26.ルイナへ至る道
「ふーん。盗難、ねぇ…」
ミチは講習終わりの教室にて、模擬戦で預けていた武器の全てが盗難されたことを聞かされた。
模擬戦において武器の交換―――自前のものから模擬戦用のものへ替えられるのは、前衛職の者だけであった為、ミチをはじめとする魔術師やレンジャー達はその騒動に巻き込まれずに済んだのであった。
しかし、学校側は大混乱に陥った。いったい誰が倉庫へ忍び込んだのか、奪われた武器はどこへ持っていかれたのか、その検証と捜索に講師たちはあたった。
―――学校の講習の合間に起きた不始末であり、その責が学校にあるのは明白であった。
それを見て、ミチは特に自分が出る幕もないと思い、寮の自室へ戻ったのであったが―――そこで、はたと気が付いた。
そう言えば、ルイナも杖を持っているけど前衛職だった。ということは、あの杖も奪われてしまったのだろうか?
「あちゃー……」
ミチは眉間を押さえた。あの価値のつけようもない宝を失ってしまったルイナに同情をし、その責を負いきれないであろう学校にも同情をした。
それでも彼女に出来ることはない、見つかるように祈るだけでもしておこうと、せめて空の太陽へ拝んだくらいだ。
―――そしてやはり、ルイナは帰ってこない。
まあ、いつも薬草を採集に行って日没ギリギリになって帰ってくるので帰ってこないのはいつものことであるが、今日に限っては失くした杖やそのほかの武器が見つかれば学校へ報告に戻るだろう。
そうなれば寮の中でも騒ぎになるはずだが、そんな喧噪は彼女の耳には届いてこない。
これは、帰りが遅くなりそうだな……と窓の外で沈みゆく太陽を眺めながら思った彼女の目に飛び込んできたのは、窓際に吊り下げられていた彼女の外套であった。
その外套は珍しく、フード付きであった―――まあ、たしかにあいつの髪や顔は目立つだろうから、隠したがるのも無理はないなぁ―――
「って、ちょっと待って……」
と、取り留めもなく考えていると、ある重大なことに彼女は気づいてしまったのである。
―――寮の門限である日没までに帰ってこないと、そこは夜の時間である。そんな最中、銀色の髪を振り乱す彼女の姿を見た人が、どんな反応をするか―――
「………」
恐ろしい想像である。彼女を見たのが昼間であれば、珍しい髪色だな、綺麗な髪だなくらいで済むだろう。
しかし、それが夜中となれば―――彼女を吸血鬼だと疑い、騒動が起こってしまってもおかしくない。
「―――ま、まあ、さすがにあの歳まで生きて、そんな手抜かりがあるわけないわよねぇ……」
彼女の年齢を聞いたことはないが、恐らく16~18くらいだろう。その歳まで生きていれば、自分の髪がいかに特徴的で、重大な問題を孕んでいるかは理解しているだろう。
外套を忘れたところで、何かしらかの対策は打つだろう―――はずだ―――いや、してくれないと困る。
「………」
しかし、彼女が見た目通りの『大人』でない可能性を、ミチは先日感じたばかりであった。
―――『さあ、貰い物ですから詳しいことは分からないです』
―――『へぇ、すごいですね!』
―――『いえ、武器はこの杖です』
―――『えっ……』
―――『私、冒険者になれなかったので……置いていかれてしまうかと思って』
―――『…も、もしかして、私のこと心配してくれてたんですか?』
彼女の脳裏に、それまで彼女が口にしてきた、様々な言葉がよぎる。
……もし。
もし、彼女の見た目の印象を全て取っ払って考えるのであれば、それらの言葉や行動が表すのは……。ミチは、今まで予感として捉えていたものを、やがてポツリと言葉に漏らした。
「……世間知らずで、人との距離感に怯える、子供?」
そう口にした途端、彼女の思考の中で、今まで掛け違えていたボタンが正しくはまったように、一筋の芯が通った。
今まで、ルイナとの会話で違和感を覚えたことは数えきれない。それは積んだ経験が違うことによる視点の差なのだろうと思っていたが―――彼女が世間知らずであると前提にすれば納得がいく。
また、たまに嘘っぽく落ち込んでみせたり冷ややかに笑ってみせたりするのも、本当は単純に落ち込んでいたり笑っているだけだったのかもしれない。その感情の揺れが見えたのは、他人との関係性に影響があった時ばかりであった。
そして表情―――というか、目つきの悪さを忘れてしまって言葉を額面通りに受け取れば、他人のことが気になるけど上手に接することが出来ない、精神的未熟さが見える。
「子供―――」
そうであれば―――と、ミチは窓辺へ寄る。
吊り下げられた外套を手に持ち、愛用の杖を片手に自室を出た。
……もしかすると、杖探しに夢中になって道に迷っていたり、夜になって人前に出られず立ち往生しているかもしれない。
そうであれば、手を差し伸ばして上げたい。彼女にとって女子供を助けることは、自分に課せられた使命なのであった。
「まったく、世話のかかる子なんだから…!」
「―――きゅ、吸血鬼だーっ!!!」
そして陽も沈み、完全に夜の帳が降りた街の中、ミチはその叫び声を聞いた。
吸血鬼と間違われるような存在に心当たりしかなかった彼女は、その声を頼りにルイナの姿を探すのであった。




