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15.正当防衛

 




「……ふっ、ふわぁぁ~あ……」


 ―――実に平和だ。天気もいいし、風も穏やか。陽気は暖かくて、こんなの誰でも眠くなってしまうってもんだ。ケルビンは大あくびを上げ、誰に言うともなく心の中で職務怠慢の言い訳をする。


 いや、訂正しよう。彼は職務に忠実であった。

 町の出入り口たる門の前に立ち、町を出入りする者達の確認、及び町周辺の異変がないか確認するのが彼に与えられた仕事であり、その責は存分に果たしている。


 ただ、通りすがりの者に『彼は門番としての仕事を忠実に務めていると思いますか?』と聞いたら、ほとんどの者が否と答えるだろう―――そんな程度の勤務態度であった。


 彼は地面に突き立てた槍(もちろん、石突きの方が下である)にしなだれかかり、被っている兜がずり落ちそうになっているのも直そうとせず、うつらうつらと舟をこいで夢うつつの間を行き交っていたのだった。


 彼が担当している門はこの町、ヒヒトネスコの西門にあたる。

 首都のある東でも、他主要都市のある北でも、漁港へ向かう南でもない。西は街道もなく辺鄙な田舎村しかないような辺境の土地であるが故、人通りは滅多にない。


 その為、他の門では常時3~4人の門番が立ち、行き交う人や荷の多さから立派な門が構えられているが、この西門ではこじんまりとした門の前に門番は彼一人しか立っていない。


 やる気など出るわけもなかった。

 他人の目もなく、人通りもなく、同僚もなく、ただ目の前に広がる景色を眺め続ける。この状況で真面目に仕事をするやつがいたら見てみたいと、ケルビンは自分の怠慢を棚に上げて思うのだった。


「……ん?」


 しかし、今日はどうやら様子が違うらしい。彼の耳は、遠くから駆けてくる馬の蹄音を聞き取った。

 被りを振って眠気を払い、兜を正位置に整え目を凝らす。見えたのは彼方より駆けてくる一頭の馬、そして馬上には人の姿が見える。


「珍しい、西から人が来るなんてな」


 そのまま彼は西から来た珍客を待つ。一頭だけであれば野盗の可能性は限りなく低いがそれでも目を凝らし、注意深く人相や出で立ちを見る。


 しばらくしてその輪郭や人相がはっきり見えるところまで来ると、ケルビンは警戒を解いた。


「なんだ、ナートラの旦那か。しかし珍しいな、今日は荷馬車じゃないのか」


 西方面からこの町にやってくる者は非常に少ない。西にある村々はそれぞれが自給自足が適っており、他の町村との交流がほとんど無い。


 そんな中でも鍛冶師のナートラは装備品の販売や材料の調達などを目的にたまに町までやって来る、数少ない西方面からの訪問者の一人であった。


 そして門の近くまでやって来た馬が門の前で足を止める。馬上から地に降り立ったのはナートラと、麻色のフード付き外套を羽織り、身の丈ほどの杖を持った正体不明な者の2名だった。


「いつも門番ご苦労じゃな。町に入りたいんじゃがまだ時間は大丈夫かの?」

「ええ、大丈夫ですナートラさん。しかし、今日は荷物はないんですか?」

「今日は商売目的じゃなくての。バザーに行くための旅の途中じゃて、一泊したら町を出る予定じゃ。いつもみたいに手続きは必要かの?」

「ああ、そうでしたか。かしこまりました、そういうことであれば手続き不要です。所持品だけ見せてもらえれば―――それで、そちらの方は?」

「お? ああ、嬢ちゃんか。ワシの旅の連れじゃよ。ほれ、嬢ちゃん自己紹介せい」


 ナートラが言うと正体不明の者はフードを取り、顔を見せる。


「ぅ……ぁ……」


 フードの中から出てきたその顔に、ケルビンは思わず息を呑む。今まで見てきたどんな女よりも、綺麗だった。目鼻立ちも、その瞳の色も、肌の色も、髪の色も。

 見目麗しい者達といえばエルフ族であるが、彼らは金色の髪をなびかせている、目の前の少女は艶やかな銀の髪を有していた。


「ルイナ、ヒト族です。町に入るために何か手続きは必要ですか?」

「えっ? あ、ああ、はい! ええと……」


 声も綺麗だな―――と思っていたケルビンはしかし、自分の役目を思い出し、オホンッと喉を鳴らして居住まいを正した。


 町に入るために必要なものは名乗りと町へ入る目的の申告、そして所持品の確認だ。荷馬車を伴う場合、荷を解いて中身の確認、どこに持ち寄るのかの確認を行なうがそれ以外の場合だと簡易的に装備品と収納袋の確認を済ませるだけで終わる。


 ルイナと名乗った少女にも所持品と収納袋である背負い袋の中身を出してもらい、確認をする。その中に、法に引っかかるものがないことはすぐに確認できた。


「―――お待たせしました。どうぞ、お入りください。ようこそ、ヒヒトネスコへ!」


 そうしてケルビンは門への道を二人に譲ると、町の中へ入っていく彼ら―――特に、少女の後ろ姿をいつまでも目で追いかけていた。


「いいなぁ……俺もあんな可愛い子と二人旅してぇ…っ!」


 そして彼の心は煩悩に塗れたまま、しかし勤務時間はまだまだ続く。結局その日はそれ以降訪問者はなかったが、にへらと緩んだ顔を誰にも拝まれなくて済んだのは彼にとって幸いだったのかもしれない。




















「さて、今日はこの町で一泊するぞい。嬢ちゃん、宿屋を探すんじゃ」

「はい、おじいさん」


 ヒヒトネスコの町へやって来たルイナとナートラは、早速宿屋を見て回る。

 ここ、ヒヒトネスコはキルヒ王国の首都と港やほか有力都市の交易の中心地であり、物流の要所であった。それだけに大通りには多くの露天商が立ち並び、様々な食べ物の香りや装飾品の華美さに溢れ、道行く人々の興味を惹くのである。


 そして物が多く行き交えば当然人の出入りも多くなる。ここ、ヒヒトネスコには規模の大小はあるが20軒ほどの宿屋が存在していた。

 その中からよりお得に、より良いサービスを受けられる、それでいて自分の程度に合った宿屋を探すのだ―――もちろんルイナが夢に見る、両親が経営する宿屋探しも兼ねてである。


「嬢ちゃん、とりあえずは時間が遅くなる前に今日泊まる宿を探すぞい。遅くなれば部屋が埋まってしまう宿が増えるからの。親探しはその後じゃ」

「はい、分かりました」


 ルイナはナートラの言いつけに首肯し、大通りに面した宿屋を見て回る。その後ろを、馬の手綱を引いたナートラが歩く。


 ナートラは経験の浅い彼女に何でもまずやらせてみせ、それから必要であれば助言を行なうことにしている。


 この町へ来るまで―――オグストの村を出てから3日が経つが、彼女には何でもやらせてみた。火の付け方、水の補給の仕方、食事の摂り方、野宿する場所の選び方、寝袋の広げ方と畳み方、夜の火の扱い方、馬の操り方、地図の見方、等々。


 色々やらせてみた結果、はじめは彼女が何も出来ないことが分かった。それはそうであろう、生まれてこの方魔族に捕らえられ生きてきたのだから、人間種の間では常識的なことでも彼女にとってはそうではないのだ。


 だからまずは目的に沿った道具を渡し、それをいかに使うかを考えさせ、実践させてから指導を行なった。

 結果、彼女は大体の知識を身に着けることが出来た。まだ不慣れなことも多いが、それは今後数をこなし、慣れていけば良いのだ。ナートラはそう思っている。


 ―――しかし、ルイナは他のことならやる気を持つのに、食事の摂り方だけはいまいち張り合いを感じさせなかった。


 旅をする上で食事はとても大事な事項である。

 いざという時に何も食料がないという事態にならないよう簡単な携帯食料の作り方や、また食に適した野草や木の実などの見分け方や採集方法など、覚えることはたくさんある。


 覚える気が全くないとは言わないが……食は人生を豊かにするものである。

 今までどのような食生活を送っていたか分からないが、彼女には人間種らしい食事を覚え、その人生を豊かに過ごしてほしいとも、ナートラは思っていた。


「おじいさん、ここでどうですか?」


 宿屋を探していたルイナから声がかかる。ナートラは彼女が指さす宿屋に目を向け、看板や建物の佇まい、人の出入りを見やる。


 看板に記された名前は『夕暮れ亭』―――その看板の年季の入りようから、それなりの老舗であるらしい。

 そして、この辺りにしては珍しく石造りのしっかりとした建物で壁面の汚れも目立たないことから部屋も綺麗に整えられているだろうと推測できる。

 それに、まだ昼間だからこそ客の出入りはなかったが厩で馬の世話をしている少年の身なりや働きぶりを見るに接客に関しても問題ないと考えられる。


「ふむ―――よし、良いじゃろ。ここに泊まるとするかの。ちなみに嬢ちゃん、この宿屋を選んだ理由はなんじゃ?」

「えっと―――何となく、夢で見た宿屋は木造じゃなくて、石造りだった気がして。それで、です」

「なるほどのぅ…」


 彼女は宿の外見を見て選んだらしい。なるほど、やはり宿屋を見る目は親探しに基づいてになってしまっている。


 それも仕方ないかと思いながらもナートラは宿屋の判別の仕方を伝授しつつ、ひとまず『夕暮れ亭』へと足を踏み入れたのだった。


 カランカラン―――


 入り口を通ると扉につけられた鈴が鳴る。その音を聞きつけ、受付で帳簿をつけていた娘―――受付嬢が顔を上げる。


「おっとお客さん? ようこそ、夕暮れ亭へ。宿泊希望ですか? それとも昼食でしたか?」

「宿泊希望じゃ。人数は2人、部屋は―――同室でも構わんかの、嬢ちゃん?」

「はい、構いません」

「うむ、というわけで一部屋を一泊希望じゃ。場所は空いとるかの?」

「はい、空いてますよ。一泊一部屋で銀貨5枚、夕食付きで銀貨6枚と大銅貨2枚です」


 受付嬢が提示した金額は、相場と比較すると多少高い程度だった。

 だが、それも重厚で安心感のある石造りであるということと掃除の行き届いている内装を見るに妥当な金額であるとナートラは判断した。


「うむ、では夕食付きで頼む」


 そう言ってナートラは革袋より銀貨を7枚手渡す。

 この旅において出費に関してはナートラが出すことに決めていた。これにはルイナも非情に申し訳ない顔をしていたが、彼女は無一文である為仕方がない。

 それに、オグストの村を襲撃した野盗を追い払った彼女に対してと考えると安すぎる対価であるとナートラは考えていた。


 受付嬢に手渡した7枚の銀貨は、8枚の大銅貨となって返ってくる。


 このアルガス大陸における4か国―――北東に位置するユーテル神聖国、北西に位置するガザ帝国、南西に位置するクォーツ公国、そして南東に位置する、現在地であるキルヒ王国の全ての国で共通通貨として使えるのがこの銀貨や銅貨などの貨幣であった。

 一部の国―――未だに統治権力が中央に集まり切っていないクォーツ公国内では未だに違う貨幣が流通していたり物々交換でしか商売が成り立たなかったりするが、それは例外中の例外である。


 最も価値の低い鉄銭から始まり、次が銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、そして最も高いのが白金貨であり、それぞれ10枚を束ねると次に価値の高い硬貨と同じ値段になる。

 一世帯あたりの平均月収が金貨20枚ほどであるから、一泊銀貨5枚というのは平均的な日収を若干下回る値段である。


 ―――ちなみにこの大陸でまかり通っている暦は小月(29日)大月(30日)を交互に繰り返した12か月間(354日)で一年となる。そして3年に1度、戻り月と呼ばれる13か月目の期間が設けられ、3年間で合計1092日、均すと364日で一年間となる。


「はい、それでは部屋までご案内しますね、あっ、馬はもう預けましたか?」

「うむ、外の者に預けておいたわい。宜しく頼むよ」

「はい、もちろんです。さっ、それではお部屋は2階になります」


 こうして宿を取った2人。ナートラは後ろできょろきょろと辺りを見回し、やがてしょんぼりと表情を沈めるルイナの顔を見て、苦笑いを浮かべるのだった。













「さて、ここが冒険者ギルドじゃの」

「ここ、ですか」


 宿屋で取った部屋に大きな荷物を置き、ルイナとナートラは町へと繰り出した。

 雑踏が多く行き交う大通りを歩いていると、本当にどこを歩いてもヒト、ヒト、ヒト―――ぶつからないように、間違っても爪なんて引っ掻けないように腕から先を外套の中へ縮こめて、ふらりふらりと歩いているうちに疲れはまったくないのだがルイナは人に酔ってしまった。


 ちなみに彼女が頭からかぶっているこの外套、彼女の皮膚が白く、太陽の光を耐えるに厳しいと判断したナートラが渡したものであった。その外套の下にはオグストの村で貰った古着のワンピースを着ている。


 渓谷を出る時に着ていた服は、正装の証たる外套はナトラサへ出る際に脱ぎ捨てており、残されたワンピースも急激に成長した身体にサイズが合わず、更に野盗(と吸血鬼)の血で汚れてしまっていた。

 最早これ以上着るつもりもないその服の処分をナートラにお願いしたところ、驚いたことに(ルイナにとっては驚きであったが、吸血鬼の王家が着る服である。その生地とボタンに使われている素材はいくらでも換金できるものであった)、幾ばくかのお金に換えることが出来たらしい。


 しかしお世話になりっ放しの今後もお世話になりっ放しになる予定なのだ、ルイナは差しだされたその全てをナートラに返すことにした。ナートラはルイナが浮かべる懇願の表情に負け、それを彼女を王都まで連れていく路銀の足しにすることに決めたのであった。


 ―――こうして、彼女がナトラサの街から持ってきて未だ手元に残っているものは、既に血呑みの儀の日に父親から貸し与えられた指輪のみとなっていた。それも今の服装には合わない為、袋の中にしまい込んである。


 そうして向かった先はこの町にある冒険者ギルドであった。

 年季の入った木造の建物に衝立のような扉が腰の高さに備え付けられており、ナートラはそれを押し開いて中へと入る。ルイナもそれに続いて冒険者ギルドの中へ足を踏み入れた。


 冒険者ギルドの中は机や椅子がたくさん置かれており、そこでは若い者から老いた者まで席に座り、各々食べ、飲み、情報の交換に励んでいた。

 彼らの目や表情からはやる気―――何か情熱のようなものを感じて取れ、ルイナは生まれて初めてあてられたヒトの『活気』というものに、少しの戸惑いと羨望を感じたのだった。


 そんな中、ナートラはどんどんとギルド内を奥へと歩いていく。奥には受付のカウンターが見受けられ、その中にいた女性職員が歩くナートラの姿を認め、居住まいを正した。


「ようこそナートラさん、今日はどのような用件で? 武器の買い付けはこの間したばかりだったと思いますが、また良い品が出来たりしたんですか?」

「いや、今日は野暮用じゃ。連れを冒険者登録するためにバザーへ行くんじゃが、路銀の足しに馬車の護衛の仕事でもあればと思ってな」

「へえ、この方―――ええと、お嬢さん、ですよね?」


 外套を頭から被っており性別の判断がつけようもない風体であるが、受付嬢はその物腰と肩回りの体つき、そして身の丈ほどある杖を持つ手のたおやかさから少女であると見抜いたのだった。


「はい、ルイナと言います。ヒト族です」


 そう言ってルイナはフードを取る。中から現れたとびきりの美少女顔に受付嬢は息を呑むのである。しかし―――


「―――きゅ、吸血鬼だっ!!」


 大きな声が上がる。何事かと声を上げた者をギルド内の全員が見て、彼が指さした先にいるルイナを見た。そして浮かべる表情は人それぞれであった。


「んだよ、ただの銀髪の姉ちゃんじゃねぇか…」

「可愛い……」

「おい、吸血鬼だってよ! 笑える冗談だな、ははっ」

「すごい、綺麗な子…」

「ったく、うるせーな、酒が不味くなんだろっ!」


 皆、危機感の欠片も持っていなかった。

 それもそのはず、その少女はギルドの出入り口を通って入ってきたのだ。今は日中、そんな時間帯に外を出歩ける吸血鬼なんて存在しない。


 しかも吸血鬼は昔こそ最強の魔族と謳われていたが、今や人間種の手には『輝ける陽光(マディラータ)』がある。夜中や洞窟内で不意をつかれれば別だが相対している時点で『輝ける陽光』の餌食なのだ。

 こんなギルドの真っただ中―――『輝ける陽光』が使える者がたくさんいる場所へ吸血鬼が現れたところで、何も怖くはない。


 それでもルイナと声を発した男2人に奇異と関心の目が向けられるのはやはり、彼女が持っているその美しい銀髪故であろう。

 白や灰色がかった髪はよく見かけるが、彼女ほど立派な銀の髪は相当珍しいのである。しかも整った容姿を兼ね備えている。


 ここで問題が発生した際に助けに入ればお近づきになれる好機と、ギルド内の男どもは虎視眈々と獲物に目をつけ―――様子をうかがっていたのである。


 一方、いきなり吸血鬼と断じられた(合っているのだが)ルイナは、『なにこの人?』と訝しみの表情を浮かべていた。


「き、貴様っ、吸血鬼であろう?! わ、私の目は誤魔化されんぞ、私はラサ教宣教師のザード! 忌敵である貴様を、太陽神ラーの名の下に塵へと変えてくれる!」

「これこれ神父殿、落ち着かんか。彼女はヒト族じゃ。このワシが保証する」


 口上をまくしたてる神父とルイナの間に、ナートラが割って入る。

 神父を名乗る以上、いきなり暴力に訴えることはないだろうと思うが、本気でルイナのことを吸血鬼だと思い込んでいるのならばその限りではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも、ナートラは神父を宥めようとしていた。


 しかし、神父はその不自然に赤みの入った頬をますます上気させ、ナートラを指さす。


「ええい貴様っ! さては吸血鬼に洗脳されているな?! いや、まさか既にこの場にいる全員が洗脳を? ならんっ! 人の世に、再び吸血鬼が跋扈すること、まかりならん! <輝ける陽光(マディラータ)>!」


「きゃっ」「うぉ、まぶし」「莫迦野郎っ、何しやがんだ!」


 神父が唱えた瞬間、『輝ける陽光』が生まれ、ギルド内が明るく照らされる。

 成り行きを見守っていたほかの冒険者やナートラ、ルイナさえもその眩しさに小さく悲鳴を上げる。


 そして皆が眩しさにひるんだ瞬間、神父だけは身を動かしていた。真っ直ぐ―――とはいえない、若干の千鳥足でもってルイナに向かって走る。


 そしてその腕を服の裾に伸ばし、中から純銀製のナイフを取り出す。吸血鬼には純銀製の武器が有効であるという逸話を聞いたことがあり、彼はそれを脇に構え―――


 ―――ボゴォッ!!!


「げふぁっ?!」


 ―――構えた途端、飛んでくるようにやって来た何かが腹部にめり込み、彼は衝撃で後方に吹き飛ばされるのであった。

 途中にあった椅子や机をなぎ倒し、やがて壁にぶつかる手前で勢いを失った彼はずるずると地面に崩れ落ちる。


 そのまま起き上がってこない―――どうやら息はあるようなので、気絶したようだった。


「「「「「………」」」」」

「えっ、なに? あっ、嘘。私、またやっちゃったの……?」


 そしてその飛んできた者―――杖を振りぬいた姿勢で硬直していたルイナは何が起こったか咄嗟に理解できず、あたふたと周りを見回していた。


 その一部始終を見ていたギルドにいた者―――職員やナートラ含めた全員が唖然としているのだった。











「すごい―――」


 そしてギルド内でぽつりと佇んでいた一人の少女が、ルイナの雄姿を見て感嘆の声を上げた。


 ―――彼女とルイナの道が重なった、初めての瞬間である。










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