表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/142

89.幻聴(後編)










 そして、最後―――


「―――ぁ………」


 父様を、扉越しに見た、あの時。

 父様が、理想の子供を語った、あの時。


 私の、心は、傷ついた……

 私は、涙を、流してしまった……


 ………本当は―――


 本当は、知っていた……

 殻なんて、絶対に傷つかない心なんて、なかった……


 本当は、ずっと、ずっと、傷ついていた……

 それを見て見ぬ振りして、私は―――


 ―――私はまた、強がっていただけなんだ……


 それに、気づいてしまった。

 それに、気づかされてしまった。


「子供―――子供か。そうだな、私は―――」


 父様は語った。幸せそうな、表情かおで。理想の娘の、すがたを―――


 ……………私じゃ、ない。


 それは、私じゃない。私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない――――


 父様が、愛そうとしていた娘は、やっぱり、私なんかじゃ、なかった。

 私なんかじゃ、絶対、絶対、だめ……だったんだ……


「………」


 視界が歪む。幸せそうに微笑む父様は、もう見えない。

 私が―――私が、壊してしまったんだ。あの、幸せそうな顔を浮かべていた、父様を。


 私が生まれてきたばっかりに!


 私が血を飲めないばっかりに!


 全部っ! ……全部、壊してしまった。父様も、母様も。2人が描いていた未来も、幸せも。


 2人が大事に育てようとしていた、子供アリスという幸せの形を、私が、壊してしまったんだ……


 ……生まれてきたのが私なんかじゃなければ!


 私なんかが生まれてこなければ!


 2人は……今でもきっと、幸せに……


「いっそのこと、この世から消えてなくなって欲しいものだ。誰からも愛されぬ娘よ―――」


 ―――………そうだ。


 グーネル公爵の、言う通りだ。私なんて、誰からも愛されるはずのない娘なんだ。

 誰かに愛されようと求めるのも、おこがましい。両親ふたりの幸せを壊した私が、誰かに求められたいと思うこと自体、間違いだった。


 アリスとして、生まれてこない方が良かった。


 そもそも、誰としても生まれてこない方が良かった。


 だから―――きっと、()()()()()()()()()()()()


 ……心に殻はない。あったのは、殻だと思って構えていた、心だけ。


 もう、私には何も無い。そこにあるのは、死にたい、死にたい、死にたいと思うだけの―――ただの屍……































【……違う】


















「………」


 その時、絶望に枯れた私の心に、【幻聴】が届く。


【……違うっ!】

「……く―――」


 それは私の心の中に、溶けて混ざる。

 途端、心の奥に、熱が生まれた。冷え切った心に灯る炎、それは聞こえてくる声と共に大きく燃え盛る。


【違うっ! だって、悪いのは私じゃない! 私は何も悪いことしていない! 求められたことをしてきただけ! 私は、頑張って、立派な(むすめ)になろうとしてきただけじゃない!!】


 ちらちらと、奥で揺らめくだけだったその炎はあっという間に火勢を増し、肺を遡って口から漏れ始めた。


「くふふ、うふっ」


 それは、笑い声―――


 私は『それ』に気づいてしまった。だから、心の奥底から染み出てくる可笑しさのあまり、私は笑った。


【なんで、私が死ななくちゃいけない!? それは、あまりに、理不尽おかしいでしょう!? だって、私は―――】


 …………………ああ。


 そうか、そうだ、そうだったよ。

 私が傷つかなくちゃいけない道理なんて、どこにある?


 こいつらは、私から居場所を奪った。

 生まれて、頑張って、ただ他人の為に努力してきた私を除け者にして、身勝手に悪者扱いして。


 お山の大将を気取って、私を端へと追いやった。

 同族とは認められないと異端へと追い込んだ。


 ……何が同族だ。何が異端だ。

 仲間に入りたがる者を除け者にして、頑張っても出来ないことを指差して笑いやがって、何が同族意識だ。何が吸血鬼だ。下を作ったやつらは安心でしょうよ。下にされた私の気持ちなんて知らず、我が物顔で生きていけるんだもの。


 それがひっくり返って私が強くなったら、言うに事欠いて『死んでくれ』?


 ―――ふざけるな。私はお前らの為に生きているわけでも、死んでやるわけでもないんだ。

 私は、私の為だけに生きて―――誰だって、どんなやつだって、殺せる。


 その力が、私にはある。

 だって、私は―――


「あはは! あははは!!」


 だって、私は最強ばけものなんだもの!


「あはは、あははは―――」


 私はもう、傷つかない。

 誰の言葉も、誰の悪意でさえも、壊して潰す。


 居場所だって、他人に縋らない。

 私を恐れ、拒絶するようなやつは、全員殺してやればいいんだから。


 私には、力がある。

 他人に怯える必要なんてないほど、強大な力が。


 ―――どうして、今まで怖がっていたんだろう?

 ―――どうして、今まで傷ついていたんだろう?


 もう、そんなことも、思い出せない。だって、傷つくだけの弱い心なんて、いらないから。


 ただ、思う……傷つき、泣いていた私に対して、たった一言だけ、言ってやりたかった。


「―――ばっかみたい」


 心なんて、もういらない。


 ……もう、【幻聴】は聞こえない。

 そもそも、【幻聴】なんてきっと初めからなかったんだ。


 あったのは、私の声だけ―――無意味に傷を負おうとしている私に対して、真理に気づいた【私】が呟いていた、心の声だけだったんだ―――








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ