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41.見敵必殺―目に映る敵は必ず殺す―(下-前編)

 








「―――私の中には、もう1人の私がいます」


 そう言って、ルイナは胸の内から取り出した指輪を、仰々しく指へ運ぶ。その表情は無感情を、その瞳は無感動を貫く。

 何も思うな。何も感じるな。何も考えるな―――ルイナは努めて自分に言い聞かせる。


 言い聞かせ、言い聞かせ、言い聞かせ―――


(やっぱり無理ぃっ!! なにこれ、恥ずかしいっっ!!!)


 どれだけ言い聞かせたところで、自分の心を偽ることは出来なかった。

 恥ずかしさのあまり、心が挫けそうになる―――それでも、彼女はやけくそ気味に()()()()()()


「ふふ……」


 そして彼女は、最早浮かべ慣れた妖艶な笑みを表情に映し―――()()()()()()()()()()()()()()()を始めるのであった。














 この適性試験の土壇場において、彼女がそんなふざけた真似を行なうのには、ある理由があった。


「あんたのスキル、『見敵必殺』―――これには非常に厄介な特性があるわ」

「厄介な特性……ですか?」


 それは寮の自室での会話。ルイナがミチと一緒に、自身が習得しているスキルについての調査を行っていた頃の話。

 ルイナが今までこの『見敵必殺』が発動した、あるいは発動してもおかしくないのに発動しなかった過去の戦闘体験を語っていると、ミチは気難し気に眉をひそめ、そう指摘したのである。


 それまでに彼女達は3つのスキル、『光陰如箭』、『蟷螂之斧』、『長目飛耳』についての効果とその発動条件を解き明かしていた。それぞれ移動強化、肉体強化、索敵特化とバランスの取れたスキル構成であり、そこに元々ルイナが把握していた『無痛覚』という継戦けいせん能力向上のスキルも加え、およそ化け物と言っても過言ではない仕上がりとなっているルイナであった。


 そしてその彼女が習得していると思われる5つ目のスキル、『急襲』に連なる上級スキル、『見敵必殺』においての効果と発動条件が洗い出されたところで、ミチは語った。


「『見敵必殺』は目視範囲内の敵に対して、問答無用且つ合理的に奇襲を仕掛けるスキルよ―――そこまで理解は出来てる?」

「は、はい……」


 ミチの言葉にルイナは頷く。

 このスキルのせいで意図せずヒトや同族きゅうけつきを殺してしまい、また意図した際には力を振るってくれずにルイナは適性試験に落とされた。

 わけ分からずの内に習得したスキルの中で、自分を最も翻弄してきたのは間違いなく、『見敵必殺このスキル』であるとルイナは確信していた。


 この『見敵必殺』―――その力が振るわれる条件は、他のスキルよりも複雑である。


 まず、対象を目視範囲内に収める必要がある。例えば背後からの奇襲や視野に収まらない遠距離からの攻撃にはこのスキルは対応できない。


 次に、対象が敵意や害意をもった敵であることが必要となってくる。模擬戦の講習において、生徒相手にこのスキルが発動しなかったのは、この条件に当てはまらなかったからであった。


 そして最後に、このスキルがそもそもは『奇襲スキル』であるということだ。奇襲であるから、その発動は1人の相手に対して1度きり。避けられれば2度目の発動はない。

 今までは全ての敵を一撃で屠ってきたからこそ露呈しなかったが、そういったところも融通が利かないスキルだなぁとルイナは思ったのであった。


 そしてそれら3つの条件が全て達成された時、身体は問答無用に動き、その場における最速最善の攻撃手段でもって敵を討つ。それが『見敵必殺』の全貌であった。


「―――と、そんなわけで。大きく分けて3つの条件があるわけだけど……」


 3本の指を立てながらミチは語り終えると、2本目に立てた指を反対の手で指差した。


「2つ目の条件、『敵意や害意をもった敵』っていうのが厄介よ。どう厄介か、分かる?」

「え、そこなんですね……えっと、敵意が無い相手には発動しないから、ですか?」


 ミチに問われ、ルイナは答える。


 ちなみに、ルイナ自身が厄介だと思っていたのは、血を出したくないにも関わらず『問答無用に身体が動く』という部分であるのだが―――それはこのスキルの強さの、根幹を成す部分である。その部分が大変有難いものであることを、今後彼女は身に染みて理解していくのだが、それはまた別の話である。


「当たらずとも遠からず、といったところね。その答えはある意味、正しくないわ。あたしが厄介って言いたいのは、その『敵』ってやつの曖昧さよ―――何が言いたいか、分かる?」


 ミチの問いに、ルイナは首を振る。それを見て、ミチは大きくため息を吐くのであった。


「……つまりは、こういうことよ―――」


 そしてミチは語る、その特性の厄介さを。

 それを語られたルイナはミチの言に驚き、納得し、そして同時に頭を抱えてしまうのであった。






















 ―――恥ずかしい。

 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしいっ、恥ずかしいっ!!


 ルイナは既に始めてしまった、その『自分の物真似』という事象に、心がねじ切れる程の精神的苦痛(はずかしさ)を感じていた。


 しかしその演技は今更止められない。指輪を嵌めたら別人格とのたまった手前、もうルイナとしての表情を見せることは許されないのだ―――それは、演技であることがバレるのと同義であり、演技だとバレた瞬間、彼女は死をもってその恥をしのごうと本気で考えていた。


 ちなみに、彼女が嵌めた指輪はナトラサの街から持ってきてしまった借り物の指輪である。見る者が見れば息を呑むほど高価なそれは、しかし戦闘に役立つ効果を何ら持っていない。もちろん、封印された人格を目覚めさせるような効果も持たない。

 つまり、指輪を嵌めることに実のところ、意味はない。ただ、芝居に小道具はつきものである。指輪を嵌めることによって、相手が『それっぽい』と思ってくれるのであれば、それに越したことはないのである。


 ―――ところで、彼女が唐突にこのようなふざけた真似をし始めたのには、もちろん理由わけがある。

 戯れというわけでもなく、上級スキルをいくつも持っている強者のおごりというわけでもなく―――嘘偽りなく、この演技こそが試験に合格する為の、唯一の活路なのであった。


 実はこの試験、彼女が『見敵必殺』を発動できるか否かで合否が決まるといっても過言ではない状況なのだ。

 それはルイナとミチが2人で話し合った総意であり、紛れもない事実である。ルイナもその結論には納得しており、『見敵必殺』を発動させる為に必要な『秘策』をミチから伝授され、それなら何とかなるかもと安堵したのも確かである。


「んふふふふ―――」


 しかし、今彼女はその妖艶な笑みを浮かべながら、心中では後悔真っ盛りである。ミチの考えた『秘策』―――自分を演じるというのは、筆舌に尽くしがたい程恥ずかしかった。

 恥じらいが頬を上気させ、怖気づきそうな心が瞳を潤ませ、緊張が唇をカサカサに乾かし、思わず舌で舐めてしまう。それらの挙動が相手方にどのように見られているかも知らない彼女は、演技がバレていないかどうか、不安でたまらなかった。


「お、おまえ……いったい……」


 だからこそ、相手が唖然とした表情でそう問いかけてきた時に、ルイナは心の中で悲鳴を上げた。


 言わないでっ! それ以上は聞かないでっ! お前何やってるんだとか言われたら、恥ずかしさで死んじゃいそう―――!

 そう、ルイナが願ったからか、あるいは想いが通じたからか、相手は居住まいを正し、問い直してくる。


「てめぇ、一体―――今まで何人殺した?」


 やった! 騙せた!

 ルイナは心中で、ぐっと拳を握る。そう問うてくる相手の目には警戒の色が浮かんでいた。それは今までルイナに対して浮かべていた油断や侮蔑の色とは大きく意味合いが違う―――故に、彼女は更に警戒を強めてもらえるよう、圧倒的強者を演じる。


「んふふ、分からないわ。10より先は数えていないの」

「っ―――!」


 そしてルイナが強者ぶってそう応えると、ついに相手の瞳の中に明確な害意―――敵意が生まれたのを、ルイナは感じた。


 ―――そう、敵意である。『見敵必殺』を発動させるには、相手に敵意や害意を持たせる必要がある。

 前回の模擬戦闘において、『見敵必殺』が発動しなかったのは、相手に害意も敵意もなかったからであった。杖を弾き飛ばし、木剣を寸止めにするつもりで戦っていた相手のことを、『見敵必殺』は敵ではないと見做みなしていたのである。


 そこがこのスキルの厄介な特性の1つである―――つまり、発動条件が『相手が敵意を持っているかどうか』という、発動の如何いかんが相手に依存しているところである。

 この条件について、その敵意があるかどうかの判定はスキルが行っており、いくらルイナが相手に敵意があると思い込もうとしたところで無駄である。


 故に、彼女は相手に敵意を持ってもらうべく、自分のことを油断しても勝てる弱者ではなく、油断ならない敵であると思い込ませる為に演技を始めたのだった。


 そして今、ルイナはその演技でもって見事相手の敵意を引きずり出すことに成功した。あとは『見敵必殺』が発動し、勝負は終わる―――わけでもなく、彼女の身体の制御は未だ、彼女に預けられたままなのであった。










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