48.駆け出し冒険者の日常 ー朝ー
―――ガツッ!
「うわああああ!!」
「と、トッドー!!」
少年―――トッドと呼ばれた彼は、横殴りの衝撃でもって吹き飛ばされる。その衝撃を受け止めるはずであった剣は耐え切れずに砕け散り、彼は為すすべなく宙を飛ぶ。
「ぐっ……ふ―――」
そして地に落ちる。背を打ち付けた衝撃でもって、肺から息が漏れ出る―――そのまま、呼吸を司る器官が痙攣を起こす。
彼は、息も吐けず空気も吸えず、内に溜まる苦しみのあまり目を見開き、その場をのたうち回る。
「……! ……!」
「トッド! 大丈夫っ?! トッド!!」
そして地を転がる彼の傍に、仲間が駆け寄る。身を抱き起し、背を擦る―――そうすることによって、彼の症状が軽くなることはなかったが、それ以外、彼に出来ることはなかった。
「くっ、このっ―――俺が、相手だ!」
そしてもう1人、彼らの仲間である少年が2人の前に立ち、目の前に立つ『化け物』と相対する。
「ワンクス、無茶だよ! そいつは君1人で戦える相手じゃ―――」
「良いんだ! ジャック、お前はトッドを連れて逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」
「そんな―――」
「うぉおおおおお!!!」
そして少年―――ワンクスと呼ばれる彼は剣を構え、『化け物』へと突進する。
後ろの2人を―――仲間を、守らなければならない。彼はその想いを一心に抱え、込み上げてくる恐怖を無視し、雄たけびを上げて迫る。
『化け物』は、……動かない。彼はその胴目掛け、渾身の力を込めて剣を振るう。
「喰らっ―――ぐっ、うわぁああああ!!!」
そして飛んだ。いや、吹き飛ばされた。
横殴りに振るわれた『化け物』の武器の一撃により、薙いだ鉄剣は折れ、衝撃そのままに彼は宙へ吹き飛ばされてしまう。
「っ、ぐぅっ―――!」
「ワンクスッ! ―――く、そぉっ!」
そして地面に叩きつけられ、先に飛ばされたトッドと同じ末路を辿る。
目の前に落ちてきた仲間を見て、彼らの中で唯一マトモに動ける彼―――ジャックは、絶望的な状況に悲鳴にも似た呪詛を叫ぶ。
最早彼らに抗える術は残されていない。『化け物』が振るう、その棒状の武器は、彼らの武器も防具も軽々と壊す。ジャックの得物は、会敵の瞬間に失われていた。
こちらは身1つで負傷者が2人。相手は全くの無傷で悠々とこちらへ歩を進めてくる。
早くも勝利を確信しているらしい、『化け物』はその頬を邪悪に歪ませ、獲物を前に舌なめずりする―――その慢心に、牙を立てられるほど、彼らは強くなかった。
自分は―――自分達は、ここで死ぬのだと、彼は悟った。
そして、死を目前にした彼らは、その無慈悲なる言葉を聞くのだった。
「―――あんた達、悪く思わないでね……爆ぜよ―――<炎爆>!」
「うわあああああ!!!」
―――爆発。
それは『化け物』の傍ら、赤茶髪の少女によりもたらされ、爆音と爆風をもって彼らを容赦なく襲うのであった。
―――事の発端は、遡ること数時間前。
「で、どれにするのよ」
「う~ん……」
2人の少女が、冒険者ギルドの中で肩を並べて立つ。
1人は黒を基調とした魔術師らしい恰好の少女。もう1人は白い装束を纏った神術士らしい恰好の少女である。
彼女達は、ギルドの奥に設置されている掲示板を前に、頭を悩ませている。
その掲示板には羊皮紙が大量に貼り付けられていた。彼女達はその内容に目を通し、見比べ、吟味する―――そこに書きこまれている内容とは、次のようなものである。
『難易度E:キレーヌ翠石の採集―――拳大以上のもの1個につき銀貨2枚、20個まで、期限は4の月第1週まで』
『難易度E:ゴブリン討伐―――討伐報酬1体につき銀貨7枚、無期限』
『難易度D:ホブゴブリン討伐―――討伐報酬1体につき銀貨13枚、無期限』
『難易度D:乗合馬車の護衛―――レイード港までの護衛、1人につき金貨8枚(ほか詳細は受付まで)、出発日は3の月の第3週中』
『難易度C:キャラバンの護衛―――クォーツ公国までの護衛、1人につき金貨57枚(ほか詳細は受付まで)、出発日は4の月の第1週中、出発地はバザーより』
『難易度B:【緊急】オーガの討伐―――討伐報酬1体につき白金貨15枚、条件あり』
―――彼女達が眺めているのは、冒険者ギルドに貼りだされた依頼要項であった。
そこに記されている内容は多岐にわたる。素材採集、護衛依頼、そして魔物討伐―――列挙したものは、そのごく一部である。
掲示板には所狭しと依頼の羊皮紙が貼り付けられており、その数はゆうに50を超えている。
「う~ん……あっ、こっちにも掲示板があるんですね」
「あ、そっちは違うわよ。Fランク以下のどうでもいい依頼しか載ってないから」
口元に手を添え、悩んでいた銀髪の少女―――ルイナは、自分達が眺めていたものの隣にもう1枚の掲示板があることに気づき、声を上げる。そこにも同じくらいの数の羊皮紙が貼り付けられていたのだ。
しかし、それを見に行こうとする彼女を、もう1人の少女―――ミチが呼び止める。
Fランク以下の依頼、それは人探しであったり不倫捜査であったり薬草採集であったり―――危険はないが実入りの少ない依頼ばかりである。そんな依頼しか貼りだされていない掲示板は、彼女達にとって見るだけ無駄なのである。
「そうなんですね……じゃあ、やっぱりこっちの掲示板のどれかから選ばないと、ですね」
「そうよ。だから、ちゃっちゃと選ぶわよ―――さて、良い依頼はないかしらね」
そして彼女達は再度、目の前の掲示板を眺め始める。より危険度が低く、より時間がかからず、より実入りの良い仕事を選ぶために―――
彼女達2人は王都バザーを出立した後、隣町であるここ、ヒヒトネスコへと向かった。
移動手段は徒歩、昼に行軍し夜は野宿、それを繰り返すこと6日間―――自分達の出会いの町へと、彼女達は再び足を踏み入れたのであった。
そして無事に町へ到着した後、宿を取った夜に2人で話し合ったことがある―――それは冒険者として、今後依頼をどのように受けていくかである。
彼女達が必要とする資金は、比較的少ない。
普通、駆け出し冒険者であれば、装備をより良い物に買い替えていく必要があったり、日々を過ごす為の食費や宿代等経費がかかったりと、必要経費がとにかく多い。
そこへ更に、戦いや鍛錬によって怪我をしようものなら、治療のためにますます出費が嵩む。想定外の出費に対して貯金もしなければならず、お金は不足することはあっても充足することはない。
それに対して、彼女達は買い替える必要がない武器を既に持ち、小食であるミチとそもそも食事の必要のないルイナでは日々かかる経費は極限にまで抑えられ、怪我をするほど自分達を追い込んで戦いに明け暮れようだなんて発想がそもそもなかった。
それ以外、彼女達が必要とする経費は彼女達の両親を探す手がかり―――『魔術師ジュレーという男』と『近隣の町村にある石造りの宿』という2点において、情報収集する為の情報料くらいである。その為、彼女達の冒険は低予算で為る想定であった。
しかし、安く済むといっても支出は支出である。収入がなければいつかは資金が底をつく。
というわけで彼女達は親探しの邪魔にならない程度の依頼―――安全且つ短期間で済む、出来れば報酬の高い依頼を探すのであった。
そんなこんなで都合の良い依頼がないかと探していた2人であったが、やがてルイナより声が上がる。
「あっ、ミチさん。これなんてどうですか?」
「ん、どれどれ―――」
ミチはルイナが指差す先を目で追う。そうして見つけた羊皮紙には『難易度D:【緊急】コボルトの討伐―――討伐報酬1体につき金貨1枚、条件あり』という要項が記されていた。
その内容を見て、ミチは頷く。
「なるほど、良いんじゃない」
「そうですよね! それじゃあ、これにしましょう!」
そうして自分が見つけた依頼をミチに肯定してもらえたルイナは、上機嫌にギルドの受付へと歩いて行ったのであった。
コボルト―――それはゴブリンと共にEランクを代表する魔物の1種である。
駆け出しの冒険者達はまず、彼らEランクの魔物を倒すことを目標とする。彼らを倒せるか否かによって、いっぱしの冒険者であるか、『何でも屋』であるかが決すると言っても過言ではないからだ。
それは、彼らEランク、および一部のDランクの魔物に見られる、ある特性が由縁であった。
―――彼らは彼我の戦力差を、頭数の差で測る。
接敵した瞬間、相手が自分達より頭数の多い集団であれば、彼らは警戒し、逃げ出すことがある。逆に少ない集団であれば容赦なく襲撃してくる。
その集団を構成する成員の、細かな練度や装備を判断できるほど、彼らは頭が良くないのである。多少は個々人の戦力を測る本能のようなものはあるが、それは副次的な判断材料にしかなり得ず、最も単純に示せる数でもって、戦力差を測るのであった。
そんな特性を持つ彼らは、冒険者ギルドによって常時間引きの討伐依頼が出されている。間引きしなければその個体数は増え続けてしまい、1個の集団が住人よりも多くなってしまえば、町村への襲撃さえあり得るのである。
―――大陸にある4つの国が、それぞれ他国に対して思惑や陰謀を抱いている中、総意と協力でもって冒険者ギルドを擁立している理由の1つが、そこにある。
繁殖能力が高く、劣悪な環境下であっても生き残れる彼らを、国が抱える軍人に間引きさせようとすると途方もない予算と人手がかかってしまう。それ故、国同士の諍いを別にして、大陸内での共有財産として冒険者の存在が認められているのである。
冒険者の成り立ちがそんな由来であるからして、ゴブリンやコボルト等、Eランクの魔物を倒せれば、いっぱしの冒険者として認められるのである。
そして今、ルイナが手にしたその依頼には『緊急』の2文字が付け加えられている。
これは、早急に対処しなければ近隣の町村に被害が及んでしまう可能性がある時に付けられるものであり、Eランクの魔物の討伐依頼につけられる時は個体数が増えすぎてしまったことを意味している。その際には、多少討伐報酬が良くなるということを含め、彼女は冒険者養成学校で学んでいたのである。
相手がEランクの魔物であるという安全性、討伐すればよいという手軽さ、緊急依頼ということで常よりも高くなっている報酬、全てにおいて2人が探していた条件に合致する依頼であった。
「すみません! あの掲示板にあったコボルトの討伐依頼なんですけど―――」
そうして、意気揚々と受付嬢に話しかけるルイナの背中を、ミチは苦笑交じりに追うのであった。




