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46.旅立ちを前に

 







「あんたってもしかして、吸血鬼じゃないの?」

「えっ?」


 それはとある宿屋での一風景。

 場所は人間種が多く暮らすキルヒ王国の首都バザー、時は往来盛んな昼真っただ中に交わされた会話である。


 そう問われた者の思考は、白に染まる。こんな真昼間に、吸血鬼が人間種の前に姿を現すはずがない、あまりに莫迦莫迦しい―――と、その問いの愚かしさに、困惑してしまったわけではない。


 ()()()()()()()()()()。本来あり得ない『昼下がりの吸血鬼』という存在を解答してしまった相手に、その真実に辿り着かれることはないと油断していたその者は、愚かにも狼狽してしまったのである。


 そして何故その事実を導き出されてしまったのか、問われた者―――ルイナは記憶を辿り、その原因を探るのであった。

















 それは、ルイナがナートラとひと時の別れと再会の約束を交わした後のことであった。


 今後の旅の方針を決める為に話がしたいとミチに誘われ、ルイナは彼女の部屋へと赴いた。旅の方針―――目的と、その実現に向けての手段や行程の確認である。


 旅の目的について、大目標たる親捜しというものは彼女たちの間で既に共有されている情報であった。その為、今お互いに確認するべきはその目的の付帯情報―――過去の経緯や、心当たりのある場所などの詳細であった。


 まずは言い出しっぺからと、ミチがそれを語り始める。とはいえ、その内容は非常に簡素であった。


 彼女には、生まれた時より父がいなかった。父は行きずりで母を孕ませ、そのままどこへなりとも勝手に旅に出て、そのまま行方をくらませた。故に、彼女は父の顔を知らない。

 父がいないという理由で彼女が困ることはなかったが、それでも母と自分を置いて旅立った父への、寂しさと怒りを抱き続けた。

 そうして彼女は、身勝手の許される若い時分である今、父を捜し出してぶん殴りに行こうと旅立ちを決めたのであった。

 そんなわけであるから、心当たりなど全くない。あるのは、ジュレーという父の名前と、魔術師であるという情報だけであった。


 そういう経緯であるから、急ぐ旅でもなければ必ず叶えたい目的というわけでもない。実際、語った目的も、旅立ちを反対する母を押し切る為の名目であって、主たる目的は見聞を広めること、物見遊山であった。

 そんな内容を、ミチは笑いながら語ったのであった。


 そうして、ミチの話が終わると、今度はルイナの番であった。

 ルイナはミチとは違い、その目的が必ず遂げたいものであった。故に、経緯や心当たりなどを詳細に語る必要があったのだが―――彼女は、話す内容に細心の注意を払った。


 何せ、バレてはいけないことがある―――自分が吸血鬼でもある、ということだ。吸血鬼とは、魔族の中でも人間種に最も敵対視されている種族である。その力の強大さ、人間種を養分とする背徳性、ヒトを襲う積極性、その他宗教観も絡まり、人間種より忌み嫌われている存在である。

 彼女はそれがバレないように、経緯を話す必要があった。


 そこで活きてきたのが、以前ナートラへと己の境遇を語った時の経験と、半年間の学校生活で身に着けた常識であった。


 自分が語った内容を聞いて、ナートラがどう思ったのか、どう考えたのか―――今のルイナには、それが理解できた。どうやら、とんでもない勘違いをさせてしまっていると、冷や汗交じりに自覚していた。

 しかし、今更それを訂正することは出来ない。彼に対しては、無事に母を見つけ出してから、その誤解を解きに謝りに行こうと彼女は考えていた。


 そうして彼女は、同じ勘違いをされない為―――死んでいる母を捜しに行こうとする、現実逃避に溺れた少女と見られないように語った。


 何時からであるかは語らず、長い間魔族と共にいたこと。無力であった自分が、いつの間にか魔族を殺せるほどの力を身に着けていたこと。魔族を殺し、魔族のもとを離れたところでナートラへ出会ったこと。そして、母親捜しの為に冒険者になることを薦められてバザーへ来たこと。おおよそ()()()()()顛末を語って聞かせた。


 それに対してミチの反応は、同情であった。しかし、その表情からはナートラのような憂いと葛藤、苦しさは感じられなかった。うまい具合に誤解なっとくしてくれたことを、ルイナは確信したのである。


 そうして彼女は、どこにいるかも分からないし名前も覚えていないが、親が宿屋を経営していたという『前世の思い出(きおく)』がある為、それを頼りに捜し出そうとしている、と話を締めくくったのである。


 完璧であった。ルイナは自分が語って聞かせた話に、一欠けらも不自然な点がないことに満足感を抱いていた。

 嘘はつかず、しかし自分が吸血鬼であることも悟られず、そして頭のおかしな娘だと思われない―――それでいてルイナが立たされている状況を理解してもらえる、非の打ちどころのない話であったと、心中で拳を握ったのである。


 しかし、そんな彼女の胸中とは裏腹に、ミチは言う。


「あんたってもしかして、吸血鬼じゃないの?」

「えっ?」


 慢心していたルイナは、その問いに思わず、間の抜けた声を出してしまうのであった。




















 ―――何故? なんで? どうしてこうなった?

 ルイナの頭の中を、疑問の声がぐるぐると回る。


 どうして、吸血鬼だということがバレてしまうのか、さっきの話のどこをどう聞いたら吸血鬼だなんて単語が出てくるのか。

 分からない、ルイナにはその理由がさっぱり理解できなかった。


「………」


 しかし、だからといっていつまでも答えないでいるのは、よろしくない。ミチが、動転する彼女の表情を、無言でただじっと見つめてくる。

 何かを答えないと、どうにか応えないと、しかし認めたり疑われたりされるようなことは言わないように注意して―――ルイナは一度、喉を鳴らしてつばを飲み込み、口を開いた。


「……どっ、どうしてそ、そんなこと言うんです、かっ?」


 動揺のあまり、その声は震えていた―――語るに落ちるとはこのことである。

 そんな様子を見て、ミチは大きくため息を吐くのであった。


「はぁ~―――え~と、あんたがあたしの言葉をどう受け取ったかは知らないけれど。あたしはあんたが吸血鬼だったとしても、別にどうもしないわよ」

「ど、どういう、こと、ですか? あっ、いや、別に、私、ヒトです、けど?」


 ルイナは見るからに挙動不審であった。言葉はたどたどしく、目は泳ぐ。最早、それは言葉以上に是であると語っていた。

 それでも彼女はヒトであることを主張する。認めてしまえば、その後にどんなことがあろうとも退けなくなる。今後一切の言い訳は通用しなくなるのだ。


 吸血鬼とはヒトにとって、恐怖の対象である。それを彼女は、奪われた杖を探して歩いた夜の街で、身をもって経験していた。

 あの時、彼女を突き刺した恐怖の視線を、ミチの瞳に映されてしまうことは、ルイナにとって何よりも恐ろしかった。


 しかし、ミチは苦笑を浮かべて、言う。


「だって、あんたはあんたでしょ」


 そうしてベッドから手を伸ばし、ルイナの手を取る。


「―――あっ……え…?」


 ルイナは戸惑いの目でもって、差し伸ばされた手を見る。その手は、微かに震えている―――いや、その手を震わせているのは、自分の手の方であった。


「あたしはあんたの(よわさ)を知ってる―――『あんたはあたしを殺せない』、でしょ?」


 そう言って、ミチは微笑むままに片目を閉じる。それは一遍の揺るぎもない、自信しんらいの表れであった―――あぁ、なんて、眩しい。それを見て、ルイナは自分に欠けていたものがあったことを悟る。


 自信しんらい、だったのだ。それが無かった為に自分は狼狽え、それがあったからこそミチは揺るがなかったのだ。

 ルイナは鼻の奥が痺れるのを感じた。ミチが自分以上に自分のことを信じてくれていることに、自分の言葉ではなく自分自身を信じてくれることに気づいて、それが嬉しくて堪らなくて、目頭が熱くなる―――自分が泣いてしまうのを、彼女は予感した。


「……ミチさ―――」


 ―――バチンッ!!


「―――はいっ! そこ、泣かないっ!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 しかし、突然ミチがルイナの手を振りほどき、盛大に手を鳴らす。驚いたルイナはびくりと身体を揺らし、彼女を見る。

 彼女の顔では、呆れた様に眉が垂れていた。


「あんた、こんなことで一々泣きそうになってんじゃないわよ。似たような話で何回あんたを励まさなきゃいけないの? ちょっとはシャキッとなさい!」

「は、はいっ、ご、ごめんなさい!」


 ルイナは背筋を伸ばし、謝る。ミチの気付けの開手(ひらて)により、その目から涙が溢れる予感は既になくなった。

 しかし、心に溜まった嬉しさ、ミチに信頼されていることへの喜びは消えず、彼女はその顔を僅かばかりに綻ばせるのであった。


「―――で、あんたは吸血鬼ってことでいいのよね?」

「は……はい。そうです」


 そしてルイナはついに、『吸血鬼でもあること(それ)』を認めたのである。


 ルイナとして生きたこの半年の経験により、彼女の中で自分とは、吸血鬼でもありヒトでもあるという自己認識が定まりつつあった―――ただ、より正確に言うと、ヒトでもないかもしれないし吸血鬼でもないかもしれない、という意識の方が強い。


 自分とは何なのか、帰属はどこなのか、拠り所をどこへ据えていいのか。それは未だ模索中である。

 故に、彼女は帰属が無であるというよりも、今のところはより肯定的ポジティブに、ヒトかもしれないし吸血鬼かもしれない、という風に都合よく考えて、生きていこうとしているのであった。


「でも、どうして分かったんですか? 私が吸血鬼だって」


 そしてルイナは、それを問う。

 こうして吸血鬼であることを認めたものの、未だその事実に辿り着かれた原因は分からなかった。


 故に尋ねる。今回はバレたのがミチ相手で良かったが、今後別のヒトに気づかれてしまえば、その時起こるのは暴動と見敵必殺ぼうそうである。


「そうね―――あんたを吸血鬼だと疑った理由は、3つあるわ」


 問われたミチは手を前に差し出し、3本の指を立てる。


「1つ、あんたが魔物学の講習で話してた吸血鬼の生態、話が生々しすぎるのよ」

「あっ―――」


 ミチの言葉で、ルイナはその時のことを思い出した。

 養成学校の魔物学の講習で吸血鬼の話題になった時、教師や生徒に揶揄やゆされて、自分が知っている吸血鬼の暮らしを暴露したことを。あの時の自分は、本当のことを知っているのは自分の方なのにと、ムキになってそれを語っていた。


「あんた、他の魔物や魔族のことはてんで知らないのに、吸血鬼のことだけはやけに饒舌にしゃべってたわね。だから、ん? と思ったのよ。それが理由の1つ」


 ミチはそう語ると、2本目の指を折る。


「2つ、武器強奪事件の時、あんたがごろつき連中を殺した時の武器が、爪だったからよ」

「あぁ―――」


 ミチの話す2つ目の理由で、思わずルイナは納得の息を漏らしてしまう。


「ヒトの首を骨ごと刎ねられる爪なんて、そうそう聞いたことがないわ。それこそ魔物や獣だったら別として、ヒトらしいなりをして鋭利な爪を持っているといえば、吸血鬼が有名でしょ。

 それでなくても銀髪だし、吸血鬼らしい特徴を持ってるあんたを、そもそも吸血鬼じゃないかって疑うのは当然のことでしょ?」

「たしかに、そうですけど―――でも、私、陽の光を浴びても砂になりませんよ?」


 ルイナは納得らしい声を一応出すも、ミチの言に疑問の声を投げかける。


 彼女は確かに吸血鬼としての特徴を有しているが、それでもその最大の特徴―――陽光を浴びると砂になる、という呪い(あかし)を持っていない。

 それが免罪符となって、彼女は吸血鬼であることを疑われず白昼堂々と往来を行けるのであるが、そこについてミチはどのように考えたのだろうか。


「知らないわよ、そんなこと」

「………」


 一蹴であった。自分に聞くなと言わんばかりにミチは言ってのけるが、それはルイナにしても同じである。

 その答えを知っているなら、誰か教えて欲しいと、ルイナは未だに思っていた。


 そんなルイナの胸中も知らず、ミチは最後の指を折り曲げる。


「3つ―――まあ、偉そうに理由が3つあるとか言ったけど、今言った2つは後から考えた、こじつけみたいなものよ。あんたのことを吸血鬼じゃないかって思ったのは、さっきの話を聞いてからよ」

「えっ―――」


 ルイナは驚きの声を上げる。

 先ほどルイナが語った内容のどこに、吸血鬼としてバレる要素があったのか、彼女には見当もつかなかった。


 しかし、ミチはそれを語る。


「今は吸血鬼だけど、あんた、元々―――ヒト族じゃないの?」

「……? ………あっ!」


 ミチの言葉に、一瞬ルイナはきょとんとした表情を浮かべる。何を言っているのか、理解できなかったからだ。

 しかし、次の瞬間、彼女は気づいたのである―――ミチは、吸血鬼が人間種の生まれ変わりであることを、知っているのだと。


 その事実は、魔物学における吸血鬼の講習で出てこなかった。だから、人間種の中でその事実は知られていないのだろうと思っていた。

 しかし、ここにそれを知っている者がいたのだ。


「そ、そうですっ! そうなんですっ! 私、元々ヒトだったんです!」


 ルイナは彼女の言を認める。その事実を知っていれば、先程彼女がした話を聞き、彼女を吸血鬼であると断じるのにも納得がいく。


 魔族と長く一緒にいたと、その身を捕らえられていたと誤解出来るように話したそれも、魔族として生まれたと読み解く。

 そして魔族として生まれながら、ヒトの親を捜すという矛盾も、吸血鬼がヒトの記憶を持ちながら生を受けるということを知っていれば解消できる。

 聞く人が聞けば、自分の話は吸血鬼であると自己紹介しているようなものだったのだと、彼女は理解したのであった。


 そして、それはつまり、彼女の帰属意識がヒトと吸血鬼の間で揺れ動いているこの苦しみも、ミチに理解してもらえるかもしれないという、彼女にとっての希望であった。故に、鼻息荒く、彼女はそれを認める。


 一方、ミチはそんなルイナの反応を見て、核心をついたとばかりに、ベッドの上でふんぞり返ったのである。


「ふんっ、やっぱりそうだったのね。あんた―――眷属化の儀式で吸血鬼にさせられたのよね?」

「えっ?」

「―――えっ?」


 ミチの言葉に、ルイナは戸惑いの声を上げた。それに対して、ミチも同様の声を上げる。


「えっと―――すみません、ミチさん。眷属化ってなんですか?」

「えっ、ヒトに血を与えてその者を眷属にするっていう……吸血鬼のおとぎ話では有名な話でしょ?」


 初耳であった。故にルイナは問い返す。


「えぇっ、そんなことが出来るんですか?」

「えっ、ちょ、ちょっと待って、待って! あんた、そんなことも知らないで―――というか、あんた元々ヒト族で、それで吸血鬼になったんじゃないの?!」

「……? え〜と、はい、生まれる前はヒト族でしたけど、生まれてからは吸血鬼です」

「はぁっ!? 何よそれ、生まれる前とか、からとか。どういうことよっ!!」

「えっ、ミチさん分かって言っていたんじゃないんですかっ!?」

「何が分かってるっていうのよ! もう、わけが分かんないわよっ!」

「それはこっちの台詞ですよっ!」


 ―――こうして。


 やけになったルイナは、ミチへ洗いざらい話す。


 吸血鬼が前世(ヒト)の記憶を持って生まれてくること、自分の語った母の記憶というのが前世の記憶であること、更には己が血を飲めず陽光を浴びても砂にならない『異端』の吸血鬼であったこと、それらを包み隠さず語って聞かせたのである。


 幸運なことに、此度彼女達の間で発生したすれ違いは、その場で解き明かされることになったのであった。





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