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49.駆け出し冒険者の非日常 ー朝ー






 ヒヒトネスコの冒険者ギルド、そこが最も賑わうのは朝の時間である。


 冒険者達は起きて早々に冒険者ギルドへ赴き、掲示板に貼り付けられている依頼を見てその日の行動方針を決める。

 そして、それに基づいて作戦を練ったり他のパーティと情報を交換したりと、彼らの会話は熱気を孕んで絶えることを知らない。


 そうして体制を整えた冒険者達からギルドを出発していく。それと入れ替わるようにまた、新しい冒険者達がギルドへ入ってくる。


 冒険者ギルドにとって、朝はヒトの出入りが激しい時間であった。


「いっ、つつつ―――はぁ~、頭いってぇな、くっそ~」

「ワンクス、大丈夫? 辛そうだけど」

「っ、あ~……おう、大丈夫大丈夫……ちょっとばかし、昨日は飲みすぎたな……」


 そんな中、弛緩した雰囲気で話し合う、若き冒険者達の姿があった。


 ワンクスと呼ばれた少年―――彼はテーブルの上に置かれていたグラスを口元で傾ける。中の水が彼の口の中へ消えていき、ごくごくと音を鳴らして腹へ落ちていく。


「…っ、…っ、ぷはぁ〜!」

「うっ、臭っ…」


 そうして人心地ついて吐き出された彼の息は―――とても、酒臭かった。彼を心配して顔を近づけていたもう1人の少年は、喉を鳴らして嫌悪感を露わにし、彼より離れていく。


「もう―――今日はゴブリン討伐に行くって言ってたよね? そんな調子で壁役タンクが務まるの?」

「平気平気、俺にかかればゴブリンの1体や2体来たって、酔っぱらってても抑えてみせらぁ」

「―――それじゃあ、3体来たらどうするのさ」

「そいつぁ……どうしようかね、あはは!」


 ワンクスの答えに、彼はため息を吐く。


「僕たち3人のパーティーなんだから、ゴブリン3体来るくらい想定しておいてよ―――もう、そうなったら二日酔いのワンクスを置いて、僕達は逃げるからね」

「あっ、こいつ、薄情な奴だな」

「僕達を置いて飲みに行ったワンクスに言われたくないよ!」

「いや、ジャック、それはだな、綺麗な姉ちゃんがだな―――いや、いやっ、あはははっ…」


 そう、しどろもどろに応えるワンクスの言い訳に、ジャックと呼ばれた彼は再びため息を漏らす。


 そしてそんな彼らの座る席に、もう1人の少年が歩み寄ってくるのであった。


「ただいま」

「あっ、トッド。おかえりなさい。どうだった、良さそうな依頼はあった?」


 彼らに合流した、トッドと呼ばれた少年。彼はギルドの掲示板を見に行き、常に討伐依頼のあるゴブリン狩り以外で実入りの良い、それでいて身の丈に合った依頼がないか確認していたのである。


「ん、目ぼしいものは無かった。ただ、コボルトの討伐依頼、緊急扱いで報酬が金貨1枚になってた。けど、難易度はDだった」

「1枚! いつもの倍近くかぁ、よっぽど増えちゃったんだろうなぁ。報酬は良い…けど、なぁ……」


 ジャックはトッドの報告を聞いて、頭を悩ませる。


 トッドが見てきたその依頼。緊急依頼につき常の報酬である銀貨6枚が金貨1枚に上がっている。

 確かに、同じEランクの魔物を倒すのであれば銀貨7枚のゴブリンより、金貨1枚のコボルトの方が効率が良い。


 ただ、難易度も常のEからDへと変わっている。それは個体数が増えたことにより、接敵した時の相手の頭数が常よりも多いことが想定されるからであろうとジャックは推測した。


 ジャック、ワンクス、トッド。彼ら3人は全員Eランクの冒険者である。その実力はEランクの魔物1体を相手取り、3人がかりで何とか勝ちを収められる程度である。

 少しでも連携が崩れたり、相手が予想外の攻撃をしてきた時にはすぐにでも負傷者が出てしまう。その程度の実力であった。


 そんな彼らの魔物討伐は、単独で徘徊しているものを標的とするか、2体一組となっている魔物を密かに付け回し、不意をついて襲撃するか、別れたところで各個撃破する、というのが常の戦法であった。


 ちなみに、相手が3体で徒党を組んでいた場合は、様子を見て別れなさそうであれば撤退。4体以上であれば遮二無二(しゃにむに)逃げの一手である。

 Eランクの魔物は自分達より数が多い者を脅威、数が少ない者を獲物として捉える。4体以上の集団に出くわしてしまえば、彼ら3人は、魔物たちが疲れ果てて諦めるまで追い回される羽目になるのである。


 ―――そんな恐ろしい事態に陥ってしまう可能性を、難易度Dとなったコバルト討伐は多く含んでいるのである。

 その危険(リスク)報酬(リターン)、2つを比較し、ジャックはやがて頭を振った。


「…いや、今日はやっぱりゴブリン狩りにしよう。コボルトは確かに報酬が美味しいけど、命あっての物種ってことで」

「それがいい」

「―――そうだな。今日はゴブリンだ!」


 2人の仲間も、彼の意見に賛同の声を上げる。こうした慎重さを共有出来ているからこそ、彼らは今日までを生き延びることができているのである。


「うん。ゴブリンはいつも通り、銀貨7枚……目標は3体だね。いい? 3体以上だよ?」


 そう言って、ジャックは3本の指を立て2人を―――特に、ワンクスの方へ見せつけるようにその手のひらを寄せていく。


 彼らが取っている宿は一泊あたり銀貨3枚と大銅貨6枚。朝食と夕食をつけて銀貨4枚と大銅貨5枚。疲労を戦闘へ持ち込まない為に魔物討伐は1日置きで行っており、1回の討伐で最低でも宿代分の銀貨9枚の稼ぎが必要となる。

 そしてそこに討伐の際に持参する食料や水、たまの酒代、武器や防具の手入れ用具の備蓄、将来装備を買い直す、もしくは良い装備へ買い替える為の貯金など諸々考え、1回の討伐で金貨2枚分ほどの稼ぎが必要であるとジャックは考えていた。


 そうしてこのパーティの勘定係兼リーダーを任されている彼は、最も金銭感覚と堪え性に難がありそうなワンクスに向かって、意識づけと動機づけを行なうべく真剣な眼差しをもって、3本の指を見せつけるのであった。


「わ、分かったよ、分かってるよ! ったく、心配すんなって! 俺だって贅沢してぇんだから、討伐には本気出すって!」

「贅沢って……はぁ、もう、それでいいよ」


 そうしてジャックは、理解してくれたのか、それともそもそも理解するつもりもないのかも分からないワンクスの答えに、三度みたびため息を吐くのだった。


「まあ、うん。それじゃあ行こうか。目標はある、だけど無理はせず。生きて帰ることを最優先に、今日も頑張ろう」

「「おう!」」


 そうして彼らはその日の方針を決めた。

 彼ら3人にとって目新しさの無い、至って普通の―――日常の始まりであった。


「……ん?」


 ―――しかし、ワンクスが上げた訝しみの声を皮切りに、その日常は崩れたのであった。


「おい、見てみろよあの姉ちゃん! すっげぇ美人だぞ!」

「ちょ、もう、ワンクス……そういうことを大声で言わな―――」


 いきなり興奮した様子で騒ぎ始めたワンクスを諫めるべく、ジャックは口を開いたが―――ワンクスに指し示された先を見て、言葉を失った。


「う~ん、そうですねぇ……」


 ―――絶世の美少女が、いた。

 ジャックが見た先に佇む1人の少女、その姿容しようは彼の視線を釘付けにする。


 宙を流れるあでやかな銀の髪。透き通るような白い肌。整った目鼻立ちの中、その双眸の内に光る深紅の瞳。

 純粋さ、清純さを感じさせる白いワンピースに袖を通しているのはすらりとした印象の体躯、その中ではっきりと、だが慎ましやかに存在を主張している双丘。


 今まで見たどんな異性よりも、圧倒的に綺麗で魅力的だった。そんな少女が今、なまめかし気に唇に手を添え、悩まし気に声を震わせている。

 彼女の横顔が目に焼き付く。声が脳に焼き付く。しかし、それでもなお、もっと見ていたい。彼の意識から、最早理性的な部分は弾け飛んでしまっていた。


「―――い。おいっ、ジャック! おいったら!」

「っ、わっ?! な、なに?! ど、どうしたの?」


 そして彼の意識は、突然肩を揺さぶられた衝撃でもって、無理やりに戻らされたのである。


「どうしたの? じゃねぇよ、ったく。いきなり、ぼけーっとしちまって―――なんだ、ジャック。お前もしかして惚れちまったのか?」

「惚れっ―――!」


 ジャックはあまりにも自分に似つかわしくないその指摘に、顔を真っ赤にして頭を振ったのである。


「そ、そんなわけないじゃないか! 名前も知らない相手なんだよ? それなのに好きだ惚れただなんて、あるわけがないよ!」

「本当かぁ? 怪しいぞぉ?」


 ジャックが必死に否定の言葉を言うと、ワンクスは厭らしく頬を吊り上げ、わざとらしく細めた目でもって彼を見る。


 面倒であった。色恋で指差されるのは、気恥ずかしかった。故に、彼は手を叩いて席を立つ。


「はいはい、そんな話をしてる余裕は僕たちにはないの。さっ、2人とも行くよ」

「ちぇっ、都合が悪くなるとすぐこれだぜ……はいよ。この話はまた今度、酒を飲みながらにでもすっか!」

「もう、引っ張るなよ、こんな話……」


 そうして彼につられてワンクスも、けらけらと笑いながらも席を立つ。

 しかし、もう1人の仲間―――トッドは、今しがた彼らが見ていた方、少女の動向を未だ注意深く見ていた。


「―――どうしたの、トッド?」

「おっ、なんだトッド。無愛想なお前でも、あんな美人にはさすがに興味があるのか?」

「―――いや。あの子たち、2人組―――魔術師と神術士か。あまり見かけないし、もしかすると冒険者になったばかり? バランスが悪い」

「ん……」


 そんな指摘を受け、ジャックは鼻でゆっくりと息を吸って逆上せていた頭を冷やし、彼女達の様子を見る。


「……なるほど」


 ―――確かに、よく見てみるとおかしなところがいくつかある。


 自分が注目していた銀髪の少女、彼女は隣に立つ赤茶髪の幼い女の子と肩を並べて掲示板を眺めている。

 その掲示板を見る様子は、慣れた冒険者の様ではなかった。ギルドの掲示板は右から難易度順に貼り付けられている。よって、自分のランクに見合った難易度の塊の前に立ち、縦に視線を動かして吟味するのが普通である。

 それを彼女達は、きょろきょろと首を動かし、掲示板の中身を満遍なく見渡している。まるで掲示板を見るのが初めてのような有様であった。


 ―――トッドの言う通り、彼女達は冒険者になったばかりなのかもしれない、とジャックは考えた。

 ここ、ヒヒトネスコは冒険者登録が出来る王都バザーの隣町である。物価の高い王都に身を置くよりも、宿も食も安く物流のかなめ故に依頼も多いこの町を最初の拠点として定めるのは、全く無い話ではない。むしろ、自分達も冒険者になってすぐにこの町へやって来たくらいだから、共感できるくらいだ。


 しかし、そう推測した上で更に違和感を覚えるのは、彼女達の職業のバランスの悪さだ。

 恰好から察するに、赤茶髪の女の子は間違いなく魔術師だろうし、銀髪の少女は―――断定は出来ないが、魔術師か神術士のどちらかであろう。


 前衛がいないのである。彼女達が魔術を使う為の詠唱や魔法陣を描く時間、あるいは奇跡を行使する為に祈りを捧げる時間を稼ぐ、戦士や剣士がいないのだ。


 ジャックがこの町に拠点を構えて既に4カ月が経つ。このヒヒトネスコに拠点を構えている冒険者達とは大体が顔馴染みである。

 それなのに、今ギルド内を見回して、見覚えのない冒険者は彼女達だけである。彼女達がどこか他の町からやって来た冒険者パーティの一員である―――という可能性は、ない。


 それに、他のパーティが新しい仲間を加えたという話も聞いていない。あんな美少女をパーティに加えたのであれば、大々的に告知しそうなものであるが、それもなかった。


 ―――つまり、状況から察するに彼女達は冒険者なりたてで、且つ前衛なしの2人組パーティ、という推測が成り立つのである。


「あっ、ミチさん。これなんてどうですか?」

「ん、どれどれ―――」


 そして少女が一枚の羊皮紙を指差す。その依頼内容は遠くてよく見えない―――が。


「あれ、さっき言ってたコボルトの討伐依頼」

「えっ、そうなの?」


 隣に立つトッドから声が上がる。

 それを聞いて思わず問い返してしまうジャックであったが、トッドから首肯が返ってくると、その顔をますます思案気に歪ませる。


 彼女達は前衛なしの2人組、対する相手は個体数の増えたコボルト。その戦いにおいて、どちらが有利か不利かと語るのも烏滸おこがましい。


 前衛がいなければ魔術を唱える時間すら稼げないのだ。よっぽど相手との距離が離れた状態で戦闘が始まればまだしも、コボルト達が好んで住むのは森の中である。出合い頭の遭遇戦になってしまう可能性が大いにある。

 その場合、彼我の距離が数歩分ということもあり得る。そうなれば、彼女達後衛の冒険者達は無力である。抗う術なく、やられてしまうだろう。


 ―――だが、その危険も前衛がいれば回避できる。ジャックは、はたと妙案が閃いたのを感じた。


 自分達であれば、その危険を回避する方法を教えることも出来るし、何だったらその方法を叶えることだって出来る。決して(よこしま)な考えでもってではなく、善意でもってそれを提案することができる。


 ―――これは、行けるかもしれない。


「―――よしっ」


 彼の中で1つの考えがまとまる。

 ほんの少しの気恥ずかしさが首をもたげてくるが、一歩を踏み出し勇気へと変える。


 そうしてジャックは彼女達に向かって歩みを進める。その意図と意志を汲んで、後ろから2人の仲間もついて歩く。


「あの―――ちょっと宜しいでしょうか?」


 そして、彼は朗らかに笑顔を浮かべて彼女達に話しかけるのであった。


「……はい、なんでしょう?」


 銀髪の少女は振り返る。

 そうしてジャックに向けられたのは―――澄まされた冷笑と、怒気を孕んだ釣り目の瞳であった。








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