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幕間.渇望

 



 SIDE:ソーライ



『―――<紅焔槍駆>!』


 掌中に燃え盛る槍が現れる。

 炎中級魔術『紅焔槍駆』―――それは小さく爆ぜて火の粉を散らした後、風が凪ぐよりも疾く駆ける。


『―――守護風塵!』


 魔素が宙に舞い上がり、天へと輝き昇る瀑布ばくふの対岸。女の力ある言葉が聞こえてくる。


 風中級魔術『守護風塵』―――それはくうを切り裂き、厚い真空の壁となってその場に現れる。


 そこへ飛び込んでいった炎の槍は、散り散りに掻き消される。炎は風に弱い、魔術の道理のままである。


 しかし嗤う。奥の手は自身の左手。既に描き終えた法陣に叩きつけ、声高に唱える。


『―――<掌土鉄槌>!』


 二刀流の短杖はそれぞれに別の魔術を制御する。片や炎、片や土。


 土は何にも負けぬ。剣であっても魔術であっても。何物をも防ぎ、何者をも討つ―――捉えた! 女は既に絶望の中である。


 彼は嗤った……だが―――







「……っ!」


 目を覚ます。暗がりの部屋、蝋燭灯るだけの小さな書斎。彼は枕にしていた腕の上で覚醒を迎えた。


 まだ顔は上がらない。目だけ見開き―――やがて深く息を吸い込み、緩やかに吐き出した。


「―――夢か…」


 呟き、彼は身を起こす。彼が寝ていたのは書斎にある机の上。書を読んでいる間に疲れ、寝てしまっていたのだと遅れて悟る。腕の下から現れた巻物スクロールは、自身のかいた汗で滲んでしまっていた。


「しまったな…」


 それを服の袖で擦りながら彼は眉間に手の甲を当てる。そして小突く―――いけない。このままでは、いけないのだ。


 彼は吸血鬼、名をソーライという。魔術の道において覇を求め、最強の魔術師を目指す者である。


 彼が魔術に魅入られたのは前世の話。貧乏な家、丈夫ではない身体、不出来な運動神経に生まれた我が身。炉端に転がる枯れ枝のような大人を見て、将来の自分を見ているようであった、そんな日々。

 苦しくてつまらない、輝きも希望もない、そんな息の詰まるような運命に産み落とされた彼はしかし魔術によって救われた。


 類まれなる才であった。教えられた魔術を次々に使いこなし、彼は師を超え旅に出た。自身の器は故郷に集う知だけでは満たされない。新たな師、新たな知を求め大陸を歩いた。新たな術、新たな力を得ても彼は更なる叡智えいちを求めて旅を続けた。


 自身に扱えぬ魔術などない。自身を超える才などない。現存する知識、術、力をやがて全て身に着け、いつか自身は魔術の頂点に立つのだと、若かりし頃の彼は信じて疑わなかった。


 ―――そんな彼を初めに打ちのめしたのは度重なる敗北であった。与えられる才が平等ではないことを彼は知っていたが、正しく理解していなかったのである。


 生まれ、教育、そして種族―――あの金髪エルフどもは自身がやっとの思いで達した高みを冷ややかに見下す。それを彼は知ったのである。

 種族の差、生まれの差、用意された教育の道。それらを手に入れられなかった時点で彼の敗北は決定したのであった。


 しかし―――いや、本当にそれは正しいか認識なのだろうか? 若い彼はそこで挫けなかった。


 本当にこれが自身の才の限界なのだろうか?

 この高みが自身の限界なのだろうか?


 ……違うはず。違うに決まっている。彼は熱く濡れた目尻を拭い、世を睨んで拳を握りしめた。


 血の滲むような、『努力』―――彼はそれまでの自分に足りなかったものが何であるのかを知ったのであった。


 それから彼は日々、倒れ込むほどまで自身を追い込み、鍛錬を続けた。何かを得よう、何かを成し遂げよう―――そう必死に頂きだけを見続けながら杖を振るい、血と汗を流した。


 やがて、彼は1つの術を身に着けた。


 両手にそれぞれ杖を持ち、別々の制御でもって複数の魔術を同時に行使する術―――彼はこれを『双魔術』と名付けた。


 小さな炎が杖の先に2つ浮かび上がるのを見て、彼は背と唇を震わせた。普通に行使した時の初級魔術『炎爆』にも遠く及ばない弱々しい火であったが、確かにそれは画期的な技術革新であった。


 彼はその術を持って国への登用を願った。更なる知識と名誉―――高みを目指して、その土台とすべく名乗りを上げたのである。


 ―――だが。


『城から出ていけ! 二度とそのイカサマを見せるでない!』


 衛兵に押さえつけられ、浴びせられたのは罵声であった。世より努力を認めてもらえぬ。彼の生において二度目の挫折であった。


 分かってくれると思っていた。見れば信じてくれると思っていた。彼はその術をひけらかし、解釈を他人に委ねてしまった……彼には、他人に説明するという才が致命的なまでになかったのである。


 同じようにしてみても出来ぬ。やり方を聞いても『努力が足りないから出来ないのだ』と言われ、その言葉の不敬を飲み下したところで出来るのは蝋燭程度の小さな火を出すことだけである―――当時、魔術部門において官職に就いていた者は彼の行いを魔術ではなく不正いかさまであると断じ、彼を城より追い出した。根拠のない奇跡よりも、積み重ねられてきた常識が尊重されたのである。


 彼は憤った。努力を認めず、進化を認めず、眼を曇らせて何が国か、何が魔術師か。彼は国や組織へ仕えるという発想を破り捨て、そうであるなら己の力だけで世界を見返す力を手に入れてやろうと再び立ち上がった。


 ……そうして、やがて訪れた最大の挫折。前世において最後の挫折でもあったそれは才の枯渇であった。


 独学で中級魔術すら扱えるようになった彼はしかし、そこで己の限界を見たのであった。上には上がおり、自身はそこへ手もかけられない。どれだけ息巻いたところで歯牙にも掛けられない、矮小なる存在でしかない。そう悟ったのであった。


 致命的な挫折であった。今までは己に足りぬものが何であるかを知り、また己の力を他人が認めぬだけだと憤り、それでも己の才を信じて立ち上がってこれた。


 しかし、それは足掻きでしかなかったのだ。己に信じるべき才は、無かったのである……魔術にしか生きる道を見つけられなかった彼は自棄の果て、どことも知れぬ地で自身を魔術の炎で焼いたのであった。






「………」


 ソーライは頭を振り、前世むかしの記憶を端に追いやる。屈辱に塗れ、神を呪って死んだ記憶など思い出したところで寝覚めが悪くなるだけだ。


 ―――それに今、彼は前世とは比べ物にならないほどの遥か高みにいるのである。自身が編み出した双魔術は同時に中級2つを行使できるようになり、炎系統に至っては上級すら扱えるようになった。ヒトの世であれば大賢者と謳われてもおかしくない、頂きの更に向こう側に立っている。


 種族、教育、知識、才能、努力―――それら全てに恵まれ、自身は魔術の覇者に近づいている。そう、確信していた―――はずであった。


「……このままでは駄目だ」


 しかし、彼は再び挫折した。人間種の娘、名前をミチ―――かの娘に自身は負けたのだ。


 肉体の優劣は関係なく、場所の良し悪しに関係なく、単純な魔術の戦いにおいて己は負けたのだ。


 目を閉じれば思い出す。彼女が操る風の猛攻―――為すすべなく飛ばされ、転がされ、追い込まれ、死の寸前であったところを友に救われた。


 ……完敗であった。敗因は彼にとって未知ではなく、たしかに既知であった。つまるところ彼は才でも努力でも生まれでもない、第六(べつ)の要素において負けたのだ。


 そしてそれは、決して手が届かない。奴は混血、自分は純潔。その時点で自身に得る資格がないものである。


「………」


 しかし、それがどうした。魔術師最強を名乗る為にはどうあっても彼女に勝たねばならぬ。その術を、その力を、その奇跡を、彼は知の向こう側―――記録と記憶の果てに求める。


 努力では届かぬ。才では抗えぬ。絶対的な『記憶』の差―――それを覆す、新たな術を。


 頼るものは己を構成するもの全て。種族、教育、知識、才能、努力―――あるいは閃き、発想、祈り、奇跡。それらを総動員し、何事か一石を、何事か革新を、何事か一歩を!


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()―――安易よりも難解へ。単なる双魔術では届かない更なる高みへ。彼は手を伸ばすべく、今宵も書の中に埋もれるのであった。





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