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3.成人の儀

 


 とうとう迎えた成人の儀当日。


 12歳となったアリスは吸血鬼の伝統的衣装―――白地のワンピースと深紅の紋の刺繍が縫い込まれた漆黒の外套を身に纏った自分の姿を鏡越しに見た―――こうして前向きな気持ちでこのハレの日を迎えいれられるとは思っていなかったアリスは、口角が勝手に緩んでくるのを抑えきれなかった。


 生まれて初めて血が飲めるようになったあの日以来、アリスは毎日の毎食をあの『赤ワイン』だけで過ごしてきた。今まで味の感じない食事をわざわざ繰り返してきたのは、身体の成長に必要な魔素を血の代わりに魔素吸収の効率で劣る食事で補ってきたからだ。美味しく、魔素の補充にも適した飲血が出来るようになった今、彼女が敢えて食事をとる必要性はなかった。


 彼女は今までの魔素不足を補うかのように、来る日も来る日も『赤ワイン』を飲み続けた。そのおかげか、僅かひと月ばかりの合間に彼女の身長は3センチも伸び、身体の丸みも成長期の女子らしい傾向を見せてきた。芯が細く感じられた銀髪も張りと艶が感じられるようになり、頬の色も健康的な赤みを取り戻した。


 一方、両親はアリスに対して魔素を消費しての能力の行使―――魔術の行使やスキルの習得を固く禁じた。それは幼少の頃、倒れた記憶トラウマのあるアリスにとっては受け入れがたいものではなく、飲血によって自分の許容量を超えた分―――体内に定着せず余らせている魔素も含めて『自分の魔素』だと勘違いし、限界を超えた能力の行使をして倒れる若者がままいる。


 魔素の変換効率が悪い自分が調子に乗って再び倒れないためにも、アリスは両親の言いつけを守ろうとしていた。


 成人の儀の一つ、闘争の儀では求められる役目を果たせないだろうとアリスは思っていた。それは残念だが、仕方がないのかもしれない。


 ちなみに求められている役目というのは、あの吸血王と吸血妃の娘―――吸血姫として先導して戦い、誰よりもその勇気と力を見せつけることである。


 ―――無理だった。本当に自分はあの最強夫婦と言われている両親の娘なのだろうか? と甚だ疑問に思うほどアリスは弱かった。闘争の儀では状況を見守り、自分の身を何とか守ることだけに徹し、選別の儀で戦いの必要がそれほどない採集役か教師役を仰せつかるのが関の山だろうとアリスは考えていた。


 それも彼女にとってしてみれば、全然悪くない未来だった。あの両親の娘であるという過分な期待を除けばそれはごくありふれた将来図であるし、何より『異端ディパイア』扱いされるのとでは天と地ほどの差がある。


 両親は王としての責務や地位を子供に引き継ぎたいと思っているだろうが、そもそも吸血鬼の王は世襲制ではない。王が引退する時に相応しい者を指名し、街の住民に受け入れられればそれで良いのである。それでもこのナトラサが出来てからの王政は、アリスの曾祖父から子へと代々受け継がれており、血と力で示される絶対王者というのは民からの求心力も強い。


 ―――まあ、その役目は次に両親が生んでくれる弟か妹に任せ、アリスは自分の手の届く範囲で生きていこうと前向きに考えていたのであった。












「今宵、成人の儀を執り行う!」


 街の奥―――ナトラサが建つ洞窟のさらに奥へと続く洞穴を前に、吸血鬼たちが集う。今年の新成人は4人、実力派と名高いグーネル公爵家のカネル、魔術行使に長けたライドン男爵家のソーライ、薬師として街で働くカカネリ家のリカ、そして吸血姫のアリスである。


 吸血鬼たちの繁殖はヒト族と比べると子が少なく、エルフ族よりは多いといったところであり、現在1万弱の民がいるナトラサの街では毎年数十名ほどが新成人を迎える。とはいえ、年によって出生のばらつきが多い種族である。今年のように数名規模となることもままあるのであった。


「今宵、新たに成人を迎える者達に試練を与える!

 カネル、ソーライ、リカ、アリス。過酷な試練になるだろうが立ち向かってみせよ! その身に宿す力と知恵、勇気を発揮し見事その役目を果たし、我らに新たなる仲間として汝らを迎えさせて欲しい!」


 民の前で演説をしているのはアリスの父、アーデルセンである。彼は目の前に並ぶ新成人4人の顔を見回し、彼らの覚悟を目で問う。それを受けた4人は一度頭を下げ、そして真摯な瞳にて王へ視線を返した。


(……覚悟が出来ていないのは、私の方か)


 アーデルセンは心に巣食う憂いを想い、しかし決して顔には出さず、奥底へと繋がる洞穴を指した。


「己の力を余すことなく発揮できればこの試練に打ち勝つことも出来よう!

 さあ若人達よ、いざ行け! 吸血鬼としての力と誇りを我らに示してみせよ!」


 その力ある命を受け、新成人4人は列を組み、深遠へと繋がる洞穴へと入っていった。












「ねーねー。アリスって、お姫様ー?」


 闘争の儀の戦場となる洞穴に入りしばらく歩いた後、暗闇に目が慣れてきた頃合いにアリスは隣を歩いていたリカより声をかけられた。ここにいる以上、彼女たちは同い年であるはずだがリカの方がアリスよりも10センチほど身長が高く女子たる身体的特徴も顕著であった。


 ―――そこに魔素不足による成長の遅れの結果がまざまざと表れていた。


「ええ、そうよ」

「うわー、本当に、お姫様だったんだー! 同い年だったんだー!」


 リカは目の前にいるのが姫と聞き、きゃぴきゃぴと興奮の声を上げる。自分たちの姫であるにも関わらず、リカはアリスを初見では姫と気づけなかった。それでも姫の名前はアリス、とだけ知っていた彼女は先ほどの王の演説で名の上げられたアリスが姫ではないかと考えたのだった。


 ―――アリスは姫であるが、公の場には決して姿を見せない。それどころか私的な会合であっても吸血王と吸血妃は娘を連れ歩かず、その詳細は長い間明らかにされてこなかった。


 しかし、娘が生まれたことについてだけは公表されており、その娘の『機微情報』を知っているお上の者共はともかく、下々の者は容姿や性格含めて全くといっていいほど情報を持っていなかったのである。


 ともかく、生前―――前世と呼ばれる時代には孤児であり、夢も希望もなく死んでいったリカには『お姫様』という単語が非常に輝きを持って感じられたのだった。しかし、興奮冷めやらないリカに対して後ろから冷ややかなソーライの声が聞こえてくる。


「ふん、血が飲めないやつがどの面下げて姫だなどと言えるのだ。我ら吸血鬼の恥だ」


 ソーライ―――彼は渓谷近辺の人間種の動向を監視し目撃者を捕縛する重要な任務にあたっているライドン男爵家の次男である。かの男爵は爵位を持っているだけあり王族の話は耳に入れやすかった為にアリスの『機微情報』を聞いてしまい、長らく絶対強者であった王族の血の弱体を嘆き、ついついその話を家族に愚痴ってしまっていたのだった。


「お前…っ!」

「えー、血、飲めないのー…?」


 無遠慮―――無礼とも言えるソーライの言葉に、彼女の幼馴染であり許嫁でもあるカネルが突っかかる。そして『血が飲めない』という言葉を聞き、リカはアリスを不安げな顔で見る。


 しかしアリスは特に気にした風もなく、そっけなく答えるのだった。


「飲めるわよ。血くらい」

「……嘘じゃないだろうな?」

「こんなことで嘘はつかないわ」

「………ふん」


 アリスの言葉にソーライは疑わし気な目で見てくるが、やがて気勢がそがれたとばかりに視線を逸らして会話を終わらせた。その様子を見て、リカは『血が飲めない疑惑』がただの冗談であると思い安心し、事前にアリスから血が飲めるようになったと聞かされていたカネルもアリスが怒っていない様子から話を混ぜ返すのも違うと思い、怒りの矛を収めることにしたのであった。


「ところで試練ー? みんな、何するか知ってるー?」


 不慣れな凸凹道を歩きつつ、リカは語尾を伸ばしながら皆に話しかける。


「ううん、詳しくは知らないよ」

「私も知らないわ」

「ふん、俺は知っているぞ」


 皆がそれぞれ知らないと答える中、ソーライは胸を張って応えた。


「この洞穴を進むと敵がいる。その敵と戦い殺せば合格。無力化して捕まえればなお良い。逃げられても及第点、逆に逃げ出したら説教―――まあ、俺がいる限り合格以上なのは間違いないが」

「そうなんだー」

「なるほどなぁ……まあそれくらいは想定範囲内かな」


 せっかく自分が知っている知識をひけらかしたのにも関わらず、リカとカネルからの反応は薄い。アリスを見てみても、特に関心のなさそうな顔をしている。


 ぐぬぬ…、とあれだけ威張った態度をしておきながらこんな反応をされてはたまらず、彼はついつい口走ってしまう。


「それだけじゃないぞ。その敵っていうのは―――ヒトだ!」

「えーっ、ヒトー?!」

「本当に!?」

「ああ! 本当だとも! 毎年家畜の中からヒトが生贄として闘争の儀に狩りだされているらしい。そして倒した家畜の血を血呑みの儀で全員で飲み、家畜を倒すまでにどんな貢献をしたかによって選別の儀での評価が決まると父上から聞いて……」


 先ほどとは打って変わって盛大な反応に気を良くしたソーライはどんどん話してしまうが、途中で(しまった、父上から口留めされてるんだった…)と思い出していた。


 後の祭りである。実はこの成人の儀における新成人たちには『追跡魔術』が仕掛けられており、会話や行動が記録係によりリアルタイムで確認されているのだが、記録係たちはライドン男爵がこの闘争の儀における『人間種との突発的な遭遇にいかに対応するか』という重要項目をうっかり息子に漏らしていることを、ため息交じりにしっかりと記録したのであった。


 ともかく、人間種との戦闘というのは10歳の頃から街の外に連れ出してもらっているカネルでさえしたことがない。街の外では人間種との接触は厳禁だし、もし偶然出会ってしまったにしろその対処は付き添いの大人たちに任せる決まりになっていた。


 今ここにいる全員が、人間種を街の中で飼っている家畜としてしか見たことがない。しかし昔、吸血鬼を滅びの危機にまで追い込んだのがその人間種であることを知っている彼らはこの闘争の儀を、人間種を蹂躙できる好機と、あるいはその戦い方を学ぶ好機と、あるいは非日常を体験できる好機と捉えていた。


「……ヒト、ね」


 ちなみにアリスは、たとえどんな敵であろうと攻撃手段も防衛手段も乏しい自分に出来ることはないのだ。今回の闘争の儀においては、せいぜい足を引っ張らないよう大人しく影に徹しようと決めていた。


「それで敵はヒトだとして、どうやって戦えばいいかな?」

「決まっている! ヒトは脆い、誰かが肉薄し足止めしている間に魔術で倒す! 簡単だろ?」

「魔術ー、わたし苦手だなー」

「ふん、誰もお前たちには期待していない。俺が魔術で簡単に終わらせてやろう! むしろ、足止めすら必要なく俺一人でも十分かもしれないがな!」

「君―――え~と、ソーライは魔術が得意なの?」

「ああ、そうだ!」


 そうしてカネルに問われたソーライは、自らの魔術到達階級を語った。


 魔術は炎系統や氷系統といった系統毎に分類分けされており、魔術師はそれぞれ『炎が得意』とか『水と空間制御が得意』とかの得意分野を持っている。そして同一系統の魔術でも『級』によって威力や制御の難しさが区別され、魔術を行使できるものはより上位の級への到達を目指している。


 級は『初・下・中・上・天』と5段階に分かれており、例えばカネルの魔術階級を称すると『到達階級は風初級魔術である』という風になる。


 そしてソーライの到達階級は『炎・地中級魔術』である。なるほど、たしかに彼が『一人でも十分』と大見得を切るだけのことはあり、ヒト族では使えるだけで賢者と謳われる中級魔術を2系統も行使できる者はそうそういないだろう。吸血鬼としても同年代の者が使えるのはせいぜい初級―――たまに才能あるものが下級を使えるといった様であるから、彼の鼻が高々であるのも納得が出来る。


 納得できるが―――


「う~ん……」


 その話を聞くとカネルは思案気に宙を眺め、リカに声をかける。


「ちなみにリカは何か得意なものとかある?」

「う~ん~……召喚くらいー?」

「―――って、はぁっ?! お前召喚使えるのか?!」

「うんー」


 リカの首肯に、ソーライは『こんな頭の悪そうなやつが召喚だと…』と打ちひしがれていた。


 召喚は、魔術ではなく神術に分類されている。吸血鬼にとって憎き敵―――エンター族が得意とする神秘の術である。ただし、エンター族の神術が神の遣いを召喚したり神の御業を執行したりするのに対し、吸血鬼の神術は眷属の召喚に代表される。吸血鬼の眷属とは即ち、蝙蝠や狼などの獣の類や自分を模した分身のことである。


 ちなみに、この召喚にはソーライの言うような『頭の良し悪し』は影響しない。魔術は行使する現象の理解がその威力や制御に深く関わってくるのに対し、神術は完全に適性の有無だけである。ソーライのぼやきは、単に自分が使えない召喚をリカが使えることに対してのひがみやっかみに過ぎない。


「なるほどねぇ、リカは召喚ができると―――ちなみに、僕の得意分野は肉体強化、所持スキルは威力向上とか俊敏性、隠密性向上のものばかりで中級も少しは使えるよ。あと魔術の方は何とか風初級まで使えるくらいで10歳から街の外に出ているよ。半人前としてだけど」

「えっ!? ……ふ、ふん、そうか。な、なかなかだな!」


 ソーライはカネルの強さ(スペック)を聞いて狼狽えながらも何とか偉ぶる体面を貫き通した――― 一度この態度を取ってしまうと、自分から引いて辞めることは難しいのだ。


 彼が驚いたのは『10歳で街の外に出る』というものだ。街の外に出ても良いと許可が降りるには十分な戦闘力と、あとはほんのちょっと吸血鬼の立ち位置の認識と政治的な理解を示せば良いのだが、ソーライは魔術の到達階級が中級であるにも関わらず未だに認可を得られていない。


 それは彼の性質が魔術一辺倒であり、その他にはほぼ何も取り柄がないからではないかと自分なりに歯がゆく思っているのだが、しかし両親や師匠から手放しで褒められている魔術―――この『飛びぬけた才能』を活かしてこそ厳しい競争社会で己を通すことが出来ると信じ、彼は頑なに他分野への浮気を拒んでいた。


 ―――前世においても、彼は魔術師であった。並みではない魔術の才能を持っていた彼は常であれば重宝されるはずであったが、重要な局面において悉く折り悪しく『飛びぬけた才能』を持った者が彼の前に現れ、人も仕事も生き甲斐も奪われ絶望と倦怠の中、自ら命を絶ったのである。


 此度の生においては魔術師の頂点に立つ。その為にまず手始めに、成人の儀において他を圧倒する力を見せつけようとしていた―――のだが、大人たちが自分に対しては認可しない外出許可をカネルが得ていることに挫けそうになったのだ。


 しかし、彼の魔術は初級。恐らく得意と言っている肉体強化方面で素晴らしい才能を持っているのだろうと思い、魔術面では自分の面目を保てたことに安堵したのである。


 ちなみにカネルが言った『中級』とはスキルの階級のことであり、魔術と違って三段階に分けられているそれは『下・中・上』である。


 ヒトで例えれば戦闘を生業にしている者が大体下級のスキルを使え、中級を使えれば名のある戦士、上級を使えたらそれはもう伝説の英雄クラスである。吸血鬼であればその割合が一段階ずつ上にずれ、戦闘出来る者は大体中級を習得しており、上級を使える者も僅かにいる、といった具合である。


 ところで――――


「………」

「……なによ」


 ソーライが恐る恐るアリスへと視線を移し、それに気が付いた彼女は不機嫌そうに尋ねる。


「いや、もしかするとお前にも変な力や才能があるんじゃないかと思って……」

「はぁ……ないわよ、残念ながら。それとも幸いなことにと言った方が良いかしら?」

「いや! 別に! そうかそうか、よし。ならばしかとその眼で見るが良い! 俺の偉大なる魔術の力を!」


 わっはっはと大声で笑い始めた彼の声は洞穴の中を凄まじく響き渡った。どこに敵がいるかも分からない状態だったので慌ててその口をカネルが塞ぎ込んだ。その様子を白々とした眼で見るアリスと、楽しそうな笑い声につられて笑うリカ。


 ―――ちなみに、彼に外出許可が下りないのは『ほんのちょっと吸血鬼の立ち位置の認識と政治的な理解』の方が原因であることは言うまでもない。


「それでなんだけど―――みんなの話を聞いてちょっと考えたことがあるんだけど、いいかな?」


 ひと悶着があった後、一度足を止めて皆の顔を見回すカネル。


「みんなの力を確認したけど―――多分、今ここにいる僕たちって今までに成人の儀を受けたグループの中でもずば抜けて強いんじゃないかなって思ったんだ」

「それはそうだろう。何せ俺がいるわけだからな」

「そーなのかなー?」

「………」


 首肯するソーライ、首をかしげるリカ。アリスは自分がその強さの中に入っていないことを理解しているからこそ、沈黙にて否定の意思がないことを示す。


 ちなみに闘争の儀は例年であれば6人1組で執り行われる。その際、多くいる成人は力量に応じて分配されるのであるが今年の成人は数が少ない。


 通常であれば組を分けられて然るべきであるカネル、ソーライ、リカが同じ組になってしまっている時点でこのパーティが例年のどの組よりも突出した強さになってしまっていることに、カネルは気づいていたのであった。


「それでこの成人の儀を受ける時、アーデルセン様がおっしゃっていた言葉が気になったんだ。まず、『試練に立ち向かってみせよ。力と知恵、勇気を発揮し見事その役目を果たせ』―――これって試練、つまりヒトに立ち向かうこと自体が闘争の儀の役目だってことだよね?」

「まあ、そうだな」


 それについては先ほどソーライが言った通りであり、この闘争の儀は闘うこと自体を目的としており立ち向かっただけでも一応の合格なのである。街の外で突然人間種と出会ってしまった時―――特に、それがナトラサの街の近く出会った場合、吸血鬼が出現した場所の情報を人里に持って帰らせるわけにはいかないのである。それはひいては、隠れ里であるナトラサの街の情報に行きついてしまい、人間種による街の侵略へと繋がる恐れがあるからだ。


 だからこそ新成人となる彼らにいざという時に迅速に牙を剥けるように―――前世がヒトであったことが多い吸血鬼に、今生ではヒトが敵であるという認識を根付かせる為に闘争の儀を行うのだ。


「それでその言葉の後におっしゃっていたのが『己の力を余すことなく発揮できればこの試練に打ち勝つことも出来よう』。これって多分だけど、『全力を出さないとヒトには勝てないよ』って意味だと思うんだよね」

「何だとっ、いや―――ふむ、なるほど。それで?」


 一瞬、自分の力を莫迦にされたかと思い憤慨しそうになったソーライであったが、カネルの言うことも最もであると理性的な部分が怒りを抑え、先を促すに至った。


「だからこの先にいるヒトは質か量か、あるいはその両方で僕たちと拮抗するだけの力のある者達が用意されている―――そう心構えしておくべきだと思ったんだ」

「なるほどー!」

「ふむ、たしかに―――いくらヒトが脆く弱いとはいえ、千人単位で来られでもしたら殲滅する前に魔素が欠乏してしまうかもしれないな」


 ソーライの言葉に、カネルは苦笑いを浮かべる。


「いや、千人とかそんな人数は家畜だけで賄いきれないから……家畜の補充もそんなに大ぴらには出来ないし、多分量より質の方に重きを置かれているかなって思ってるんだ―――多分、戦闘経験豊富な兵士とか冒険者とか、5、6人くらいの規模だと思う」


 カネルは大人たちから聞いたヒトの強さ、そして綻びのある前世の記憶を手繰り寄せ、自分たちの強さや闘争の儀としての想定難易度、安全性や家畜の重要性など様々な要素から凡その推定戦力を導き出す。


「そうした推測の上で、活躍の場を用意してもらったんだからやっぱり最上の結果―――ヒトを一人も逃がさず殺さず全員捕まえたいと思っている」

「おお!」

「おー!」


 ソーライとリカより興奮の声が上がる。アリスは自分に関係ないとばかりに洞穴の天井を見上げていた。


「その上で、ここからは相談なんだけど―――」


 そうして彼らは作戦会議に乗り出す。洞穴は広く、ヒトの姿はまだまだ見えない。







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