43.2度目の合否発表
「どうだったじゃろうか、嬢ちゃんは……」
キルヒ王国の首都バザー、そこにあるギルド本部の受付には、ルイナを案じて待つナートラの姿があった。
今日は彼女が『農夫』となってから半年が経つ、丁度その日である。旅程が遅れてギリギリの到着になってしまったが何とか間に合い、彼は受付にてルイナの試験結果を座して待つ。
彼女の実力を思えば万に一つも不合格はないとは思うが―――前回はその万に一つが起こってしまった。彼女の力と心の不安定さを思えば、不安に思わないこともない。
「……いや、ワシがそんなことでどうする」
しかし、彼は信じる。彼女の強さを、彼女のひた向きさを。
心の弱い彼女のことだ、強く支える者がいなければ簡単に折れてしまう―――愚鈍に、ただひたすらに彼女を信じ切る。せめて彼女が旅立つその時までは、その使命は己に課せられていると考えていた。
「……、嬢ちゃん!」
そしてナートラは見つける。
ギルド本部の奥より出てくる少女の姿を―――手には『回復する杖(仮)』を持ち、見事な銀の髪を揺らしながら歩いてくる、その姿は紛れもなくルイナであった。
「嬢ちゃん、どう―――したんじゃ、その顔は…?」
「……おじい、さん」
彼女もナートラの姿を見つけ、歩み寄る。その足取りはふらふらとして定まりがなく、表情も呆としている。
ナートラは、何かあったことを悟る―――それが何であるかは分からない。故に、彼女が固く握りしめた羊皮紙を見下ろしながら、優しい声音で問いかける。
「嬢ちゃん―――結果は、どうだったんじゃ?」
「……試験自体は、こんな結果でした」
ルイナはその問いに対し、クシャクシャになるほど握りしめていた羊皮紙を渡す。
その羊皮紙にはこう記されていた、『この者を、戦士の冒険者と証す』と―――それは、合格通知書であった。
「―――でも」
しかしルイナは、さっと表情を翳らせる。その憂いの表情の理由は、試験の合否によるものではなかったのだ。
彼女は語る。彼女が合格となった経緯と、合格の通知をされた時の話を―――
「本日はお疲れさまでした。ルイナさん、結果が出ましたので発表いたします」
「は、はいっ!」
全ての適性試験の項目を終え、ルイナは最初に通された部屋へと案内された。
そこで待つことしばらく、部屋に入ってきたのは今日ずっと彼女の試験監督をしていた彼であった。
模擬戦闘で対戦相手を無事に倒すことが出来たルイナは合格を確信して彼を待っていたが―――その手に握られている羊皮紙は、1枚であった。
「あっ、えっ―――い、1枚だけですか?」
ルイナはそれを見て、焦りの声を上げる。養成学校において、合否発表の際に1枚しか羊皮紙を持ってこないのは『農夫』の時であると聞かされており、そして実際に自身もそれを経験していたからである。不合格になる想定を全くしていなかった彼女は、浮きだった心が急激に冷え込んでいくのが分かった。
しかし、そんな彼女の様子を見て、彼は苦みを帯びた笑顔を浮かべるのであった。
「え? あぁ、いえ。安心して下さい。以前トラブルがありましてね―――それ以降、合格した人には『農夫』の通知書を持ってこないことになったんですよ」
「は、はぁ……そうなんですか」
彼の言を聞き、ルイナはそういうものかと納得することにした。それに、その言葉の裏を返せば自分は見事合格を果たしたということではないだろうか。最早、結果が『農夫』でないのであれば、どうでもよかったのが本音である。
「―――おめでとうございます。ルイナさん、あなたは無事合格となりました。こちらがその通知書となります」
そう言って彼はその通知書を差し出す。そこには『農夫』ではなく、『戦士』と明記されている。
彼女は見事適性試験に合格し、念願かなって冒険者となることが出来たのである。
「あっ、ありがとうございます!」
ルイナは歓喜の声音で礼を言いながら、その通知書を受け取る。
そこには、彼女を戦士の冒険者として認める内容と、適性試験の詳細な結果が記されていた。
「―――えっ、ぜ、全部、100点、ですか……?」
そしてルイナは自分がたたき出した評価―――全ての項目が100点となっている記載を見て、驚きに目を見張るのであった。
体力測定や怪力測定は不正を疑われてか中断させられ、模擬戦闘においては負けを負けとも認めない、何とも無様な戦いぶりを見せた自覚があった。それであるのに全てが100点であることに違和感を覚えるルイナであった。
「もちろんです。むしろ、100点じゃ足りないとさえ、私は思いますが……」
一方、彼は逆にそうルイナを称える。彼女の能才はギルドの定める点数制では測り切れないと、彼は考えていた。4つの上級スキルを使いこなし、人間種離れした力を振るい、A級冒険者であったアーセンを相手に一方的な立ち合いを演じる。こんな者が冒険者や軍属でなく、今まで一般市民であったことの方が違和感であった。
そして彼は咳ばらいを一つし、通知の続きを行なう。
「こほんっ、えぇ―――ルイナさんは推奨項目と必須項目の合計点が400点満点となりますので、冒険者のランクはBとなります」
「えっ、えぇっ!? Bですか!?」
彼の言に、ルイナは再び狼狽える。
Bランクといえば、冒険者の階級で言うと上から3番目―――英雄クラスのSから始まり、敵なしのA、それらに続く上位の等級である。養成学校で半年間学んだだけで、知識も経験もない自分が収まっていいようなランクではないと思ったのだ。
そして、その狼狽の声を聞いた彼は苦り切った表情を浮かべた。ルイナがBランクに相応しくないと思っているのは、彼も同感なのであったのだった。
「そうです―――ルイナさんがBランクなんて、おかしいですよね」
「そ、そうですよ。私なんかがBなんて―――」
「実力を鑑みれば、最低でもAランクはあって然るべきだと思うのですが―――ギルドの規定でBランク以上は差し上げられないことになっているのです。申し訳ございません」
「えっ、は、はぁ……お構い、なく?」
どうも、意志の疎通に齟齬が起きているような気がしてならない。しかしルイナは、謝罪してくる彼に不明瞭ながらも応じるのであった。
―――結局のところ、彼女にとってランクなどどうでもよいことなのであった。大事なことは冒険者になること、その1つに限るのである。
それによって大陸を旅する弊害がなくなり母親探しが始められること、そして自分を支えてくれたナートラやミチが喜んで祝福してくれるのであれば、それで良かったのだ。
故に、この時彼女はBランクという等級を甘んじて受け入れてしまったのである―――まあ、抵抗したところでランクが覆ることもなかったのであるが。
彼の言は、まだ続く。
「ただ、Aランクともなるとパーティーを組むのも難しくなりますからね……やはり、ギルドの規定通り、ルイナさんにはBランクから冒険者を始めて頂くのが良いでしょう。
ここバザーには多くのパーティーが拠点を構えていたり、旅の半ばに訪れます。ルイナさんの実力を考えると、そうですね……Aランクが在籍するパーティーに申請を出すのが宜しいかと存じます。
あっ、宜しければこちらでパーティーの候補を挙げることも出来ますがいかがしましょう?」
彼はルイナを置いて勝手に語り、そして熱気をもって彼女へ迫る。
それも当然である、王国の冒険者ギルドにとって久方ぶりとなるBランクルーキーの排出である。しかも、自由項目による加算無しの必須、推奨4項目だけで満点を叩き出した逸材でもある。勢いそのままに若い内にAランクへ到達してもらい、近い将来、王国在籍のSランク冒険者として名を馳せてもらいたいという欲が彼に、そして王国ギルドにはある。
というのも、冒険者は他国へ籍を移すことが可能であり、その手続きは容易である。より実入りの良い地域や肌に合った国へ拠点を移す冒険者は、その冒険者を見出したギルドにとっては歯痒いことであるが、往々にしてある。
故に、大陸内を冒険し終わった時に自国へ根を張って活動してもらう為に、将来有望な冒険者へは唾をつけておく―――もとい、サービス精神満載で対応し、好感を持ってもらうことに各国のギルド職員たちは必死なのであった。
―――まあ、そういう思惑もあるのは確かであるが、決してルイナを騙そう誑かそうという悪意があるわけではない。むしろ逆に、ルイナにとってより良い選択が取れるよう導いてあげたいという厚意の表れであった。
「は、はぁ……でも、私、ミチさん―――えっと、一緒に受けに来たヒトと冒険に出る約束をしていますので―――」
ただ、ルイナはミチと一緒に冒険をすると約束をしたのである―――と、彼女は思い込んでいるがその実、現時点でミチはその約束に応の返事をしたことはない。その返事を聞くより前に色々とあった為、彼女の中で既に一緒に冒険に出るという妄想が出来上がってしまっていたのだった。
―――しかし、その発言の虚実はともかく、それを聞いて彼は、はっとばつが悪そうに顔を顰める。
「ミチさん―――あの魔術師志望の方ですね」
「はい……えっと、何か問題が?」
彼の表情の変遷を見て、ルイナは恐る恐る尋ねる。ここへ来て、まだ何か問題があるのか、不安に思ってしまったのである。
そして、その考えは正しかった。ルイナの問いに彼が返してきた答えは、彼女の顔を蒼白にさせるものであったのだった―――
「……はぁ~」
ルイナが退出した後、部屋に残った彼は椅子に深くもたれかかり、重くため息を吐いた。
―――彼女には、申し訳ないことをしてしまった。まさか、そんな約束をしていただなんて。
彼は思う。まだ成人前後と思われる少女に対して、酷なことをしてしまったと、心に若干の後悔の念を添えて。
しかし、それは仕方がないことなのである。むしろ彼女の為を思えば、いや、彼女達の為を思えば、それは仕方がないことなのである。
―――そう割り切ったところで、いかに仕方がないこととはいえ、少女にあんな顔を浮かべさせてしまった罪悪感は、拭えない。
「はぁ~……」
コンッコンッ―――
彼は二度目のため息を吐く。それはあと幾回か続きそうであったが、それよりも前に戸を叩く音が聞こえる。
「―――どうぞ」
ガチャリ―――
「失礼します」
彼は居住まいを正し、ノックに応じる。戸を開けて入ってきたのは彼の部下―――もう1人の登録希望者、ミチの適性試験の監督を任せていた者であった。
「お疲れ様です、主任―――どうしたんですか、何だかお疲れのご様子ですね」
「ん、いや―――まあ、色々あってな。今日は興奮と後悔と、色々ある一日だったよ……まあ、その話は後にしておくか」
「はい、後にでも是非。ふふっ、わたしの方も色々あって大変だったので、積もる話は後で報告し合いましょ」
「ん、そうするか」
そして彼は部下を対面の席へ招き入れ、座らせる。
「こちらを」
「ん―――」
部下より差し出される羊皮紙―――魔術師志望であるミチの採点書を受け取る。
魔素許容量測定23点、魔素変換効率測定22点、魔術学理解21点、魔術適性32点―――前回の適性試験においてEランクの魔術師相当の評価だった彼女。今回も学校に通ったとはいえ、その点数が大きく変わることはないだろうと彼は考えていた。
それもそのはずである。人間種において、魔術の強さは生まれた時の素養が大きく影響する。
魔術を使用するのにどれだけ燃費良く魔術を行使できるか、どれだけ強力な魔術を行使できるかは生来の素質と魔素変換効率によって決まる。後天的に伸ばせるのは魔術学理解と魔素許容量くらいであり、それは半年間養成学校に通ったところで劇的に変化することはあり得ない。
「っ―――?!!」
故に、彼は部下に手渡された羊皮紙に書かれている内容を見て、声にならない驚嘆の叫びを上げた。
「これは……」
「ね、だから言ったじゃないですか。色々あって大変だった、って」
彼が驚きのあまりに言葉を失くしていると、部下がにこりと悪戯が成功した子供の様に意地悪く笑う。
「いったい……」
一体何が起こっているというのだ―――彼の疑問の声は、言葉にならずに胸の内へと消えていく。
彼は今日という日を生涯忘れない。戦士ルイナと魔術師ミチ―――この2人を見送った今日という日を、彼は生涯、自慢話として語り継ぐことになるのであった。




