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44.安堵の涙




 



「なるほどのぉ……そんなことがあったんじゃな」

「はい……」


 ナートラは、顔面蒼白となってしまっているルイナを、とりあえずギルド本部の受付にある席へ座らせ、事の顛末を聞き、得心の声を上げる。


 ―――この半年間、ルイナの心を支えていたミチという少女の存在、彼女がいかにルイナを救い、そしてどのように彼女の力へ向き合ってきたかを聞き、ナートラはまだ見ぬ少女へ感謝の念を抱く。

 そして最後、適性試験に見事受かったルイナが試験監督より指摘された『あること』―――それはルイナの表情を沈痛なものにし、ナートラの顔に深い皺を作る。


「パーティーのランク規制、のぉ―――」


 そう、それは冒険者ギルドの規則の1つ、パーティーを組む際のランク規制であった。


 同一パーティー内に2つ以上ランクが離れた冒険者が在籍することは許されていない。それは昔、上位ランクの冒険者が下位ランクの冒険者とパーティーを組み、下位ランクのものを囮、あるいは壁として利用するという事態が横行した際に制定されたルールであった。


 ギルドがそれを規則として定めなくてはいけなかったのは、被害者となるべき下位ランクの者たちも、上位ランクのパーティーに所属した方がより難易度の高い依頼を受けられ、実入りが良かったからに他ならない。

 結果的に、下位ランクの冒険者が率先して行うような低難易度の依頼はギルドに貼り出されても未達となってしまい、高難易度の依頼に手を出した下位ランクの冒険者達が多く命を落とし、ギルドの信用失墜及び、後進が全く育たないという事態に陥ったのである。


 結果、ギルドは注意や警告ではなく、一切の例外を認めないという形でその規則を定めたのであった。


 ギルドと、ギルドに所属する冒険者たちを守るルールであるそれが、しかし今はルイナとミチを引き裂かんとしている。ルイナはBランクの冒険者であり、ミチは試験監督の言を聞く限り、Eランクが関の山なのである。


「おじいさん、やっぱりBランクとEランクではパーティーを組んじゃダメなんですか…?」

「う、むぅ……」


 落ち込んだルイナの表情と声に、ナートラは苦し気に唸る。


 ナートラが冒険者になった頃はそんなルールはなく、その規則が出来てからも特にルールに抵触するようなことをしてもいなかった。

 彼にしてみれば、そんな規則、言われて初めて思い出したといった程度なのだ。


 しかし、ギルド職員が言うことであるから、それに間違いはないだろう。

 そして、ルイナへあの少女と組んで冒険に出てはどうかと打診したのは、ナートラであった。そこに負い目を感じる彼は、ルイナの口より出る寂しい問いに、応じられる答えを持ち合わせてはいなかった。


 いっそのこと、パーティーを組まないまでも一緒に行動すれば良いじゃないかとナートラは考えたが、その悪しき考えを頭を振って払う。

 ギルドを通じた活動は全てこのギルド本部に情報が集約され、規則に違反していると思われるパーティーや個人の監視、審査、特定を行なっている。そんな中、上位ルイナ下位ミチの2人が同じような道程を辿り、常に行動を共にしていると思われれば、パーティーの申請はないものの事実上共闘をしているのではないかと疑いの目が向けられる可能性が高い。

 そうなれば、そこで2人は引き裂かれる運命に遭う。


 ―――つまり、どうしたって2人が一緒に冒険に出ることは出来ないのだ。その事実を、しかしナートラはルイナの潤んだ瞳に対して突きつけることが出来ないのであった。


 しばしの間、彼らの間を沈黙だけが行き交うのであった。


















「どうしたのよ、あんた。そんな暗い顔して。その爺さんに何かされたの?」

「あっ、ミチさん―――」


 そんな2人に対して、いや、ルイナに対して声をかけてくる少女がいた。

 魔術師然とした三角帽子を目深に被り、2人に向かって歩いてくる少女のことを、ルイナはミチと呼ぶ。


 この娘が、嬢ちゃんの言っておった娘か―――ナートラは近づいてくるミチの姿を見て、乗合馬車で見かけた女性陣の中で最も若い者であったことに気づき、ルイナの話で聞いていた印象よりも大分幼い者であったことに驚いていた。


 ルイナの口ぶりから、てっきり彼女よりも年上に見えた他の者かと思っていれば、どう見ても12,3歳くらいの成人前の少女である。

 ただ、ルイナが言っていたことに嘘はないだろう、歳の割にしっかりした娘なのだろうとナートラは考えていた。


「紹介します。えっと、おじいさん。このヒトがミチさんです。それでミチさん、この方が私を助けてくれたおじいさん、ナートラさんです」

「どうも、ナートラじゃ―――おそらく、乗合馬車で一緒じゃったかの?」

「えっ、あ、あぁ―――あのおじいさんでしたか。失礼しました。ミチです。先日はどうも―――何よ?」


 ナートラとミチが互いに自己紹介を交わしていると、その様子を隣から驚いた形相で見てくるルイナがいた。思わず、ミチは訳を問いただしてしまう。


「いえ、ミチさんって丁寧な言葉遣いも出来るんだなって思って―――」

「っ! あんたはっ、あたしを何だと思ってるのよっ!」

「ひぃっ! ご、ごめんなさい!」


 ルイナが思わず本音を言ってしまったが為に、ミチがそれに噛みつく。

 それに対してルイナは怖がった風に謝るものの、怯えている様子はなく、むしろ甘えているようにも見える。


 ―――良い友達を見つけたんじゃなと、ルイナの生い立ちを勘違いしている(知っている)ナートラはその光景に目頭が熱くなる思いであった。


 しかし、彼女達が直面している問題は仲の良し悪しだけでは解決しない。

 これから彼女達を、大人の都合によって引き裂かねばならないのである。それは規則を作ったギルドの役目ではなく、ルイナをそそのしてしまった自分の責であろうと、ナートラは覚悟を決めた。


「娘さんよ、嬢ちゃんと、その――― 一緒に冒険をする約束をしておったと思うのじゃが……」

「はぁ? ―――いえ、してませんよ」

「「えっ―――」」


 ミチの応えに、ルイナとナートラの2人は凍り付く。


「えっ、あの、ミチさん――― 一緒に冒険するって約束、して―――ませんでしたっけ?」

「してないわよ、そんな約束。第一、ランク的に一緒にパーティー組めるかも分からないうちにそんな約束したって意味ないでしょ」

「あっ、うっ、えっと―――はい……」


 ミチの言葉に、ルイナは言葉を詰まらせる。勝手に約束していたと思い込んでいたこと、そしてミチが言うように一緒にパーティーが組めないのが事実であることの2つが、ルイナの身を縮こまらせ、心をぎゅっと握り潰してくる。

 ミチとは、冒険に、出られない―――その事実に、彼女は心を締め付けられていた。


「それで?」

「―――えっ?」


 しかし、ミチの言葉は続く。


「えっ、じゃないわよ。パーティー、組みたいんでしょ? だからランクを言いなさいよ。それとも何? あんた、また農夫になったんじゃないでしょうね?」

「い、いえっ! ちゃんと今回は合格しました! 戦士です、私、戦士になりました! これがその―――えっと、通知書に……」


 ミチに問われてルイナは握りしめていた羊皮紙を渡す。その声は後半に行くほど消え行きそうになり、最後の方になると最早言葉にならなかった。


「まったく、なんでこんなに通知書がぐちゃぐちゃになってるのよ。どれどれ……うん、ちゃんと戦士ねって、はぁ~4項目全部で100点! やっぱりすごいわね、あんた」

「は、はい……」


 しげしげと通知書を読んでいくミチの様子に、ルイナはしかし変わらず心締め付けられたままであった。


 その点数を喜んでくれるのは、嬉しい。その為に―――自分を支えてくれたミチに祝って欲しくて、喜んで欲しくて、彼女は頑張ったはずであった。

 しかし、それが彼女との仲を引き裂くのであれば、そんな点数取らなければよかった―――彼女の心を苦しく締め付けてくるもの、それは後悔であった。


「それで、400点ってことはあんた、Bランクになったんじゃないの?」

「え、えぇ……そうです」


 そしてとうとう、ルイナは『Bランクであること(それ)』を認める。顔には苦いものと酸っぱいものを浮かべつつ、ミチの反応を伺う。


「あっ、そう。残念ね」


 しかしミチは淡々と、そう言ったのであった。


 その様は、少しの残念さも、すがりもない―――パーティーが組めないことを、少しも悔やんでいない様子であった。


「……っ」


 ―――あぁ、()()()()()()()と、彼女がミチの様子を見て、心の中で察した声を上げた時には、もう、遅かった。


「……ぅっ、ひぅっ……」


 ―――パーティーを組みたいと思っていたのは、私だけだったんだ……


 ルイナは、それに気づいてしまった。

 一緒にパーティーを組む約束をしたと勘違いしていたのは自分であり、ランクの規制があることを知らなかったのも自分であり、そしてミチはそもそも自分とパーティーを組めるとも思っておらず、それに組みたいとも思っていなかったのだと、その様子から悟ってしまったのだった。


 あぁ、何たる、無様―――彼女は勝手に舞い上がり、勝手に落ち込んでいた自分を恥じ、そして恥じよりも何よりも心を締め付けてくる寂しさに、自然と涙を溢すのであった。


「……ひっく……うぅっ……」


 しかし、彼女は嗚咽を堪える。しゃがみこんで、泣き顔を膝で隠す。


 ここで泣いてしまうことは、ミチへの迷惑となる。彼女は自分のもとから去っていくのであるから、今まで支えてくれた彼女に、自分の未練がましいところを見せたくなかった。

 例え隠しきれていなくとも、せめて彼女が去るまでは顔も声も震えも、全てを堪えようと彼女は耐えるのであった。


「……ぅぁぁっ、ぅぅ……」


 だが、その(いず)れも、抑えることは出来なかった。


「あぁ~……ちょっと、泣かないでよ。もう……悪かったわ、ちょっと意地悪が過ぎたわ、ごめん。謝るわ」


 そんな彼女の肩を、引っ張り上げる者がいた。それはばつが悪そうに顔を引き攣らせている、ミチであった。


「まさか泣くとは思わなかったわ……あんた、図体はでかいんだから、泣くと目立つのよ。ちょっとは、しゃんとしなさい」

「うぅ……ずぅっ、ず、ずびばぜん……」

「もう、何言ってるのか分からないわよ―――はい、これ」


 そう言ってミチはルイナへ羊皮紙を渡す。その顔は、苦笑いを浮かべていた。


「あ、ありがどぶござびばず―――」


 涙で顔がぐしゃぐしゃに濡れ、鼻水で鼻が詰まってしまったルイナは有難くその羊皮紙を受け取り、それで顔を整えようとする。


「うわっ、莫迦っ! ルイナ、違う、違うー!! それ、あたしの通知書よ! 鼻噛むなっ! 読みなさいっ!」

「―――うぇっ?」


 しかし、それをミチが必死の形相で止める。

 このタイミングで彼女が通知書を渡してくる意図が掴めず、間の抜けた声を上げてしまったルイナは、だが言われた通りにそれに目を通す。


「―――合格、おべでどうございまず?」

「……ありがとう、って違うわよ! 下よ、下! あたしが受けた項目の点数が書いてあんでしょ!!」

「―――よべばぜん……」


 涙に濡れたルイナの視界では、細かい文字を読むことが出来なかった。


「まったく、しょうがないわね―――いい? あたしが受けた試験は合計7つ。

 必須項目と推奨項目4つを合わせて395点、加点が3分の1位になる自由項目の合計点が21点、合計点数は402点で満点扱い―――つまり、あたしもあんたと同じ、Bランクよ」

「………うぇっ?」

「せっかく、こっそり自由項目まで受けてBランクを取って、律義に4項目しか受けなかったあんたより上のランクになろうと思ってたのに―――なんであんたは全部で満点取っちゃうのよ。おかげでお姉さん風吹かせる計算が狂っちゃったじゃない」

「えっ……えぇっ?」


 ミチの言葉に、涙で腫れぼったくなった目を白黒させ、ルイナは戸惑う。

 つまり、ミチは400点。つまり、ミチはBランクの冒険者。つまり―――


「―――あたしに喜んでほしくて、あんたは頑張ったんでしょ?」

「………!」


 その時、ルイナは肩に回された腕の温かみを感じた。

 耳元で、ミチが優しく呟く、言葉を感じた。


「―――おめでとうルイナ。あんたとあたし、2人で取ったあんたの400点、すごく嬉しいわ」

「……み、ミチさぁん……っ」

「これからも一緒に、頑張っていきましょ、ルイナ」

「うぅっ、うぅうぅぅぅぅっっ―――」


 その言葉に、ミチの言葉に、ルイナは返事が出来なかった。

 彼女の口から洩れるのは、ただの嗚咽。我慢して、我慢して、堪えていた涙の声。


 しかしそれは今、悲しみで溢れているのではなかった。彼女自身も、何で泣いているのか分からずに泣き続けた。

 彼女はその心が―――寂しさに締め付けられていた胸が安堵によって解けきるまで、ミチの胸の中で泣き続けたのであった。








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