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27.そしてそれは、始まらない









 夜の街中、銀の髪を揺らしながら、誰とも分からない男についていくルイナの後ろ姿を見つけたミチは、彼女たちの後を追いかけた。

 そしてどんどんと汚らしい方向―――スラム街の方へ向かっていくのに嫌な予感を覚えつつ、やがてルイナたちが入った建物の戸を前に、ミチは小声で唱える。


「音よ消え去れ―――<消音>」


 扉が錆びついて音を立ててしまうことは、事前に位相初級魔術『消音』によって対策を打つ。そうして中に忍び込んだ彼女は静かに廊下を進み、幕の隙間から覗いて向こう側の様子を伺った。


「―――その杖は私がヒトとして生きるために、必要な杖なんです! ただ、それだけなんです! だからっ……返してくださいっ!」

「―――やれ」

「……いやっ、いやぁ……!」


 そこで彼女が目にしたのは、筋骨隆々たる男たちが6人―――ルイナを囲んでいる光景であった。そして渦中のルイナは2人の男によってがっしりと腕を掴まれ、今まさに何かをされようとしていた。


 ―――どうしてこうなっている、あいつは強いんじゃないの…? ミチは疑問に思ったが、どれだけ優れた技術を持っていてもあの状況では何も出来ない。

 それに―――


「……誰か、お願い…助けてっ……!」

「……っ!」


 その助けを求める声を聞いた瞬間、彼女は思考の贅肉ぜいにくをそぎ落とす。余計な負担をかける思考を吹き飛ばし、彼女は()()()()()()


「―――風斬刃!」


 ―――ヒュンッ!


「ぐわっ!」

「うぐっ!」


 彼女が生み出した『風斬刃』は、ルイナを掴んでいた男二人の胴や肩を切り裂き、無事にルイナを解放することが出来た。


 残る4人のうち、1人が誰何の声を投げてくるが適当にあしらい、ミチはルイナの下へ駆け寄る。その途中、地面に伏したイバルの姿と横に積まれた武器の山、そして男の手に握られたルイナの杖を見て、彼女はこの場で何が起こったのか、おおよその見当がついたのであった。


 ―――莫迦なやつ。ミチは倒れたイバルを目で見下す。復讐のつもりなのか、欲望に駆られてなのかは分からないが、ろくでもない輩と付き合い、足元を掬われた者にかける言葉も心配もない。ミチはルイナの下へ寄り添い、蹲ってしまっている彼女を抱き起した。


 ―――その顔は、真っ青に染まっている。よほど、怖い思いをしたのだろう、いつも澄まして見えるその表情も苦し気に歪んでおり、息が荒い。


「大丈夫? 立てる?」

「―――うぷっ、はぁ、はぁ……み、ミチ、さん……?」


 ルイナがミチを見上げる目は、深い恐怖と嫌悪感を映していた。その虚ろな表情を見て、ミチの怒りに火が付くのであった。


「あんたら―――女子供にこんな顔させといて、ただで済むと思ってんじゃないわよね……?」

「あぁ? 突然出てきておいてなんだこのガキぁ? ぶっ殺すぞっ!」

「殺せ殺せっ、けけけ、その前に愉しませてもくれるんだろう? けけけ……」

「っ―――!」


 男共が浮かべる下卑た笑いに、ミチは毛が逆立つのを感じる。生理的嫌悪感と、怒りだ。


「―――あんたら、覚悟は出来てんでしょうねっ…!」

「はっ、魔術師のガキが1人、こんなところで何が出来るってんてんだ」


 男が至近距離における魔術師ミチの存在を鼻で笑う。つられて周りの男達も、げらげらと嗤い始める。


 ―――魔術師にとって、戦闘開始時における立ち位置というのは何よりも優先される。武器、あるいは盾となる魔術の行使に時間がどうしても必要になってくるからだ。よって狭い室内、それも6人で囲んだ魔術師など、なんら恐れる対象ではない。こちらの攻撃が届くまでにできることは初級魔術の行使がせいぜい一回、そんなもの1人をなすくらいが関の山である。


 男達の眼には、彼女は障害と映っていない。今宵の愉しみにおいて、一品増えたデザートだ。彼らは舌舐めずりをして、少女を見下ろす。果たして彼女がどんな悪あがきをしてくるのか、どんな嬌声こえで鳴くのか、滾る劣情を視線に乗せ、少女を見る。


 ―――しかし、そんな余裕は彼らにふさわしくなかった。


 彼らは知っておくべきだった。人間種における魔術の強さが年齢ではなく、生来の素質によって大きく左右されることに。

 また彼らは気づくべきだった。6人の男に囲まれてなお、意志の揺るがぬ瞳の強さに。

 そして彼らは悟るべきだった。たとえ何ら判断材料がなかったとしても彼我の戦力差が如何程に離れているかを―――さもなくば、訪れるのは確実な敗北であったと。

 ―――全ての仮定を叶えるには、時は既に経ち過ぎていた。


 ―――ヒュゴォォッ!


「ぐあぁっ!」

「ぬぉっ!」

「ぐぅぅ…っ!」


 突如、彼らを突風が襲う。


 突風は衝撃波となり、男たちは転がされ、部屋の最奥まで押し込まれていく。壁に押し付けられ、苦悶の声を上げる彼らは―――突風吹きすさぶ中、平然と佇む少女の姿を見た。


「ぐぅぅっ……なんだ、これは―――っ、どこからこんな風がっ…!?」

「はぁ? 魔術に決まってんでしょ。ボケてんの?」

「そんな、莫迦なことが、ぐぅっ―――」


 男の言葉を遮る様に、更に突風が吹く。正面から、横殴りに、上から叩きつけるように、風は方向を変え吹き荒れる。


 ―――少女はこれを魔術と呼ぶ。しかし、それはあり得ないことであった。魔術の行使には詠唱か魔法陣記述の前工程が必須である。それを無くして魔術行使は叶わないはずである。

 しかし、現に今、目の前で発生している現象は魔術以外であり得ないことであった。建物の中、それも密室の空間でこんな暴風が起こるわけがない。男達は理解不能の現象に、混乱と僅かな恐れを抱くのであった。


「さあ、かかってきなさい。せめてもの情けで武器を抜くまで待ってあげるわ。ただし―――抜いたら容赦しないわ」

「―――っ」


 何が、武器を抜くまで待つだ、今こうして攻撃を―――と、男は思考している中で、ひたりと嫌な予感が背に貼りつくのを感じた。

 この風は、彼女の中で()()という認識ではないのだ。恐らく、前座や余興―――その程度のことなのだ……であれば、武器を抜いた瞬間に来る攻撃ほんものは、いったいどれだけの力を有しているのだろう―――彼は思考の一端に浮かんだその考えを、頭を振って払った。


 どの道、攻める以外の考えは男には浮かばなかった。

 相手は1人の魔術師と1人の女。対して自分たちは2人負傷しているとはいえ修羅場をいくつも潜ってきた男所帯6人衆―――たとえ1人や2人、欠員が出る可能性があったとしても得られるたからを考えれば、尻尾を巻いて逃げる選択肢はあり得ない。


 男は、腹を括った。


「―――てめぇら、やるぞ! 魔術師はぶっ殺せっ! 銀髪の方は死なない程度に痛めつけてやれ!」

「「「「「おうっ!!」」」」」

「―――来なさいっ!」


 男たちは得物に手をかけ、ミチはしゃなりと装飾を鳴らして杖を振るう。


 ―――今まさに、戦いが始まる。


















 ……いや。


 始まろうとしていた。

 しかし、始まる前に、それは起こった(おわった)
















 ―――ズバババババッッ!!!


「―――え?」

「……は?」


 ―――瞬間、ミチと男たちの間を一筋の銀閃が駆けた。


 その閃光はミチの魔術によるものではない。彼女はまだ、魔術を行使していない。かといって、男たちの手によるものでもない。


 その光は尾を惹きながら彼らの合間を駆け抜け、やがて一所ひとところに収束し、正体を現した―――それは僅かに、瞬きをする間隙のことである。


 ブシャァァァ―――


 そして光がその正体を現すことよりわずかに遅れ、男たちの首元より勢いよく血が吹きあがる。

 悲鳴は上がらない。苦悶の声も上がらない。なぜなら、声を出すべき首より上は、既に彼らの胴より分かたれていたのである。


 ドンッ、ドンッドサッ―――


 遅れて宙を舞っていた首が降ってくる。身体も、胴を支える足腰より崩れていきその場に倒れ伏す―――彼らは死んだのである。あっけなく、何の前触れもなく、かくも容易く。


「……うっ、ぐぇっ……」


 その場に立っている者は、杖を掲げた姿勢のままのミチと、『回復する杖(仮)』を持っていたが為に抜剣が遅れてしまった兄貴分の男と、そして―――


「ぐっ、お、げぇえええええ……」


 男たちの死体の中心で返り血を浴びながら、胃液を吐瀉している銀閃の正体―――ルイナだけであった。










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