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22.薬草採集

 

「え~と……茎が二股に分かれてて、細くて硬い茎―――うん、硬いし細い。それで―――茎の先端に群生している白い花は若干のムラサキ色を―――んー? ムラサキかなぁ。黄色っぽいような」


 王都バザーより歩いて1時間、鬱蒼と生い茂る森の中より取り留めのない独り言の声が聞こえてくる。

 その独り言の主、ルイナは手元に掲げられた羊皮紙と目の前に生えている草花を見比べ、うんうんと唸る。


「あっ、黄色? ちょっと待って―――ああ、やっぱり。黄色だとキイロクマタケなのね。これは―――毒草?! あ、危なぃ~…触るところだったわ」


 ルイナはその黄色の花を咲かせる草へ伸ばしかけた手を引っ込める。手元の羊皮紙に書かれている記述より、目の前の草が毒草であることが分かったからだ。


 彼女が手に持つこの羊皮紙、講習後の職員室へ赴いた際にまだ帰っていなかった薬草学の講師より、王都近辺で手軽に取れる薬草の特徴を教えてもらい、それを記したものであった。

 薬草学の講師も、ほかの講習を受け持った講師たちより、彼女は不出来であるが気合を十分に感じさせる良い生徒だと聞いていたこともあり、冒険者にあこがれたが才能なく、農夫としてしか身を立てられなかった自分の境遇と彼女を重ね、懇切丁寧に教えたのであった。


「ん、あれ、でも―――そうよね。毒草だけど、採集すれば回復薬の素材にも使えるからギルドが買い取ってくれるって先生言っていたわ。よし、え~と採集していいかどうかの判断は―――」


 そうしてルイナはおっかなびっくり、不慣れながらもその羊皮紙の記述を頼りに薬草を採集するのであった。










「………」


 そして薬草を探すルイナの背中を、遠くから見据えている1対の目があった。

 手には弓、背中には矢筒、皮の装備を急所にしかつけていない軽装の彼は、エータンギ家に雇われた冒険者であった。


 彼がエータンギ男爵邸にて、いつものように邸内の巡回業務を行っていると、機嫌の悪そうなエータンギ家五男―――イバルに呼び止められたことがそもそもの事の発端であった。

 彼の機嫌が良いときは誰かを不幸に陥れてやった時であり、彼の機嫌が悪いときは誰かを不幸に陥れてやりたい時であった。

 そんな折に声をかけられた雇われ冒険者の彼は、たかだか男爵の五男坊という爵位継承が出来るわけもなく、いつか家を追い出されるだけの存在の為に、自分の手をまた汚す羽目になるのかと嘆じたのであった。


 ―――嘆じるものの、仕事は仕事、命令は命令。彼はイバルより命じられた仕事をこなす為、右眼の瞳孔によりねらい目を定め、銀髪の少女の肩口へ矢を飛ばす。


 ヒュンッ―――


 矢は空気を裂き、真っ直ぐに少女へ向かって飛ぶ。

 やがてその矢は少女の肩に突き刺さり、血を出す。そして、少女が痛みに悶絶している合間に、やじりへ塗り込んだ麻痺毒が彼女の意識を強制的に奪う―――血の巡りが早い女子供であれば、それは十数秒の合間に為る。

 そうして意識を奪った後、白い杖ごと少女をイバルのもとへ連れ帰るのが彼の本日の仕事であった。連れ帰った少女がどうなるのか、彼には分からないし、関係のないことだ。若干の良心の呵責を感じるが、貰える給金を思えば我慢も出来る。


 彼は矢を放ってから突き刺さるまでの間、自分が手に染めている汚い仕事への諦観と、イバルに狙われてしまった可哀相な少女への同情を嘆じつつ、その矢の動向を見送った。


 ―――その矢は、彼女の身体を貫通し、森の奥へと飛んで行った。


「……なっ…」


 一瞬、彼は目がおかしくなったかと疑った。矢は刺突性に優れるがヒトの身体を貫けるほどの貫通性はない。

 そもそも矢の特長は相手の体内に鏃を残すことであり、身体を動かそうとする度に内臓や筋肉を破壊する継続的損傷が主だった役割だ。そんな矢が、ヒトの身体を貫けるわけがない。何が起こったのかと、彼は目を見張った。


 そして気づいたのだ。貫いたと思った少女の身体―――それは、残像であったと。

 少女の身体は矢が通り過ぎた位置より半身ほど横へずれたところにあり、そこに至る回避行動があまりに速かった為に、彼の目と意識は『まだそこにいる』と錯覚してしまっていたのだ。


「……あれ?」


 少女は自分が襲撃されたことに気づいた様子で、しかし辺りをきょろきょろと見回す―――矢を避けたにも関わらず、襲われた方向が分かっていないのだろうか?


 その様子を見た彼は、まだ機は自分にあると考えた。

 彼は鬱蒼と生い茂る草木の合間に身を潜めている。たとえ少女が矢の飛んできた方角にあたりをつけたとしても、その姿を見出すのは困難である。

 それであればもう一度矢を射るチャンスがある。先ほどの回避はどんな偶然なのか、それとも必然だったのか分からないが一方的に攻撃できる機会を見逃すほど、彼は職務怠慢ではなかったのだ。


 背の方へ手を伸ばし、矢筒よりそっと矢を一本引き抜く。

 矢同士の擦れ音は最小限に、その動作の合間に不用意に周囲の葉を鳴らさないように細心の注意を払う―――しかし。


「……っ!!」


 その瞬間、しかと少女の顔が彼の方へ向いた。その眼は真っすぐに彼の目を捉え、ぴったりと視線が交わる。彼女は幾千、幾万にも等しい葉の合間にほんの少しだけ覗く彼の黒い瞳を、一瞬のうちに察知したのだ。


 ―――何故バレた!? 何でバレた!? こんな遠くにいて、矢擦れの音なんて聞こえるわけもない。気配も息も殺した。気づける要素など一つもない…っ


 彼の心は動揺に震えた。

 事前にイバルより聞かされていた全くの無能ぶりとはてんで話が違う。先ほどの回避行動も、今の索敵技術も、目の前で起こらなければ冗談であると断じるような話である。


 しかしその2つは実際に起こった。

 そしてその2つを偶然としないのであれば―――目の前にいる少女こいつは、とても自分の手に負えないレベルの化け物だ。


 彼は矢を手に握ったまま、逡巡する。

 少女は―――こちらに向かってこない。奇襲で矢を放たれるという明らかな敵対行為に対して、不審そうに小首を傾げ様子を伺うのみである。

 弓矢を持った敵がいるのであれば、距離を詰めるか障害物に身を隠すのが普通である。それをしないということは、彼女が彼のことを歯牙にもかけていないということだ。


 逃げよう―――彼はそう、判断した。


 そして逃げるのであれば―――少女がみすみす見逃してくれる可能性について彼は考える。背を向けた瞬間に追いかけてこないだろうか? ―――その可能性は、彼女の瞳が映す、獲物を見定めるような獰猛な眼光から、高いと断じた。


 であれば矢を放ち、それを回避するか気を取られている間に少しでも距離を稼いでおいた方が良い。彼は弓をゆっくりと構え、矢を番え―――


「…っ」


 瞬間、ゾクリとした悪寒が彼の背筋を走る。

 矢を番える指が凍り、緊張に目が見開く―――その感覚を、彼は知っていた。


 下級スキル『予知』。

 上位スキルである予知夢や完全予知とは違い、それは何となく察する、何となく勘が働く程度の補助的な効果しか持たない。

 しかし、彼はそれによっていくつもの修羅場を潜り抜けて、今日こんにちまで生存することが出来た。


 その『予知』が、()()()()()()()()と叫ぶ。いつものように何となくやらない方がいいとかいうレベルでなく、確信をもって彼の心中で警鐘を鳴らしていた―――その警告に逆らえば、訪れるのは確実な死であると、彼は悟ってしまったのである。


「……っ、……」


 彼は青ざめた顔で弓を下ろし、為すすべなくその場へ腰を下ろした。

 もはや逃げ出すよりも無抵抗を貫き、彼女の牙が治まることに賭ける方がよっぽど生存確率が高そうに()()()()()思えた。


「………?」


 そしてその勘は当たったのか、やがて少女は興味を失ったように彼から視線を逸らし、薬草採集を再開し始めたのだった。


 冒険者の彼がその場から離れることが出来たのは、彼女がさらに森の奥へ入っていき、視界から完全に消えてしばらく経った後のことであった。











「んー、お昼から夕方まで採集して結果が銀貨4枚と大銅貨5枚―――」


 その日の夕暮れ時。

 冒険者ギルドにて集めた薬草を換金してもらい、寮への帰路につくルイナは、革袋の中に入れた銀と銅の硬貨を見て、悩ましく眉を寄せる。


 冒険者養成学校に通っている限り、寮があるので宿代はかからない。そしてルイナには必要ないが食事も食堂へ行けば出てくるので食費はかからない。あとは洗濯している間に着まわせる服や下着さえ揃っていれば、生徒の支出は月謝である学費のみである。


 その学費は月に金貨12枚となっている。

 銀貨に換算すると120枚分となる。今日の彼女の稼ぎが大銅貨含めて銀貨4.5枚分であり、その稼ぎのままひと月を過ごせば、小月である29日で換算すると銀貨約130枚の稼ぎとなる。


「今日は少し学校を出発するのが遅れたからもう少し稼げるかもしれない―――うん、学費分は何とか稼げそうね」


 その計算は薬草採集へ突然赴けなくなったり、思ったほど薬草が採集できないといったリスクを考えない計算であったが、まあ何とかなると都合よく考え、彼女は足早に、日没までと門限が定められている寮へと帰るのである。


 そんな彼女の頭からは、薬草採集中にじっと()()()()()()()()()()()()()の男のことなど、すっかり忘れ去られているのであった。










「ふぅ、ただい―――」

「まっていたわっ!!」

「ひぃぃっ!! な、なにっ?!」


 ルイナが自分に割り当てられた寮の部屋へはいると、中から張りのある大声が発せられ、彼女は驚きにびくりと身体を震わせた。


「み、ミチさん…? どうして私の部屋に?」


 見ると、何故か部屋の中にミチがいた。

 ベッドの上に胡坐をかいて座り、扉を開けたルイナを、腕を組みながら真正面に見据えていた。


「『どうして私の部屋に?』、じゃないわよっ! ここはあんたの部屋じゃなくて、あたしとあんたの二人部屋よ!」

「えっ、そうなんですか?」


 学生寮は基本的に二人一部屋である。

 同時に入学した彼女たちに同室が割り振られたのも、至極当然のことであった。


 この寮に入った時に寮監より共同生活になる旨は伝えられていたが、それをルイナは『寮での共同生活』のことだ考えており、『部屋での共同生活』であるとは考えていなかったのだ。


「そうよ、覚えておきなさい!

 それで、あんたのベッドはあっち! 荷物置きはこっちの半分! 寝相やいびき、寝言がうるさかったら叩き起こすわ。それ以外共同生活していくうえで気になることが出来たら逐次お互いに議論をしてルールを決める。

 ―――以上! 文句はある?」

「い、いえ、ありません…」


 勝手に話を進めていくミチにルイナは目を白黒させながらも、こくこくと頷いた。

 何となく、彼女には逆らわない方が良い気がしたからだ。


「―――あっ、そういえばミチさん。今日はありがとうございました」

「なんの―――ああ、講習終わりのあれね。別に、あのクズ野郎が気に入らなかったからちょっかいかけてやっただけよ。あたしが勝手にやったことだから、あんたが気にすることないわ」

「それでも、ありがとうございます」


 ルイナが重ねて礼を言うと、しかしミチは憮然とした表情でルイナを見る。


「……それよりもあんた。学校でのあのていたらくは何よ。走ることも出来ない、腹筋も腕立ても出来ない。模擬戦では相手にこっぴどくやられっぱなし。

 ―――それに講習後のあれも、あんたならもっとうまく捌けたでしょう?」

「え、ええと、そう言われても私、弱いですから……」


 ミチの詰問に、ルイナが応える。そう答える彼女の目は忙しなく動き、泳いでいた。

 何かを隠しているのがバレバレである。きっと、実力を隠さなくてはならない理由が何かあり、そしてその理由を教えるつもりはないのだ―――それが何であるのか、ミチは言葉ではなく目によって探る。


 ――― 一方、ルイナにしてみればあの体たらくと言われても、あれが彼女の紛れもない実力であった。

 『勝手に動く身体(わけ分からずのスキル)』のことは、話しても信じてもらえないことを知っていた―――適性試験において、彼女は苦い経験をしたばかりであった。だからこそ言葉に詰まり、何と弁明すれば良いのか悩んでしまったのだ。


 こうしてまた一つ、彼女たちの間にすれ違いが起こったのである。

 そしてそんな悲劇(すれ違い)が起きているとも知らず、ミチは探る目をやめ、ルイナへ問う。


「―――まあいいわ。それよりもあんた、こんな遅く帰ってきて夜ご飯は食べたの?」

「えーと、食べてま……した」

「何よその返事! 食べたの?! 食べてないの?!」

「た、食べました! もうお腹いっぱいです!」

「よし、じゃあさっさと荷物を置いて水浴と歯磨きと洗濯してきなさい! そしたらさっさと寝るわよ、鍛錬の講習だけは毎日あるんだから、睡眠の時間はしっかり取るわよ!」

「は、はい! 分かりました!」


 ルイナはミチに部屋を追い出され、水浴び場へと行く。

 こうして彼女の寮生活は、騒々しく始まったのであった。
















「………ふふっ」


 ルイナが追い出された部屋の中、ミチはベッドの上に胡坐をかいたまま、にやりと笑みを浮かべるのであった。


 ―――半年間の期限のうちに、彼女の強さの秘密を暴き出す。

 隠したがってる様子だし、聞いたり問いただしたりはしない。

 それに正解をただ教えてもらうだけなのは、つまらない!


 自らが動き、秘密を暴く!

 せっかく半年の時間を寄り道に使うのだ、楽しくしなければ面白くない!


「ふふ、楽しくなりそうね」


 こうして彼女の学校生活よりみちは、不敵な笑みとともに始まったのであった。





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