13.私の名前は
『ねえねえ、お母さん。お母さんって、何か欲しいものとか、して欲しいこととか、ないの?』
『あら、突然どうしたのよ、急に』
『ううんー、別にー! ねえねえ、お母さん!』
『はいはい、うふふ。そうねぇ……欲しいのは、これかしらね』
ギュッ―――
『きゃっ、お、お母さん? 急にどうしたの?』
『お母さんはね、あなたとお父さんと、3人で一緒にいられるこの日常がずっと続けばいいなって、変わらない日々が欲しいの。
だから、お母さんが欲しいのはルイナ。ね、それじゃダメ?』
『だ、ダメだよっ! ううん、ダメじゃないけど、だって来週はお母さんの誕生日―――あっ!』
『うふふ、来週が、どうしたの?』
『あ、あわわ、う、ううん! なんでもない! なんでもないから!
じゃ、じゃあルイナ、お父さん手伝ってくるねっ!』
ガチャッ、バタンッ―――
『あー、危なかったぁ……
でも、むー。プレゼント何にしよう。どうしようかなぁ……』
―――暗転。転回。明転―――アリスの夢はそこで終わる。
「嬢ちゃんは大丈夫じゃと言うておるに! 何故分かろうともせんっ!」
「貴様は洗脳されておる! この銀髪、紛れもなく吸血鬼のものだ! それにあれだけの力を振るった化け物が人間種であるわけがなかろう!」
「この村の窮地を救ってくれた恩人にその言い草はないじゃろっ! 貴様は礼儀知らずに恩知らずの分からず屋じゃっ!」
「何を莫迦なことを…っ! 貴様のその甘さが、村にとって取り返しのつかないことになるかもしれないのだぞ!」
「―――んぅ、ん………?」
ナートラがこの村の長アベルと話をしていると、部屋の隅に置かれたベッドで寝ていた少女が目を覚ました。どうやら、彼らがうるさく騒ぎ過ぎたせいで起きてしまったようだ。
「…? っ、うぅ、眩しいっ…」
身を起こした少女は手を前にかざし、目に刺さる光を避ける。
少女の傍らにはマディラータが浮かべられている。マディラータとは、擬似太陽である。こんな間近に見せられてはたまったものではないだろう。
「起きたか嬢ちゃん! さっ、嬢ちゃん、あの光、何ともないことを皆に言ってやるんじゃ」
「え? え、えぇ、別に何ともないですけど……」
「ほれ見たことか! どうじゃアベル、嬢ちゃんは言った通り吸血鬼じゃなかったじゃろ?」
ベッドの上に半身を起こした少女にナートラが身を寄せ危険がないことを示すと、アベルは『むぅ…』と喉を鳴らした。
「しかし、マディラータが吸血鬼に効かなくなった可能性も―――」
「お前さんこそ莫迦なことを! そんなことになったら人間種はとうに滅びておるわ! それにそんな暴言、ラサ教のやつらに聞かれでもしたら吊るされるぞ!」
「む、むぅ…しかし、だなぁ……」
「さぁ、さっさと帰った帰ったっ! お前さんもマディラータご苦労じゃな、じゃが無駄足じゃったな。ほれほれ、出てけ出てけ」
「くっ、今日は帰るが爺っ! 明日の朝、陽が昇ったらまた来るぞ!」
「おう、いくらでも来るがいい。ラーに誓って、この子は砂にならんぞ。ワシがこの目でしかと見ておったからな!」
バタンッ―――
そうしてナートラはアベルと、マディラータを出していた青年を外に追い出し、扉を閉めた。
「すまんかったの騒がしくしてしまって。気分の方はどうじゃ?」
「…別に、平気です」
そう答えて少女は、ベッドの上で膝を抱えてその間に顔を埋めた。そのまま何も語らず、顔の表情も暗く沈んでいる―――どう考えても、平気な様子には見えない。身体は傷一つ負っていないのだ、平気でないのはその心だろう。
ナートラはその様子を見て、ひとまず水差しよりコップに水を移し、少女に手渡した。少女はそれを受け取ると、『ありがとうございます…』と小声で礼を言ってくる。
お互いそれきり無言になってしまったが、このままでは何も事は進まない。意を決してナートラは口を開いた。
「嬢ちゃん、ヒトを殺したのは初めてか?」
「……え? はい、初めて、です…」
「そうか、初めてじゃったか…ワシも若い頃、冒険者をやっておってな。初めてヒトを殺した時のことを覚えておる。その時のワシは護衛依頼任務中で相手は野盗じゃった。その日は殺した相手の顔や首の骨を叩き折った時の感触が忘れられなくてな、自分が恐ろしくて寝付けなかったもんじゃ……」
ナートラは遠い目を浮かべて昔を思い出す。
「じゃが、嬢ちゃん。悪いのは殺してしまったお前さんじゃない、悪事に手を染めたあいつらじゃ。じゃから、お嬢ちゃんが気に病むことはないんじゃ、気はしっかり持つんじゃよ?」
「……はぁ…」
ナートラの慰めにも、少女は納得しかねるといった表情を浮かべる。相手の方が悪だとか関係なく、殺したことへの責任と負い目を負おうとすることの何がいけないのか、ナートラは少女にそう言われたような気がした。
その真摯な姿勢にナートラはますます少女を気に入ったのである。力ある者としての責任を酸いも甘いも全て持とうとする、心を強く持とうとする姿勢に感銘したのであった。
その心持ちのせいで、野盗とはいえ殺してしまったことに心を痛めてしまった少女のことを、同時に不憫とも不安とも思ったのだ。そしてそれ故に、ナートラは今まで自制していたがつい、少女の経緯と今後へ踏み込んでしまうのであった。
「嬢ちゃん…あの魔の森で一人でおったからには訳ありなんじゃろうが、今までどんな―――いや、これからどうするんじゃ?」
「これから……?」
「そうじゃ。こんなど田舎の村で足止めを食らっていていい旅なのかは知らんが、何か目的があったんじゃろ? こう見えてもワシは昔、大陸全土を練り歩く冒険者じゃった。ほれ、相談してみたら何かの役に立つかもしれんぞ?」
「目的……、したいこと……」
「そうじゃ……まあ、言いづらいことがあるなら、無理には聞かんがの。それかあれじゃ、して欲しいことや欲しいものがあれば、用意できるかもしれんぞ?」
「……して欲しいこと……欲しいもの………?」
少女は虚ろな表情で、淡々と単語を口にしていく。その言葉は、決してナートラへ聞かせるためのものではなかった。何かを捻り出そうと、何かを絞り出そうと、少女の口から何かが溢れ出てくる兆しであった。
―――『ねえねえ、お母さん。お母さんって、何か欲しいものとか、して欲しいこととか、ないの?』―――
「お母さん……」
突然、ツー、と。少女の目から涙が零れた。その涙のあまりの静けさに、そしてその泣き顔の美しさに、老齢たるナートラでさえ思わず息を呑む。
だが次の瞬間、少女の顔がくしゃくしゃに崩れた。
「私、私…っ、お母さんに、会いたいっ! お母さんに、会いたいよぉ…っ! うわぁぁぁぁっ…!」
「っ、嬢ちゃん……」
少女は慟哭した。あまりに寂しく、あまりに無邪気なその願いは、聞くナートラの心を揺さぶった。
今まで不愛想で無表情を通してきた少女が初めて見せた、堰を切ったように吐露し続ける、悲嘆の感情。その単純で強い想いを、無表情の仮面の中に押し込んでいた少女のことを、ナートラはますます不憫に思ったのだった。
―――その夜ナートラは、泣き止むまで彼女の背をさすり続けた。いつまでも泣き止まず、嗚咽の止まらなかった彼女もやがて泣きつかれてしまい、小さな息を漏らしながら眠りについたのだった。
「どうじゃアベル! これでも嬢ちゃんを吸血鬼と呼ぶのか?」
「む、むぅ……」
翌朝、陽が昇ったところを村長のアベルに叩き起こされ、ナートラは銀髪の少女とともに外へ出た。
もちろん、彼女が吸血鬼でないことをナートラは知っている。前日に太陽の下で一緒に過ごしていたわけだし、ヒトの血が流れるのに心を痛めるか弱い少女だと分かっていた。そして当然、陽の光を浴びた彼女が砂になることはなかった。
「さっ、もう気が済んだじゃろ。嬢ちゃん、家へ入るぞ」
ナートラは少女を引き連れ、家の中へと戻った。後ろからまだアベルが何かを言っているが聞く耳持たず、扉を後ろ手に閉める。
バタンッ―――
「…昨日は、ごめんなさい」
「ん? ああ、ええんじゃて。泣いた方がええ時がある。それよりもワシのような老いぼれの腕の中で泣かせてしまって悪かったの」
「いえ、別に、悪くなかったです」
昨日に比べ、少女の受け答えがはっきりとしていた。やはりため込んだ感情を涙と一緒に吐き出したのが良かったのかもしれない、とナートラはほっと笑みを浮かべた。
「ところで昨日の話の続きじゃがの、嬢ちゃん―――」
そこで、おや? とナートラは首をかしげる。それにつられ、少女も小首を傾ける。
「ワシ、嬢ちゃんの名前聞いておったかの?」
「……いえ、言ってないです」
「おお、そうか! いやぁ、ボケて忘れてしまったかと焦ってしまったわい。すまんの、聞くのを忘れておったわ。
ワシの名前はナートラでドワーフ族じゃ。嬢ちゃんの名前は?」
「私は、アリスです。種族は……ヒト族です」
「ほう! アリスか、良い名前じゃな。それにしても、ヒト族か…うむぅ」
「あの……何か変だった、でしょうか?」
ナートラが少女―――アリスの名前と種族を聞くと、顎に手をかけ唸り始めたのを、アリスは戸惑いの表情を浮かべた。
「いや、あの強さでこの若さじゃから、長命のエルフ族かと思っておったのじゃが。やつらは嬢ちゃんくらいの見た目から全く老けないからの―――じゃが、やつらは金髪の種族じゃし、やっぱり違うかのう……」
「はぁ……」
「ワシらと同族かとも思ったが、それにしては身長が高いし、黒髪じゃないしの。たまに先天的にスキルの加護を持った者が生まれるから強さ的にはありえなくもないと思ったのじゃが。むむぅ……」
「……私、ヒト族です……」
アリスが若干戸惑った表情を浮かべて応えると、ナートラは「いやいや」と頭を振った。
「それが一番あり得んと思っておったんじゃ。ヒト族は弱い。英雄の段階まで上り詰めるのは大体がドワーフ族、エルフ族、エンター族のどれかじゃ。ヒト族ではあれほどの強さを手に入れることはまず無理じゃろうて。やつらは群を成すことで強くなるが個人は弱いからの」
「はぁ……」
ナートラの説明にアリスはしどろもどろに目を泳がせ始めた。あれだけ昨日は無表情だったのに今日になったらよく動くようになったものだ。
「―――嬢ちゃん、無理には聞かんがお前さんどうやってその力を身に着けた? それに今までどこでどのように暮らしてたんじゃ?」
「えっ? ええと、力は本当に、いつの間にか身についていて―――あ、暮らしていた場所は詳しくは言えませんが、大きな洞窟の中です」
「ど、洞窟…? なんじゃ、ヒト族のくせにドワーフ族の鍛冶師ギルドみたいなことをするもんじゃな。そこで家族と一緒に暮らしておったんか?」
「いえ、魔族と暮らしていました」
「な、なんじゃとっ?! 魔族と暮らしていたじゃと!? い、いつからじゃ?!」
「えっと、生まれた時から…?」
「なん、じゃとっ……」
ナートラは顔面蒼白となる。この少女―――アリスは魔族に捕らえられた両親、もしくは母親から生まれ、その後ずっと魔族の手によって捕らえられていたのだ。
魔物と違い、魔族はその種類にもよるが知性的な生物である。オークやトロールのように、ヒトを捕らえて食べるようなことはあまりしない。ただし儀式の贄であったり愉悦の為の遊び道具であったり、死ぬまでの行程が多少変わるくらいである―――どちらが悲惨な末路を辿るか、多くは語るまい。
ナートラは固まってしまった思考と表情を、頭を振って治す。今は絶句している場合ではない。『お母さんに会いたい』というアリスの目的に対して相談に乗るのであれば、聞かなければならないことがある。
「そ、それで、母親はっ―――嬢ちゃんの母親は、どうしたんじゃ…?」
「…分かりません。どこにいるのか」
「……そう、じゃったか」
アリスの答えを聞いて、ナートラは理解してしまった―――恐らく、いやほぼ確実と言って良い、彼女の母親は殺されてしまっているのだ。彼女を捕らえていた魔族の手によって。
親は殺され、近くにはいつ自分に魔の手を伸ばすかも分からない魔族―――そんな絶望的な状況に置かれて、心を正常に保たせていられるわけがない。ナートラが会ったばかりのアリスの表情や心が死んでいるようだったのに納得がいった。
『お母さんに会いたい』という彼女の言葉―――それは目的ではなく、叶わぬ願望だったのだ。
「…嬢ちゃん、よくその状態から逃げられたの」
「逃げ…? えっと、はい。私が、ど―――魔族を殺してしまったので……」
「……そうか。魔族は殺したのか……」
アリスがヒト族の身に余る力を持っているのは、恐らく魔族が彼女の身体を使って実験か儀式か、およそ人智を超える何かをしていたのだろう。その結果、彼女が異常な力を手に入れてしまったが為に魔族は殺され、アリスは魔族の手から逃れることが出来たのだ。
ナートラが彼女に出会ったのはその直後だということが、血濡れの服の様子から推測出来た。
「…嬢ちゃん、すまんかったの。そんな辛い話をさせてしまって」
「いえ、別に…」
そのまましばらく、二人の間に沈黙が落ちた。ナートラはこの少女が歩んできた過去と置かれている現状に心で涙し、一方アリスは手に持つグラスを傾け、ちびちびと水を飲んで何事かを考え込んでいた。
やがて、グラスの中身を全て飲み干したアリスは声を上げた。
「やっぱり私―――お母さんを探します」
「なっ、んじゃと……? 嬢ちゃん、それは……」
「私、お母さんに会いたい……どこにいるのか分からないけど、きっとどこかにいるはず。夢で見るんです! だから、探して、会いに行きたい…!」
「ぐっ―――」
ナートラは見た。アリスの目が、輝いていた。彼女が初めて見せた、希望の光だった。
―――もう、ダメだった。ナートラは熱いものが目頭に溜まるのを感じ、息を殺して涙を流した。
彼女は、母親の死を受け入れられなかったのだ。心が、その事実を乗り越えられなかったのだ。だから、もうこの世にいない母親を探しに行くなどと言うのだ。
それはあまりに無為で、無稽で、無辜な願いだった。だが、それを止めることはナートラは出来なかった。彼女が心を取り戻したのが母親を求める気持ちであれば、誰がその生存を否定することが出来ようか。
―――ナートラは熱くなった目頭を服の裾で拭う。最早、腹をくくるしかない。彼女の夢を今すぐに覚まさせるのではなく、その夢を長く見させてやり彼女の心が事実を受け入れられるまで成長させてやるのが、ナートラに出来る唯一のことだった。
「分かった嬢ちゃん…お前さんが母親に会えるよう、ワシも出来る限りで手伝おう」
「…いいんですか?」
「当たり前じゃ! お前さんは野盗に襲われたこのオグストの村を救ってくれたんじゃからな! 目的地が分かればそこまで送ろう、さすがに国境を超えるとなると難しいんじゃが…。ほれ、どうじゃ。お前さんの母親のもとへ繋がる手がかりは何かないかの?」
「手がかり……」
「ほれ、なんでもいいぞい! そうじゃな……この際、お前さんの見た夢の情報でもいいぞい!」
「夢……」
少女は目を瞑り、考え込む。恐らく夢の記憶を引っ張り出してきているのだろう。何かを必死に思い出そうと口が声を発さずに、もごもごと小さく動く。そして、やがてその口から音のある言葉が発せられる。
「宿屋―――」
「宿屋?」
「……宿屋を経営していました。どこの街なんだろう、分からない……あとは、お花」
「花、じゃと?」
「……なんて花の名前だったか、思い出せない……最近見た気がする、白くて、小さいお花……」
「白くて小さい花―――もしやこれのことかの?」
そう言ってナートラは洗い場で茎を水に浸していた一輪の花を持ってきた。茎は細く、双葉を生やしたその先に5枚の花弁をつけた白い花―――その花を見て、アリスは目をはっと見開かせる。
「そ、それっ、それです! でも、どうして―――」
「この花はの、嬢ちゃんが魔の森で倒れとった時に抱えとったもんじゃ。嬢ちゃんと一緒に荷馬車に載せてたんじゃが、荷台の中で落としてしまっとったのを拾ってきたんじゃ。
じゃが、そうか、ホワイトプリムじゃったか……」
ナートラは白い花―――ホワイトプリムをアリスに手渡し、顎に手をかけ唸り始めた。
「こ、この花がどうかしたんですか…?」
「む? いや、このホワイトプリムはの、このアルガス大陸固有の花なんじゃ。他の大陸や島には生えておらんで、嬢ちゃんの母親がいるかもしれない場所はこの大陸に限られる、ということになるの」
「そうなんですかっ!?」
ナートラの言葉に、アリスは喜びの表情を浮かべる。母親の行方に少しでも繋がったことが嬉しいのだろう。しかし、ナートラは力なく首を振った。
「―――逆に言えばそれ以上は絞り込めない、ということになる。ホワイトプリムは大陸全土に生えておる。宿屋、というのもこんなど田舎の村を除けば大抵の町村にはあるしの。これだけの情報では絞り込めまいて……嬢ちゃん、他には何か手がかりになるようなものはないかの? 地名や人名でもええ、どんなことでもええんじゃ」
「他に、ですか…? う~ん……」
そうしてアリスは唸り始める。うんうんと唸り、唸り、唸り尽くし―――
「………、ダメです。他には何も思い出せません…」
「ふむ……」
それだけの情報しか無いのであれば、アリスの母親探しは困難を極めるものになるだろう。名前も分からなければ人伝てに聞くのも難しく、地道に大陸全土にある宿屋を回っていくしかないのだから。
―――しかし、ナートラは考える。これは逆に好都合ではないかと。
今はアリスもその未熟たる心で母親の死を受け入れられていないが、大陸を虱潰しに回るうちに年月が経つ。年月が経てば心も成長し、母親の死をやがて受け入れるかもしれない。それに行く先々で出会いがあり、その中で母親とは別の者へ感情を動かし―――それは恋であったり、依存であったりするかもしれないが、結果的に彼女の心の中で母親が占める割合が少なくなれば、諦めて自身を大切にする人生を歩み始めてくれるかもしれない。
そうしてナートラは、大陸全土を歩くのに便利で、彼女がなるにふさわしく、出会いの機会も豊富で、尚且つ自身が協力できる職業に一つの心当たりがあり、それをアリスへ打診したのであった。
「嬢ちゃん、冒険者にならんか?」
「…冒険者、ですか?」
「うむ、そうじゃ。嬢ちゃんの今持っている情報だけじゃと、極論を言えばこの大陸の宿屋を全部回ることになる。じゃが、それには時間もかかるし金もかかる。それに、国を渡る為の手続きが冒険者なら簡単に済ませられる。じゃから、冒険者になって町々、村々、国々を巡って稼ぎ、情報を集めつつ大陸を回るんじゃ。
なあに、嬢ちゃんくらい強ければ冒険者なんて仕事、母親探しの片手間にでも出来るわい。それに、言った通りワシも元冒険者じゃ。嬢ちゃんが冒険者として旅立てるようになるまで、ワシが協力してやれるぞ!」
「冒険者―――」
ナートラの説明に、アリスは思案気な顔を浮かべる。しかし、徐々にナートラの言っていることが理に適っていると理解し始めると、一層目を輝かせた。
「おじいさん、私っ…冒険者になる、冒険者になります! そして、この大陸のどこかにいるお母さんを、きっと探し出してみせます!」
「お、おおっ! その粋じゃ、嬢ちゃん!」
―――こうして吸血鬼アリスは、辺境の村オグストにて冒険者となることを、そしてその手で夢に見た母親を探し出すと誓ったのであった。
否。
「おじいさん、私、本当の名前があるんです!」
「ほう、そうなのか」
「はい、私の本当の名前---お母さんにつけてもらった名前。私の名前は、ルイナ! ルイナです!」
―――こうしてヒト族の少女ルイナは、辺境の村オグストにて冒険者となることを、そしてその手で本当の母親を探し出すと誓ったのであった。