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87.だって、私は―――(後編)






 ―――それから。


 お父さんの宣言通り、私にも週初めの日、夕食に血が出されるようになった。

 それは血そのものであったり、血を加工して作られた料理であったり、様々だった。


 私はそれらを、嫌がった。絶対に口に入れようとしなかった。

 時には暴れた。机の上のものを散らし、逃げ出した。絶対に、絶対に飲みたくなかった。あんな臭いもの。あんな不味そうなもの。


 お父さんはそれを叱る。怖い顔で、厳しい口調で、冷たい声で―――もう、優しいお父さんはいないんだ。

 お母さんはそれを眺める。あの、よく分からない表情でもって、何も言わず、誰のことも止めず―――もう、優しいお母さんはいないんだ。


 私は逃げた。

 そして叱られた。


 私は暴れた。

 そして叱られた。


 私は閉じ籠った。

 そして叱られた。


 私は縋り付いた。

 そして叱られた。


 そうして私は―――諦めた。そう、心が1つだけ、大人になったのだ。

 抗うことをやめ、求められるままに応じ、為すべきことを為す。そんな処世術いきかたを身に着けたのだ。


 諦め、受け入れ、はじめて血を口にした、あの日―――期待の眼差しで見守る両親の前で、私は血を口に含んだ。


『うっ、お、おげえぇぇぇっ!!』


 そして吐き出す。血の一滴すらも飲み込めず、食べたものと一緒に吐瀉物として外へ出した。

 分かり切っていた。あんな臭いもの。あんな、あんな、臭いもの―――飲めるわけがなかった。


 お父さんは、困惑の表情を浮かべていた。口にすれば飲めるはずと思っていたのに、飲めなかった。そんなことが顔に書いてあった。

 お母さんは、心配そうな顔をして近づいてきた。いつものあの、よく分からない表情―――その時にはもう分かっていた、顔に貼りつけていただけの誤魔化しの作り笑いを剥ぎ取り、私の背中を擦ってくれた。


 ―――私は血を飲めなかった。飲みたくなくて飲まないんじゃなくて、本当に飲めない。

 でも、それは『飲めなくてはいけない』という義務に反する。私は相変わらず、逃げられない。


 逃げられない私は、逃げて叱られるよりも苦しい日々を過ごした。週初めには変わらず血が私の前にも出されて、それを口に含んでは吐き出す日々(くりかえし)

 血を飲んだ後は、まともに食事も摂れない。元々魔素の供給量が足りていない私は身体の成長の為にとまず先に食事を摂り、少しでも魔素を身体に取り込んでから最後に血を飲むというダメ元な工程を組まれた。


 苦痛だった。嫌で嫌で仕方が無かった。叫びたかった。部屋に閉じこもりたかった。

 味のしない料理を食べ続けることからは逃げられず、血を飲むことは強制され、最後には苦しみが吐瀉となって身体と心を痛めつけてくる。どこまでいっても、苦痛の工程。


 それが、毎週―――

 いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも。

 飲まされて、食べさせられて、吐き出して、苦しんで。


 いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも。

 飲めなくて、吐き出して、叱られて、叱られて。


 いつまでも、いつまで経っても、どれだけ頑張っても。

 叱られて、ため息をつかれて、気持ちを分かってもらえなくて。


 ……逃げたいと思った。血を飲む責と求めから逃げ出し、嫌だ嫌だと泣いて縋れば、許してくれるんじゃないかと思った。

 ―――でも、それは、許されない。だって、お父さんは『泣くな』と言ったのだから。


 お父さんは言った。血を飲めるようになれれば、外で遊んでもいいと。味のしない料理も食べなくてもいいと。あの時言ってくれた。

 そして、きっと、血が飲めるようになれば―――優しいお父さんに戻ってくれるはず。


 だったら私は、血が飲めるようになりたい。そして、お父さんとお母さんが望むひめに、私はなりたい。


『……父様、母様』


 だから私は、私になった。逃げず、抗わず、立ち向かう姫になった。

 何を望んでいるのか、どんな言動をふさわしく思っているのか、それらを声音と表情から察し、自分の心にどんどん当てはめていく。


 どんどん、弱い私は隠れていく。

 どんどん、弱い私を忘れていく。


 少しでも、父様と母様が望んでいる理想の娘に近づきたくて。

 少しでも、優しく接してもらいたくて。

 そう、無垢に願う気持ちは決して間違いではないと思って、頑張った。


 ―――その苦痛の先に、幸せな日々があることを、私は信じていたんだ……
























「―――そんな日なんて、来るわけなかったのにね!! あは、あはははっ! ほんと、ばっかみたい!」


 幸せな日々なんて、くるわけがなかった。

 なのに―――あはは! 笑っちゃう、可笑しすぎる。ああ、本当に、滑稽!


 ―――そうだ。父様が私を愛せるはずなんてなかった。だって、父様が望んでいたのは血が飲める普通な子……なのに、私みたい娘を、なんで、どうして愛せる?


 ああ、可哀相な父様。母様との間に子を成して、生まれてきたのは出来損ないの娘。それを愛そう、愛そう。姫として立派に育てよう、育てよう。そんな風に頑張ったのに、残念、不可能できそこない現実ひめにはならない。


 可哀相、本当に可哀相。可哀相―――だけど。


「一番可哀相なのは私だと思いませんか、グーネル公爵様?」

「何を―――貴様は、何を、言っている…っ?」


 あはは、面白い顔。

 困ってる。私の言葉に、戸惑ってる。


「だって、そうでしょう? 誰からも愛されない身体で生まれて、それでも愛されるように頑張って、報われない努力を重ねて、頑張ったのに……本当に、頑張ったのに―――その結果がこれですか?

 母様が亡くなったのは私のせいで? 

 父様がこんな風になったのは私のせいで?

 さっきから聞いてれば、あなたとカリーナで理由の呼び方を変えて言い合っているだけじゃないですか。

 私を愛していたから?

 私が化け物だから?

 ―――ふざけないでよ。どっちも結局、私のせいって言ってるだけじゃない。私を呼びつけておいて、私を呼び寄せておいて、していることは私を悪者と担ぎ上げての裁判ですか? 付き合いきれません。莫迦莫迦しい―――不愉快!」


 踏みつける。苛立ちのあまり、床を足で踏み抜く。


「―――あら、いけない。そういえば物にあたることも父様から禁じられていました」

「っ………」


 見れば、床に敷かれていた絨毯は弾け飛び、その下にあった床にひびが入っていた。つい、スキルを発動させてしまったみたい。


「……まあ、いいの。私は私。誰からも愛されず、誰からの愛も気にせず、これからは好きに生きていくの―――貴方達を全員、殺して」


 唇が歪む。可笑しさのあまり、頬が吊り上がってしまうのを抑えられない。


 ああ、本当―――今までなんでこんな簡単なことに気づけなかったんだろう。


 誰からも恐れられず、誰からも怯えられず、誰からも傷つけられない、そんな世界。


 それは、きっと、全部を壊した先にある。


 ……殺して、殺して、吸い尽くして。

 ―――全部、終わりにしよう。


「あはは! あはははっ!!」


 ―――()()()()()()()()()()()()()()()







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