご飯を食べさせて頂いてたんだよ…」
動揺しつつも、あくまで事実を告げる。
「ふーん、ま、いいけど。それよか遊ぼうぜ!」
「あ、言うの忘れてたけど、遅れて悪かった」
「いいってことよ!」
やはり、良吾は優しい。何より、良吾が深く追求してこなくて助かった。やっぱり、気遣いとかうまいんだよな、こいつ。
「じゃ、入って入って」
「お邪魔しまーす!」
それとも単に、気づいてないだけかもな、良吾のことだし。
◆
(あの時、エレベーターに乗ってた神崎さんはこの階で降りたよな…?)
もしかして、と考えていたが、本当のことだったのかもしれない。その根拠として…
(この階に、神崎なんて苗字、一部屋しかないぞ…)
まだ予想の範疇に過ぎないが、もしかしたら、から、おそらく、に変わった推理をしながら、俺は家に帰っていった。
はい。突然ですが、質問コーナーやめます。
……いえ、やめるといったら語弊がありますね。本当に質問が来た時か、作者が言いたいことがある場合にのみさせていただきます。
さて、良吾名探偵誕生です。今回の話は、久しぶりにゆめみるを書いたので、なかなか文章が下手だったり、登場人物の話し方に違和感があったりするかもしれませんので、もしありましたら、感想や誤字報告で書いてもらえると嬉しいです。
最後に、ご視聴ありがとうございました。どうか、ポイントやブックマーク、感想、レビューも、どうかよろしくお願いします。