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42.見敵必殺―目に映る敵は必ず殺す―(下ー後編)





 模擬戦闘の試験において、ルイナは対戦相手と対峙しつつ―――しかし、相手が敵意を宿した瞳で睨みつけてくるのに対し、合否の運命を握る『見敵必殺』のスキルが未だ発動せず、その場を動けずにいた。


 ―――やっぱり、()()じゃないとダメなのね……ルイナは相手の腰に差さる剣を見ながら、より強者らしく振る舞う為に、妖艶な笑みを湛えて大仰に手を広げる。


「さあ、戦いましょう、全力で。んふふ―――あなたはどれくらい、私を楽しませてくれるのかしら?」

「っ―――!」


 ルイナは、ちらちらとその剣に目配せをしながら語る。言外に、早くその剣を抜いてと言わんばかりに―――その剣が抜かれなければ、『見敵必殺』は発動しないのだから、彼女は必死だった。


 そう、それこそがこのスキルの、もう1つの厄介な特性であった。


 『見敵必殺』は発動する際、相手が自分にとって危険(てき)であるかどうかの判定を行っている。

 今までルイナに敵意を向けた者が、得物を鞘から抜いた瞬間や構えた瞬間に返り討ちにあっていたのは、この『危険度判定』の為であった。得物を抜かず無手の状態の者は危険(てき)と見做さず、抜剣した状態の相手を危険(てき)だと、スキルは判断していたのだった。


 そして、この発動条件が、木剣を構えた対戦相手の彼のことを危険(てき)だと判定しないのではないかと、こうして立ち合うまで不安だったが―――どうやらその憂慮は当たっていたらしい。

 だからこそ未だ『見敵必殺』は発動せず、彼女はより危険度の高い真剣が、自分に向けられるその瞬間を待ちわびる。


 しかし、相手は意固地にも真剣を抜かない。木剣を構えたまま微動だにしない。

 ルイナは、まさか自分の目配せによって相手が警戒して剣を抜けずにいる、などということに思いもよらず、自分はまだその剣を抜くに能わない存在でしか見られてないと悟り、焦る。


「んふふ、強情なのね。それならもう一回―――」


 そして彼女は『光陰如箭』で跳ぶ。もう一度背後を取り、只者ではないぞ、強者だぞとアピールする為に、対戦相手の後方に移動する。


「―――ふッ!!」


 ―――ブゥンッ!


 ―――移動した直後、彼女の目と鼻の先を凄まじい勢いで木剣が通り過ぎていく。


(ひぃぃぃっ!!!?)


 ルイナは目の前を通り過ぎる暴力に、重たい木剣が鈍い音を上げて鼻先を掠っていく光景に、心中で悲鳴を上げる。

 迫る剣筋に反応するどころか、その木剣が通り過ぎた後でやっと身に迫っていた危機を把握し、身体を恐怖に硬直させる。


 ―――この事態、この悲鳴、この反応の鈍さこそが、『見敵必殺』に頼らなければ、彼女が模擬戦闘に合格できない理由であった。


 彼女には戦闘の素質が全くなかった。


 養成学校における模擬戦の講習で、彼女は相手に一太刀すら当てられたことはない。相手から仕向けられる太刀筋をなすことも出来ない。およそ戦士としての素質は一欠けらたりともなかった。講師陣から、頑張りは認めるが……と言葉を濁される程に、彼女は弱かった。

 どう打てばよいのか、どう薙げばよいのか、どう突けばよいのか、どう避ければよいのか、瞬間ごとに変わりゆく戦況に応じられるほどの戦闘センスを、彼女は全く持ち合わせていなかったのである。故に最弱、故に無能。


 その最弱無能ぶりを補完してくれるのが、『見敵必殺』なのであった。これは彼女の意志や考えとは関係なく、問答無用に且つ理に適った動きを強制する。

 動きの『光陰如箭』、力の『蟷螂之斧』、索敵の『長目飛耳』、それら全てを宝の持ち腐れとしてしまう不器用なルイナを救うのが、技術の『見敵必殺』なのである。


 そう、彼女が『戦闘』というていを為した動きをするには、『見敵必殺』の発動が必要不可欠なのであった。


 ―――しかしそれも、発動しなければ意味がない。木剣による一撃をすんでのところで外してもらえたことに安堵したルイナは、しかし何故『外してくれたか』を察し、慌てる。


「……何かしら、今の? まさか、攻撃のつもり?」


 そう言ってルイナは横柄な態度を取る。そうしなければ、先の一撃で勝負がついてしまうかもしれないと思ったからだ。


 前回の模擬戦闘においても、その勝敗は寸止めにて決した。そうであれば、先の攻撃も『無防備な女の子相手を打つのは可哀相だからわざと外してあげた。けれどこれが実戦だったら死んでたよね?』と言われたら、その時点で試験が終わってしまうかもしれない。


 だからこそルイナは、先の一撃を攻撃と認めていないと言い張るしかなかった。それがどれだけ屁理屈であっても、我が儘だと思われても、恩を仇で返す行為であったとしても、何もせずに試験を終わらせるわけにはいかなかった。


「……ちっ」


 そんなルイナの言に、対戦相手はこれ見よがしに舌打ちをしてくる―――しかし、その構えは解かずに、試験を続行する心算を態度で表してくる。

 そんな彼に、ルイナは心中で何度も頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を繰り返すのであった。


「さぁ、かかって来いっ! てめぇのそのつら、叩き斬ってやるぜっ!」


 そして変わらず、相手は木剣を構えて受けの姿勢を貫く。

 何故かその表情がより好戦的になったのは、敵意を持ってほしいルイナにとって有難いことであるが、もう色々と精神への負担が限界なので、一刻も早く真剣を抜いてほしいと彼女は思うのであった。


「―――んふふ、威勢のいいこと。でも、それなら早くその腰に下げているものを抜いた方がいいんじゃないかしら?」


 だからもう、言外にとか遠回しにとかではなく、直接そう言った。早く、お願いだから抜いてよと、心が疲弊しきった彼女は懇願の気持ちでそう言ったのであった。

 しかし、相手は聞く耳持たず、むしろよりがっちりとその構えを固くしてルイナを睨む―――何故そうなってしまうのか、ルイナはもう、考えることを諦めてしまいたくなる。


「―――来ないつもりなのね。仕方が無いわ、それじゃあ……こちらから行くわっ!」

「来いっ―――!」


 そしてルイナは再び、『光陰如箭』を発動する。移動先は―――相手よりも遥か後方、試験場の壁際にあった棚の前である。


(よしっ―――!)


 ルイナはそれに向かって杖を振るう。棚の骨組み目掛けて、それを壊そうとして―――


 ―――ところで。

 この時彼女は『蟷螂之斧』を発動させているつもりであった。それは『この棚を壊したい』という意志かんがえが彼女にあったからだ。

 彼女の非力さでは棚を壊すには能わない、つまりその意志をもって杖を振るった瞬間、自動的に『蟷螂之斧』は発動するはずであった。


 そして、『蟷螂之斧』は間違いなく発動していた―――のだが、その発動の仕方は彼女の望んだものと、()()違っていた。


 そもそも、何故彼女がこんな行動を取っているかというと、自分の力を見せつけ、木剣では心もとないですよね? 真剣を抜いたらどうですか? という警告を相手に投げつける為であった。つまり、うわべの理由は『棚を壊したい』であるが、本音のところを言えば己の力を誇示させたかったのである。


 そして―――ちなみに、彼女はヒト相手に『蟷螂之斧』を発動させることは出来ない。『蟷螂之斧』の発動条件である『立ち向かう意志を持つ』というものが、『人間種に危害を加えたくない』という彼女の倫理観に引っかかってしまうのだ。

 相手が悪であるならまだしも、善良な人間種を痛めつけるのは、彼女の心の中にとげを生む。

 よって、問答無用にそのスキルを有効利用してしまう『見敵必殺』が発動している時以外、彼女が人間種相手にその怪力を発揮することはない。


 そして今、『己の力を誇示させたい』というルイナの本音と、深層心理たる倫理観に及ぶまで深慮する発動条件の判定が絡まり―――『蟷螂之斧』は、その力を発揮させる。


 ―――ドガァァァンッッ!!!


「………え?」


 ルイナは呆然とその場に立ち尽くす。棚を壊すつもりで振るった杖がその棚を易々と砕き、勢いそのままに壁へとぶつかり―――壁を大破させてしまった。

 目の前には大穴。壁の向こうの部屋にいるヒトが、ルイナのことを仰天した表情で見返してくる。そんな風に見られても、ルイナも唖然とした表情を返すほかない。


 ぱらぱらと落ちてくる壁の破片を見つつ、しかし何故このようなことになってしまったのかルイナには理解が出来ない。理解が出来ないが―――背中に突き刺さる視線が痛い。彼女は、ぎぎぎと気まずそうに首だけを動かし、振り返る。

 目に入るのは試験場の場の中心で立ち尽くす対戦相手、そしてその向こうにいる試験監督。彼らもまた、呆然とした表情を浮かべているがその目は壁に空いた穴とルイナの顔を行き来している。


 ここにおいて、『蟷螂之斧』はルイナの意志ほんねを汲み取り、最大限に力を誇示できるように―――つまり、棚だけじゃなくて壁ごと壊しちゃおうぜ! という粋な計らいでもって、そのスキルを発動させていたのだった。

 ―――とは言うものの、スキルには悪ふざけをするような意志や思考はもちろん無い。あるのは厳然たる発動条件の判定のみ。発動条件に則った結果、使用者ルイナの意図に反して過剰に効果を発揮してしまった―――ただ、それだけなのである。


 ルイナは対戦相手を見る。最早演技も忘れて、その瞳に懇願の意思を乗せて。

 ―――もう、余裕ぶっていないで早くその木剣は捨てて下さい。自分がこれ以上変なことをしでかす前に、一刻も早く真剣を抜いて終わりにさせましょう、と。

 そうでなければ、もう彼女の精神は保ちそうになかった。


「……っ―――!」


 そしてそのルイナの必死な思いがようやく通じたのか、今まで頑なに木剣を手放さなかった相手がそれを打ち捨て、腰に差さった剣を抜き放った。

 ルイナの目論見が、見事に成功したのである。


(良かった……)


 ―――ドゴォオッッ!!


「ぐはっ―――」


 心中で安堵のため息をついていると、次の瞬間、ルイナの視界がブレる。『見敵必殺』の発動条件が全て満たされたのだ。

 身体は勝手に動き、『光陰如箭』や『蟷螂之斧』といったスキルも意志に依らず発動し、杖は振るわれ―――対戦相手を一撃のもと、吹き飛ばしたのであった。


 こうして、ルイナにとっての最大の難関―――模擬戦闘の試験は終わったのである。

















 ―――ところで、模擬戦闘がこのような結末に終わり、試験監督の彼はどのように採点を行なうか頭を悩ませていた。

 それもそのはずである。試験の規定では対戦相手を倒すことは想定されていない。受けの姿勢を貫く熟練の元冒険者に対し力を存分に発揮させ、その立ち合う姿から力量を測り採点するのが、模擬戦闘の本来の趣旨である。


 その試験において、このギルド本部に常駐している職員の中で最も強い、武闘派と謳われたアーセンを倒してしまったのである。

 それまでも、他項目における彼女の人並み外れた能才を目の当たりにしていた彼は、どうにか彼女に100点以上の採点を出来ないものかと考えていたのであった。


 ―――しかし、結果から言えば満点以上の加点はギルドの規定により、認められなかった。故に、彼は口惜しさとルイナへの申し訳なさを感じつつ、こう記したのであった。


 『模擬戦闘―――100点』








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