小話.『ルイナ、ミチと手を繋ぐ』、『ルイナ、馬を買う』
◆ルイナ、ミチと手を繋ぐ
「跳ばない、わね……」
「……そうですね」
それはキルヒ王国内、町と町の間を往く2人組―――ルイナとミチの間に起こった、とある会話の一幕である。
彼女達は野を行く最中、足を止めて手を繋ぎ、呆とその場に立ち尽くす。風は吹き、雲は流れ、囀る小鳥の声を遠くに聞きながら、彼女達は呑気に宙を見上げる。
「うまくはいかないものね……」
「そうですね、残念です……」
そして2人は深くため息を吐く。それは目論見が外れ、変わらず徒歩で野道を往かねばならぬと分かった為であった。
―――『光陰如箭』、というスキルがある。それは、目が届く範囲内の行きたい場所に立つ己の姿を夢想すれば、その場へ瞬間移動が出来るという上級スキルである。走るよりも圧倒的に速く移動でき、なおかつ体力の消費もない、規格外のスキルである。
それを習得出来た者は英雄譚に出てくる過去の傑物たち、あるいは生ける伝説である他国のS級冒険者ただ1人―――と一般的には認識されている。しかし、この場にもう1人、その規格外のスキルを使える冒険者がいた。
その名をルイナと言う―――彼女は今、過去の英雄達が怪物や悪を滅ぼす為に使った伝説のスキルを、ただ歩くのが面倒くさいからという理由だけで使おうとしていたのであった。
「まっ、仕方ないわね。出来れば儲けものくらいに考えてたし」
そう言って、ミチはルイナと繋いでいた手を離す。彼女達が手を繋いでいたのはスキンシップの為ではなく、『光陰如箭』でスキル保持者以外を連れて跳べるかどうかの実験の為であった。
『光陰如箭』を使い続ければ、町と町の間の移動などあっという間に済ませられる。大陸全土を練り歩くという、最悪十数年かかりそうな旅程も、僅か数か月に圧縮することも可能である。ミチはそこに着目し、ルイナへと実験の申し出をしたのであった。
彼女達は手を繋ぎ、ルイナが行きたい場所に立つ自分達の姿を夢想した―――結果、微動だにせず。彼女達はその場に留まり続けたのだった。
「さあ、行くわよルイナ。出来れば今日中にはあの山超えるくらいまでは行きたいわ」
「はい! 頑張りましょう、ミチさん!」
そうして彼女達はめげずに、ひたすら野を歩く。
此度、彼女達は『光陰如箭』の新たな弱点―――他人に掴まれていると発動出来ない、というものを発見しつつ、まだまだ旅路を往くのであった。
◆ルイナ、馬を買う
「馬を買いましょう」
「馬、ですか?」
それはキルヒ王国内、立ち寄った町を歩く2人組―――ルイナとミチの間に起こった、とある会話の一幕である。
「ええ、あたし達の旅でわざわざ歩くことでのメリットは少ないわ。試しの『光陰如箭』もあんなんだったし、馬で移動した方が楽出来ていいはずよ」
「なるほど」
ミチの言に、ルイナは得心の声を上げる。
一般的に冒険者は、馬を引き連れない。それは馬に跨って移動することを想定していない者が多い為である。
確かに、彼らは一所に留まらず、様々な町村を巡り、武者修行且つ見聞を広める旅をする。大陸4か国制覇を目指す者も多い。
しかし、彼らのそれは駆け足の旅ではない。冒険者ギルドのある町へ辿り着いたらしばらくそこで拠点を構え、依頼をこなしながら力と資金を蓄える。基本的に町と町の間を移動するよりも、町へ滞在する期間の方が圧倒的に長いのである。
故に、町に滞在している時でさえも餌に資金を、手入れに時間を割かれてしまう馬を冒険者達は飼わない。大所帯であり、荷が多く、また資金も潤沢にあるパーティであれば荷運びの為に1、2頭の馬を飼うことはあるが、移動用に馬を用意する者は滅多にいない。
しかし、彼女達は旅の目的の特殊性から、旅程の大半が移動時間である。石造りの宿の有無を確認し、ギルドに貼りだされている依頼を確認し、効率の良さそうな依頼があれば受ける。無ければそのまま翌日には町を発つ。馬を飼うことに対しての親和性は他の冒険者よりも高いのである。
よって、ルイナはミチの提案に賛同する。彼女達は馬が頭を並べている出店を探し、町の大通りを往くのであった。
「―――納得がいきません」
「もう。いつまで同じこと言ってるのよ…」
そうして彼女達は1頭の馬を買った。茶毛の4歳で雄であった。
名はまだ付けていない。彼女達は手綱を引きつつ今夜泊まる予定の宿まで彼を連れて歩いている―――が、ルイナの表情が曇っている。見る者が見れば、頬が不満気に膨れており、憤懣やるかたない様子であることが分かる。
そんな彼女に、ミチは苦笑をもって応えるのであった。
「だって、この子、私のこと全然見てくれないんですもん!」
「もん、って―――はぁ。ルイナ、そんなピリピリしてたらますますこの子に嫌われちゃうわよ?」
「うっ……」
ミチに窘められ、ルイナは不平を溢していた口を噤み、彼の顔を見やるのであった。
―――彼の大きな瞳はルイナを見ず。ただ進む道を望むのみであった。
彼とルイナ達との出会いは、馬屋の中でのことであった。
販売用に十数頭の馬が並べられている中から、ミチとルイナはこれからの旅の供となるものを探し始めた。ルイナは見回し、どれも色が違うだけで同じように見えたのだが、そんな最中ミチが指差したのが今いる彼であった。
彼女曰く、自分に関心の目を向けてくれていたとのことであった。何をもってそれを判断したのか問うてみると、耳と足だとのことであった。
―――見ても分からなかった。ルイナは馬の気持ちを察することを諦め、ミチに判断を委ねたのであった。
そうして彼女達に買われた彼であったが、ルイナへの態度が素っ気なかった。近づくと鼻息を鳴らし、耳を後ろへ閉じ、足踏みをし始める―――素っ気ないというよりも、むしろ警戒されていると言っても良い。少なくとも、ルイナはそう受け取っている。
彼女には分からなかった。彼から見て、ミチと自分がどう違って見えるのか。小さい方が怖くなかったりするのだろうか?
ナートラと馬に乗って旅をした時は、馬に嫌われていると感じた節は無かった。それなら、彼の個性のせいであろうか?
そんな風に疑問に思い、ルイナはミチへと質問をぶつける。彼女は若干口元をひくつかせながらも、答えるのであった。
「小さい方がっていう物言いはさて置いて―――多分、いきなりの環境の変化に戸惑ってるのよ、この子は」
「はぁ……」
「いい? ルイナ。馬は臆病な動物よ。その分、色んな感覚が鋭く備わってる―――多分、ただでさえ戸惑ってる中、あんたがこの子を怖がってるのも理解しちゃってる。だからあんたを怖がってるのよ」
「え? 私、別に怖がってなんていないですよ?」
ミチの言に、ルイナは眉根を寄せながら首を傾げる。確かに馬は大きくて、4歳と言えどその目線はルイナの上を行く。しかし、だからといって恐ろしいかと問われれば答えは否である。少なくとも恐怖の対象として見ている自覚はルイナにはなかった。
しかし、そんなルイナの考えとは裏腹に、ミチは溜息を吐いて首を横に振る。
「―――あんたの考え、たぶん能天気すぎるわ……そうじゃなくって、怖がるっていうのはどう接したらいいかとか仲良くしてくれるかなとかっていう不安のことよ」
「あ、ああ! そういうことだったんですね」
そうしてミチの噛み砕いた説明に、ようやくルイナは納得がいった声を上げる。確かに、そういう不安がある自覚はあったのだ。
「馬は人間種の感情に敏感よ。怖がってたり不安に思ってたりしたら手綱をひいても応えてくれない。だからまず、綱を握るよりも心を通わせることが大事。分かった?」
「は、はい。分かりました」
ルイナは頷く。今後、彼と向き合う時は不安な心を持たないように気を付けようと、留意するのであった。
こうして、彼女達の旅路に新たなる仲間が出来たのであった。
それは馬―――彼の名前は、まだ付けられていない。




