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29.化け物騙り

 







『お母さん、今日は一緒にお外出られるのっ?! やったぁー!』

『あらあら、ルイナ。あんまりはしゃぎすると、お祭りの前に疲れちゃうわよ』

『大丈夫だもん! ルイナ、お母さんと違っていっつもお外で遊んでるもん! 疲れたりしないよ!』

『あらあら、うふふ。ルイナったら』

『……本当に、大丈夫かい? お祭りは来年もあるんだから今年くらい―――』

『あら、5歳のルイナとお祭りに行けるのは、今年しかないわ。来年は6歳のルイナと、再来年は7歳のルイナと―――ね? 毎年が特別でしょ?』

『そうは言ってもなぁ……』

『もう、あなたは心配性が過ぎるのよ。さっ、ルイナ、行きましょう』

『うんっ!』


 ガチャッ―――


『ああ、ちょっと待った! 杖忘れてるよ、杖!』

『―――お祭りに行くくらいで、杖が必要かしら?』

『いや、もしもの為、念のためだと思って、頼むから……』

『もう、本当にあなた、前より心配性をこじらせていると思うわ―――もう。仕方ないから、持っていってあげます』

『うん』

『―――じゃあ、行ってきます、あなた』

『行ってきまーす!』

『うん、気を付けて行ってきて』


 バタン―――


『……ねえねえ、ルイナ。この杖、持ってみたい?』

『えっ、いいの!?』

『うん、重いかもしれないから、気を付けてね』

『うんっ! ……んしょ、わっ、わっ、おもーい! でも、かっこいい!!』

『うふふ、かっこいいわ、ルイナ。魔術師みたいよ』

『ほんとー?! えへへ、これでお母さんを襲う悪いやつは、やっつけてやるんだ!』

『うふふ、お願いね、可愛い魔術師さん』

『うんっ!』


 ―――暗転。転回。明転―――ルイナの夢はそこで終わる。


















「―――おかあ、……さん……?」


 幸せな夢の感覚は薄れ、現実の感覚が戻ってくる。

 ルイナは身体を包み込む暖かい感触を感じながら、うっすらと瞼を開く。


 ここはどこだろう―――寝ぼけ眼を擦りながらルイナは辺りを見回し、自分の今いる場所の特定を図った。

 見覚えのない細い道、見上げる空は未だ夜で暗い。


「起きたみたいね」


 そして少し離れたところに見覚えのある人影が―――柔らかそうな茶髪を首の後ろで三つ編みに結んだ少女、ミチが壁に背を預けて座っていた。


「ミチさん……えっと、ここは?」


 ルイナが身を起こすと、かけられていた厚手の布が肩からずり落ちていく。見覚えのあるそれは、寮の部屋にかけておいた彼女の外套であった。


「あんな血だらけの部屋にいられるわけないでしょ。だから外に出たのよ―――ついでに、あんたも血だらけだったから魔術で簡単にだけど洗い流しておいたわ」

「あ、ありがとうございます……」


 洗い流されたといっても、彼女の服には未だ赤黒い染みが残っている―――が、残っているのは色だけであり、彼女を苦しめるあの異臭は漂ってこない。

 ルイナはミチに感謝しつつ、起き抜けの頭で記憶と思考を手繰り寄せる。


 ……たしか、自分は、ヒトを殺した。

 杖を奪い、自分を襲おうとした悪いやつらを、殺した。


 それで血をたくさん浴びて、血の臭いをたくさん嗅いでしまって―――気絶した。


「―――私、どれくらい気を失っていたんですか?」

「……大した時間じゃないわ。多分、1時間も経ってないくらいよ」

「そうですか……」


 血の臭いを嗅いだだけで、気絶する。

 以前―――ナートラと出会ってすぐの時、野盗を殺した際にも、彼女は血の臭いを嗅いで気絶した。


 ナトラサの街にいる時には、こんなことは無かった。目の前に、グラスに注がれた血があっても彼女は気を失わなかったし口元へ近づけなければ臭いもそれほど気にならなかった。

 それにも関わらず、街を出てからの彼女はその臭いだけで、飲むとき以上の苦しみを味わっている。


 ―――何故こうなってしまったのかは、彼女には分からない。色々とわけの分からない間に身に着けてしまった何らかのスキルが働いてしまっていることは、何となく推測できる。

 ただ、臭いだけであの苦しみなのだ。もし今の状態で口に含んでしまったらどうなってしまうのか、彼女はふと不安に思ったのだった。


「……あっ、杖!」


 そしてルイナは、自分が何故こんなところまで来たのか、その理由を思い出し、自身の杖の行方を捜した。

 その杖は、彼女が寝ていたすぐ隣に置いてあった。


「あぁ、良かった……」


 ルイナはその杖を手に取り、胸に抱く。

 この杖を持っている限り、彼女は血の苦しみに不安を覚えずに済む。そして何より、自身を支えてくれるナートラからの大切な贈り物だ。失くしてしまうことは、彼女にとってなによりも 恐ろしい。

 彼女の頬は安堵に緩み、笑みがこぼれる。


「………」


 ―――そんなルイナの様子を、ただじっと見つめる双眸そうぼうがあった。


「―――ねえ、あんたは、あたしを殺すの?」

「えっ……?」


 何を問われたのか、その意図も意味も理解できなかったルイナは間の抜けた声を上げてしまう―――しかし、心の中がざわめき立つのを感じた。

 そして、その質問をした者―――ミチは、続けざまにルイナへ問う。


「……あんたは、どうしてあいつらを殺したの?

 あんたほどの力があれば、殺さなくても無力化は出来たんじゃないの?

 どうしても、殺さなくちゃいけなかったの?

 ……それとも、殺さなくちゃいけない何かがあったの?」

「………」


 ミチの詰問に、しかしルイナは言葉を失ってしまう。

 意識を失う直前、耳にした言葉を思い出したからだ。


『……化け物め』


 確かに、その声を聞いた。

 自分を侮蔑し、畏怖し、自身ヒトとは別物だと恐れる、決定的な言葉を聞いた。


 そして確かに見た。

 彼女の顔が、恐怖に凍り付いていたのを。

 その顔が、自分の死を望んでいた、ナトラサの民と父アーデルセンが浮かべていたものと同じ表情だったことを。


「……答えなさいよ。あんたは、ヒトなの? それとも、化け物なの?」

「……っ」


 ミチが提示する二択に、ルイナは身体をぴくりと震わせる。


 ―――なんと答えれば良いのか。


 ヒトだと答えるのは簡単だ。

 自分はヒトです。ヒトだと思っています。ヒトだと思ってください。


 しかし、その一方で質問にはこう答える。

 勝手に身体が動きます。身体が勝手に殺します。それを抑えることはできません、勝手に身体が殺すんです。

 ―――果たしてそんな狂言を信じてくれるだろうか。よしんば信じてくれたとしても、それはヒトと認めてではなく、化け物として見なされてではないだろうか。


 ―――このヒトにとって、私は……化け物なんだ。


 ルイナは理解した。自分がどれだけ自身を化け物でないと否定したところで、周りがそれに納得してくれないことに。


 今までヒトであろう、ヒトになろうとしていたが、そんなこと、自分には土台無理だったのだと。

 母に近づきたくて、ナートラに支えて貰いたくて、ミチと友達になりたくて。ヒトを真似てヒトらしく生きようとしていた。

 けれど、それは無理だったんだ。弱肉強食はこうも確立されている。私は捕食者きゅうけつきであり、相手は被食者ヒト。それを悟ったからこそ、彼女は聞いてきたのだ。『あたしを殺すの?』と。


 ―――殺すつもりなんて、まったくない。

 仲良くなりたい、近くにいて欲しい、私を支えて欲しい。


 ひとりは嫌だ。ひとりは寂しい。ひとりにしないで欲しい。

 誰も私を否定しないで! 誰も私を拒絶しないで!

 あの暗い洞窟の中で、惨めに泣き叫ぶのは……もう、嫌なのっ!


 だけど……その想いを、証明できるものは何もない。彼女にとって殺しとは、つもりがあってもなくても勝手に為される行為であった。


 故に人外。


 故に化け物。


 故に―――彼女がどれだけ望もうが、ヒトとは決して相容れない。


「ふ、……」


 長らく閉ざされていたルイナの唇が開く。


 ―――ああ、またか。

 また、自分は居場所を失ったのだ。


 ナトラサの街を追い出されて、吸血鬼としての居場所をなくして。

 今度はヒトに取り入ろうと浅ましく考えたものの、それも叶わず自分は再び居場所を失ったのだ。


 それは最早ヒトであるか、化け物であるかとは関係ない。

 あるのは―――()()()()()()()()()()()()()()()()という事実のみである。


 ―――故に、彼女に残された選択は2つに1つ。

 無意識の合間にヒトを殺す化け物と思われること。

 もしくは、ヒトを殺すことを勝手に動く身体のせいと言い訳をする殺人鬼と思われること。


 その、どちらかしかない。


「う、うふ、ふ……」


 それなら、もう、いいや……諦め、よう。

 ―――()()()()()()()()()()()()


「んふふふふ……」


 ルイナは唇から渇いた笑いを漏らす。口角を吊り上げ、冷笑を浮かべ、戸惑うミチの顔をまっすぐに見る。


「そうよ。私は化け物。貴方達ヒト族なんて、私の前では虫けら同然―――首を刎ねて殺すのも容易い、矮小な存在でしかないわ」

「なっ……」


 ルイナの返答に、ミチは絶句する。

 その返事は、彼女の質問に対しての応えであった―――己は化け物である、と。


 ―――演じるんだ、化け物を。


 いつかと同じだ。相手を恐怖に陥らせ、思考の幅を狭める。化け物だと疑われているのならば、化け物であると確信させればいい。

 演じる自分がどれだけ嫌われようが、恐れられようが、構わない。だって、演技している自分が嫌われようが、()()()()()()()

 その結果、ヒトが離れていこうが、それは演技してまで()()()()()()()()()()()()()


 結果、()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女の居場所は既に失われていた。だからこそ彼女は、化け物を演じた。


「貴方を殺すかどうかですって? んふふ、知らないわ、そんなこと。私は殺したくて殺してるんじゃないんだもの。この身体は殺す相手を勝手に見つけ、勝手に殺す。

 だから貴方のことも―――んふふ、いつの間にか殺してしまっているかもしれないわね」

「………」


 ミチは口を大きく開けたまま、語らない。

 それを見て、ルイナは唇を艶めかしく舐め、さらに言葉を続ける。


「だから、早く私の前から消えなさい。殺されたくないのでしょう?」

「……それが、あんたの本性なのね」


 ゴツンッと、槌で頭を打たれたような衝撃がルイナに走る。

 物理的な衝撃はない。それはミチの言葉による―――心を穿たれた幻聴おとであった。


 ―――本性な、わけが、ないっ…!

 こんなの私じゃない! ―――そう叫びたい気持ちを、ぐっと抑える。


 だって、そうしないと心が抉られる。

 ヒトであると主張し、身体が勝手にヒトを殺すのだと弁解すれば、疑われるのは彼女の心である。

 真っ正直に答えた自身の心を、頭のおかしな殺人鬼だと非難されるくらいなら。

 ―――決して相容れない化け物だと思われた方が、存在自体からだを疑われた方がよっぽどマシじゃないか。


「ええ、そうよ」


 だからルイナは答える。

 胸を張り、道端に座り込むミチを見下し、どんなものでも切り裂く爪を月光に照らし、妖艶な笑みをたたえながら、応える。


「私は化け物。貴方達、弱小のヒト族とは決して相容れない、『最強』の存在よ。

 だから―――」


 ―――だから、このままどこかに行って……

 蔑んでもいい、恐れてもいい、差別してくれてもいい。

 だから、どうか、それを言葉に出さず、そのままどこかに行って―――


 ルイナは心を穿たれる一言を恐れ、そしてその恐怖に、貼り付けた妖艶な表情が崩されそうになるのを、唇の裏を噛み締めて必死にこらえた。


「だから、さっさとどこかへ行きなさい。私に、殺される前に」


 そしてルイナは手を払った。

 最早、語ることはない、このまま去れと、さもなくば殺すと。

 かたり尽くした彼女は、そのままミチが去っていくのを期待した。


 何も語らず、何も告げず、何も自分を傷つける言葉を投げつけず、背を向けどこかへ行くのを待っていた。


「……なるほど、ね」


 しかし―――


「しかしまあ、あんたの口から、初めて強いって言葉を聞いたわ。

 ―――なるほど、やっぱりそういうことなのね」


 ミチは立ち上がる。

 その表情に、恐怖も侮蔑の色もない。あるのは―――


「あんた、本当に弱かったのね」


 得心と、呆れ。

 彼女はルイナに対して苦笑いを浮かべ、そっと歩み寄ってくるのであった。







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