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23.復讐の心は野心に染まる

 



「………ん?」


 冒険者養成学校へ入学を果たした翌朝。

 ルイナは目が覚めた時に全身を襲う、若干の違和感に首を傾げた。


 何だか、身体の様子がおかしい。何となく、腕の辺りだったり足の付け根であったりが、何かに引っ張られているような感覚を覚える。


「んー?」


 触ってみるが痛みはない。

 ただ、何となく動かしにくい気がする―――だが、それも大した違和感ではない。可動域が若干狭くなったり、動かす時に内側へ引っ張られる感じがするだけである。


「変なの―――まあ、いいか」

「何が変なの―――くぁっ! いたたたた……」


 ルイナが身体の様子を確かめていると、隣のベッドで身を起こしたミチが小さく悲鳴を上げ、肩と腰に手を当て、顔を苦痛に歪める。


「どうしたんですか?」

「あーっ、くぅっ……な、なんでもないわよ! ……くっ、そりゃ、あれだけ動いたらこうなるわよねぇ」


 心配するルイナの声をよそに、ミチは腰や腕の凝り固まった部分を指でぐりぐりマッサージを行い、やがてすっくと立ち上がった。


「―――さあ! 食堂に行くわよ! 今日もいっぱい頭も身体も働かすんだから、あたしたちには栄養が必要なのよ!」

「は、はぁ……」


 そうして彼女たちは寝間着より着替え、食堂へと赴く。

 その中で、ミチの歩く姿はぎくしゃくと不自然に動いており、その身を襲う筋肉痛を極力低減させようと必死であった。


 ―――そう、筋肉痛である。

 ルイナが首を傾げていた違和感の正体は筋肉痛であり、実際のそれはミチが今耐えているものとは比べ物にならないほど重症であった。


 それも当然である。

 彼女の筋肉は生まれてこの方ろくに働いておらず、それが昨日は他の冒険者の二倍近くもの間筋トレを行ない、尚且つ薬草採集の為に数時間、起伏や障害物の多い森の中を彷徨っていたのである。

 本来であれば、起き上がることも関節を曲げることも出来ないレベルの筋肉疲労が彼女には溜まっていた。


 ただ―――彼女の場合、無痛覚のスキルによって、その筋肉疲労による痛みを全く認識出来ていなかった。

 悲鳴を上げるほどの痛みですら、『若干違和感があるけど気のせいかな?』レベルで済んでしまうのである。


 中級スキル『無痛覚』―――

 それは傷を負っても継続的に戦闘を行なえるタフさも特長ではあるが、鍛錬における障害きんにくつうを無視し、極限まで自分を追い込めるという特長も兼ね揃えた、汎用性に富んだスキルであった。


 彼女が知らないスキルの特長は、まだまだ多い―――















 その日の講習は午前が魔物学と鍛錬、午後が瞑想であった。


 魔物学においては、冒険者になった際に対峙することになるであろう魔物についての教養を学ぶ。


 魔物はその強さや危険度に応じて最弱のFから最強のA、そして論外のSまでランク付けされている。

 このランク付けは冒険者も同様に、駆け出しのFから敵なしのA、そして英雄クラスのSまで存在している。


 このランク付けについては、同等ランク同士の冒険者5人と魔物単体で戦った際に冒険者側に人的損害なく勝利できるレベルで設定されている。

 たまに、この事実を知らない、もしくは忘れてしまった単独のEランク冒険者が、Eランクモンスターに手を出し、返り討ちに遭うことがある―――冒険者養成学校はそんな間抜けを卒業生として輩出しない為にも、その辺の説明を口酸っぱく教え続けるのである。


 さて、続いての鍛錬は、昨日と同じ内容であった。


 鍛錬の講習だけは毎日あり、筋肉痛だろうが負傷していようが構わずしごかれる。

 そこに理論や効率といった軟弱な言葉などない。あるのは『限界だろうが動き続けろ』という暴論だけである。


 冒険者になれば、疲れたから一時休憩などと言ってられない状況など往々にしてある。

 絶え間ない魔物の襲撃、心休まらないダンジョンでの探索、長時間にわたる強敵との戦闘。それを思えば、講習の合間くらい不休で動けなければ話にならないのである。

 だからこそ今日も講師は怒声を上げ、生徒の尻に愛の鞭を振るうのである。


 そして午後の講習は瞑想である。


 ヒトにおいて瞑想というのは、魔素許容量の増加という大事な役割を担っている。

 それは瞑想によって、血中魔素を体内魔素へと置き換え、体内魔素を魔素許容量の器たる魂へ許容量以上の量を注入し、うつわを膨らませることによって叶う。


 ただし、一度にあまりに多く注入してしまうとうつわが壊れ、錯乱や興奮状態トランスに陥り、最悪自我の消失を起こしてしまうこともある。

 この講習において講師の役割は、瞑想の仕方が分からない者への指導もそうであるが、自分で瞑想が解けなくなるほどに深く意識が潜ってしまった者がいれば止めるという監視役でもあった。


 生徒達の中には、午前の鍛錬で疲れ果ててしまい、舟をこいでしまっている者もいる。

 しかし、それ以外の者はこの『深く瞑想し過ぎたら止めてくれる人がいる』という状況の有難みを理解しており、深く深く、自分の意識が自分のものではなくなるほどに一心に瞑想を行なう。こういう機会でなければ、魔素の許容量を増やすほどに深く瞑想することが出来ないのだ。


 ―――そうして3コマの講習を終え、2日目の講習は終わる。


 そのまま何事もなく、今日はすんなりと薬草採集に行けそうだ―――ルイナに声がかけられたのは、彼女がそう思った矢先のことであった。













「おい、待て貴様」

「……なんですか?」


 ルイナが教室を出ようとしたところ、昨日も絡んできた少年―――イバルが彼女の前に立ちはだかった。


 その振る舞いに、ルイナは常よりも声を低く落とし、彼を睨みつける。

 基本的には良きヒトであろうとする彼女であったが、彼は失礼であった。その失礼さは、闘争の儀で会ったソーライを思い起こさせる。


 彼のことは、自分を見下してくるので嫌いだった。

 そして目の前にいる彼は、意味なく見下してくるから余計に嫌いだった。


「貴様のせいで―――我が男爵家は一人の部下を失ったのだぞ! この落とし前、どうつけてくれる?!」

「はぁ……」


 イバルは怒鳴り、ルイナへ迫る。

 その様子を、教室に残っていた生徒達は戦々恐々と見守る。


 ―――昨日。


 ルイナを捕らえるよう命じられた冒険者はエータンギ男爵家の邸宅へ夜遅くに帰ってきた。

 彼は邸宅へ戻って早々イバルのところへ報告に行くではなく、エータンギ男爵のところへ赴き、己の解雇を願い出たのだ。彼の実力を買っていたエータンギ男爵はその訳を問いただすと、憤怒の表情を浮かべてイバルを呼び出した。


 一方その頃のイバルは、女一人を連れ去るのにどれだけ時間がかかるのだと苛立っていた。

 そんなところへ呼び出しを食らい、父のもとへと赴いた彼は、指示を出したはずの部下が自分に報告もなく家に帰ってきていたことに怒った。


 しかし、その怒りは父の叱責によって消し飛んだ。


 冒険者曰く、イバルの命令により少女を連れ去ろうとしたところ、とても自分の手に負えない化け物であった。

 父曰く、少女の連れ去り等という卑劣な行為に家の者を使うなど言語道断、ましてや相手の実力も測れぬほど愚か者であったとは思わなかった。


 イバルにしてみれば、男爵家イバルを虚仮にした者への報復のために家の者(じぶんのぶか)を使うことの何が問題であるのか、またあの全ての講習が不出来であった農夫を指して化け物だなどと何の間違いであるのか、むしろ問いただしたい気持ちであった。


 だが、父はそれを許さず。

 今後しばらく家の者にはイバルの命令を聞かぬよう厳命するとした上で退出を強要されてしまった為、名誉挽回の機会は与えられず今日を迎えた。


 一夜明けて彼に伝えられたことは、かの護衛は己の力不足と世の広さを知ったために、今一度武者修行の旅に出たということだけであった。


 こうして彼は手駒をもがれ、兄たちには失態をからかわれ、散々な心持でもって登校したのであった。


「あなたの言っていること、まったく意味が分からないのですが…」


 しかし、ルイナにとってみればそんなこと知ったことではないのである。


 そもそも、男爵家の部下と言われても彼女にまったく心当たりがないのである。

 まさか、昨日森の中でこっちをじっと見ていただけの彼がそうであるとは露とも知らず、またその彼が放った矢を自分が上級スキル『求生反射』によって、無意識下で避けてしまっていたことにも気づいていなかった。


 故に、彼の言っていることはルイナにとってみれば、根も葉もない言い掛かりなのであった―――故に、ルイナの心中にも苛立ちが積もる。


「貴様っ、この上シラを切るつもりかっ! どれだけ我が男爵家を虚仮にするつもりだっ!」

「……あなたが何を勘違いしているのか分かりませんけど、私はあなたの家を莫迦にするつもりはありません。なので、さっさとどいてもらえると助かります」

「貴様っ、なんたる物言い―――」

「私は薬草を採集しないと学費が払えないんです。どいて下さい」

「……貴様、俺の話よりも…雑草集めの方が、大事だというのか…っ」

「当たり前です。あなたと話していても、一枚の銅貨の得にもならないのですから」

「―――き、さまぁっ!!」


 わなわなと震えていたイバルの右手が腰の剣に伸びる。

 怒気に震えたその身体は、目標ルイナを定めるとたちどころに動いた。ルイナはその様子を見て、はっと息を呑み、強張った表情で片手に握っていた杖を両手に構える。


 ―――今更後悔しても遅い。

 やつとの距離はわずかに2歩――― 一足一刀の、この間隙に無能なやつに出来ることなど、無い!


 茶髪の女(じゃまもの)は、様子を見ているが詠唱はしていない。

 他の生徒たち(やつら)も手を出せない。俺は、目の前の敵を、斬る!!


 イバルは剣を抜き放ち、一歩間を詰める。

 剣は既に大上段に構えられ、そして振り下ろ―――


 ―――ボゴォッ!!


 鈍い、音が鳴る。


 決して剣で肉を切り裂いた音ではない―――それは一体何なのか?

 その答えを知ることなく、彼は身が持ち上がる浮遊感とともに、意識を失った。



















「―――で、あんたはどうなったのよ。停学? まさか、退学なんて言わないでしょうね」

「え、え~と……」


 その夜。

 寮の部屋に戻ったルイナは、昨日と変わらずベッドの上に胡坐をかき、憮然とした表情を浮かべているミチに迎え入れられた。


 ―――あの後。


 教室で起こった騒動はすぐに講師側に伝えられ、騒動を起こした本人―――ルイナと、気を失っていたイバルは起こされ、二人は職員室に連れられて行った。


 今回は事の成り行きを見守っていたミチはそこで、以前イバルが起こした騒動とその時にかかった権力からの圧の話を聞き、これはもしやルイナは退学になるのではないかと焦り―――焦ってもどうしようもなかったので部屋へと戻り、悶々とルイナの帰りを待っていたのであった。


 しかし―――


「私は特に何も―――経緯を説明したら注意だけで済みました」

「……はぁ? じゃあ何でこんな遅く―――って、あんた、もしかして…」

「え~と、薬草を取りに行ってました」

「薬、草………はぁ~」


 ミチはため息を吐いた。

 脱力である。心配して損をした、時間を返せ、どんだけマイペースなんだよ、そう言いたい気分であった。


「あっ、え~と……も、もしかして、私のこと心配してくれてたんですか?」


 ミチの様子を見て、彼女が自分のことを心配していたのだとルイナは察した。

 そうであれば、薬草を取りに行く前にミチにだけでも顛末を話せばよかったと反省しつつも、同時に自分を心配してくれる人の存在に少しの嬉しさを感じるのであった。


 ――― 一方、ミチは心の中に出来た()()()()()に、苛々を募らせていたのであった。


 ルイナが退学になると、彼女(おもしろそうなこと)の為にこの学校へ入学した自分の目的が果たせなくなる―――それは困る。だから心配していた。

 それなのに―――、ルイナの表情をちらと見る。


 パッと見たところ、凛と澄ました表情の中、若干口角を上げ不適な笑みを浮かべている―――そんな印象である。

 その表情を鵜呑みにすると、先の言葉は『なんでそんな心配をするのか意味が分かりません。呆れて笑ってしまいます』という意訳が出来る。今までだったらそう解釈していただろう。


 しかし、彼女の顔も見慣れてきた今日日(きょうび)、よくよく見ると、彼女の目尻の角が常よりほんの少しだけ丸みを帯びているのが分かる。

 その目つきの悪さが邪魔で非情に分かりづらいが、恐らく、たぶん、きっと―――彼女は笑っているのだ。心配されたことを申し訳ないと思いつつも嬉しくて、はにかんでいるのだ。


 ミチはルイナが見た目通りの大人の女性ではないことを、見抜き始めていた。

 彼女の本質を現しているのはその外見ではなく、その言動の方にかなり寄っているのだと、気づき始めていた。


 ―――もしかすると、彼女はわりと幼い少女ではないのかと、ミチは思い始めたのだ。

 ()()()()()()()()()()自分と同い年くらいかと思っていたが、その実ルイナはかなり年下なのではないかと思ったのだ。


 そうであるなら彼女の進退について、自分本位な理由で心配していたのは自身の倫理観に反する。弱き者、幼き者の為に力を振るうのが、彼女を彼女たらしめる心根の根幹である。

 故に、ルイナのことを思って心配していたのではないミチは、彼女のその目線に痛みを感じ、憮然とした表情のまま目線を逸らしたのであった。


「……別に、あんたが気にする必要もないわ」


 それを見てルイナは、しゅんと項垂れてしまうのである―――心配されていたのを喜んでしまった為に、ミチが怒ってしまったのだと勘違いをして。


 こうして彼女たちのすれ違いはまだまだ続く。





















「―――納得が、いかんっ!!」


 ―――ダンッ!


 王都バザーの深夜街、仄暗い酒場の中で怒気を孕んだ声と机に物を叩きつける音が響く。

 他の席についている客たちが何事かと一瞬、音の発生源へと視線を向けるが、ただの酔っ払いの譫言うわごとであると分かると途端に興味を失くし、それぞれ目の前の女へと視線を戻していく。


「もう、どうしたんですか貴族様、あんまり怒っちゃ嫌ですよ…」

「うるさいっ! くっ、どうして俺がこんな目に―――」


 声を荒げる客に対し、付いている女がしな垂れかかり、耳元で優しく囁く。

 しかし、いつもであれば押し付けられる胸の柔らかさに、その客は色気づいた表情を浮かべるのであるが、今日は違う。自身を襲った不条理に拳を握り締め、怨嗟の声を上げて頭を抱えるのみであった。


 彼―――イバルは、納得がいかなかった。


 自分の放った部下が返り討ちにされたことも、父が自分の指示を咎めてきたことも、男爵家じぶんの部下が誰も言うことを聞かなくなったことも。

 そして、先手を取っていたはずの自分が、あの無能な少女に返り討ちにあったことも。貴族じぶんに歯向かった下賤の輩への処分が、軽い注意で終わったことにも。


 何もかもに納得がいかなかった。自分を陥れようとする誰かの陰謀、策略、術数にはめられているのではないかと疑心暗鬼であった。


 何にはめられている?

 何に騙されている?

 そもそも自分がこれだけ追い込まれているのは誰のせいだ?


 ―――イバルは目をぎらつかせながら、考える。

 そして、1つの答えに行きついた。


 ……あのルイナだ。

 イバルは敵の正体を確信した。


 あいつは力を隠し、無能を装って近づいてきた。そして自分が油断したところに付け入り、陥れようと画策していたのだ。

 そうして実力を見誤らされた自分は、力不足の部下に指示を出して失敗した。その失敗を父に咎められた。そうして父の怒りに触れた自分は部下を失った―――今に至る全ての原因は、あの女にあった。


「あの女ぁっ……」


 その陰謀の根幹は、貴族である自分への妬みなのかもしれないし、あるいは後継者争奪の立場にある4人の兄たちの思惑なのかもしれない。

 そのいずれにしても、あの女への想いは変わらない―――報復、復讐である。自分をここまで虚仮にした者を、そのままにしてなるものか。


「あの女―――ルイナっ、この復讐心おもい、必ず遂げてみせる…っ!」


 覚悟していろ―――彼は復讐を誓い、片手に持ったグラスの中身を飲み干した。


 ……その言葉は誰にも聞かれず、彼の復讐は密かに始まる―――はずだった。


「え、ルイナ?」

「……ん?」


 彼の声に反応した者が、1人いた。

 反応があると思ってもいなかったイバルは、すぐ隣―――侍らせている店の女があの女(ルイナ)の名に反応したのを聞いた。


「お前、ルイナを知っているのか?」

「え? えっと、同じ人かは分かりませんけど、この間乗合馬車で一緒だった綺麗な子がルイナって名前だったなと思いまして―――」

「そいつの髪は銀だったか?」

「は、はい。綺麗な銀色の髪でした。長さはこれくらいで、恰好は―――」


 女の話す特徴は、まさしくルイナと合致していた。

 聞けば彼女は先日まで故郷に帰省しており、その帰り道の乗合馬車でルイナと4日間を共に過ごしていたらしい。あまり話すこともなかったが、その完成された美貌故に未だ強く印象に残っており、イバルの口から出た名前に思わず反応してしまったとのことだった。


 ―――であればと、イバルはその女にルイナの話をさせてみた。

 馬車の中で聞いた話や行動から、彼女の弱みとなるもの―――人物であったり物であったりが推測できるかもしれないと思ったからだ。


 それに対して彼女は、イバルへつぶさに彼女の様子を語って聞かせた。

 あの美しい少女に対して恋心おもいを抱いているであろう貴族の少年に対して、その応援が出来るかもしれないという老婆心が働いたからだ。


 そして―――


「―――治癒、効果……だとっ?」


 イバルはその事実にたどり着く。

 彼女の持つ白い杖の、その特別な効果とそれ故の法外な価値に。


 初めて見た時、その装飾や魔石を見てそれが魔道具であることは見抜いていた。とても農夫にふさわしくないものであったから貰ってやろうとしたが、邪魔をされた。

 部下に命令をして取りに行かせたがそれも叶わず、今や杖に対する執着心よりもあの女への復讐心の方が優っていたのだが―――事情が変わる。


 治癒効果の杖―――その一振りを持つだけで、王の膝元へ登城することが出来る。この杖を献上する代わりに登用してくれと願えば、その貢献度から男爵じぶん以上の爵位さえ喜んで与えられる。

 それほどの価値を持った宝が、あの女の手に握られている。


「………くっ」


 彼の心の中に、沸々と感情が込みあがってくる。

 それは嫉妬でもあり、羨望でもあり、悔しさでもあり―――そして、


「くふ、くふふふ……」


 全ての感情を飲み込むほど、どろどろに煮え滾った、野心であった。


 復讐心、悪計あっけい、野心―――それらに塗れた彼の笑みに、女は少しの気味の悪さを感じるのだった。







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