栞さんが何故ここに?
「なんで…アイツがここにいるんだよ…?!」
俺……こと前沢 大輝はだれにも聞こえない声量で、かつ驚きを充分に含んだ声色でそう言った。
俺は今日から高校一年生になる。小学4年生の時から中学校卒業までいじめられていた俺は、高校こそは楽しく過ごそうと心に決めて、わざわざ地元から少し離れた所にある高校に入学していた。風のたよりでだが、いじめっ子達は地元の高校を受けると聞いて、これ幸いとこちらに一人暮らしをしてまで出てきたのだ。
だが、どうだろう。なぜこんな所の学校まできたかは知らないが、俺の目の前にいる彼女…神崎 栞はいじめっ子ではないものの、俺が一番に会いたくなかった相手である。
彼女は容姿端麗で性格も大人しく、周りへの気遣いもでき、決して自慢したり驕ったりはしないタイプで、体育でも男子に劣らぬ結果を叩き出し、中学の頃は陸上部のエースであり、部長も務めていた、文武両道を地でいく美少女だ。
誰の目にも魅力的に映るであろう。…それこそ、会いたくないと言っていた俺の目にだって。
そんな彼女と俺の関係といえばただ一つ、幼馴染であることだけだ。今でこそ高嶺の花のような存在の彼女だが、昔はよく「結婚しようね!」なんて言い合っていたものだ。
そこが俺の人生のピークであり、それだけが他人に自慢できる唯一の経験であったのは悲しいことだが。
だが、そんな関係もつかの間。彼女は突然、「大輝くんに相応しい女の子になるから!その時私から告白するから、返事考えておいてね!」と言い、俺とは別の幼稚園へ行ってしまった。今考えると凄いませた幼稚園児だった。
小学校で再会した彼女はもともと整った顔がさらに綺麗になっていたが、そんな約束を覚えているはずもなく、そこで二人の関係は終わってしまった。
その程度のことで終わっていれば、こんな気まずい関係になることもなかったのだろうが、それだけでは終わらなかった。小学4年生の頃、俺が彼女のことを好きで、告白しようとしている。なんてデマが学年中に流れた。
それを耳にした男子達は全員俺の方へ寄ってきて、からかい始めた。元々人付き合いが苦手でろくに遊ぶ友達もいなかったのだが、その一件で俺に近づこうとする奴は誰もいなくなった。…それだけでなく、あろうことか一人の男子が彼女にその事を直接伝えに行ったのだ。
彼女も噂程度には耳にしていただろうが、俺の目の前で言われるのは流石に恥ずかしかったらしく、困った顔をして俯いてしまったのを俺は覚えている。あの時、俯く寸前の、目に涙が浮かんだ彼女の顔が今も目に焼き付いている。
あんな顔にさせたのは俺のせいなのだ。と、意識せずにはいられなかった。その後、自分が呼んできたから泣いてしまったという負い目を隠すためか、彼女に要らぬことを言いに行った男子を筆頭に、俺へのいじめが始まった。
そこからは辛い日々が続いた。学校に行けば机に落書きが書かれており、私物がゴミ箱に入っていることなどいつものことであった。
だが、朝に登校すると机が磨かれていて、落書きが無くなっている日なんかもあった。一度だけ、机を拭いている所を目撃した事があった。俺の机を拭いてくれていたのは彼女…神崎 栞だったのだ。
いじめられていたのは彼女のせいではないのに。それを見たのが気まずくて、俺はそこから逃げ出して。結果今もなお感謝の言葉を言えていないのが心残りではある。
その頃から、彼女からの視線を感じるようになった。
お互い気まずくて。声もかけずに、声をかけられることもなく、数年が経った。
だが、彼女がこちらを見るたびに昔の約束を思い出してしまう。今では考えられないような話だ。あれほどの美少女が俺なんかに向かって「相応しくなる」だなんて、もしかしたら夢だったのかもしれない。……なんて、考えてしまうほどには現実味のない話だった。
だが、なぜか思い出してしまう。たとえ夢のように遠くなったとしても、あの時の約束は忘れられなかった。
(ともかく、なんで神崎がこんな所に居るんだ?)
回想を終えた俺は、その疑問を解くべく、また先程とは別の思考の海に沈んでいった。
「よう、俺は鳥原 良吾って言うんだ。そっちは?」
入学式が終わって尚考え事をしていた俺は、いつのまにか目の前に人が立っていることにすら気づかなかったらしい。
「前沢 大輝だ」
人とまともに話すのが久しぶりな俺は、やけに素っ気ない返事をしてしまった。そもそも、友達を作ったことのない俺が最適の返事を返すなんて無理なことなのだが。
鳥原はそのことを気にも止めず、ニコニコとしたまま言葉を続けた。
「おう、よろしくな!大輝!」
「っ…よろしく」
これだけ純粋な返事をされたのが初めてだったので、少しだけ戸惑ったが、ここは返事を返した方が良いと判断して返事を返す。
「友達になるために、まずは自己紹介だな!さっきも言った通り俺の名前は鳥原良吾だ。クラブは小学生の頃からサッカーをやってたけど、高校で入る気はない。好きなことはスポーツとゲームで、嫌いなことは勉強だ。よろしくな!」
「名前は前沢大輝。クラブは入らない。好きなことはゲームかな。嫌いなことは…無いが、苦手なことは人間関係だな」
「へえ、大輝もゲーム好きなんだ、趣味合うな!……ところでさぁ…」
突然、鳥原が声のトーンを落として話してくる。どうしたのだろうか。
……もしかして、何か勘に触ることをしたのだろうか。とりあえず、謝った方が良いのか……?
「大輝的に、気になる女子はいたのか?」
「ごっ、ごめ………ん?」
中学の時から癖付いていた言葉が口から出ようとしたが、聞かれたことの異様さに疑問の声の方が挙がった。
「だーかーら、気になる娘はいたのかって」
「い…いや、まだ分からないかなー…って」
「そうか?俺は神崎さん綺麗だなって思ったけどなー。あのサラサラの黒髪、整った顔、謙虚な性格。どこを取っても完璧じゃね?大輝はどう思う?」
いきなり幼馴染が話題に出て困惑するも、それに気づいるような仕草は見えないので、出来るだけ平静を保って返事を返す。
「……まあ、いいんじゃないか?綺麗だし」
「だよな!いやー、あんな綺麗な人初めて見たー。…んでさ、大輝はいつ生まれなんだ?それに好きな食べ物は?それに、それに……」
「え!?その中学校って神崎さんと一緒の!?」
鳥原に質問攻めをされ続けていると、「そういや大輝ってどこの中学校なんだ?」という質問が飛び出してきた。その質問に答えると、こんな反応をされたわけだ。
(まずったな…これ)
神崎は入学式が終わってからずっと周りを囲まれて質問をされていたのは傍目から見ていたから知っていたが、まさか中学校の情報までもう回っているとは思わなかった。
知られたら嫉しさから嫌われるかも知れないから黙っていたのに…
「へえ、羨ましいな!いいなー…中学校でもあんな綺麗だったのか?」
鳥原から出た予想外の発言に、強張っていた身体が緩む。
(え…?それだけ…?)
てっきり、暴言の一つや二つ飛んでくると思って身構えていたが、飛んできたのは心底羨ましがってそうな言葉だけだった。
「まあ…綺麗だったかな。今ぐらい大人びてはなかったけど」
「うわぁー、そんな神崎さんも見てみたいなぁー。…っと、そろそろ俺は他の奴に挨拶してくるわ」
「じゃあ、また明日」と言葉を残し、鳥原はまた違う人の方向へ歩いて行った。
接され方の違いからだろうか。あれだけグイグイくるタイプは苦手なはずだったのに、なぜか鳥原にだけは好感が持てた。俺も楽しい高校生活を送るためにも、友達をたくさん作らないと。
俺はさっきまで悩んでいたことなど忘れて、鳥原の後を追うように、男子達のいる方向へ歩いて行った。
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