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40.見敵必殺―目に映る敵は必ず殺す―(中)

 






「さあ、戦いましょう、全力で。んふふ―――あなたはどれくらい、私を楽しませてくれるのかしら?」

「っ―――!」


 目の前の少女は軽やかに嗤う。まるで戦いを児戯のように、命を慰みのように語る。

 それに対してアーセンは、木剣を構えたまま動けずにいた。


 最早今、彼は木剣を構えてしまっているのである。正眼に構え、腰を落とし、どこから打ちこまれても即応できるような体勢を整えていた。腰に差さる大剣を抜くためには、一度その構えを解かなくてはならない。

 しかし、彼は知っている。先ほど目の前の少女が、何の予備動作もなく俊敏に動き、自分の背後を取ったことを。それに今、少女の声音は軽やかであったがその目線は忙しなく動き、彼の動向を探っていた。一分の隙も見せられない状況―――それ故に、彼はその受けの構えを崩せずにいた。


 腰の得物を抜くためには、一瞬でも相手の隙を作り出さなければならない。相手の初撃を木剣で受け流し、一合いちごう交わした後に真剣へ抜き替える。そうでなければ、自分の命は次の瞬間、その愉悦を湛えた微笑みの殺人鬼に、刈り取られているかもしれないのだ。


 彼の頭からは既に、この立ち合いが適性試験の模擬戦闘であるという認識は取り外されている。目の前にいる者は、死を喰らう鬼である。油断や楽観をしていては―――られる。


「んふふ、強情なのね。それならもう一回―――」

「っ―――!」


 そして少女は再び嗤い―――、その姿がぶれて掻き消える。

 瞬間、アーセンは下級スキル『感知』を発動させ、その鋭い感覚を前後左右へ渡らせる。己の気配を全方位へ飛ばし、そこから返ってくる微かな気の震えを察し、彼は―――左斜め後方へと木剣を振るう。

 背後を取り、機を捉えたと勝ち誇っていると思われる少女に対して、痛打を与えるべく裂帛の一閃を―――下級スキル『強斬』の力を乗せ、走らせる。


「―――ふッ!!」


 ―――ブゥンッ!


「っ―――」

「……何かしら、今の? まさか、攻撃のつもり?」


 だが、少女はその一撃を()()()()()()()避けたのだった。彼の振るった一閃は、彼女の鼻先を僅かに掠めるだけに終わる―――少女はその空振りに終わった一撃を見て、興覚めだ、不愉快だと言わんばかりに鼻白はなじらんだ様子でアーセンを睨みつける。


 そして、アーセンは常の癖で振るった木剣を再び正眼に構えてしまう。もしかすると、今のが真剣に替える好機であったかもしれない。だが、彼は気合の一閃を避けられたことに怯え、自然と受けの構えを取ってしまったのであった。


「……ちっ」


 己の失策に気づき、彼は舌を打つ。しかし、今更どうすることも出来ない。立ち合いは、再び振り出しに戻ったのである。

 そして彼はこの一合により、目の前の少女の技量と度量が、相当に上手うわてであることを悟ったのであった。


 先の木剣での一撃―――これが空振りに終わってしまったのはアーセンが少女の気配を完璧に捉えきれなかったのが要因であったが、それは彼の実力不足というよりは、少女の立ち回りが上手であったというより他にない。

 少女の放つ気配が、非常にいびつなのである。その身から感じる存在感は大きく、しかし闘志は未だ小さく。気配を察したアーセンが剣を振るうにあたり、その強大な存在感に押し負け、間合いを短く見積もってしまったことが、空振りの要因であった。


 そして、それは空振りに終わってしまったが、アーセンにとって気合を込めた一撃であった。それが迫るのに対し、少女は微動だにしなかった。普通は僅かなりとも回避行動を取るはずである。

 それを彼女はしなかった―――恐らく、迫る一撃が空振りに終わることに気づいていたからだと、アーセンは悟った。彼我の距離、木剣の間合い、迫る剣筋、それら全てを瞬時に把握し、その一撃が当たらないと確信したからこそ、彼女は回避しなかったのだ。

 何たる技量、何たる度量であろうか。


「―――はっ」


 よもや、自分がここまで弄ばれるとは―――アーセンは、苦り切った心で嘲笑を上げる。


 呆れた強さだ、大した化け物だ、こんな奴相手に俺は勝てるのだろうか? ―――いや、そもそも生きて帰れるのだろうか?

 久方ぶりに感じる、死が背中に貼りついてくる嫌な感触。

 ―――そしてそれに負けじと沸き起こってくる、不屈の闘争心。


「……おもしれぇっ…!」


 彼が浮かべたのは『獰猛な苦笑』であった。生にしがみつく、生を諦めない、死ぬのは全てやれることをやり切ってからだ。殺せるものなら殺してみせろ―――この時をもって彼の意識はギルド職員ではなく、A級冒険者アーセンへと切り替わったのである。


「さぁ、かかって来いっ! てめぇのそのつら、叩き斬ってやるぜっ!」

「―――んふふ、威勢のいいこと。でも、それなら早くその腰に下げているものを抜いた方がいいんじゃないかしら?」


 それが出来れば苦労しないっ!

 アーセンは少女を憎々し気に睨み返す。彼女は、分かって言っているのだ。一瞬の隙も見せられない中、得物を替える事など出来るわけがない。彼がその言にたぶらかされ、のこのこと腰の剣を抜けば、その瞬間に間違いなくやられる。

 故に彼は、剣を抜かない。次の一合をしのぐ為に気を練り、少女の挙動に注意を払い、腰を落として迎え撃つその時を待つ。


 そんなアーセンを見て、少女は落胆の顔を見せる。


「―――来ないつもりなのね。仕方が無いわ、それじゃあ……こちらから行くわっ!」

「来いっ―――!」


 そして三度みたび、少女の姿が掻き消える。アーセンは『感知』のスキルを発動させ、周囲に気を散らす―――しかし、気配を掴めない。

 どこへ行った、どこへ消えた? アーセンが戸惑い、そのスキルの範囲を押し広げていった、その時である。


 ―――ドガァァァンッッ!!!


「っ?!」


 アーセンはその破壊音を聞く。それは彼より見て遥か後方、試験場の端より聞こえてきた。


「な、なんだ……こりゃ……」


 そしてその音に振り返り、彼が見たものは―――試験場の壁、その一部が崩落し、向こうの部屋が見通せるほどの大穴が開いている様であった。

 ―――その穴の前には、杖を振り終えた姿勢のまま佇む銀髪の少女がいた。その瞬間を見てなくとも、彼は悟った、この穴は彼女が空けたものであると。


「冗談、だろ……?」


 しかし感覚とは裏腹に、その光景に納得できない理性の悲鳴が、彼の口をついて出る。壁を壊すなど、戦鎚か破城鎚でもなければ叶わない。とてもあんな細身の杖と腕で為せる業ではない。

 一体何をどうしたら、あんな状態になるのか。全く、理解が出来なかった。


「………」


 そして少女は振り返る。人形のように首だけを動かし、アーセンを見る。その表情からは先ほどまで浮かべていた妖艶な笑みは消え、代わりにただただ空虚な瞳が印象的であった。

 それは見る者に絶望を感じさせる。それは見る者に死を連想させるーーー()()()()()()()()と、その瞳は語っていた。


「……っ―――!」


 アーセンはとうとう、その木剣を打ち捨てた。

 目の前の事態を、目に映る光景を信じるのであれば、壁すら崩す少女の前に木剣など紙切れ同然、攻撃を受けるにも凌ぐにも能わない。


 故に彼はその大剣を抜く。抜き放ち、構える。

 目に敵意を宿して。己の命を刈りに来る『化け物』が次に動いた時、その身を斬り裂かんと身構える。


 ―――ドゴォオッッ!!


「ぐはっ―――」


 しかし次の瞬間、彼の意識は暗転する。

 大きく響く鈍い音、反転する天井と床、身体の中身が全てひっくり返るような浮遊感。それらを感じながら、彼は意識を失ったのである。



















「あ、アーセンさんっ!」


 試験監督の彼は、吹き飛ばされたアーセンの下へ駆け寄る。

 アーセンの身体は試験場の場より弾き出され、壁際の方まで転がっていった。ヒト1人の身体をそこまで吹き飛ばす衝撃をもろに喰らい、無事でいるはずがない―――彼は背を走る冷たいものを感じながら、アーセンの身体を抱き起す。


「アーセンさん、アーセンさん! しっかりして下さいっ! 傷は―――あ、あれ?」


 しかし、アーセンの服をはだけさせ傷を見ようとした彼の目に映ったのは、打撃痕も内出血の痕もない綺麗な肌であった。


「あ、あれ? おかしい―――えぇ? あれ?」


 石造りの壁を殴り壊す威力で殴られたのである。本来なら、衝撃のあまり腹が破かれていてもおかしくない状態である。

 それが血も出ていなければ打ち身の痕すら残っていない―――凄惨な状態を見てしまうのも覚悟していた彼は、その光景に目を白黒させる。


「―――そのヒトなら大丈夫だと思います。この杖で殴られたヒトは怪我をしません」


 そんな彼の背後から、声をかけてくる者がいる。

 はっとその声に振り返り、彼が目にしたのは、嵌めていた指輪を外し、悠々と歩いてくるルイナの姿だった。









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