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50.駆け出し冒険者の日常 ー昼ー



 


「―――はい、確かに! 確認致しました。お返しいたしますね!」

「はい、ありがとうございます!」

「どうも」


 ルイナとミチは、受付嬢に渡していた冒険者証明を受け取り、それぞれ背負い袋へしまい込む。


 冒険者が依頼を受注する為には職業とランクを示さねばならない。それを適えるのが冒険者一人一人が持つ冒険者証明であった。そこには名前、種族、年齢という身分を証明する個人情報パーソナリティーの他に、職業、ランク、冒険者歴といった冒険者としての強さ(スペック)が記載されていた。


 ―――今、2人が受けようとしている依頼は難易度Dランクのものである。ギルドが発注する依頼には難易度が振り分けられており、その難易度は同ランクの冒険者5人以上で遂行すれば、人的損害なく達成出来るといった具合に設定されている。

 それを考えれば、彼女達がその依頼を受けるにはランクはともかく人数が不足している。


 しかし、その設定はあくまで推奨であり必須ではない。あまりにも無謀であると判断しない限り、冒険者が依頼に挑戦しようとするのを職員は止めない。

 加えて、職員によって判断は変わるが、1つ上のランクへ上がる毎に下位ランクの冒険者2、3人分の強さがあると見做される。Bランクの冒険者が2人であれば、Dランクに換算すれば少なくとも8人分ほどの強さがあると測られる。


 故に2人の依頼受注の申請に対して、受付嬢は依頼をこなすに十分であると判断し、話を進めるのであった。


「それでは、コボルト討伐の緊急依頼を発注いたします!

 えっと―――ヒヒトネスコ周辺では南東の森がコボルトの生息地となっております。そちらで討伐をお願いしますね!

 あっ、あと、今回は緊急依頼ですので、討伐証明が通常と違う部位なのでご注意下さい!」


 若い受付嬢のたどたどしくも溌溂とした説明に、ルイナとミチは頷く。


 魔物討伐の依頼において、その討伐が為ったかどうかは、討伐証明の部位を持ち帰ることによって判断される。

 そして、常に間引きの討伐依頼が出ているEランクの魔物の場合、証明部位は嵩張かさばらないものが指定されている。ゴブリンであれば右耳、コボルトであれば尻尾、といった具合である。


 それは、どんどん―――最早、絶滅させてしまっても良いほどに魔物を狩り尽くして欲しいからである。

 冒険者達には行く先々で、それが旅の途中であっても、別の依頼の最中であっても、積極的に魔物を討伐して欲しい為、余計な荷物にならないようギルドが配慮した結果なのであった。


 そうして冒険者達は証明部位を荷へため込み、冒険者ギルドのある町に寄ったタイミングでそれらを提出し、討伐報酬を得るのである。


 しかし、緊急依頼となると話は別である。その依頼はある特定の地域の魔物を討伐してもらう為のものである。その依頼の討伐証明を常と一緒にしてしまえば、悪しき考えの持ち主が、別の地域で討伐した証明部位を持ってくることも考えられる―――緊急依頼の際は、報酬が常より高く設定されるからである。


 そのような事態にならないよう、緊急依頼の討伐証明は多少嵩張る部位を無作為に指定される―――今回、指定されたのは右足首であった。

 それ以外、欠損著しく右足首だと断定出来ない場合や、死後1週間が過ぎていると思われるものでは依頼達成とならない旨を聞き、ルイナとミチは頷く―――それをもって、依頼の受諾となった。


「それじゃ、コボルト(犬っころ)を狩りに行くわよ」

「はいっ!」


 ミチの言葉に、ルイナは気分が昂揚するままに、鼻息荒く頷く。


 ―――彼女にとって、初めての依頼、初めての魔物、初めての共闘である。気合は十分に入っていた。

 今までは振り回されるだけの己が力であったが、適性試験以降、それを意図して使えるようになったという自負が彼女の中で生まれた。それは、自信となって彼女の表情に表れる。


 常より溌溂とした顔、期待感に丸く見開かれた瞳、全能感に吊り上げられた口角と荒々しく空気を吐き出す鼻―――見る者が見れば、自分の力を試せる機会に興奮冷めやらない彼女の心情を、察して余りある状態であった。

 ミチはそんな彼女の様子に苦笑しつつも、しかし悪いことではないと思い、窘めることはしないのであった。


「あの―――ちょっと宜しいでしょうか?」

「……はい、なんでしょう?」


 しかし、そんなルイナへ突如として声がかけられる。

 ルイナは振り返ってその声の主を見やるが―――見覚えのない少年であった。どうして声をかけられたのだろうと疑問に思いつつも、彼女はにこやかに愛想笑いを浮かべ、彼に応じる。


「あっ、いえ、その―――」

「………?」


 しかし、彼はしどろもどろに言葉を濁すばかり。そんな彼の態度に更なる疑問を覚え、ルイナは小首を傾げる。


「何? あんた、あたし達に何か用なの?」

「あっ、うっ……」


 そしてミチがルイナの背中より顔を出し、苛立ちに吊り上がった目でもって彼を睨む―――そのきつい目つきに委縮してか、とうとう彼は言葉を発さなくなり、僅かに呻いて項垂れてしまう。


「―――コボルトの討伐、一緒にやらないか?」


 そんな彼の背中より、連れと思われるもう1人の少年が顔を出す―――よく見ると、更にもう1人、後ろに連れがいる。

 ルイナ達に声をかけてきたのは、3人組の少年であった。その身なりと発言から、冒険者どうぎょうであるとルイナは察した。


「――― 一緒に、ですか?」

「そう! 一緒にコボルト討伐に行こうぜ! あっ、俺はワンクス。で、こっちの無愛想なのがトッドで、こっちの黙りこくってるやつがジャックな!」

「は、はぁ……」


 残る1人が押し寄せるように打診と自己紹介をしてくる。そんな慌ただしい様子に、ルイナは目を白黒させてしまう。

 どう応じたものか、どう答えたものか―――そんな風に悩み始めようとした矢先、彼女を押しのけ、ミチが前に出る。


「お断りよ」


 ――― 一蹴であった。ぴしゃりと言ってのけ、彼女はルイナの手を引いて歩き出す。


「行くわよ」

「あっ、えっ? あっ、ま、待って下さい、ミチさん! 歩きます、自分で歩きますから!」


 一も二もなく、彼女達は足早にその場を立ち去る。

 そうして冒険者ギルドを出て行った彼女達を、3人の少年達は唖然とした表情で見送ってしまうのであった。





















「―――ついて来てますよ、あの人達」

「そう」


 冒険者ギルドにて依頼を受注をした後―――今、ルイナはミチと共に獣道を歩いていた。

 彼女達がいるのはヒヒトネスコより見て南東の森、件のコボルトが生息している場所である。


 青々とした木々が生い茂り、緑の天井と木漏れ日の絨毯が敷き詰められている森の中―――ルイナは、後をつけてくる3人分の足音を聞き取っていた。

 振り返ると、後方に少年達の姿が確認出来る。当人達は見つからないように距離を取っているつもりだろうが、『長目飛耳』を発動させているルイナの前では僅か40歩程の距離など、面前めんぜんに等しい。


 故に、彼らがどうしてついて来ているのかも、その会話が聞こえてきてしまうルイナには分かってしまうのであった。


「あの人達、私達がピンチになったら助けてくれるつもりらしいですよ」

「でしょうね」


 そしてその内容を律義に報告するも、ミチはつまらなさそうに応えるのだった。


「どうせ、私達のことを駆け出しの冒険者だと思ってて、コボルトに襲われたところを助けてやって、それをきっかけにパーティを組めれば、あわよくば良い仲になれれば~、なんて会話がされてるんでしょ?」

「えっ、良く分かりましたね、ミチさん―――もしかして、ミチさんにも聞こえているんですか?」


 まるで彼らの会話を聞いていたかのように内容を言い当てるミチに対して、ルイナは驚きに目を丸く見開かせる。

 しかしそれに対して、ミチは鼻を鳴らして否定するのであった。


「まさか、スキルお化けのあんたじゃあるまいし。そんなこと出来るわけないでしょ」

「す、スキルお化けって……ミチさん、酷いです……」

「なに、本当のことじゃない―――まあ、それはともかく。あいつらの考えてることくらい、状況から推測できるわよ」


 自分達の背格好、冒険者ギルドでの声のかけられ方、その後つかず離れずで付け回されているこの状況―――そして、ルイナの洗練された容姿。それらの要素から、彼ら3人組が自分達のことを心配、及び若干の利己的な考えでもって尾行していることは、ミチにとって分かり切ったことであった。


 前衛職ばかりの彼らからすれば、一見後衛職ばかりに見える自分達とは是非にパーティを組みたいと考えただろう。後衛職が前衛不在では力を発揮できないのと同じく、前衛職もまた後衛のバックアップがあって、はじめて十分にその力を発揮できるのだ。

 故に彼らは自分達をつけ回る。いざその身に危機が及んだ時、颯爽と現れ、自分達を助ける為に。そしてその恩を出汁に使ってパーティの申請をしてくるのだ。前衛の重要さを説き、男らしさと勇ましさを押し出して。


 ―――そして、ルイナである。彼女の見た目が、その策をますます強行的なものにさせている。


 パーティを組むというのは、一心同体、一蓮托生である。危険な時も安らかな時も、喜びの時も悲しみの時も、それら全ての時間を共有する共同体である。

 そんなパーティの中から夫婦めおとが生まれるのは、往々にしてあるとミチは聞いている。それはつまり、良い仲になる(それ)目当てでパーティを組みたがるやつもいる、ということだ。


 ―――甚だ、子供ガキの発想である。


 しかし、まあ彼らの行為が悪意でもって行われているわけではないことは理解している。むしろ、自分達の身を案じてくれている、善意でもある。

 だからこそ、ミチは溜息を吐く。


「はぁ……面倒ね」


 力づくで追い払うのも悪い。かといって自分おんなの足では彼らを撒けない。

 この場において、彼らの誤解を解く努力をすれば解決するかもしれないのだが―――それはしたくない。


 誤解を解く努力―――即ち、彼らにBランクであることを明かす、実力を示すことである。そうすれば彼らも誤解に気づき、そもそもパーティを組めない自分たちを追い回すことを諦めるであろう……彼らが見た目に反して、冒険者Cランクであったりすればますます話がこじれそうであるが、駆け出しの冒険者を誘おうとしている時点でそれはないだろう。


 ―――まあ、それはそれとして。

 ミチには実力を明かしたくない理由があった。


 唯でさえ、Bランクとして冒険者登録してしまったのも、彼女にとって大きな誤算なのである。これ以上、目立つ行為を許容出来ない―――故に彼女は、力もランクも隠す。


「仕方が無いわね―――さっさとコボルトを見つけて、ルイナ、あんたが蹴散らしてやりなさい。そうすれば、あいつらも退散するでしょ」

「は、はいっ、分かりました!」


 そうしてミチは、ルイナを焚きつける。

 やる気に満ち溢れているルイナは、自分が注目の隠れ蓑として使われそうになっていることに気づかず、こくこくと従順に頷くのであった。








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