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55.駆け出し冒険者の非日常 ー夕方ー(後編)





 「……え?」


 戸惑いの声は少年の口より漏れ出る。彼の目線は、オーガと対峙した銀髪の少女に注がれていた。


 彼女が剣を構える姿―――その型は、あまりになってなかった。足は内股に閉じ、腰は高いままで落ちず、手は剣の重さに負けて震え、剣先は揺れて定まらない。

 およそ、剣の扱いを知る者の佇まいではなかった。剣を構える時の悪い見本として、書に載るほど不出来であった。


 少年は、なんだそりゃと呆れてものも言えなかった。先の赤茶髪の少女、彼女の攻防はもしかしたら―――とオーガを追い払う可能性を見せ、彼をときめかせた。

 オーガの一撃を往なし、その中で傷を負わせるには至らなかったが一矢を報いた。自分達は助かるかもしれない、そんな一縷の望みを抱いたのであった。


 しかし、今前に出た銀髪の少女―――彼女は後衛職にも関わらず杖を置き、不格好に剣を構えてオーガに対峙する。

 あまりに破れかぶれ過ぎると、少年は嘆いた。オーガを撃退する手段として、彼女達はこれを選んだのだ―――望みは薄い。彼は再び絶望の淵に立たされたことを悟ったのであった。


「グ、ウゥッ―――()()()?」


 そして、そんな彼女をオーガも訝しみの目でもって睨む。彼が扱う言語は、この時をもってオーガ固有のものに切り替わる。


 ―――彼らはその片言な言葉遣いから勘違いされることが多いが、決して知能の低い魔物ではない。

 むしろ、他種族である人間種の言葉を使える程、彼らは知能が高いのである。そもそもオーガの発声器官が人間種の言葉を話すに適していない為、片言になっているだけなのだ。


 彼らが人間種の言葉を語る時は、人間種相手により畏怖を、より威圧を与える時のみ。そうでない時に種固有の言語を話すのは当たり前の事であった。


 そして今、彼はその知能をもって、深慮する。今まで自分に剣を向けてきた者―――それらは強く震えない者、もしくは弱く震える者のどちらかのみであったはずだ、と。


 自分と対峙できるほどの力を有し、その眼に敵愾心を燃やした強き者達。

 あるいは、蹂躙されるのをただ待つばかりの、その眼に恐怖心を映した弱き者達。

 好敵つよきもの獲物よわきものか、そのどちらかしか、自分の前には立ってこなかった。


 それが今、その者は目に敵愾心を映し、しかし佇まいから感じるのは圧倒的弱者の気配。あまりにチグハグであるその存在感に、オーガは関心を寄せ、やがて鼻を鳴らす。


「……()()()()()()()


 彼は唇を吊り上げる。目の前に立つ強さの不明な者、その心の意気が虚勢であるのか、その身の構えが欺瞞であるのか、しかと見極めてやろう。

 オーガは標的を、魔術師よりその少女へと切り替えたのであった。


 棍棒を構える。構えて走る。走って振り下ろす。もしくは横に薙ぐ。避けられたら手で掴む、牙で食らいつく、身体で押し潰す。

 相手の剣など、どう見ても数打ちの1つ。そんな(なまくら)など、皮膚を裂くのが精々であり、鍛え抜かれた己が鋼の肉体を貫くことなど不可能。


 常の様に、蹂躙する―――その蹂躙を犯す為、即座に幾通りの道程を思考内で導き立て、彼は害意をもって少女を見下ろした―――瞬間、()()()()()()


 ―――否、時は止まらず。それは確かに常と同等の早さで過ぎただけである。


 正しくは、世界が時の停滞を錯覚してしまうほどの事象が起きてしまったのであった。それは時を極限に引き延ばさなければ、世界も超常たる存在も理解することが出来ない、圧倒的情報量の出来事。


 それは銀髪の少女―――その体躯が掻き消える瞬間より始まった。


 ―――ッ!


 銀髪の少女の姿が消える。代わりに現れたのは、白銀の閃光。

 その動きは誰も認識出来ない、誰の理解も及ばない。音も光も置き去りにし、その白銀は刹那の間隙に蹂躙(それ)を行なった。


 ―――ガツッ!!


 その閃光はオーガの足元へ一直線に駆け、まずその両足を勢いよく蹴り飛ばした。オーガの足は地を離れ、その巨体は支えを失くす。


 オーガは未だ、己が身に何が起こっているか認識していない。骨肉砕かれた両の脚より発生した痛みは、未だ脳へと届いていない。


 ―――ズダンッ!!


 閃光は更に駆ける。それは地を滑る様にオーガの正面へと周り、かの長い腕を掌握し、宙に浮いた巨体を強引に引き摺り落とす。強烈に打ち付けられた巨体は刹那の合間地に留まり、やがて極限まで引き延ばされた時の中で緩やかに跳ねあがっていく。


 オーガは未だ、己が身に何が起こっているか認識していない。衝撃のあまり全身の骨がバラバラに砕かれ、筋や腱が千々に千切られても、その痛みは未だ脳へ届いていない。


 ―――ザシュッ!!


 閃光の動きは、なお止まらない。白銀の尾は弧を描き、跳ね上がりつつあるオーガの顔先へと回り込み、剣を突き刺す。

 耐久力の低い剣はオーガの肉も骨も貫くに能わず、しかし柔らかい眼球へ突き立てられたそれは抵抗少なく肉の内側へと至り、頭骨の僅かな篩骨洞すきまを潜り抜け、脳へと達する。


 オーガは未だ、己が身に何が起こっているか認識していない。脳に近い箇所のその痛みですら、未だ痛覚の信号が届かない。


 ―――ズブブッ!!


 閃光の蹂躙は仕上げへと移る。突き立てた剣の柄を捻り、刃先を暴れさせる。それはオーガの脳の中枢、脳幹を滅茶苦茶に破壊し尽くし、生物が生を保持するのに必要な機能を全て途絶えさせた。


 オーガは最期まで、己が身に何が起こっていたかを認識出来なかった。触覚が、視覚が、痛覚が―――各器官が感じ取った刺激を脳へ伝達するより前に、受信側の脳を破壊させられてしまっていた。


 白銀の閃光がオーガを骸へと変えた、その間隙は工程の多さにも関わらず、瞬きすら及ばぬ合間のことであった。


 ―――ブバアァァァッッ!!


「きゃっ!」

「のひゃぁっ?!」

「わぁっ!?」


 そして巻き起こる、白銀の暴走の爪痕。圧縮された時間の中で滅茶苦茶に打たれ、叩きつけられ、穿たれたオーガの巨体より圧が解き放たれ、その場に爆風が吹き荒れる。

 それは地の砂を巻き上げ、意識ある3人に悲鳴を上げさせる。


 ―――しばらくして、それは収まる。もうもうと立ち昇る砂煙が自然に流れてきた風によって払われ、俄かに視界が明けてきた頃、少年は視界の変化に戸惑った。


「……えっ」


 直前まで視野を大きく占有していたオーガの巨体が、地に伏している。その頭部には己が剣が突き立てられており、そしてその眼前に立つのは頼りなく構えていた銀髪の少女。


 ―――何が起こったのか、分からない。理解も納得も、ましてや安心など出来やしなかった。過程を知らずにその結末だけ見せられても、オーガが動かない理由を突き立てられた剣以外ではないかと疑ってしまう。


「んっ、んー……あ、抜けっ、わっ!」


 ―――ブシャァアアアッ!!


 しかし、少年の不安を嘲笑うように、銀髪の少女は悠長にも剣を引き抜こうとする。深々と突き刺さったそれを、彼女は渾身の力を込めて引く―――が、ようやく抜けた途端にオーガの頭部より勢いよく鮮血が吹き出てくる。


「わっ、わっ、うえぇ……」


 それは銀髪の少女に容赦なく降り注ぎ、彼女は全身にかかった朱色を見下ろして嫌悪に表情を歪めた。


「うぅっ、ミチさん……せっかくの服が汚れちゃいました……」

「わっ、ちょっとルイナ! あんまり近づかないでよっ! こっちまで汚れちゃうじゃないの!」

「そっ、そんな。ミチさんひどいです……」

「あ~、もうっ! そんな顔しないの。ほら、ちゃちゃっと魔術で洗浄してあげるから」

「うぅっ、お願いします……」


 現実離れした光景の傍で行われる日常的な会話に、少年は面食らう。全ては本当に終わったのか? これで本当に終わりなのか? 自分達は、助かったのか?

 懐疑的に成り行きを見つめていた彼は、やがてこちらに向かって歩いてくる少女達の姿と、なおも動かぬオーガの亡骸を見て―――ようやく、理解したのであった。


 自分は、自分達は助かったのだと。

 この少女達に―――幼き魔術師と白銀の英雄に、救われたのだと。


 彼は地に倒れていた仲間を起こす。起こし、怪我をした2人を労わり、それでも命のあることに喜び、感謝と歓喜の涙を流したのだった。






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