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21.正義の少女

 



 冒険者養成学校の講習は午前に2コマ、午後に1コマに分けられており、その合間に昼休みが入る。

 昼休みになると、食堂で昼食が振る舞われる。そこで出る料理は学費で賄われており、どれだけ食べても無料だ。


 冒険者にとって身体は資本であり、その身体は運動と休息と食事によって作られる。過酷な鍛錬を終えたばかりの彼らは蜜に群がる蟻のように食堂へ駆けこむのであった。


「うぉおお!! まだまだ食えるぞぉお!!!」

「これもこれもこれも、あれもそれもぜーんぶ! わたしのよ!!」

「もがもがっ! ぐごっ、っ! あー、死ぬかと思った! まだまだいけるぜぇ!!」


 そこはまさに戦場。料理は次から次へと補充されていくのだが何しろ勢いが凄まじく、供給が間に合っていない。

 故に生徒たちは互いに競い、料理を奪い合う。そこに仲間意識などない。あるのは肉体をとことんまで苛め抜いた末に目覚めた、食への本能のみである。


「もぐもぐっ―――ごくっ。ぷはぁ~……あれ? そういえばあいつがいないわね」


 そしてそんな中、元々健啖ではないはずのミチが常の5割増しの量を平らげ一息をつくと、あいつ(ルイナ)が食堂の中にいないことに気が付いたのである。


 この昼食は講習と違って強制力はない。故に生徒の中に幾人かいる貴族の子息達は、王都に構える邸宅や別荘へと一旦帰り、そこで昼食をとる。舌の肥えた彼らには、大衆と同様の食事など耐えられないのである。

 しかし、持っている杖は異常ではあったが着る服や言動を見る限り、彼女がそういった類の令嬢ではないとミチは確信していた。


 これは何か秘密があるな―――と、ミチは推測したが未だ腹の減りが治まらず、次の皿へと手を出し始めたのだった。頭を働かせることは後でもできるが、飯にありつけるのは今だけなのだから。


 一方―――


「ふんぅぅぅぅうううう、ふぬぅううううううう!!!」


 ルイナは味のしない食事(いやなおもい)をするくらいならばと、訓練場にて筋トレを続けていた。

 彼女は大人の吸血鬼の6倍の体力を持ち合わせており、およそ疲れ知らずである。それに吸血鬼の身体は食事を摂る必要がない。


 他の生徒たちより圧倒的に遅れているという自覚のある彼女は、ナートラへ誓った『冒険者になる』という目的の為に、休憩と食事の時間をひたすら鍛錬に充てたのであった。



















 昼休みを挟み、その日最後の講習は模擬戦であった。


 午前でも使った屋外の訓練場に再度集まり、戦士なら戦士、魔術師なら魔術師と希望職種同士が組み合わさる様に二人一組に分かれ、各々で模擬戦を始める。

 その組み合わせも、講師の目と手により力が均衡するように振り分けられている。同程度の力量を持った、あるいは若干の差がある相手にどう戦い、どう勝つか、どう負けたかを生徒自身に考えさせる。


 ただ強くなるだけであれば講師が指導する方が早い。手取り足取り、懇切丁寧に教えればそれなりに強くなるだろう。

 しかし、そうした養殖を施された冒険者は講師の手元を離れた途端に成長が止まる。


 冒険者になれば戦闘の指導をしてくれる者などいない。戦闘の結果や経緯を自分で振り返り、成長する隙やすべを己で見出せるようでなければ、冒険者として大成できない。


 だからこそ講師は極力手も出さず口も挟まない。その講習において講師の役目とは、模擬戦闘に熱が入りすぎてただの戦闘になるのを阻止する、ただそれだけである。


「よろしくっ!」

「よ、よろしく、お願いします……」


 そしてルイナが組んだのは、褐色の肌を持つ、ハツラツとした雰囲気の少女であった。

 ルイナの体つきを見た講師が、本当に戦士志望であるのか二度確かめ、ため息交じりに組ませてきたのが彼女である。


 少女にしては腕や足回りにがっちりとした筋肉がついている。模擬戦用に支給される木剣も、片手で綽々(しゃくしゃく)と操る。

 彼女は戦士志望の中でも中堅に位置する実力の持ち主であったが、ルイナのいかにも貧弱な身体を見て男と組ませるのは可哀相だと判断した講師が連れてきたのだった。腕力に物を言わせるだけの男子よりも、戦士志望者の中で唯一の(今ではルイナ含めて2人だが)女性であり、技巧派の彼女であればルイナに怪我をさせずに済むだろうと判断して。


 一方、ルイナは気が気ではなかった。ナートラから与えられた『回復する杖(仮)(ヒーリングスタッフ)』は取り上げられ、今は模擬戦用の木剣を与えられている。これでもし『見敵必殺(よく分からない力)』が発動してしまえば、木剣は物凄い勢いで彼女に叩き込まれ、骨折どころでは済まない怪我を負わせてしまうかもしれない。


 ナートラへ誓ったのだ、声に出さずとも―――人間種とは敵対しないと。悪い奴でもないヒトを痛めつけるのは、現在のルイナの倫理観に反する。


 このままではいけない―――彼女の背中に冷たい汗が溜まる。


「それでは、始めてください」


 しかし、講師の淡々とした声を合図に各所で模擬戦闘が始まる。木剣と木剣がぶつかり合い、魔術と魔術が相殺しあい、矢と矢が交錯する。


「やぁああっ!」


 そして目の前の少女も駆けてくる。距離を詰め、木剣を振り上げる。

 まずい、身体が勝手に動いてしまう―――


 ―――ボゴォッ!


「……あれ?」

「きゃあああ!! ご、ごめん! だ、大丈夫?!」


 ルイナの肩に木剣が叩き込まれ、盛大に鈍い音が鳴る。


 まさか、迎撃も回避もせず無防備に受けられると思っていなかった少女は、勢いあまって木剣を叩き込んでしまった非を慌てて詫びる。

 しかし、そのルイナはというと痛そうな素振りを全く見せず、肩を叩いた木剣と少女の顔を交互に見て、間の抜けた声を上げていた。


 ―――いつものよく分からないスキルが発動しない!

 適性試験においてそれは致命的な結果をもたらしたが、今のように望んでいないタイミングで発動しないことは嬉しい誤算であった。


 しかも、ルイナとしてもいつ発動するかも分からないスキルに頼り切るのは怖いと思っていたところであった。それであればスキルが発動しないのを良い機会に、スキルに頼らない戦闘方法を身に着けたいと思ったのである。


 彼女はその顔に明るい笑顔を浮かべ、少女へ頭を下げる。


「すみません! ぼーっとしてました。もう一度お願いします!」

「えっ? ほ、ほんとに? 肩は大丈夫なの?」

「はい! 痛みには強い方なので平気です!」


 そうしてルイナはぶんぶんと叩かれた肩を回す。その様子を見て少女は釈然としないながらも、再度木剣を構えるのであった。


 ―――結局、その講習の時間内にルイナが叩き込まれた木剣の数は50を超える。

 しかし、講習終了時に息を切らしてへばっていたのは少女の方であり、ルイナはやり切ったと言わんばかりに満足げな表情を浮かべていたのである。













 その日の講習が全て終了して、ルイナたち生徒は最初の教室に戻る。

 講習が終了しても陽はまだ高い―――それは学費を自分で稼ぐ生徒たちの為に、学費稼ぎの時間を与えるためであった。


 各生徒で色々と事情はあるが、冒険者養成学校に入る者の過半数はさしたる能力もないのに冒険者になるしか道がなく、そして農夫となった者達だ。

 農家の三男坊で親の跡を継げないとか、貴族の妾の子で成人するまでは育てるがその後の援助はないと言われているとか、そういった類の者が多く、当然、安くはない学費に関しても親の援助は受けられない。

 結果、彼らは冒険者ギルドで農夫認定を貰って薬草を採集するか、王都内で小銭稼ぎの仕事を請け負うかして、自力で学費を稼ぐのである。


 さて、生徒達が教室に戻ってきても大した話はない。講師が明日の講習予定を告知し、寮に住む者へ門限までには戻るように注意をし、そうして解散となる。


 その後は教室を慌てて出て行く者、ゆっくりと席を立つ者、席に座り続けクラスメイト同士で談笑を始める者など様々であった。

 ルイナはひとまず職員室へ赴き、預けておいた背負い袋を回収しつつ、もし薬草学の講師がまだいれば農夫として稼ぐコツをご教授願おうと思い、席を立った。


「おい、待てそこの銀髪女」


 ―――と、折悪く声がかかってしまった(この教室内に銀髪はルイナしかいない)ので、彼女は足を止めて振り返った。


 振り返った先で目に入ったのは、ルイナより多少背の高い男子―――吸血鬼でいうところ15歳ほどの少年であった。

 その赤黒い長髪は特徴的であったが、それよりも何よりもルイナは、彼が意味もなく顎を突き出し、その為に顔が上を向いているせいで彼女をすごく見づらそうにしているのが気になった―――ヒトはそれを、踏ん反りがえっていると言う。


「はぁ…私、でいいんでしょうか? 何か用ですか?」

「ふん、俺はキルヒ王国ラザーフィル領主、カザス=バロン=エータンギ男爵の息子、イバル=エータンギだ! 本来、お前ら農夫風情では目にもかかれない高貴の存在である。先に名乗らせた無礼は、その杖をよこしさえすれば免じてやろう!」


 そう言って彼―――イバルはルイナの持つ『回復する杖(仮)』を指さす。それを受け、ルイナは『はぁ……』と曖昧に返事をする。

 ―――男爵の息子という者にソーライ(ひとり)知り合いがいるが、彼も無意味に偉そうな口ぶりをしていた。男爵の息子とはそういうものなのだろうか? とルイナは面倒くさそうにイバルを眺めながら考えていた。


「え~と、この杖は大事なものなので上げられません。それでは、薬草を取りにいかないといけないので、さようなら」


 ルイナは淡々と言葉を返し、イバルへ背を向ける。

 こういった手合いに付き合うのは嫌いだった。無意味に見下してくる者を見ると、その者の言動の精緻に依らず、無能である自分は劣等感に苛まれてしまう。彼女にとって、百害あって一利なしの人種であった。


 ―――しかし、周囲の生徒はルイナの反応に息を呑む。

 それが、一応とはいえ爵位を持つ者の息子にして良い態度ではなかったし、それでなくても彼の人となりを知っている者達からすると今の状況で背中を見せるのは不味いと思ったからである。


「なっ―――貴様、このっ!!」


 イバルは顔を怒気に歪め、なんと腰に下げていた剣を抜き放った―――怒りの沸点が低く、他人、それも平民(げせん)の命など些末なものとしか見ていないことを、周囲の生徒達は知っていた。

 以前にも似たようなことがあり、彼は生徒の一人に重傷を負わせた。傷を負った者は退学となり、傷を負わせた彼は在学し続ける、そこに権力うえからの圧力があったことは容易に想像できる。


 一人のヒトの人生を、その刃によって無残に切り裂いたことを彼は全く反省していなかった。だからこそ皆、腫物に触れる様に注意深く接するようにしていたのだが、それを新入生かのじょは対応を間違えた。


 生徒達がその凶行を止めようと足を動かすが、間に合わない。抜き放たれた剣は袈裟切りにて彼女の首元へと落ちる。狂刃に狙われた彼女は、今まさに振り返り―――


「―――風盾」


 ―――ブワッ!


「な、なにっ?!」


 しかし、突如として生まれた圧縮空気の壁が、振り下ろされる剣の軌跡を阻害し、それを逸らした。

 渾身の力を込めた剣戟を見当違いの方向へ振り回され、イバルはたたらを踏む。

 そして、しかと呪文の声が聞こえてきた方を見た。


「貴様―――農夫の分際で俺様に楯突こうというのか?」

「いや、悪いけど。あんたが貴族様だろうが、あたしが農夫だろうが関係ないわ」


 そこにいたのは一人の農夫。彼女は後ろで結んだ柔らかそうな赤茶髪を揺らしながら席を立ち、真っ直ぐにその杖の先端をイバルに向けて啖呵を切る。


「女子供を後ろから襲おうとするあんたの性根が気に入らない。ただそれだけよ」

「貴様っ…!」


 そうしてイバルは忌々しそうに彼女―――ミチを睨む。ミチもまた、その視線を真っ直ぐに睨み返す。


「来るなら正々堂々と来なさい、受けて立ってあげる」

「魔術師もどきの農夫が、偉そうにっ!」

「ふん、だったら早く来てみなさい。あんたが動くまで待ってあげるから。いいハンデでしょ?」

「くっ、この―――」


 この教室というごく限られた空間、さらに彼我の距離が僅かに10歩ほどであれば、魔術師対戦士は戦士側が有利となる。魔術の行使にはどうしても呪文を唱えるほかに詠唱か魔法陣記述の工程が必要になるからだ。


 しかしその有利は、魔術師側の『詠唱短縮』という技術によっていくらでもひっくり返る。初級魔術であれば詠唱は2小節が基本だが短縮すれば1小節、さらには熟練した者であれば1単語まで削ることが出来る。

 農夫となった彼女がそこまで高等な技術を持っているとは考えづらいが、それでももし初級を1小節まで短縮できるとすると、10歩という距離は戦士にとって戦いづらい―――少なくとも1回は魔術の行使を避けるか耐えるかしかない距離である。


 そして先ほどの『風盾』に際し、イバルは詠唱の声を聞いていなかった。

 恐らく、詠唱の長さを悟らせない為に周囲の雑音に紛れるほど小声で唱えていたのだろう。咄嗟の瞬間に出てくる詠唱の長短によって、魔術師の力量はある程度測ることが出来る。

 それを聞き逃してしまったイバルは、ハンデをやると大見得を切ってくるミチに対して攻めあぐねてしまっていた。


「―――ふんっ、興が削がれた。今日のところは勘弁してやる」


 やがて、イバルはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、得物を鞘に戻した。

 それを見てミチも、装飾をしゃなりと鳴らしながら杖を下ろす。


「賢明な判断ね。それじゃあ、あたしは帰るけど―――そうね、闇討ちするなら正面からにしなさい。でないと加減を間違えて殺しちゃうわよ」

「っ!」


 ミチは飄々と言ってのけ、教室を出て行こうとする。

 その背中を切りつけたい衝動にイバルは駆られ、再度柄に手を伸ばしたが、背中に目でもあるかのように言われた警告に思わず躊躇してしまった。


 そうしてミチは教室を出て行った―――そして、自分を発端に起こってしまった事件がひと段落ついたと思ったルイナも、そそくさと教室を出た。


 後ろの方から何やら『農夫の分際で』とか『覚悟しておけ』とか聞こえてくるが、気にしない。彼女の今の関心は自分を助けてくれたミチと、これから採集する薬草のことでいっぱいであった。










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