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小話『ルイナ、ミチに魔術のイロハを教わる(その2ー前編)』

 


 ◆ルイナ、ミチに魔術のイロハを教わる(その2)



「ところで、そもそもその魔術の同時行使ってそんなに難しいんですか?」


 それはクォ-ツ公国内、無事に国境を越え旅を続ける2人組―――ルイナとミチの間に起こった、とある会話の一幕である。


 ルイナが問うた内容は、世の常識に真っ向ぶつかっているものである。世の魔術師に聞かれれば、『難しいどころか不可能だ!』と憤慨交じりに一蹴されてしまってもおかしくないのだが、実物をその目で見てしまったミチは否定できず、眉根を寄せて唸り始める。


「う~ん……難しいっていうか、なんていうか……そうね、ルイナ。そもそもあんた、学校以外で魔術を教わったことはある?」

「えっと……昔、父様から『魔撃』の出し方を教えてもらったくらいです。あっ、あとは『魔素譲渡の儀式』についてのやり方も教わりました」

「そう―――う~ん……」


 返答を聞き、ミチは再び眉間に皺を作って、顎に手をやる。


 『魔撃』のような無系統魔術は魔素を単純に放出するだけなので、他系統のように魔素を現象や物質に変換させる必要がない。必然的に魔術行使の根幹たる、『制御』の工程は不要である。

 儀式も同様、媒介と触媒さえ用意すれば後は口上垂れるだけで完成する―――つまり、ルイナの答えは魔術師ほんしょくからすると、『何も知りません』と同義なのであった。


 そうなると、『魔術の同時複数行使は難しいのか?』という質問に対して、ミチに答えようがない。これは魔術を知る者にしか分からぬ理屈であるのだ。


 ―――しかし、答えないのは簡単ではあるが薄情でもあると思った。自分が悩んでいたからこそ、ルイナはその悩みを共有したいと思って訊いてくれたのであろう。


 その思いを汲むのであれば、多少回りくどくなろうと詳細に話した方がよいだろう。そう思い、ミチは思案気に閉ざしていたその口を開くのであった。


「……そうね。ちょっと難しい話だから長い話になるけど、それでもいい?」

「私は別に構いませんけど―――ごめんなさい。むしろミチさんの考え事の邪魔になりませんか?」

「別に。いいのよ、今日はもうやめにしたから。それに、誰かに話した方があたしも頭の整理ができるしね」


 そう言ってミチはあたりを見回し、落ちていた木の枝を拾う。

 眼下には地面。そこを板書の代わりとし、彼女は魔術のイロハを語り始めるのであった。













「まず、魔術とは広義で『魔素を消費して何かをすること』の全てを指すわ。単に魔素を放出するだけの無系統や儀式ですら魔術と括られているのはそういう理由ね―――ただ本来、そいつらは魔術とは認められていないものなの」

「え、そうなんですか?」


 ルイナは目を僅かに見開き、ミチを見る。自身の使っていた魔術―――と思っていたものは、どうやら魔術ではないらしいのだ。

 どういうことなのだろうかと表情で語るルイナに対し、ミチは説明を続ける。


「魔術の根幹は、情報の作成・付与という『制御』なの。魔素に対して、変換させたい物質や現象の情報、発現させたい地点の位置や気候の情報、発現させた後にどのように移動させたいかとかの指向性の情報。

 他にもいろいろあるけど、1つ火を起こすにしてもその都度的確な情報を魔素につけてあげないと魔素は正確に発現してくれない。そういった『制御』をあたし達魔術師は、外から見えない頭の中で毎回行ってるのよ」

「へぇ……そうだったんですね」


 言われ、ルイナは驚きに息を漏らす。


 自身が『魔撃』や『魔素譲渡の儀式』を行使した時、そんな複雑な何かをやっていた自覚はない。故に、ミチが言う『それらが魔術ではない』という言い分に、何となくの合点がいったのであった。

 しかし、同時に疑問も出てきてルイナは口を開く。


「でも、なんで儀式と無系統の魔術はそういった―――えっと、『制御』? なしでも行使ができるんですか?」

「それは、呪文と詠唱が情報の付与の手助けをしてくれてるからよ」


 言いながら、ミチは地面に『詠唱+制御=情報の作成、呪文+制御=情報の付与』と記すのであった。


「魔素に付与する情報は、詠唱と制御によって作られる。そして作られた情報は、呪文と制御によって魔素へ付与される。

 単純に魔素を放出するだけの無系統は付与する情報が最低限に絞られているから、制御によって情報を上乗せさせる必要がない。儀式についても、触媒や媒介が情報の付与までを担ってくれるから制御の必要がない」

「なるほど……」


 ルイナは納得の声を上げながら、果たして自分が全く魔術について無知であることを自覚したのであった。


 魔術とは、詠唱と呪文を唱えて杖を振りかざせばいいものだと思っていた。行使できるかどうかはその人の魔素許容量と魔素変換効率といったものによって決まるものであり、持って生まれた才でしか優劣はないのだと思っていた。


「あたし達魔術師が『制御』を魔術の根幹だと言っているのは、どれだけ正確に、効率よく、効果的な情報を付与できるかによって魔術の結果が大きく変わってくるからなの。

 魔素変換効率とか種族差みたいな先天的な条件ではなく、知識や経験みたいに後天的な力でもってあたし達は強くなる―――魔術師として高みを目指す上で最も重要な要素がこの『制御』だからこそ、あたし達は制御不要な無系統や儀式を魔術とみなしていないのよ」

「へぇ……」


 故に、ミチのその言葉によってルイナは魔術と、魔術師に対しての認識を改めるのであった。







「それでなんだけど―――ここからはちょっと例えを交えながら話すわね」

「……? は、はい」


 ミチが地面に何やら文字を書き込んでいくのを眺め、ルイナは小首をかしげながらも声を返す。


 木の枝が柔らかい土を削り取っていき、やがてそこに書かれた文字は『魔術=算術』というものであった。


「まず、魔術の原理をより分かりやすく例えるときに出てくるのが、算術よ」

「算術―――って、あの足し算とか引き算とかの?」

「ええ、そう」


 ミチは頷きながら、さらに文字を書き足していく。


「あたし達がしている『制御』を分けると、情報の『作成』と『付与』の2つになるって話はさっきしたわよね? まずそいつらを途中式と答え合わせっていう風に言い換えてみるわ」


 地面に『作成の制御=途中式』、『付与の制御=解答する』と書かれる―――そしてさらにミチは書き進め、『杖=筆』、『魔素=インク』とも付け加える。


「算術で難しい問題―――例えば、351×714は? なんて問題、普通は暗算では解けないでしょう? 答えに行きつく為には筆とインクを使って途中式を書くことが必要になってくる。

 それとおんなじで、魔術もいきなり何の手がかりもなしに情報なんて作れない。杖に魔素を込めて、作りかけでもいいからそこにどんどん情報を与えていって、完璧な情報が導き出せたら行使用の魔素にそれを付与する……んだけど―――」

「……???」


 説明しながら、ミチは目の前で盛大に首を傾げ始めたルイナの顔を見て、頬を掻く。

 正直、魔術を知らない者には理解しづらい内容であることは承知している。それでも、良い言い方がないか思案しながら、ひとまずのまとめの言葉を発する。


「―――う~ん、ごめん。言ってて難しくなっちゃったけど、杖に込めておくのは使い捨て用の魔素で、求めている情報が完成したらそれを本番用の魔素にあてがう、っていうのが魔術行使の工程だと思っておいて―――この内容で、何となく分かる?」

「は、はい、何とか……」


 正しく理解できたかは謎ではあるが、ルイナは何とか頷く。

 細かい知識が抜け落ちるのを覚悟で、『杖に魔素を通してあらかじめ情報を作り出しておく、というのが魔術行使には必要らしい』という認識だけ、ひとまず脳裏に刻み付けておくのであった。


 そんなルイナの、苦り切ってはいるが何とか話についていこうという意思を感じる首肯に苦笑を浮かべながら、ミチは説明を続ける。


「ここで例えば、計算に慣れている人や頭の良い人だったら途中式をある程度省くことが出来る。

 それと筆との相性やその出来の良さね。ひとによって筆の好みがあるでしょうし、筆が不出来で滲みやすかったり詰まりやすかったりしたら計算に集中できなくなってしまう。

 他は―――そうね。インクを持ってる量が多かったら、それだけ多くの回数計算が出来るってところが魔術を算術に例えた時に共通する点かしら」

「……なるほど」


 ルイナは聞きながら頷く。


 暗算のくだりは、『詠唱短縮』の話であろうとあたりをつける。同一の魔術を何度も行使していると、どこの詠唱を省いても大丈夫かというのが次第に分かってくるという話を聞いたことがあった。


 筆の出来については……正直、よく分からなかった。魔術師界隈では良い杖のことを『魔素の通りが良い』というらしいのだが、杖をもって魔術を行使したことがないルイナでは、いまいちピンとくるものがなかったのである。


 そしてインクの量についてはその通りであろうと納得した。魔術さんじゅつを多く行使したら魔素インクが尽きる、当然のことであった。




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