35.2度目の適性試験
「ようこそ、冒険者ギルド、キルヒ王国本部へ! 本日はどのような―――あれ、貴方は……」
「はい! 冒険者登録に来ました! これが学校から貰った受講証明です!」
そう言ってルイナは、背負い袋より2枚の羊皮紙を取り出し、見覚えのある受付嬢に渡す。
1枚は半年前、ルイナに渡された農夫としての認定書、そしてもう1枚は冒険者養成学校において半年間の講習を受けた受講証明書であった。
一度は武器略奪事件という大きな事件があったものの、ルイナはそれ以降の学校生活を平穏無事に過ごした。毎日の講習を真面目に受け、夕方から夜にかけては薬草採集を行なって学費を稼ぎ、努力の日々を積み重ねた。それ以外にもミチとの『秘密の特訓』を行ない、彼女は己の力を引き出すに必要なことを学んだ。それを半年間続けた、今の彼女の表情に、以前のような不安や怯えの影はない。
―――今回は確実に合格する。そして、自分を支えてくれたヒト達に喜んでもらえるよう、祝ってもらえるよう、精一杯頑張る。ルイナの顔は、やる気に満ち溢れていた。
「いよいよ、来たわね」
「そうですね…」
冒険者登録の申請をしたルイナは、一緒に適性試験を受けに来たミチとともに、半年前にも通された小部屋へと案内された。ここで今日の冒険者登録申請の受付終了までを待つ。その後、適性試験が始まるのだ。ルイナは、その表情に映すやる気に程よく緊張感を上乗せし、静かに闘志を燃やすのであった。
今日は、絶対に、うまくやる。
「―――ねえ、ルイナ」
「はい?」
ルイナが静かに燃えていると、隣に座るミチが声をかけてくる。その顔は、目深に被った三角帽子に半分隠されている。
「あんたは今日の試験、本気で頑張るのよね?」
「はい、もちろんです!」
「……あんたくらいの力があれば、少し手を抜いても冒険者になれる。それでも、本気を出すのね?」
「はい!
……私は、私を応援してくれるヒトに、支えてくれたヒトに、少しでも喜んで欲しいんです。私の頑張りで、そのヒト達が喜んでくれるのであれば、私は頑張りたい。
私は弱いから、良い結果を残せたとしたら、それはきっとそのヒト達のおかげだから……私は、そのヒト達の為にも頑張りたいです」
「……そう」
そう短く応えて、ミチは更に帽子を目深に被ってしまう。
その様子をルイナは不審に思うものの―――すぐに意識は目の前の扉の方へ動いた。扉の向こう、1人のヒトが歩いてくる気配を察したからだ。
ガチャッ―――
そして扉は開かれる。そこに現れたのは前回の適性試験においてルイナの試験監督を担当した職員であった。
「―――お待たせしました。本日の登録希望者は2人だけのようですので、適性試験を開始いたします」
ルイナとミチの姿を見て、間をおいて彼は挨拶をする。その顔は、一瞬苦々し気なものを映したがすぐにそれは鳴りを潜める。
「御二人は2度目の試験ですので、説明は省略させて頂きますが、宜しいでしょうか?」
「はい!」
彼の確認の声に、ルイナは大きく頷いた。ミチは、こくりと頷くのみである。
「それでは希望職種を伺います。えー、ではまず―――」
―――なんでこいつらに、また試験を受けさせないといけないんだよ……
半年の時をまたいで、再び適性試験を受けに現れた少女2人に対し、希望職種を聞きながらギルド職員である彼は、心中で悪態をついていた。
1人は銀髪の少女―――彼女は全くの無能であった。冒険者登録において最も門戸が開けた職種である戦士を志望しながら、体力もなく、力もなく、言うことは出鱈目ばかり。何故冒険者を志しているのか、全く理解が出来ない。
養成学校において半年間しぼられれば多少は力もついただろうが、元が『あれ』であれば期待も出来ない。試験を受けさせるだけ無駄である。すぐに農夫認定の羊皮紙をもたせて学校へ帰らせた方が、彼女の為であるとも考える。
しかし、それはしない。彼は職務に忠実なのである。
そしてもう1人は赤茶髪の少女―――彼女は本来、半年前の適性試験において合格し、魔術師として冒険者となるはずであった。それが何をとち狂ったのか、農夫の認定書を受け取り養成学校へ行ってしまった。
冒険者ギルドにとってみれば、せっかく職業を与えたのにそれを蹴られたのだ。冒険者を、冒険者ギルドを舐め切っている。そんなやつ、突き返してやればいいんだと、彼は思う。
しかし、それもしない。彼は職務に忠実なのである。
故に彼は無表情を貫き通す。それが剥がれてしまえば、見えてくるのは苛立ちと腹立たしさでしかない。職務中にそんな顔を浮かべるのは、相応しくない。
彼は職務に忠実なのであった。
「では、ルイナさんはついて来てください。ミチさんは別の担当が参りますので、少々お待ち下さい」
「はい! じゃあ、行ってきます。ミチさん」
「ん、行ってらっしゃい…」
ルイナがギルド職員に促され、立ち上がる。ミチは帽子を目深に被ったまま彼女の言葉に応じる―――その言葉に、いつものような張りはない。ルイナはそんなミチの様子を訝しみながらも、ギルド職員に連れられ部屋の外へ出て行く。
「―――ルイナ」
しかし、扉が閉められるより前、ミチはルイナの名を呼ぶ。ルイナが振り返り見ると、彼女は三角帽子の鍔を片手で持ち上げ、にやりと笑った。
「全力で、頑張りなさい。応援してるわよ」
「…っ! は、はいっ! ミチさんも、頑張ってください! 一緒に冒険者になりましょうね!」
「ええ、もちろんよ」
ガチャン―――
「……ふぅ」
そして扉は閉められる。部屋に残されたミチは息を吐き出し、瞼を閉じる。
―――己の選択に後悔はないか、己の選択に間違いはないか、考える。
「……あるわけ、ないわ」
ふっと、自嘲気に笑う。しかし、そんな軟弱な表情を浮かべているのも、これまでだ。ミチは目を開き、目尻を常の様に吊り上げて試験の時を待つ。
―――彼女もまた、全力で試験に挑むことを選択したのである。




