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47.旅立ち



 





「さっさと着替えなさい! ほら、次の候補も持ってきてるんだから」

「ちょ、ちょっと待ってくださっ、わっ、わぁー!?」


 ―――ドスンッ!


 その音は店内に響く。何事かと店内の客、店員が目線を寄せるが、大した騒動ではない。客の1人が試着していた服に足を取られ、転んだだけである。

 やがて注目の視線は去っていく。


「ちょ、あんた! 大丈夫?! 店の壁に穴なんてあけてないでしょうね?!」

「うぅ……ミチさん、壁よりも私の心配をして下さいよ……」


 そして騒動の中心である2人、魔術師然とした恰好の幼い少女は焦りの声を上げ、眉目の整った銀髪の淑女は女々しく声を上げるのであった。










 ―――あんたの恰好が冒険者らしくない!

 旅立ちにあたり、ミチがルイナの服装に対して、そのような問題提起の声を上げたことが此度の騒動の発端である。


 ルイナの手持ちの中で、外着として使えるものはオグストの村で貰った麻のワンピース、この1着しかない。

 その服装に対して、村娘として生きていくには十分であるが、冒険者として生きていく以上―――そして自分の隣を歩く以上、それなりの恰好をして貰いたい! というミチより熱い希望の声が上がったのである。


 そんなミチの言葉に対して、ルイナも了承の声を上げた。頂き物に文句をつけるつもりは全く無いが、元々の素材もそれほど丈夫でないし、半年間、この1着のみを着続けたせいで、色んなところに補修しようもないほつれが出来ている。

 誤魔化し誤魔化し、学校生活を潜り抜けてきたが、それでももう引退の時期であろうと、ルイナは半年間付き合ってきた服装せんゆうと別れを告げる決意をしたのであった。


 そうしてルイナは新しく、冒険者らしい恰好へ生まれ変わるべく服を買おうとした―――のだが、そこで1つ問題が露呈した。


 それは、ルイナが見た目に対して全くの無頓着であった、ということである。ルイナは吸血鬼として生まれてこの方、部屋に引き籠りっぱなしであった為、おしゃれに対する刺激も必要性も感じる機会がなかった。故に、彼女にとって服とは、『着れればいい』。それだけであった。


 ただ、それをミチは許さなかった。身に着ける服装や小道具に創意工夫を凝らし、自分らしさを演出するのがおしゃれであり、女子たるもの、その心意気は常に持つべきである! という持論を展開し、熱意でもってルイナを壁際まで追い込み、その主義主張に冷や汗交じりの首肯を強要させたのであった。


 そうして、2人でやってきた服飾店。そこは冒険者御用達の商店であり、戦士が身に着ける重鎧ヘビーアーマー鎖帷子くさりかたびらから始まり、レンジャー用の皮の胸当てや弓籠手ゆごて、魔術師や神術士が好んで着用するローブや外套と、品ぞろえ豊富に構えていた。


 そしてこの店は、冒険者になったばかりの者に向けて質を抑えて価格を安く設定している。農夫として、講師も認めるほど目覚ましい成長を遂げた(本意ではない)ルイナは、学費以上の稼ぎを見せ、僅かばかりであるが手元に資金を残していた。


 その資金を元手に、冒険者らしい恰好へ転身すべく、ルイナはミチと協力して服を選ぶのであった―――


















「やっぱり、これしか―――ないか」


 そうしてミチは、自分が服を選んでルイナへひたすら試着させ続けるという工程を繰り返した結果―――辿り着いた格好けつろんを、苦々しい面持ちで見るのであった。


 羊毛ウール生地のワンピース。所々に赤く刺繍が縫い込まれており、地の白色と調和し、清廉さと躍動感を演出している。丈は足のすねで揃えられているが裾幅は広く、足の動きを阻害しない作りとなっている。

 そしてワンピースとは別に、綿コットン生地のフード付きケープを合わせている。ケープも白地であり、フードを被るとすっぽりとルイナの髪が隠れる。彼女の銀の髪は目立つし、夜間に見られれば騒動になりかねない。それを隠すためのケープであった。


 さて、それらを着させたルイナに、彼女の武器である『回復する杖(仮)』を持たせてみた。似合う。とても似合う。

 そして似合うが故に、ミチは息を吐き、眉間を抑える。


「どう見ても戦士じゃないわ……」

「そう、ですね」


 ミチの言葉に、ルイナも苦笑交じりに頷くのであった。


 彼女に試着させている服、それは魔術師用の服飾であった。それも需要が少ない神術士向けとしても使えるものであった。

 それを着込んだルイナに、一見神術士が振るう錫杖にも見える『回復する杖(仮)』を持たせてみると、もうどう見ても神術士にしか見えない。この様を見て、戦士らしいと答えるものがいれば目か頭を疑うべきであろう。


 しかし、これは如何ともしがたい状況なのである。ミチにしても、試行錯誤の末の選択なのであった。


 勿論、初めは彼女に戦士らしい恰好をさせようと色々と試した。彼女には『蟷螂之斧』がある為、重量には糸目をつけず、金属製の重装備から革製の軽装備までありとあらゆる方向性を模索した。

 結果、『似合わない』という結論に達した。どんな装備にしようと、戦士らしい恰好をすると彼女の武器である『回復する杖(仮)』が悪目立ちしてしまうのである。

 あまりに不釣り合いであった。そうしてミチは戦士らしい恰好をさせることを諦めたのだった。


 次に検討したのはレンジャーや暗殺者用の軽装である。戦士用の装備とは違い、それらの軽装には物々しさがないため彼女の杖とも釣り合いがとれるものがあるだろうと考え、探し回った。

 結果、『似合わない』という結論に達した。彼女に職業を貶めるつもりは断じてないが、それらの服装はルイナの洗練された美貌と比較すると、貧乏くさかったのだ。

 このままではルイナの顔や髪が変に悪目立ちすると、ミチの独断でもって、それらの服装は候補から外されたのである。


 そして最後に行き着いたのが魔術師用の服飾である。これについてはどんな恰好をさせてもある程度、さまになった。例えば、黒のローブと外套を羽織ったルイナに『回復する杖(仮)』を持たせれば、それらしい恰好にはなった。

 しかし、それでは魔術師らしくなってしまって自分と被ってしまう、彼女らしさを強調してあげねばとミチは頭を振り、方向性を変えて色々な魔術師用の服飾を試着させ、その中で最も彼女に似合ったものが、この白のワンピースとケープなのであった。


 似合う―――しかし、戦士らしさの欠片もない。


 ……ただ、そもそもルイナが戦士らしい風貌ではないし、武器つえだって戦士らしくない。

 そう考えると、全く戦士らしくない方が、逆に彼女ルイナらしいという考えもありなのだろうか、いやしかし―――ミチはルイナの様を唸りながら見る。


「……う~ん、あんたはどう思う?」


 そして事ここに至り、ミチは主導権をルイナへ譲る。

 結局、それを着るのはルイナなのだ。そもそも彼女が納得していないものであれば、それを薦めるのは可哀そうである。


 しかし、ルイナは上機嫌な様子でワンピースの生地を撫でながら応える。


「んー、変じゃなければ私、これがいいです。動きやすいし、髪も隠れて丁度いい感じです。

 ―――どうですか、変なところないですか?」


 そう言ってルイナは、くるりとその場で回ってみせる。


 動きに支障はない。素材感も、今まで着ていたリネン生地より肌触りも着心地も良い。

 それにルイナ自身、この恰好を気に入っていた。ナートラから貰った杖もこの恰好であれば違和感なく持てるし、ワンピースという恰好には馴染み深い。そして何より、ミチが自分の為に選んでくれて、それで似合うと言ってくれるのであれば、それに勝るものはないと彼女は思っていた。


 そして、そんな彼女の問いに、ミチは首を振る。


「別に、変じゃないわよ―――まあ、戦士らしいかどうかはともかく、冒険者らしい見映えになったし。それでいいんじゃない?」

「分かりました―――じゃあ、これにしますね! ミチさん、ありがとうございます!」


 そうして彼女はミチに薦められたそれらの服を購入することに決めたのだった。


 白いワンピースと白いケープ、それに白い杖と―――迷った末につけた、淡く水色の光を照り返す、片耳のイヤリング。

 彼女はこうして、冒険者らしい恰好へ変貌を遂げたのであった。























 ―――そして、旅立ちの日が来た。


「さぁっ、出発するわよ」

「はいっ!」


 ルイナとミチは、王都バザーの門の前に並び立つ。向かう先は街の外、行く先はまだ見ぬ土地、目指すは顔も知らぬ父と名も知らぬ母である。


 彼女達は気負わず、その一歩を踏み出す。街に来るまでばらばらであったその足跡は、今は隣に並び、これよりずっと離れない。

 2人は冒険の友として―――仲間として、共に旅立つのであった。


 彼女達の行く末に、どのような困難、どのような発見が待っているのか―――それは未だ、誰も知らない。















「―――そういえば」

「はい?」


 バザーを出発してすぐ、ふとミチが歩きながら声を上げる。ルイナはそれに対して小首を傾げて応える。


「前から言おうと思ってたんだけど。あんたのその丁寧口調、もうそろそろやめてくれない?」

「えっ、どうしてですか?」

「あたし、敬語って他人行儀な感じがして好きじゃないのよ―――あんたとは長い付き合いになるんだし、若干の歳の差なんて気にせず普通に話してくれた方が助かるわ」

「ミチさん……分かりましたっ! すぐには難しいかもしれませんが、頑張ってみますね!」

「ええ、お願いね」


 ルイナは要望に応えようと意気込み、それを見てミチは満足げに頷く。

 そうして2人は変わらず野道を歩く―――


「―――そういえば」

「はい?」


 そして再び、ミチが声を上げる。それに対してルイナは小首を傾げる。


「あんた、よくあたしが年上だって分かったわね」

「えっ、むしろミチさんこそ、よく私が年下だって分かりましたね」

「えっ?」

「えっ?」


 2人分の戸惑いの声が上がる。

 彼女たちは歩みを止め、お互いの顔をまじまじと見返しあう。


「あんた―――あたしのこと、何歳だと思ってたのよ」

「えっ、14歳くらいかなって―――」

「はぁっ?! いや、たしかにそう見られる身体つきだってのは分かってるけど、待って。いや、待って! とすると、あんた、あたしのことを『14歳の年上だ』って思ってたってこと?!」

「えっ、はい、そうですけど……」

「じゃあ、あんたは何歳なのよっ?!」

「はい、13歳です」

「じゅっ……さっ……!?」


 ルイナの回答に、ミチは悶絶の声を上げる。

 そしてルイナの身体のつま先からてっぺんまで見回し、最後に真ん中よりやや上のところに視線を戻し、カッと目を見開いた。


「あんたの種族ってそんなに発育がいいのっ?!」

「み、ミチさんっ?! お、おお、落ち着いて! 落ち着いてくださいっ! 私だけ、私だけ変に成長しちゃっただけですから!」

「変って何よ! 立派なもんじゃない!」

「どこ見て言ってるんですかぁー!?」


 ―――こうして。

 彼女達の冒険は、騒がしく始まったのであった。







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