38.長目飛耳―その耳目は千里を明かす―
3.スキル評価(戦士推奨項目)
「ルイナさん、あなたどんなスキルを持っているんですか!? 教えてください! あっ、これはスキル評価の試験だと思っていただいて結構ですっ!」
「えっ、ここで? あ、はい。え~と、ですね……」
興奮冷めやらない様子の試験監督の彼は、怪力測定を終えたそのままの部屋でスキル評価を始めた。その鼻息は、とても荒かった。
その様子に怖気づきつつも、ルイナはミチとの『秘密の特訓』―――ルイナが習得していると思われるスキルの特定と発動条件の、調査及び実験の結果を答えるのであった。
「まず、『光陰如箭』です。あと、さっき使った『蟷螂之斧』です」
「『光陰如箭』は分かりました。体力測定において見たので間違いないでしょう。それと『蟷螂之斧』ですが―――これはどういったスキルでどういった条件で発動しているのか分かりますか?」
「えっと……たしか―――」
そしてルイナは、ミチと一緒に文献を漁って調べ、身をもって実験した結果を語る。
『蟷螂之斧』は、自分の力だけで敵わない相手や困難に対し、それに立ち向かえるだけの力を与えるスキルである。
その発動に必要な条件は、怖れず立ち向かうこと。己の斧だけで巨大な敵にも相対する蟷螂のように、恐れを抱かず、ただ前に向かっていく意志が必要なのであった。
―――初め、ルイナはこの力のことを『金剛力』であると思っていた。ナトラサの街でグーネル男爵に指摘された言葉を、そのままそうだと思い込んでしまっていたのだ。しかし、発動条件のない単純な肉体強化系スキルの『金剛力』であれば、彼女の常の非力さの説明がつかない。
そもそも『金剛力』の効果は、鍛えられた筋力を数倍に強くするというあくまで増強であって、底上げではないのだ。これが例え、上位にあたる上級スキル『怪力無双』であったとしても、彼女の普段の非力さと緊急時の強さのギャップは埋められないだろう。
ここに目を付けたミチが大量の文献を漁り、窮地にしか発揮されない力、そして常態の彼女との圧倒的戦力差を鑑み、そのスキルが『蟷螂之斧』であることが特定されたのであった。
「―――なるほど、分かりました。不勉強で申し訳ございません」
「えっ、いえ、そんなことはないです…」
試験監督が殊勝に謝ってくるのに、ルイナは戸惑ってしまう。あれだけ文献を漁って、このスキルの名が挙がったのはほんの1冊の冒険譚だけであった。そのスキルの名前を知っているだけ、さすがギルドの職員だなぁとルイナは感心していたのであった。
「あと、それと『長目飛耳』―――」
「まだあるんですか?! ちょうもくひじ……『長目飛耳』ですね! 分かりました、こちらへ来てください!」
続けて習得スキルの説明をしようとしたところで、彼は驚きに目を見開き、食い気味に話を進め、ルイナを部屋の外まで連れ出す。
ルイナはその慌ただしさに目を白黒させつつ、部屋の外へ連れ出され、きょろきょろと辺りを見回していた試験監督にやがて指さす方向を見るよう言われる。
「あちらに貼り紙があります。その中の―――そうですね、上から2番目、左から3番目にある羊皮紙、そこに書かれている内容が読めますか?」
彼が指したのはギルド内の廊下―――その先の壁際に貼られている羊皮紙の群であった。あまりにも遠い為、その存在は認められるが、常人であればそれらの文字を読むことは適わない。ここに来るまでに通った道でもない為、事前に盗み見ることも不可能である。
「え~と、『第13回ギルド職員旅行のご案内、皆さま日々の業務お疲れ様です。今年もギルド職員同士で親睦を深める職員旅行を予定しております。今回の旅行先は―――』」
「結構です。確認してきますので少々お待ちください」
しかしルイナは読み取った貼り紙の内容をすらすらと語る。
彼はその声を遮り、張り紙のもとへ向かう。そしてその内容を確認するとルイナのもとへ戻ってきた。
「確認しました。内容に間違いはありません」
そうして彼は認めた。彼女が『長目飛耳』を使えることを。本来、使っているスキルが『長目飛耳』であるかどうかはその視力と聴力、両方の精度の高さを入念に確認しなければならないにも関わらず、である。それは、例えば視力向上だけであれば下級スキルの『鷹目』でも叶うからである。
ちなみに『鷹目』と『長目飛耳』の差は、圧倒的な精度の高低で語られる。
前者であれば50歩ほど離れた人物の顔のホクロの数を数えられる程度であり、後者は100歩離れた人物の睫毛の本数を数えられる程である。
それを思えば、この程度の測定では『長目飛耳』の真価は発揮されておらず、その真贋を確かめるには不十分であった。
しかし、『光陰如箭』と『蟷螂之斧』という上級スキルを2つ使えるという時点で、スキル評価は満点なのである。最早試験としての体裁はどうでもよい。そのスキルの真贋を確認するのは、必須ではない。
彼の関心は、最早目の前の彼女が他にどれだけスキルを使えるのか、ただの好奇心でしかなかった。
「……他に、もうスキルはありませんか?」
「いえ、あとは『無痛覚』と、『見敵必殺』、合計5つです」
「『無痛覚』、『見敵必殺』……」
彼は熱に浮かされたように、ルイナの言葉を繰り返す。
今まで、適性試験を受けに来た者の中に―――いや、それどころか世にいる冒険者の中に、これほど多岐にわたってスキルを習得した者がいるだろうか。
まず、いない。
彼は最早、信奉する。ルイナの強さを、ルイナの力を。故に彼は手を震わせつつ、羊皮紙に記すのであった。
『スキル評価―――100点』




