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51.駆け出し冒険者の非日常 ー昼ー(前編)




 

「あの2人―――本当に冒険者なのかな?」

「確かに」


 ここはヒヒトネスコより南東、鬱蒼と木々の茂る森の中。

 空は緑の天井で覆われ、視界は木々に遮られ、明るくない。そんな中を、足元に落ちる枝や伸びる蔓などを踏んだり引っ掛けたりしないように気を付け、前進する少年達―――ジャック、ワンクス、トッドの姿があった。


「あ? どういうことだよ」


 その中の1人、ワンクスが他の2人の話す内容に疑問の声を上げる。

 それを受け、先頭を歩く少年―――ジャックが、声を潜めて答える。


「いや、歩き方だよ―――無警戒すぎる。あんな状態、いつ魔物から不意打ちを喰らってもおかしくないよ」

「ん」


 ジャックの言葉に、トッドが喉を鳴らして首肯をする。


 彼らの前を歩く少女2人―――銀髪の少女と赤茶髪の女の子であるが、彼女達の歩き方は全くなってなかった。

 地に落ちた葉や伸びる枝葉を避けるでもなく、足で蹴散らし歩いている。その音は、遠く離れている彼らの耳には聞こえないが、近くに潜む魔物がいれば、それは居場所を知らせるしるべとなる。

 その音を聞きつけた魔物が、少数であれば逃げ出していくし、多数であれば彼女達を襲う。好機は逃げていき、危機だけが押し寄せるのだ、その音を立てる行為に、何らメリットはない。


 それに、2人は同じ方向を向いて歩き、周囲の警戒を怠っている。ここは木々の乱立する森の中なのだ、木の影に隠れた魔物からの不意打ちに対し、2人が同じ方向を向いているのであれば対処がどうしても遅れてしまう。


 ―――あまりにも、無警戒。あまりにも、魔物を舐め切っている。それは冒険者の先輩として、すぐにでも注意し改めさせたい部分であった。


 しかし、彼らは彼女達に近づかない。一定の距離を保ち、その動向を見守る。

 それは、ある目論見が彼らにあるからであった。


「まっ、いいじゃねぇか。さっさと魔物に襲われてくれた方が、俺たちもやりやすいってもんだ」

「……まあ、そうなんだけどさ。言い方ってものがあるでしょ……」


 ワンクスの歯に衣着せぬ物言いに、ジャックはその頬を若干引き攣らせるのであった。


「別に、どうせ聞こえちゃねぇんだからいいだろ? ―――ああ、か弱い少女に迫る魔物の牙、怯える2人。そこへ颯爽と現れる、ワンクス様とそのお供!」

「―――何で僕たちが君のお供扱いなんだよ……」


 唐突に演技がかって語り始めたワンクスの言に、彼はげんなりとした表情でそう返す。

 しかし、彼はそれに応じず、語り続ける。


「あっ!という間に魔物を蹴散らし少女達のピンチを救ったワンクス様は手を指し伸ばす―――大丈夫ですか、お嬢様方。きゃっ、素敵!

 そして交わされた握手はそのまま固い絆になり、2人と3人が合わさり5人パーティへ―――そして、めくるめく冒険の旅とロマンスが! ぐふふ……」

「………」


 最早ジャックは何も語らなかった。ワンクスの妄想話にも、その下卑た笑いにも付き合うつもりにはなれなかった。

 しかし、そんな態度が気にくわなかったようで、ワンクスは唇を尖らせて言う。


「あんだよ、ジャック。お前、関係ねぇって顔してっけど、この作戦はお前が考えたんだぜ?」

「そ、それはそうなんだけどさ……」


 痛いところをつかれ、ジャックは呻く。


 そう。少女達が襲われたところを救い出し、そのままなし崩し的にパーティを組んでしまおうと計画を立案したのは、ジャックであった。


 冒険者は通常、5人前後のパーティを組むことを基本としている。魔物の強さは同一ランクの冒険者5人で安全に倒せるレベルで設定されているし、野宿の用意や薬草の運搬など、冒険に必要な荷運びの分担は5人程度が適正であった。自分達は3人、相手は2人、合わされば丁度5人となり、いっぱしのパーティを組める。


 それに今、彼らは剣士1人に戦士2人と前衛一辺倒の構成となってしまっている―――前衛の仕事は、基本的には時間稼ぎである。敵の注意を自分にひきつけ、目の前に縫い留める。その間に別の者が勝敗を決定づける一撃を与える。

 ちなみに今の彼らの中で、敵の注意を惹きつけるのは戦士であるジャックとワンクスの役目であり、唯一の剣士であるトッドが決定力として存在している。


 しかし、そこに後衛として魔術師や神術士を加えればどうなるか。

 魔術師は牽制として遠方から攻撃が出来る。戦いが始まる前に、状況を有利な方へ動かすことが出来るのである。さらに戦闘が始まっても、広範囲にわたって魔物の動きを妨げるもの、あるいは一点に集中して致命傷たりうる一撃を与えるもの、その働きは臨機応変にして順応性が高い。

 パーティに1人は要ると言われている魔術師である。今まで身近にパーティに入っていない魔術師がいなかった為に諦めていたが、目の前にぶら下がっているのが見えるとますます欲しくなる。


 そして神術士である。まだ断定は出来ないが銀髪の少女が持つ変わった形の杖―――神術士が持つという、錫杖にも似ている。もし、彼女が神術士であれば、是非にその存在は欲しい。

 怪我をした場合、その怪我の度合いにもよるが浪費する金と時間は相当なものになる。怪我に備えての薬草を買うお金も、運ぶ労力も莫迦にならない。

 それがパーティの中に神術を使える者がいれば―――パーティとしての安全性、機動力、金繰かねぐり、それら全てが高水準のものになるのだ。


 捕らぬ狸の皮算用はしないよう心がけているが―――ジャックは、彼女達を仲間に迎え入れた時の利点を思い、胸の高鳴りと口元の緩みを抑えきれずにいるのであった。


「しっかし、あの姉ちゃん、怖かったなぁ……」

「……そうだね」


 前方を歩く少女達を見つつ、ワンクスはわざとらしく身震いしてみせる。

 ジャックも、それに頷く。


「目、怖かったね。僕、あっ、この人声をかけちゃいけない人だって思ったよ……」

「お前、めっちゃビビってたもんな! 声だせなくなって、なっさけねぇ! ははは!」

「ちょ、仕方ないでしょ! あんな睨まれると思わなかったんだから」


 笑いだすワンクスに向かい、ジャックは唇を尖らせ不服を表す。


 銀髪の少女―――彼女に声をかけたジャックは、振り向きざまに向けられた冷笑と、怒気を孕んだ眼光に怖気づいてしまった。

 遠目に、それも横顔を見ていた時には気づかなかったが、その目つきはとても恐ろしかった。いや、美しい瞳とはっきりとした目鼻立ちだとは思うが、それは内に籠る激情を、あまりにそのまま映し出し過ぎていた。


 思わず、委縮してしまった。美人が怒ると恐ろしい―――そんな話を聞いたことがあったが、ジャックはまさしくその通りだなと思ったのであった。


「まっ、そんな難しそうな女ほど、こちとら燃えてくるってもんよ!」

「―――ほんと、怖いもの知らずだよね、ワンクスは」

「あ? あったりめぇだろ。例えば、だ。お前、あの姉ちゃんが自分だけには甘えてくる、そんな想像をしてみろ。怖いだの何だの関係ねぇ、行くしかねぇだろ!」


 ―――何やら熱意を噴出させているワンクスの言を半分ほど聞き流しつつも、彼は少しだけ想像してみる。

 あの少女が、あの顔が、屈託なく満面の笑みを浮かべる姿―――は、あんな様に睨まれた後ではどうにも想像出来なかったが、それでも頑張って、微笑を浮かべている姿を想像してみる。


 ―――素晴らしく、可愛く、綺麗だと、思った。

 清廉でいて洗練された美貌、照れ交じりの微笑に、ほんのり赤みの差さる白い頬―――ぐっと、来た。彼女の横顔を眺めていた時、自分はその表情を求めていたのではないかと、改めて悟った。


「―――仲良く、なりたいなぁ」


 恋仲になれるかどうかは別として、お近づきになりたい。いや、願望垂れ流しが許されるなら、付き合いたい。


「付き合いてぇなぁ……」

「……ほんと、ワンクスってすごいよね……」


 ジャックは、隣で願望を垂れ流しにできる存在ワンクスがいることに、呆れとほんの少しの羨ましさを感じるのであった。









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