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幕間.胎動

 



 SIDE:カリーナ



「………」


 フードを目深にかぶり、彼女は歩く。


 ここはナトラサ、吸血鬼の隠れ里。道行く者は全て吸血鬼か、彼らに洗脳されたヒトのみである。外界で晒せば追われる銀の髪であっても、ここでは隠さずとも道を歩ける。


 しかし彼女は髪を隠し、それどころか顔すら隠して通りを歩く―――何故か?


 彼女の名をカリーナという。この街において絶対の孤独者『異端ディパイア』の烙印をされたものである。


 『異端』となった彼女は他人と話すことが許されない。何かを買うことも、恵んでもらうことも、そばに寄り添うことも許されない。


 道行く者はそのフードを目深に被った者がカリーナであることに気づくと距離を置く。店の戸を閉める。路地の裏へと身を潜める。

 『異端』となった彼女と接触していた―――そんな噂を流されでもしたら彼らもまた『異端』となってしまう。故に悪意なくとも彼女は孤独を強制される。


 彼女の心は憔悴する。食事もとれず、住居もなく、湯にも入れず、また誰とも話せない。常はナトラサの街の郊外にある洞穴へ身を潜らせ、日が過ぎていくのを待つばかり。喜怒哀楽の発露も発現も許されず、彼女の心は確実に日々擦り減っていく。


「………」


 それでも彼女は歩く、生きる、前を向く。救いは常に胸にある。通りを歩き見えてきた邸宅―――仕えるべき主アーデルセンの住まう屋敷。その前で足を止め、フードの裾より邸宅を見上げる。


「……アーデルセン様」


 その囁きは、祈りにも似た声音であった。


 最後に顔を見てより2週の時が流れている。娘であるアリスと語り合っていた夜、主の様子は全盛と比べ覇気こそ衰えていたが穏やかなる表情を浮かべていた。愛すべき妻リリスフィーを亡くし悲嘆に暮れていた彼はしかし、アリスとの語らいによって正常なる心を取り戻したはずであった。


 ―――だが、どうだ。その後主が復したという話は聞き耳立てても聞こえてこない。あの時、主は寂しくも笑みを浮かべ、アリスの背を見送っていたではないか。


 あの笑顔の裏で主はまた傷ついていたのだろうか?

 支えを失くし再び膝をついてしまったのだろうか?


 ああっ、お傍にいられたなら……! 無力なる身であれど、何事かお役に立てるなら!

 願えど、それは叶わない。彼女は『異端』、誰とも関係を持ってはならぬ者である。


「……どうかご自愛を―――」


 故に彼女は祈る。祈り、その場にひざまずく。


 主の心が復するようにと―――願い、彼女は今日も膝を汚すのであった。








「……カリーナー?」

「っ……!」


 しかしその日、カリーナは自身を呼ぶ声に祈りを妨げられる。


 振り返りはしない。その声音、彼女には覚えがあった。


「わー、カリーナだー! ねー、今日は一緒におしゃべり、できるー?」

「……リ、カ―――」


 背中から聞こえてくる間延びした声。自身の名を呼ぶ声から感じる親しみの情―――首が自然と振り返りそうになる。振り向き、話しかけたい。そんな衝動に駆られる。


 しかし、それは許されない。


「今ねー、わたしねー、クロちゃんとお散歩―――」

「っ―――!」


 カリーナは駆け出す。背に戸惑いの声を聞きつつ、歯を食いしばってその場を走り去る。


 自分は『異端』。誰とも関係を持ってはならぬ者である―――例え親しき者であっても、寄り沿ってくれる者であっても、だからこそその手を振り払わなければならない。


「くっ……」


 沸く罪悪感を苦悶の表情へと変え、彼女は走る。


 リカは『異端』を知らないのだ。もしくは、自身が『異端』であることを知らないのだ。知らないからこそ、自身へ声をかけてきてしまった。親愛に、友情に則り己へ話しかけてきてくれた。


 ……訳を話すわけにはいかない。その場を何者かに見られ、彼女を『異端』にさせるわけにはいかない。


「ごめんなさい…っ、リカ…!」


 カリーナは逃げる。伸ばされた情の手を払いのけて。


 ……いつか罪が許された時に訳を話せばよい。きっと、それで仲直りが出来るはず。そう自分に言い聞かせ、彼女は地を駆ける。


 彼女は最後まで背を向け走り続け、リカの顔を振り返り見なかったのである。









「カリー……ナ……?」


 一方、残された少女。


 彼女は多くのことを理解していなかった。


 なぜ、無視されたのか。

 なぜ、避けられたのか。

 なぜ、あそこまで強く自分が拒絶されたのか。


 その事象の理由を、理解することが出来なかった。


「……ぅっ…」


 ただ、手を震わせた。


「ど、どう……じ、でっ……!」


 ただ、声を震わせた。


「わ、わたっ、し……わ、わるい、っ、こ、と、……しっ、た、の、ぐっ、ぅ……!」


 ただ、訳を問うた。

 ―――答える声は、1つもなかった。


「………」


 ただ、嗚咽を漏らす彼女を見上げる一対の瞳があった。

 黒毛に黒い瞳。狼のなりをした彼女の友は、膝に擦り寄る。


 主人も自身も知らぬ、何かがあるのだ。彼はそれを察し、天を見上げる。


 暗い闇と岩の天井。それらに覆われたナトラサの街。

 今何かが動き出そうとしている。そんな予感を黒狼の彼は悟り、主人を守るように身を寄せるのであった。




















 SIDE:ナートラ





 ほうほうと、夜泣き鳥の喧騒が遠くに聞こえる、勝色かついろ空の深夜の頃。


「………」


 ふいに目が覚める。寄る年波に負け眠りが浅く、陽が昇るよりも前に起きてしまうことなどざらにあるが、それとは違う。


 久方ぶりに感じる悪寒がある……眠気は飛び、身体よりも先に意識が覚醒を始める。未だ状況掴めぬがそれでも腕を伸ばし、寝具の側に立てかけておいた戦斧を握る。


 身を起こす。見回し確認するが見慣れた工房兼住居の我が家である。火は灯さずとも月明かりが部屋の中を薄らぼんやりと紺色に照らす―――何かが、いる。ナートラは戦斧を握りしめながら目を動かし、床に下ろした足先を肩幅まで広げ、腰を落とす。


「………」


 戸は開いていない。部屋の中には風1つ舞い込んでこない。窓は内より鍵がかかっている。

 遠く、夜闇で見えぬが玄関の扉には鍵をかけている上、蝶番が錆びているから開けるときしむ。そこを通る者がいれば、いくら寝ていたとはいえ気づかないわけがない。故に、この家内に他人がいるはずなどない。


 下級スキル『予知』も『感知』も何ら警戒の必要がないと促し、胸中のざわめきを平静に戻そうとしている―――しかし、確かに、予感がする。


「………」


 寝汗以外で背が湿り、服が張り付く。悪寒が重なり、冷たい刺激が背を這いずる。


 背にした窓から零れる月明かりが、彼の影を部屋の奥へと色濃く伸ばす。


 部屋の中で揺れるもの。それは彼自身と、彼が作る影のみである。


 ……揺れる。視線が動く。眉根がぴくりと跳ねて震える。


「―――っ!!」


 研ぎ澄まされた感覚の中、やがて彼は戦斧を振るう。

 その軌跡は縦断。厚い鋼鉄の刃が宙を裂き天より地へ、重さを乗せた一撃は木目を穿ち深々と床に突き刺さる。


「………」


 ―――己の影を穿った一撃を見て、しかしナートラは苦く唇を歪めるのであった。


「素晴らしい。その慧眼、驚嘆に値します」


 そして聞こえてくる声。ナートラは部屋の中に1つ、唐突に気配が増えたのを感じ視線を動かす。


「……何者じゃ」


 夜のとばりが落ちる部屋の中。物陰から歩みで、月明かりの下に半身を晒す者を睨む。


 白髪の痩躯―――漆黒の燕尾服に白の手袋、およそ貴族の執事らしい出で立ちの老人であった。

 顔に覚えはない。そも知人であればこのような訪れ方をしないであろう。


 気配を消し、部屋へ忍び入ってきたこの者が果たして何者であるのか、何の意図でもって近づいてきたのか。ナートラは何事も察せず、ただ警戒に目を細める。


「これは失礼を。わたくしはハヴァラと申します」


 そう言って無警戒にも頭を下げ礼を為す。ナートラはしかし、その機を好機と確信できずその場にとどまる。


「影に目をつけられましたのは大変に素晴らしい。後学の為に是非、何故お気づきになられたのか教えて頂けますか?」

「……勘じゃよ」

「左様でございますか」


 問われ、応えるものの感情に起伏が見えない。ナートラには目の前の男が、言葉通りに感心したり驚いているようには見えなかった。


「ただ、重ねてお詫び申し上げます。貴方にはここで心を捧げて頂きましょう」


 ―――言葉の真意は掴めない。ただ悪意だけは伝わってくる。

 ナートラは戦斧を床より引き抜き、腰だめに構える。


「……お断りじゃよ」

「誠に、遺憾でございます」


 ―――言うなり、老人の姿が消える。


「っ!」


 ナートラの視界に、老人の姿は映らない。気配も忽然と掻き消えた。


 しかし依然として告げてくるものがある―――勘が、叫ぶ。


 危険だ。

 危険だ。

 危険だ―――!


「っ、ふっ―――!」


 彼は脊髄を走る閃きに従い、戦斧を振るう。縦に―――再び、それは宙を裂き、床の影を穿つ。


「お見事でございます、が」

「なっ―――!」


 自身が抉った床の影より、痩躯が浮かぶ。


 手、腕、肩―――そして顔が床の影より疾く浮かび上がり、ナートラは瞬刻の間にそれを見た。


 邂逅の時より浮かべる能面のような笑み。その上に生える髪の輝き。


 白ではなかった。白に見えたそれは月光のもとに晒され、銀の輝きを照らし返す。


かげは傷つきませぬ」

「まさか、吸け―――」


 ナートラが紡げた言葉は、そこまでである。


 次の瞬間、目の前には灰色の瞳―――脳に響く何者かの声。


 その声に抗えない。彼の意識はそこで途絶えた。





 ―――その日を境にオグストの村よりナートラの姿は消えたのであった。




 お読み頂き、ありがとうございます!

 また新規ブックマークや評価など頂けまして、誠にありがとうございます!


 さて、今回は色々とご報告しなければならないことがあります。


 まず1つ、初めてのレビューを頂きました。海村さん、ありがとうございます(ここまで読むのにどれくらい時間がかかるか分かりませんが、今日この日、感謝の念が堪えません)


 そして2つ、応援バナーを頂きました。

 挿絵(By みてみん)

 非常に、拙作のイメージにぴったりなバナーを頂きました。詳しくは言えませんが、感動、しております。

 ロータス様、本当にありがとうございます。


 そして3つ目。大変申し訳ございません。ちょっとだけ不定期更新、させて下さい。

 今、私はこの作品を書いているにあたり、自分の力が不足していると感じる点が少なからずあります。

 今現時点での全力であたっているものの、よりベターなものは書けているという自負はあるものの、ベストなものであるかと言われるとまだまだ高みを目指せると思っております。


 なのでちょっとだけ、修行の時間を私に下さい。もちろん、そんなに長期間にわたっては頂きません。

 1週間に1話くらいの投稿を目指して、しばらく連載を続けさせてください。私はこの作品を、最高の形で書いていきたいのです。


 この最新話まで応援して読んで頂いている方々、皆様に対して格別の感謝をしつつ。

 私は、もっと、良く書けるようになりたいと思っております。


 誠に勝手な話を申し上げながらも、ここまでお付き合いいただいた皆様におかれましては、引き続き読んで頂けると大変、幸福の至りだと考えております。 

 何卒、今後とも宜しくお願い致します。


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