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20.入学

 



 冒険者養成学校―――


 大陸4か国の総意によって冒険者の量と質が求められている昨今、各国はそれぞれの首都に冒険者の育成、輩出を目的とした学校を構えている。


 各国においてその学校の扱い方は違うが、ここキルヒ王国においては冒険者をより多く輩出する為に、その門戸は広く開かれている。

 身分を証明するものはなくても良い。入学に必要な費用は最低限、学費については月謝制を取っており在学期間は自由に決められる。講師となる者も引退した歴戦の冒険者が多く、座学から実戦までより実践的な講習を受けることが出来る為、冒険者輩出数も多い。


 校舎は王都バザーの郊外に作られ立地は多少不便であるがその分広い土地面積を有しており、食堂や寮が完備されている。教室や訓練施設については職業毎に分かれるほどの数はないが、それは『他人の職も知る。自分の新たな道を知る』という本校の教育理念に沿い、魔術だろうが武術だろうが全員に教え込む。

 そうして新たな才能が開花する者もいるし、そうでなくても自分の得意分野しか知らなく他職業の者と連携が取れないという自分本位な冒険者にならずに済む。


 そうして多くの冒険者志望者たちが、ここバザーの冒険者養成学校で寝食を共にし、冒険者への道を駆け上っていくのである。










「ここが、学校……」


 入学手続きを終え、当日から講習へ参加することになった銀髪の少女―――ルイナは、校舎の中を歩く。その顔と視線は物珍しそうに動き、忙しない。


 彼女は冒険者申請において『適性なし(のうふ)』となった翌日である今日、早速転職の条件である冒険者養成学校へ入学することにした。

 入学金はヒヒトネスコでギルドより貰った口止め料にて賄った―――ナートラは入学金くらいは払うと言ってくれたが、これ以上ナートラへ迷惑と手間をかけさせるのは申し訳なさ過ぎた為、丁重に辞退させてもらった。

 そして今後、学費としてかかる月謝についてはギルドの採集依頼にて賄うつもりである。


 ルイナが学校へ入学を果たす一方、ナートラはオグストの村へ帰ることとなった。鍛冶師ナートラの力が必要であるオグストの村を半年間も留守にするわけにもいかず、また冒険者養成学校でルイナは化けると信じていたこともあり、大手を振って彼は去っていった。次に会える半年後の、成長したルイナとの再会を楽しみだと語りながら。

 ルイナは別れの際、心細さと寂しさに涙を流しそうになったが頑張って笑顔で手を振った。


 ――― 一緒に冒険者になってパーティーを組もうと約束した(していない)ミチとは、農夫認定を受けてから顔を合わせていない(実は合わせている)。


 彼女は無事に冒険者になれただろうか?

 それとも自分と同じように農夫となって養成学校へ通うのだろうか?

 それか冒険者自体を諦めてしまうのだろうか?


 歳も近そうであり、良い仲間になれたらと願った相手だけに、もう一度どこかで顔を合わせられたら良いなと、ルイナは密かに祈るのであった。


「―――よしっ」


 気合を一つ入れ、どんどん歩く。


 ―――ともかく、ナートラの期待を、今度こそ裏切るわけにはいかない。ルイナは固く決意し、目的の教室へと向かうのであった。










「どうも、こんにちは」


 軽く教室の中の様子を伺いながら彼女は扉を開ける。今日からクラスメイトの仲間入りを果たすのであるが、彼女には『冒険者志望者』に対する知識が全くない。

 それが筋骨隆々たる男たちばかりであるのか、それとも自分のような子供が多いのか、まったく知らなかった―――何が待ち受けていようと逃げ出さないように心がけながらも、彼女の腰は若干引けていた。


「「「「「「………」」」」」」


 そして、数多の視線が突き刺さる。

 ルイナが入った瞬間、それまで多少の賑わいを見せていたはずの教室に沈黙が落ち、彼女へ―――特に顔の周辺へ集中した目線が、無数に襲う。


(ひぃっ!)


 恐ろしいまでの無言の圧に更に腰が引ける。しかし、いつまでも扉へへばりついてしまっていてもしょうがない。ルイナは意を決して口にする。


「あの―――今日から入学します、ルイナです。ヒト族です。どうぞよろしくお願いします」


 そう言って、緊張に固くなった頬で無理やり笑顔を作るとぺこりとお辞儀をする。何はともあれ、注目されている今が自己紹介の好機だと思った。

 そしてそれは功を奏したらしく、固まっていた教室の空気が緩やかに流れ始め、やがて各々が賑やかに雑談を再開し始めた。


 ―――良かった、あまり目立っていないみたい。ルイナは注目が外れたことに安心し、教室内を見回し空いてる席へと腰かけた。

 教室内の冒険者志望者たち―――生徒たちも、ルイナの見た目と大して変わりがなく、若者が多い。うまく教室の中へ埋没出来たと確信し、自分は『異端』となっていないことに安堵したのであった。


 ―――しかし、それは大きな間違いであった。


 教室中の男子から注目を浴びていた。

 それはもう、横目であったり手元に忍ばせた鏡越しであったり他人の頭越しであったり、とにかく注目を集めていた。


 艶のあるさらさらとした銀の髪、はっきりとした目鼻立ちの整った顔、そしてそこに浮かべる先ほどの無理矢理の笑顔(クールな微笑)と今の安心しきった顔(澄ました表情)は教室中の男子の心を鷲掴みにした。


 さらに女子の雑談の話題に上がった。

 それは羨望であったりやっかみであったり妬みであったり、とにかく話題の中心を攫っていった。


 整った外見、生意気そうな目、気になる相手ひとの視線を奪った奴、そんなこんなの感情の渦中にルイナはいつも間にか放り込まれていたのだ。


 ―――彼女は、まだ気づいていなかったのである。


 自分が母親(リリスフィー)譲りの大変な器量良しであるということにも。

 父親(アーデルセン)譲りの目つきの悪さが、その怯え切った感情の吐露をいかほどもせず、澄まし顔とも生意気そうな顔とも取られやすいということにも。


 彼女はまだ、気づいていなかったのである。












 ―――ガラララッ!


「どーもー、はじめましてー、よろしくー」


 ルイナが席についてしばらくすると、彼女が入って来た扉が勢いよく開けられる。

 そしてそこから顔を覗かせて入って来たのは、勝気に目を吊り上げた茶髪の少女―――ミチであった。


「ミチさん!」

「おー、いたいた。あんた冒険者諦めないでここにちゃんと来たのね、良かった良かった」


 ルイナは既知の者が教室にやって来たことに喜び、ミチへと駆け寄った―――ナートラと離れた今、彼女はとても心細かったのだ。


「ミチさん、良かった、あなたも農夫になったんですね!」

「なっ、ば、莫迦っ! 農夫なんて恥ずかしいからあまり大声で言うんじゃないわよ! それに、農夫で良かったってどういうことよ!」

「あ、あぁ、ごめんなさい。つい……一緒にパーティーを組もうって言ったのに私、冒険者になれなかったので……置いていかれてしまうかと思って」

「ふん、別にまだあんたとパーティーを組むとは言っていないわ―――それよりもさっさと離れなさい! 鬱陶しいのよ!」

「あ、あぁ、ごめんなさい!」


 ミチに腕を振りほどかれ、ルイナは後ろへ下がった。

 そうしてルイナはミチを元いた席まで案内し、一緒に講習を受けるようお願いしたのである。


 それに対しミチは、やぶさかではない表情をもって応え、ルイナの隣へ腰を下ろしたのであった。


 ―――そして、それらの会話を聞いた生徒たちの反応は、様々である。


『農夫』となった、可哀相な者を憐れむ目。

『農夫』となった、新たな仲間を喜ぶ目。

『農夫』となった、才能のない者を蔑む目。


 そして―――


「ふーん、農夫か―――」


『農夫』となった、絶好の獲物を品定めする目―――ルイナにまた、受難の日々が訪れるのであった。











 ルイナとミチが入学したこの学校には、入学式も卒業式もない。


 入学してくる者はそれぞれの事情に応じて月初めだろうが月半ばだろうが月末だろうが突然入学してくる。

 そしてこの学校にはそもそも卒業という概念がなく、冒険者の適性試験に合格したり冒険者になることを諦めたり採集依頼に行ったきり()()()()()()()()()()で、突然いなくなることが常である。


 講師陣も生徒の出入りの激しさには適応しており、座学では生徒全員の理解度や習熟度を足並み揃えるようなことはせず、その都度必要だと思ったことを淡々と教えていくし、実技においても生徒の自主鍛錬へ助言という形で指導をする。


 およそ学校らしからぬ教育方針ではあったが、教える者が皆熟練の元冒険者であった為、老獪の猛者について修行を積むが如く知識と経験が身につく。


 そうしてそのような教育体制である為、ルイナとミチの紹介も講習の最初に名前を挙げさせるだけにとどまり、講習は進む。












 ルイナが入学して最初に受けた講習は座学であり、その日の科目は薬草学であった。


 冒険者にとって、薬草とは切っても切れない縁にある。


 まず、日夜戦闘に明け暮れる彼らは生傷が絶えない。ほかにも魔物から毒や病気をもらったりすることもある。

 その際に傷や身体の異常を癒す効果を持つ薬草が必要となるが、緊急措置にしろ完治するまでにしろ、とんでもない量が必要になる。


 若干の切り傷であれば片手に収まるほどの薬草があれば足りるだろう。もしくは戦闘や日常生活に支障をきたさない程度であれば自然治癒に任せても良い。

 しかし、これが骨まで見えるほどの裂傷等といった重症となると、差し当っての緊急措置ですら腕に抱えるほどの薬草が必要となる。そして、ひとまずの峠を越える為にも絶対安静の状態で5日間ほど毎日同じ量の薬草を消費し続ける。


 毒や病気などの異常も同様に、即効性且つ完治性の高い薬草などない。毒をもらったその時から毒消し草を頬張り始め、完治するまでとにかく毒消し草を頬張り続けるしか民間療法はない。


 故に冒険者たちは冒険に出る際、拠点へ帰るまでのその場しのぎの分でさえ、薬草を大量に持っていかなければならず、5~6人のパーティーのうち1人の荷物は全て薬草、なんてこともある。

 より収納性が高く、薬草の効果を高めた回復薬も世にあるが、お高い。人数と荷物に余裕があれば薬草を持ち運んだ方が金銭的な効率は良い。


 そしてそのように大量に消費される薬草の需要に応えているのが冒険者ギルドである。


 ギルドでは冒険者に対してのみ、薬草を安価に販売している。冒険者には多少の怪我を恐れずにどんどんと依頼をこなしていってほしいし、力のある冒険者達にいそいそと薬草採集をさせるのは非常に勿体ないのである。

 彼らが高難易度の依頼へ迅速且つ大胆に立ち向かえるよう、ギルドがバックアップしているのだ。


 ―――では、冒険者ギルドがどこからそれだけの薬草を仕入れているかというと、そこで登場するのが農夫である。


 農夫は簡単な採集依頼しか受諾出来ない。その制度の内情を詳しく見ると、採集依頼だけをこなし続けてくれる、別に強くもなくて良い人材がギルドにとっては数多必要なのであった。

 そして農夫にも受けられる採集依頼は、ただ1種類。薬草を仕入れてくることだけである。


 冒険者ギルドが冒険に不適な者を不合格とするも、農夫として職業を与えて囲い込む理由がそこにある。

 冒険者、はては冒険者ギルドの邁進を影で支えているのは、薬草を採集してくる大量の農夫たちの採集活動によるものなのであった。


 そうして、将来農夫になる可能性のある、もしくは既に農夫になっている生徒に対し、薬草の見分け方やギルドに買い取ってもらえる薬草の条件、そして将来農夫として身を立てる時に役立つ薬草の栽培方法までを、半年の時間をかけて、元熟練農夫(エキスパート)が教え続けるのである。











 2番目の講習は、屋外の訓練場において鍛錬の講習であった。


 その内容はいたってシンプルである―――ひたすらに身体をしごき続けるのだ。


 力のある戦士や剣士志望の者は自分以上の重さの重りを持ち上げたり、重い荷物を持って登坂したりと過酷な鍛錬に励んでいる。


 一方魔術師志望や、戦士志望であっても力が不足している者は訓練場の外周をひたすらに走り、合間に筋トレを挟んで身体づくりに励んでいる。


「ひぃっ、ひぃっ、きつい、きつすぎるわこれ……」


 魔術師志望であるミチは己の体力の無さには自覚があったが、それにしてもこの鍛錬は無理があると悲鳴を上げていた。

 力自慢の者達とは違い重りを課せられてはいないが、それでも自身の全速力近くを維持させるよう後ろから講師が鞭を持って追いかけてくる。少しでも速度を緩めると注意として鞭がしなって足元の地面を削ってくる。

 そして注意が3回目になった者には尻に容赦なく鞭が叩き込まれる。


 ―――バシィンッ!


「ぎゃぃっ!!!」


 そして今鞭で叩かれた、なよっとした印象の彼は悶絶し、その場に倒れる。叩かれた尻を押さえ、痛みにぴくぴくと痙攣する。

 しかし講師は彼を無理やり立たせ、『もう一度叩かれたいか?』と脅す。その言葉に彼は血相を変えて走り出すも『少し休憩できただろ、10週追加してやる』と血も涙もない宣告をする―――恐ろしすぎる。ミチは全速力でもって講師より逃げる。


 一方、ルイナは―――


「ふんぅぅぅぅうううう、ふぬぅううううううう!!!」


 一人でひたすらに筋トレをしており、今は腹筋の筋トレ中である。


 はじめは、彼女もミチ達同様に走り込みを指示されたのだが走り始めてそうそうに彼女は盛大にこけた。

 講師は『気が弛んでおる!!』と鞭を鳴らし、ルイナも慌てて再度走り始めたが、またこけた。


 この舐め切った態度に講師は憤怒の表情に顔を歪め、彼女を鞭で叩いた―――が、彼女は悲鳴も上げなかった。痛くないわけがないのにその痛みを噛み殺し、無心に走り始めた彼女の気概に講師は関心した―――のだが、三度みたび彼女はこけた。


 これは何か事情があると講師も察し、彼女を呼び止め、肉付きを確認した。すると、彼女の身体にはまったくと言っていいほど筋肉がついていないことが判明した。

 脚はおろか腕も腹も背中も、日常生活が送れる最低限の筋肉しかついておらず、とても冒険者になれる体つきではなかったのだ。聞けば、ろくな運動もしたことがなく、長いこと走るという行為すらしていなかったとか。


 どうしてそんなんで冒険者になろうと思ったんだと、講師が思わず口にすると彼女は『私を信じてくれる人のために、どうしても冒険者にならなくてはいけないんです!』と訳の分からないことを溌溂はつらつとした顔で言った。


 ―――まあ、何か事情があるのは察したが、どうしたものかと講師が悩んだ結果、彼女には身体を動かすことに慣れさせるために筋トレだけを集中的にやらせることにした。

 これだけ気合と気概のある彼女であれば、自分が目を離している間に手を抜くということもしないだろうと思い、放任することにした。そうして彼はほかの、気合の足りない生徒達の尻をひたすらに追いかけ始めるのだった。


「ふんぅぅぅぅうううう、ふぬぅううううううう!!!」


 ―――気合の入った彼女の声は、訓練場の片隅でひたすらに響き続ける。

 この時間、彼女の上体が起き上がることはなかった。









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