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幕間.それぞれの考え

 


 Side:???


 そこはナトラサの街の、とある一軒の豪邸の中で秘密裏に交わされた会話である。


「例の娘、その後の様子はどうだ?」

「はっ、未だ目を覚ましておりませぬ。傷は医師たちの手により塞がれましたが体内の魔素が欠乏している為、予断を許さぬ状況とのことでございました」

「そうか。目を覚ます見込みはどの程度だと?」

「はっ、医師の話によると可能性は低いと―――魔素が欠乏している為、脳をはじめ重要器官の機能が低下しているようでございます。魔素譲渡の儀式と流動食の経口摂取を無理やり行い魔素の補充を行っているようですが魔素量の回復が芳しくなく、快復まで非常に遠いとのことでございました」

「相変わらず、血は飲ませないのか?」

「はっ、いえ、どうやら試みてはいるようでございました。しかし流動食や水は受け付けておりますが血だけは一切飲み込まずすぐさま吐き出す様子でございました。無理やり飲ませようとしたところ舌で喉が詰まり、呼吸困難に陥って以降飲血の試みは途絶えたようです」

「意識がなくとも飲まんか。あの娘の()()()()()も大したものだな」

「はっ、筋金入りでございます」


 …………


「だが、ようやく日の目を浴びた娘だ。自らが『異端(ディパイア)』の烙印を捺される日に忌々しいマディラータを打ち破り、窮地に陥った新成人たちを救った若き英雄なのだからな―――まったく、何が起こるか分からないのが世の面白いところだ」

「はっ、おっしゃる通りでございます閣下」

「あの娘が血を飲めないと知った日には、よもやこうなるとは思ってもみなかった。せっかく『あれ』を許嫁にと納めたが能無しであるなら王族どころか我らの仲間にもふさわしくない、成人の儀で『異端(ディパイア)』認定し婚約も解消しようと思っていたが当てが外れた―――いや、好転したと言った方が良いか? 何しろ、私の一族より王を輩出できる算段が息を吹き返したのであるからな」

「はっ、おめでとうございます閣下」

「うむ」


 …………


「―――しかし、あの娘が目を覚まさないことにはどうしようもあるまい。監視を続けよ。その成り行きを見て聞き、報告せよ」

「はっ、承知致しました閣下」


 ……ゴクッ―――


 気配が一つ減った室内で、赤ワインを嚥下する音が響く。


「―――目を覚ますも覚まさぬも、どちらでも良い。やりようはいくらでもある。だが、ふむ。目を覚ました方が面白いかもしれないな。ククク……」


 豪邸のある一室、そこに微かに喜色めいた笑い声が響き渡る。

 思惑と愉悦を含んだその声は決して外に漏れることはなかった。












 Side:ソーライ


 ソーライは今日も魔術の修行を行っていた。


 ナトラサの街よりさらに奥の洞穴。その中へ大量の血を持ち込み、魔素を消耗したらすぐさま補充し、休む間もなく魔術を行使し続ける。


 自分の得意な炎・地魔術、そして苦手である風・氷魔術。その四大系統以外の空間制御、位相操作、無系統に及ぶまで魔術を行使し、発生する現象を魔術学的・物理学的解釈に基づき解明、さらにその現象から派生して起こる副次的な作用を観察し魔術の効果を最大限に活かす方法を模索する。こうした魔術への理解を深めることがより高次の魔術行使に繋がる。


 ―――より上階級の魔術を目指す。それは彼の命題であり、生涯を通しての目標であった。


 前世における彼の到達階級は中級止まりであった。ヒト族の魔術師の大多数は下級で到達階級が止まる。下級の中で詠唱短縮や効果増強を図り切磋琢磨するのが通常のヒトの限界であり、前世の彼はその大多数より一歩抜き出た才能を持っていた。


 世に名の知られる魔術師として大成して然るべき彼であったが悉く不幸に見舞われ取り立てられず、次々と目の前の栄光を他人に掠め取られていくのに絶望し命を絶った。己の力を認めぬ世に未練はないと怒りを抱えながら。そしてその世に一石を投じるほどの才能が己には無かったと悔しさを抱えながら。


 しかし運命は彼に再起の機会を与えた。最強の魔族たる吸血鬼へと彼は転生を遂げ、前世において血反吐を吐くほどの努力を重ねて手にした中級魔術は1つであったが、今や彼は十にも及ぶ中級魔術を行使できる。それも未だ齢12の歳である。


 中級魔術を使うことだけで己の才能の枯渇と限界を感じていた前世と比較して、この身はまだ若くそして寿命も長い。彼の目標は天級魔術の行使であり、その為にまず上級の魔術を行使すべく日夜修行と研究に励んでいた。


「……っ、はぁ、はぁ」


 そして彼は本日何度目かの魔素欠乏による息切れ、頭痛に侵されその場に倒れ込んだ。視界が霞むほど意識が不明瞭であるが、すぐ脇に置いてあるワインボトルを手に取り、仰向けに倒れたまま飲み始める。


 中に入っている血がどんどんと彼の喉元を通っていき、やがて中身が飲み干される。飲血は魔素補充の即効性に優れている。すぐに彼の意識は明瞭になっていき息切れや頭痛は鳴りを潜める。


「はぁっ、はぁっ……っ、はぁ~」


 人心地をつけ、彼は身体にため込んだ熱を息とともに吐き出す。


 今の今まで、彼がここまで自分を追い込んで修行に励むことはなかった。血を飲む量も魔素許容量の拡張に必要な分だけ摂取し、このような乱暴な飲み方はしていなかった。

 若くして中級魔術を行使出来たのだ、残る寿命において伝説の魔術である天級魔術をものにしたい―――結果、上級止まりであろうと吸血鬼の中で最強の魔術師を名乗れればそれで良い、彼は今までそう思って生きてきた。


 しかし、今では彼は何が何でも天級を行使しなければならないという使命感と焦燥感に駆られ、中毒者もかくやと言わんばかりに飲血を繰り返していた。それもこれも、全てはアリスという一人の少女が原因であった。


「―――偉大なる魔術の祖よ、その大いなる力を持て我が敵を撃て―――<魔襲撃>!」


 彼は半身を起こし、詠唱と呪文を唱えた。彼の手から放たれた『魔襲撃』は突き出た岩場に当たって軌道を逸らしながらも突き進み、やがてぶつかった壁を半身分穿ち霧散した。


 その様子を見て彼は深いため息を吐いた。


(―――全く、あいつに敵わない)


 あの時、マディラータにより激痛と魔素欠乏に苦しめられていたあの闘争の儀の時。アリスが放った初級魔術である『魔撃』は恐ろしく巨大であり、凄まじい威力を内包していた。それに比べ、今自分が放った増大効果付与の下級魔術『魔襲撃』の何たる脆弱さか。


 無系統魔術は未だ下級が限界であるが、炎と地魔術における下級から中級へ階級が上がった際の威力向上の差異は理解している。恐らく、無系統中級魔術である『魔塵滅撃』を扱えたとしても彼女の『魔撃』には及ばないだろう。これが上級ともなればもしかすると比肩するのかもしれないが―――横並びになっただけでは彼の矜持が許さない。


 彼は魔術において誰よりも上回らなければならないのである。自分にその才しかないのを誰よりも理解している彼にとって、魔術において他者に負けることは絶対に許されないことなのであった。


「……よしっ!」


 そうして自分の至らなさを感じながらも、最強の魔術師となる未来の自分の為に彼は今まさに血の滲む修行に励んでいるのであった。











 Side:リカ


 リカは今日もアリスのお見舞いに来ていた。お見舞いと言っても、アリスはあの闘争の儀以来意識を取り戻していない。ベッドの上でずっと眠っている彼女に対して好きなように話しかけるばかりである―――彼女の話は大体が食事の話か召喚した眷属の話であった。


 前世において彼女は天涯孤独であった。両親は彼女が物心ついてすぐにいなくなり、頼れる身内やお金もなく彼女は路上での生活を余儀なくされた。彼女は孤児であり、浮浪者であり、その中でも稼ぐ手段のない最底辺の生き物であった。


 盗みを働けるほどに器用でもなく、人の優しさにつけ込むほどに胆力も無く、路上や町の近辺を歩き草花を食べて飢えを凌いで生きていた。そんな彼女が人の温かみを感じることは極めて稀であり、たまに優しくされた時には記憶にあった母の真似をして神とその人に感謝を示していた。


 周りの浮浪者たちが生きることに必死であり、生に固執するあまり悪事に手を染めることは知っていた。しかし彼女はあまりにも生の喜びを知らずにその状況に置かれてしまった為に、浮浪者にして清く生き過ぎてしまったのだ。


 食べることへの有難み、仲間との共同生活の楽しみ、生きることでの将来への期待や希望、そうしたものを一切持たなかった為に、彼女は地獄のような日々でさえも幸福に過ごしていた。


 自分が不幸であることに気づかなかったのが彼女の最大の幸運であり、自分が不幸であることに気づけなかったのが彼女の最大の不幸である。やがて彼女は町の外で毒草を食べてしまい、何の未練もなく死んでいった。


 二度目の生として吸血鬼に転生した後も彼女は幸福とか不幸とか考えず、ぽやぽやと気の抜けた生活を送っていた。ただ、まともな食事を取るのが前世では全くなかった為、食べることに関しては幸福を見出した―――彼女はひとつ、幸せの種を見つけたのであった。


 そして更に、彼女には吸血鬼内でも珍しい神術の才能を持っていた。神術で召喚した眷属には名前を付け、日がな一日遊んでいる。


 彼女の生来の能天気さが近所の同年代の同族に受け入れられず、友達のいない日々を過ごしていたのだが、それでも彼女は眷属たちと過ごす毎日に満足していた。誰かと日々を共有して過ごすというのは楽しいことなのだと気が付いた―――彼女はもうひとつ、幸せの種を見つけたのだ。


 そうしてもうひとつ、彼女は幸せの種を見つけたのだった。それがアリス。お姫様でとっても偉いはずなのに自分に優しくしてくれた吸血鬼。


 自分ですら頭が悪いと思っているのに、それに付き合ってくれた、怒らないで話を聞いてくれた、お父さんとお母さんを含めても初めての吸血鬼。もしかしたら初めての友達になってくれるんじゃないかと思った吸血鬼。


 そんな彼女はあの闘争の儀以来、もう1か月以上も目を覚まさない。自分たちを助けるためにあんなに頑張って、あんなに耐えて、それで傷ついて倒れてずっと目を覚まさない。ずっとこのままだったら―――お礼も言えない、お友達にもなれない、絶対に悲しい。だから傍にいる。ずっと話しかけていたら目を覚ましてくれるかもしれない。


 それに、寝ている時に誰かが側にいると安心できることを、いつも眷属たちと一緒に寝ているリカは知っていた。


 だから彼女はアリスの実家、王族の住まう豪邸を訪問し彼女の自室へお邪魔する。彼女が要人であるアリスの部屋まで通してもらえるのは成人の儀を共にした仲間であったことと、彼女から漂う人畜無害の空気が要因であった。


 そうして彼女は起きるかどうかも分からないアリスに向かって延々と語り続ける。いつか彼女が起きるその時まで、ずっと―――









 Side:カネル


 ここはアルガス大陸の南東―――キルヒ王国領内の大森林の奥地。


 夜の帳が下りた森の中で、カネルは下級スキル『葉隠(はがくれ)』と『暗紛(あんふん)』を使って気配を極限まで殺す。木陰に身を潜め、風が木々を揺らす音に紛れ下級スキル『風足(かぜたり)』で移動を繰り返し、獲物までの距離を迅速に縮める。


「……っ!」


 そして十分に近づいた後、一息に獲物へ襲い掛かる。大人よりも大きな身体、全身を覆う硬い鱗、そして鋭利な牙と直視すれば死に至る呪いの魔眼。高い生命力と防御力を持ち、なおかつ致死性の高い攻撃力を持つ魔物、バジリスクは本来一人で狩るような対象ではない。入念な準備を行い、魔眼を封印するために目潰しや目暗ましを先行して図り、それが効果を発揮したら数人がかりで狩るのが常である。


 しかし―――


「ギッ…!」

「………」


 剣を弾き、魔術すらも弾く硬質なバジリスクの鱗は、しかしカネルの爪によって易々と切り裂かれる。中級スキル『金剛力(こんごうりき)』による腕力向上と元々切れ味の良い吸血鬼の爪を『強斬(きょうざん)』によって更に性能を向上させた斬撃は、バジリスクの首を一刀両断のもとに刎ね飛ばす。


 死んでも効果の消えない魔眼と偶然にも目が合わないよう、カネルは目を逸らす。ごとりと首が地面に落ちたらその首を視界の端に映し、自分の方へ首が向いていないことを確認する―――ヒトにとっては数人がかりで狩るような対象でも、吸血鬼にしてみれば一人で楽に狩れてしまうのだ。


「ふぅ……」

「いやぁ、バジリスクまで一人で狩れるようになるなんて、もうカネル坊も一端の狩人だな」


 カネルが一息ついて発動させていたスキルを解除すると、後ろから声をかけられる。カネルに同行―――いや、立場上はカネルが同行させてもらっている大人の狩人である。


「カネル坊はやめて下さいいよ、もう成人は過ぎたんですから」

「まだまだ第一成人だろ? 第二成人(はたち)になったら考えてやるよカネル坊」

「分かりましたよ、もう……」


 カネルは諦めのため息を吐き、死体となったバジリスクの必要部位の採取に取り掛かった―――バジリスクの内臓、血、皮は非常に有用である。内臓は薬の原料となり、血は含まれている魔素成分の濃度が高く、皮は鍋などの生活必需品から鎧等の防具まで様々な材料に使える。肉は硬く美味くない為その場に捨て置き、眼に至っては死んでもしばらく呪いが解かれず危険な為その場で潰す。


(アリス、これで元気になってくれると良いな……)


 今回、カネルがバジリスクの狩りに同行したのはアリスの為であった。バジリスクの内臓を加工した薬には身体の傷を癒す効能以外にも多くの魔素が含まれており、重傷且つ魔素欠乏状態の今のアリスに適している。さらに高濃度な魔素が含まれているバジリスクの血を媒介に魔素譲渡の儀式を行なえば、血が飲めない彼女へも魔素の供給が行なえる。


 ―――彼女は血を飲めるようになったと言っていたが―――やはり無理をして飲んでいたのだろう。意識のない彼女が血を飲むことはなかった。代わりに魔素譲渡の儀式であったり、食事や服用等による魔素の経口摂取であったり様々な方法を図ったが飲血に比べ効率の劣るそれらの方法だけでは、魔素欠乏の快復の兆しは一向に見えてこない。


(アリス……)


 カネルの拳が自然と握りしめられる。それは闘争の儀において、何よりも最優先に守るべき人を守れなかった後悔と自分への不甲斐なさの表れであった。


 彼と彼女の関係は、生まれた時より許嫁の仲であった。吸血鬼として二度目の生を受けた時、彼は自分が王族を除くと最も偉い公爵家の嫡男として生まれたことに驚き、そして王族の一人娘―――姫と生まれながらにして許嫁の約束が交わされていることへ全くの現実感を持っていなかった。


 その姫とは生まれてすぐに顔合わせをしたらしいが、残念ながらその頃の記憶は定かではない。二度目の生とはいえ、赤ん坊の頃の意識や記憶などヒトであった時と大して変わらない。それが2歳を迎えた頃、再び顔合わせとなった際に彼はアリスを初めて認識した。


 純銀が織り込まれているのではないかと思うほど綺麗な銀髪、ひと際目を引く紅い瞳、意志の強さを感じるハッキリとした目鼻立ち―――恐らく前世においても見たことのない、人形のように完成された美貌が既に2歳の時点で際立っていたのだ。


 カネルは息を呑み、姫の姫たるカリスマ性や求心力を目の当たりにしたのであった。このように美しい姫と自分が肩を並べても良いのか? と彼はますます疑問に思った。


 吸血鬼の素養や才能は前世に多少左右される。魔術師であるなら魔術の才能が、狩人であるなら狩りの才能が秀でる。自分は前世においての記憶が他者より不明瞭であり仔細は思い出せないが、剣を振るっていた記憶がある。そして何かを守ろうという役目を担っていたと朧げに覚えている。


 恐らく良くて近衛の兵、悪くて門番なんていう一兵卒でしかなかったと思われる自分が、公爵家にたまたま生まれたからとこのような姫と婚姻するのは場違い甚だしいのではと思っていた。


 しかし―――


「ぱーぱ、あのこ、だーれ?」

「うむ、アリスのお友達になってくれる子だ」

「えーそうなの? んふふー、よろしくね! あたし、アリス!」


 王の言葉に無邪気な笑顔を浮かべ、舌っ足らずに自己紹介をしてくる姫。様子がおかしいとカネルは訝しんだ。前世の記憶を持つ者が取る行動や表情ではなかったからだ。


 吸血鬼としては2歳の身体であろうと、前世において20才とも30才とも、もしかするとそれ以上かも分からぬ精神が収まっているカネルはそのように年相応の言動を取れるわけがなかったし、周りの歳の近い子供も同様に年齢以上の言動を取っていた。それなのに目の前の姫は年相応の―――ヒトの子供のような言動を取っていた。


 思わず面食らい、父と王の顔を見てしまう。すると、王が姫には前世の記憶が全くないことを教えてくれた。


 ―――衝撃を受けた。吸血鬼における前世の記憶の欠如は死の直前の精神状況と因果関係があるとされてる。満足して死ぬ、突然死ぬ等によっては精神に傷が入らなかった場合、精神はそのまま吸血鬼の器に転生し記憶とともに蘇る。


 しかし、精神に異常をきたしていたり精神的外傷(トラウマ)を伴って死んだ場合、傷ついた部分の精神は記憶とともにこそぎ落とされ健全な精神状態をもって転生を為す。それが全ての記憶を失くしたという彼女の場合―――記憶の全損が意味するのは、前世における人生の大半が彼女にとって精神的外傷となる出来事ばかりであったと推測できる。


「………」


 王の言葉に絶句してしまったカネル。その様子を見て、姫は不安げに声を上げた。


「あたし、アリス、なの……あなたのおなまえ、は?」


 その声は震えていた。見れば目尻に涙が溜まり、意志の強そうに見えた顔が悲しみに崩れている。それを見たカネルは慌てて自己紹介をした。


「あっ、は、はっ、私はグーネル公爵家の嫡男カネルでございます、姫。以後、お見知りおきを―――」

「……んー?」


 カネルの自己紹介に対し、姫は目に涙を溜めながら小首を傾げた。その様子を見て妃は助け船を出す。


「カネル君、娘はまだ難しい言葉遣いが分からないの。だから、アリスに分かる言葉で接してあげてもらえると嬉しいわ」


「あっ、は、はっ、かしこまりました。えー、では……」


 そうしてカネルは新たな自分を作り出す。姫の良き友達として、良き理解者として、彼女に安心してもらえるように。


「―――僕の名前はカネルっていうんだ。よろしくね、アリス」

「……! うん、よろしくね、カネル!」


 姫―――アリスはそう言って無邪気に笑う。目尻に溜まった涙は笑顔の前に弾け飛んだ。


 その笑顔を見て、カネルは心に決めたのである。アリスは自分が守ると―――『守る』という言葉は予想以上に自分の心にすっぽりとはまった。


 許嫁であるとか姫であるとか関係なく、前世において不幸に塗れたアリスを今生では幸せを掴めるように守っていくと、彼は心の中で誓ったのである。





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