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32.化け物は少女に抱かれ泣き叫ぶ

 






「これでよしっ、と―――」


 殺戮の現場となった建物から出てすぐの道端、意識を失ったヒトを遠くまで運べる力もないミチは、そこへルイナを横たわらせ、休憩を取った。

 血やそれ以外の色々なものによって汚れた2人の身体を魔術で洗い流し―――ついでに、出てきた建物の戸を魔術で歪ませ、物理的に鍵をかけた。中から今回の騒動の首謀者を逃がさないように、また、自分たちがここに離れている間にどこかの誰かが中に迷い込んで凄惨な現場を目にしてしまわないように。


 そうして一通りやることを終えたミチは、ようやく人心地がついて建物の壁を背にして座り込んだ。


「ふぅ……」


 ―――今日は少し、無茶な魔術の行使が多かった。頭が、ほんの少しだけぼんやりする。

 ただ、こらえられない程ではない。


「………」


 ミチは瞼を閉じ、思考の海に身を投げ込む―――あの子(ルイナ)がいつ目を覚ますかは、分からない。ただ、それまでに彼女が何なのか、どうしてあの連中をあれほどまでに苛烈な方法で殺したのか、どうして気絶したのか、その答えを探さなくては、と思う。

 最悪、それはもしかすると、考え違いをしてしまえば自分の命に関わることになるかもしれないのだから。


「………」


 そしてミチは、それまでのルイナの言葉、行動、陥った状況とそれに対する対応や反応、それらを思い出し、その事実に辿り着くのであった。


 それは―――――――




















「あんた、本当に弱かったのね」


 そう言ってミチはルイナに寄り添う。そして腕を上に伸ばし、ルイナの頬を流れる涙を指で掬い取って苦笑を浮かべた。


「あんた、化け物ぶるんなら涙なんて流しちゃダメよ。そんなんで最強の存在だって言われたって、こっちは笑いを堪えるのに必死だったわ」

「えっ、あ、なんで、いつから……」


 そう言われ、ルイナは慌てて瞼を擦る。

 今更どう取り繕おうが流した涙は見られてしまっているのだが、まったく意図せず流れていた涙に、彼女は驚きの声を上げた―――その表情からは既に、演じていた妖艶な笑み(ばけものらしさ)は失われていた。


「いつからって……最初からよ。あんた、笑い始めた時からずっと泣いていたわ。泣きながら笑って、しかも自分のことを化け物だって言い出すんだもの。わけ分かんなさ過ぎて、空いた口が塞がらなかったわよ」

「でも、だって……あれが私の本性かって、どうして……」

「なんの―――ああ、あれがあんたの本性かって聞いたこと? いや、言葉のまんまよ。泣きながら化け物ですって自己紹介してくるお間抜けなのが本性なの? って意味よ。そしたらそれに真面目な顔して『そうよ』って答えてくるんだもの、笑っちゃいそうで笑っちゃいそうで、あははっ! いや、笑っちゃいけなさそうだから我慢したけどさ。あんた、本当に、ははっ、間抜け面だったわよ」

「そん、な―――」


 ルイナは、ぺたりと地面に腰を落としてしまう。


 ―――自分の、精一杯の騙りのつもりだった。

 ひとりぼっちにされるのが怖くて、でも傷つけられることも怖くて、板挟みの間で苦渋を迫られて、仕方なく化け物であることを認めた。

 人格をけなされ、心を非難され、再び心を砕かれるくらいならと必死に化け物を演じたつもりだった―――それなのに、感情が勝手に、それを否定していた。


 ……訳が分からなかった。

 化け物だと騙ったのに化け物と信じてもらえず。

 最強であると語ったのに『あんたは弱い』と言われ。

 ―――自分の涙だけで、彼女は何を理解したというのか。自分を化け物ではないと否定する根拠は、いったいどこにあったというのか。


「あんたはあたしを殺せない―――理由は5つ」


 しかし、そんなルイナの内心の疑問を射抜くように、ミチは不適な笑みを浮かべ、5本の指を親指から1本ずつ折り曲げ、語る。


「1つ! あんた、血が苦手でしょ? 超が付くほど」

「……はい」


 ミチが語ると、ルイナはこくりと頷く。


 ―――血を見れば見る程、血を浴びれば浴びる程、ルイナの様子はおかしくなっていった。それは血に慣れていない、血を見るのが嫌いという理由で済む程度ではなかった。

 血に対しての精神的損傷トラウマ、あるいは呪いに類する何かがあるとミチは推測していた。


「2つ! あんたは出来るだけ人殺しを避けたいと思ってる」

「……そうです」


 2本折られた指を見て、ルイナは再び頷く。密かに、胸に抱いた杖を握る手にぎゅっと力が入る。


 ミチはその杖を見る。魔素の通りが良く、異常に軽い。圧倒的に魔術師向けの仕様であるそれが、殴打用の武器として使われている理由について、考えた。

 そして、彼女の化け物じみた力を極力抑えるために、あえて殺傷能力の欠如しているそれが武器として選ばれたのだと睨んだ。

 故に―――『その杖は彼女がヒトとして生きるために必要』なのだ。それは、ルイナが杖を取り戻す時に、切に訴えていた言葉だった。


「3つ! あんたは、自分の力を制御できてない―――たぶん、敵意をもった相手にしかその力を発揮できない。むしろ、その場合だけ強制的に力を発揮してしまう―――違う?」

「な、なんでそれをーーー?」


 まさかそこまで悟られているとは思わず、ルイナが目を見開いてミチを見る。


 意図せずに攻撃を仕掛けていたり、意図しているのに力を発揮できていなかったり、彼女のそんなチグハグな行動は、改めてそういう目で見れば幾度もあった。

 ヒヒトネスコのギルドでの騒動、冒険者適性試験、学校での模擬戦、今回の一連の惨劇―――力を発揮した時の条件、発揮できなかった時の条件、それらの共通項を並べると自然と見えてくるものがある。

 その殺意、その暴力は、敵意をもった相手にのみ振るわれていた。


「そして4つ! どれだけ強がろうが、どれだけ化け物じみた力を振るおうが、あんたには1つ、決定的な弱点があるのよ」

「えっ……」


 ルイナは、指が4本折られた手の向こう側、それまでにやりと笑みを浮かべていた顔に、ふと真面目な表情を映したミチを見た。


「……あんた、他人ひとがそんなに怖い? それとも、他人に嫌われるのが、そんなに怖いの?」

「っ―――」


 ミチの指摘に、ルイナはびくりと身体を震わせる。

 肯定も、否定も出来なかった。否定なんて、出来るはずがない。それは自分の心のありのまま、図星の中心であった。


 しかし、それを肯定するだけの、肯定出来てしまうだけの、勇気がなかった。それを肯定してしまうのは、自分の一番脆く醜い部分をさらけ出すことに、他ならなかったからだ。


 だが、ミチは容赦なく言葉を続ける。


「あんたは、今まで自分のことを弱いって言ってたわよね。それがどうしてさっきは自分は強いだなんて言ったの? なんで化け物だなんて虚勢を張ったの?

 ―――それは、あんたの力を知ったあたしが、あんたのこと怖がってると思ったからじゃないの? 縋って拒絶されるより前に、逆にこっちから拒絶してやろうって思ったんじゃないの? 違う?」

「ちがい……ません……」

「……あのねぇ―――他人に拒絶されるのが怖いから化け物だって芝居をうって、そんで嫌われたら自分のせいじゃなくてこの力のせいなんだわ、なんていう悲劇のヒロインぶろうって魂胆が見え見えなのよ。あたしはそんな三文芝居に騙されるほど莫迦じゃないのよ」

「………」


 自分にとっての一世一代の騙りを、そのようにけなされルイナは絶句してしまう。

 自分の怒りや悲しみを、そのように揶揄やゆされ、あまりの衝撃に心の中が空っぽになってしまいそうになる。


 胸の空虚さが、痛い。


















「だから、さ―――」


 ―――ふと、ルイナは髪を撫でられる感触を頭に感じる。かと思うと、そのままミチの胸の中へ頭を抱きかかえられてしまう。


「ぁっ……」



 ルイナの口から、微かな喘ぎが漏れる。その時、彼女の心が感じたものは何であったか。


 驚き?

 戸惑い?

 息苦しさ?


 ーーーそんなものではなかった。彼女は確かに、()()()()()()()心が解かれていくのを感じた。


 それは何であったか、自分が触れているものが何であったか、ルイナは咄嗟に分からず、声が出てこない。


 ーーーそれは、物心ついてより覚えのない、他人(ひと)の肌の温もりであった。



「―――あんたは、もう無理をしなくてもいいの。あんたの心の弱さは、あたしが理解してあげるから」

「……!」


 ルイナに、電流が走る。


 電流は衝撃となって、背筋を駆け、脳を突き抜け、唐突に視界を歪ませる。

 ミチの言葉は、優しい声音でもって、彼女が欲していたものを与えていた。


 ―――それは、憐憫であり、寛容であり、思いやりであった。ヒトはそれを、救いと呼ぶ。


「あたしはあんたを怖がらない。拒絶しない。

 だからあんたも、あたしを怖がらないで。拒絶しないで。

 ―――あんたはもう、そんな顔して嘘をつく必要なんて、ないのよ」

「……、……!」


 ミチに抱かれた頭が、肩が、凍えそうに震える。

 その身を襲う寒さを溶かすように、ミチは優しく彼女を撫でる。


「―――辛かったわね、ルイナ」

「っ―――」















 ―――少女はその優しい声音と、優しく撫でられる感触に、心を震わせ泣き叫んだ。

 もう得られぬと思った他人の温もりに触れ、もう近寄れぬと思ったヒトのやさしさに触れ、少女は堰を切ったように泣き続けた。


 少女の悲しい慟哭は、しかし此度こたびは世に漏れず、彼女を抱く胸にそっと受け止められるのであった。









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