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14.ヒーリングスタッフ(仮)

 


『ルイナ、どこにいるのー? ……ここかな?』

『………』

『違うなー、どこにいるのかなー? ……ここ、かな?』


 カタッ―――


『きゃー、見つかっちゃった!』

『うふふ、ルイナみーつけた』

『もー、今度は見つからないと思ったのにー! むー、じゃあ今度はお母さんが隠れる番!』

『えー、お母さんが? 隠れるところ少ないわよー』

『いいの! 今度はルイナが見つける番! いい? いーち、にーぃ、さーん……』

『きゃっ、隠れないと。ちゃんと10まで数えるのよ?』

『分かってる! 早く隠れてよー! よーん、ごーぉ!』

『はいはい、じゃあ行くわね』


 バタンッ―――


『ろーく、なーな、はーち、きゅーぅ、じゅぅっ!

 もーいーかい?』

『もーいーよ!』

『よーし! ルイナ、すぐ見つけるからね! いくよー!』


 ―――暗転。転回。明転―――アリスの夢はそこで終わる。













「んぅ―――ん~……」


 ―――幸せな夢を見た。生前の記憶、私の本当の記憶、本当の私の記憶。


「かくれんぼ、か……」


 アリスは、そんなことをしたこともなかったし、知りもしなかった。でも、ルイナは知っている。


「―――もーいーかい?」


 その合図に応えが返ってきたら、隠れた相手を探しに行く、子供のお遊び。

 今の声に、返ってくる声はない。だけど―――


「……見つけに行くね、お母さん」


 窓の外、遠くの空に向かって、呟く。

 ルイナはお母さんを探すのが、得意だった。きっと今回のかくれんぼも見つけてみせると、固い決意を胸に抱きながら―――
















 ―――吸血鬼アリスの名と種族は、もう語らない。

 アリスは―――いや、彼女は前世の断片的な記憶から自身のことをヒト族のルイナと呼び、母親探しの為に冒険者として生きていくことを決めた。


 ……吸血鬼だと疑われやすい銀の髪は仕方がない、マディラータや太陽のもとでも大丈夫であることを示せば何とかなるだろう。

 あとは若干犬歯が尖っているが、笑わったり大口開けなければ見えないしヒトと比べても気になるほど鋭いわけでもない。何とかなるだろう。

 何でも切ってしまう、明らかに切れ味鋭い爪は―――まあ、気を付けていれば何とかなるだろう。

 ルイナは相変わらず、自分に都合よく考える少女であった。


 さて、なにはともあれ冒険者である。冒険者となる為に必要なモノとコトがある。それは何であるか。


「まずは冒険者登録じゃ」


 ナートラは語る。冒険者になるための手順を。


 まず、冒険者とは何をする職業なのかというと、世界を練り歩き、訪れる町村にて発生している困難や悩みを、冒険者ギルドから依頼という形で引き受け、武力、知力、あるいは財力や物によって解決する―――端的に言ってしまえば『何でも屋』だ。

 よくある依頼は、異常発生してしまった魔物の討伐や、放っておくと村々に被害を及ぼす魔物の間引き、素材の採集や人探し、猫探し、犬探し、不倫の捜査等々―――端的に言ってしまえば『何でも』だ。


 端的に言ってしまえば、冒険者とは冒険者ギルドに所属している者達の総称である。その中には国から求められ軍に匹敵するほどの武力を持つ者達もいれば、隣町までのお遣い程度にしか役に立たない者もいる。各地を放浪し、武者修行に励む者もいれば、拠点を構えて一所にて依頼をこなし続ける者もいる。


 そんな『何でもあり』の冒険者であるが、これを名乗るためには各国の首都にある『冒険者ギルド本部』で認定を受け、登録を済まさなければならない。そしてこの国、キルヒ王国においても首都バザーに冒険者ギルドの本部がある。そこへ赴き、冒険者登録をすることが必要である。


「次に希望の職業決めじゃ」


 冒険者には職業がいくつかある。戦士、剣士、魔術師、守護戦士、暗黒騎士、獣遣い、吟遊詩人、農夫、等々―――色々と職業はあるがこの職業を名乗るためには冒険者登録時に適性の有無を示さなければならない。例えば戦士であれば力、剣士であれば剣の扱い、魔術師であれば魔術の行使が可能、といった具合である。


「あの、農夫って―――何の適性を示すんですか?」

「いや―――それはじゃの……農夫は冒険者として何の適性もないということを莫迦にした職業のことなんじゃ」


 つまりは冒険者として身を立てるのは諦めろ、という冒険者ギルドからのありがたいご指摘なのであった。


「……、そうですか」

「まあ、嬢ちゃんなら大丈夫じゃろう。あれだけの力があれば戦士にはなれるじゃろうて―――ちなみに、魔術とかは行使できるのかの?」

「魔術は――― 一回だけなら『魔撃』を打てます。打つと気絶しちゃいますけど」

「うーむ、それじゃと魔術師の適性は無しとなりそうじゃな。他に得意なものはあるかの?」

「んー……特に、ないです」

「じゃったら、嬢ちゃんは戦士じゃの。戦士は武器を問わず、戦える力を示せば良い最も門戸の開いた職業じゃ。それに成り手は多いが需要も多い。嬢ちゃんほど強ければパーティーの申請も多かろう」

「パーティー、ですか?」

「うむ。苦楽を共にする仲間のことじゃな。まあ、それはおいおい考えればいいじゃろ」

「仲間……、はい、分かりました」


 ナートラの言葉に、ルイナは不明瞭な顔を浮かべつつも頷いた。


「最後は装備じゃな」


 冒険者たるもの、各地を放浪する旅の一度や二度はする。冒険者となってから一度も旅もせずに地元に根付き、そこで依頼をこなし続ける者は冒険者から『何でも屋』と莫迦にされるのである。

 だからこそ旅の装備を冒険者登録前から準備する者は多い。


「嬢ちゃんには餞別で、ワシが昔使っていたもののうち、まだ使えるものを渡そう」


 そう言って家の奥の方からナートラが引っ張ってきたのは厚手の背負い袋であった。


「中に入っとるのは、水筒、ランタン、炭入れ、砥石、鍋、寝袋、―――うぉっ、失くしたと思っておった金槌がこんなところに紛れ込んでおったわい! ええと、あとは―――」


 いくら多少大き目とはいえ、いったいどうやったら中にこれだけ入っていたのだろうかと思えるほど中身が出てくる。その光景にルイナは驚きの表情を浮かべていたが、『コツがいるんじゃよ、コツが』とナートラは言う。


「まあ、全部やるわい。もし嬢ちゃんの方で買い直したいものがあればそれは任せることにするかの」

「ありがとうございます。こんなにたくさん―――本当にいいんですか?」

「ああ、いいていいて! ワシはもう歳じゃし長旅には出られん。使ってくれるんであればこの道具たちも喜んでくれるじゃろうて」

「はい―――ありがとうございます」


 こうして冒険者になる準備は整った。所用時間は、僅かに陽が傾くほどの合間のことであった。










「さて、嬢ちゃん。明日からバザーへ向かう旅路になるわけじゃがの」


 その日の夜、翌朝から冒険者ギルド本部のある王都バザーへの旅となる為、その準備をナートラとルイナはしていた。


 ナートラはルイナへ言った通り、彼女が冒険者として旅立てるその日まで彼女の手伝いをすると、バザーまで同行するつもりであった。ルイナはそれに感謝をし、せめて自分に出来ることはないかと聞いたところ『背負い袋から物を全て出し、それを入れ直す』という訓練を仰せつかったのでそれを実行していた。

 ナートラが言っていたように物を全て収納しきるにはコツがいるようで、何度挑戦しても全て入りきらず、その度に物を出して再挑戦しているのであった。


「嬢ちゃん、つまらないことを聞くが、ヒトを殺さぬよう手加減は出来るのかの?」


 ナートラの質問に、ピクッ、とルイナの肩が揺れる。そして若干青ざめた顔色で不安げな表情を浮かべ、ナートラを見た。言葉はなくとも、そこに答えが書いてあった。


「―――冒険者たるもの、要人の護衛や野盗の討伐などという依頼もある。依頼でなくとも、移動中に突然野盗が襲ってくることもある。その時に嬢ちゃんは、殺さぬように加減が出来るのかの?」

「………」


 再度のナートラの問いに、ふるふるとルイナは無言で首を振る。

 本来その質問とその回答自体があり得ないことであるが、彼女が自分でその強大な力を手に入れたわけでないことを、ナートラは知っていた。頭のおかしな魔族に捕らえられ、いつの間にか手にしてしまった、少女の身と心には有り余る力。そんなものを、ちょうどいい塩梅に振るうことなど到底出来やしないだろう。


「―――ちょっと、待っておれ」


 そう言ってナートラは家の奥に引っ込む。

 この家は彼の鍛冶工房でもあり、奥には彼の作品や冒険者であった時に使っていた装備品が置かれているが、実は更に秘密裏且つ厳重に保管された小部屋が奥にあり、そこには完成度の高い作品であったり貴重な装備品等がしまい込まれていた。その小部屋の方へ入りナートラは目当てのものを探し始める。


 一方、ルイナは暗澹とした表情を浮かべていた。


 彼女は野盗と殺しあった―――正しくは一方的に虐殺を行なった、あの夜のことを思い出していた。

 刎ね飛ぶ首、貫かれた胸や喉から見える内臓やヒトの中身、そして吹き出てくる赤い血―――それらの光景に彼女は、何ら心を痛めていなかった。

 それも当然だ、同族である―――あった、吸血鬼やこれから仲間入りを果たそうとする、母をはじめとしたヒト族、優しく接してくれるナートラのようなその他の人間種であるならばともかく、野盗たちは悪の存在である。


 悪は死んでも構わない、悪は殺しても構わない―――彼女はナートラが思うほど心の弱い人間でも真摯な心構えの人間でもなかった。


 悪いやつら、奪うやつらは、殺してやる―――むしろ自発的に殺しても良いとさえ思っていたルイナは、何故そこまで悪を断じるのに躊躇いがないのか考えることをしなかった。


 それよりも血である。殺したこと、凄惨なものを見たことよりも血の臭いを浴びたことによって彼女は吐き出し、あまつさえ意識を失ってしまったのだ。血の流れた戦場は血の臭いに溢れ、彼女はそれにとても耐えられない。頑張れば我慢できるレベルでないことは、我慢しようとた結果気絶してしまったことから明らかだ。


 ヒトを殺さず―――というか、血を流さずに倒す方法が、彼女にはなかった。敵意を向けられた者には問答無用でこの身体が飛び込んでいくし、武器は爪だけである。切れ味の良い吸血鬼の爪を武器にしていたのでは血を流さずに戦うことなど出来ないだろう。


 どうしたらいいのか―――ルイナが深く悩んでいると、探し物を終えたナートラが部屋へと戻ってきた。


「これを、嬢ちゃんにやる」


 ゴトッ―――


 そう言ってナートラがルイナの目の前に置いたもの、それは一本の杖であった。

 白地で首の長い十字型の杖で、先端の方には青味がかった宝石が埋め込まれており、その周りに『法陣魔術』に使用する魔法陣のような線と印が刻まれていた。


「―――これは?」

回復する杖(ヒーリングスタッフ)、と名付けたかった、ワシの作品の一つじゃ」

「はぁ……」


 ヒーリングスタッフ? 名付けたかった? 疑問符を浮かべるルイナに、ナートラは説明を続ける。


「このスタッフはの、昔冒険者時代に潜った遺跡で手に入れたスタッフじゃ。遺跡からは稀にこうした魔石をはめ込める装備が発見されることがある。それを持ち帰り、ワシは治癒効果が込められた魔石をはめ、錬成したんじゃ……」


 彼の語る口調は、若干重い。それは遺跡から宝を見つけたことを自慢する声音ではなく、過去の苦い経験を、語りたくもないが語るしかないといった様相であった。


「錬成は無事成功し、治癒効果を付与できたこのスタッフをヒーリングスタッフと名付けた。これで冒険者として稀有な神術師がいなくとも、傷ついた仲間を癒せると喜んだ……じゃが」


 ナートラは結論を溜め、ごくりと、ルイナの喉が鳴る。


「このスタッフはの、叩くことでその付与効果を発揮する武器だったんじゃ……」

「………」

「………」

「は、はぁ……?」


 ルイナはナートラの語るヒーリングスタッフのオチが理解できず、曖昧な声を上げた。


 ルイナは理解してはいないが―――叩けば治る、非常に簡単で良いことだ。詠唱もいらず祈りも捧げず魔素の消費もない。そうであればそのヒーリングスタッフは鍛冶師の家の奥底にしまわれていて良いものではない。危険と隣り合わせな冒険者稼業の者達は喉から手が出るほど欲しがるだろう。それほどの一品であった。


 だが、ナートラは大きくため息を吐いた。


「つまりはじゃ、このスタッフは叩いた力の分だけその効果をもたらす。軽く叩いただけではほとんど効果は得られない。思いきり叩けば、叩いたところに出来る打ち身が即座に回復され、治療したい場所の傷はそのまま、だったんじゃ……」

「あっ、あぁ~……」


 そこまで言われ、ようやくルイナの顔にも理解の色が差した―――同時に、呆れの色も。


 つまりはこのスタッフ、スタッフ自身で叩いた『威力分』の回復力が発生するが、その回復力はこのスタッフで叩いた『威力分の怪我(打ち身や内出血など)』を治療するのにあてがわれるのである―――結果、何ら意味を持たない道具となってしまったのである。


「後で調べたらこの装飾―――魔石をはめ込む装飾に古代語でそのように書いてあったのじゃ。ワシは一級品の装備を手に入れたことに浮かれてそれに気づかず、こんなクソ何の役にも立たん道具を作ってしまったんじゃ! ここにはめ込む魔石が炎爆であったり氷結であれば殴って尚且つ相手に炎症や凍傷を与える強力な魔道具になっておったのにワシはっ! 愚かにもこんな……っ、はぁ……。と、以来ワシは浮かれては事を仕損じるという自分への戒めの為にこれを封印―――保管しておったのじゃ」

「はぁ……」


 突然髪を掻きむしったり、死にそうな顔をしてため息を吐くナートラの表情の移り変わりに、ルイナは目を白黒させながら曖昧に頷いた。その様子を見て、一度喉を鳴らして居住まいを正し、ナートラは言葉を続ける。


「ゴホンッ、まあ、つまりじゃ。この杖を武器にすれば嬢ちゃんの力でも相手を殺さずに戦える、というわけじゃ」

「あぁっ、なるほど!」


 どれだけアリスが強かろうと、この武器は相手を傷つけられないのである。それであればアリスも血を流す心配なく戦える。


「あれ、でもその杖、相手を叩いても傷がつかないんですよね? だったら、そもそも武器にもならないのでは…?」

「ああ、それは大丈夫じゃ。あくまで回復の作用が働くのは杖が殴った時に出来た傷だけで痛みや衝撃はそのまま相手に伝わる。心配しなくてもよいぞ」

「はぁ、なるほど……」


 相手に傷を負わせず痛みと衝撃だけを与え、治したい傷には効果を発揮しない『回復する杖(ヒーリングスタッフ)』。名前負け甚だしいなと、ルイナは思ったのであった。


 しかし、生い立ちや名前と性能の乖離はともかくこのヒーリングスタッフ(仮)、血は出したくないが迫る敵は退けたいルイナにとっては非常に有難い品であることは間違いなかった。ルイナは有難く、その杖を頂戴することにした。


 かくしてルイナは、生涯の相棒となるヒーリングスタッフ(仮)を手に入れたのであった。










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