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109.価値観<承ー後編>








「う~ん……」


 そして今、ギルドの掲示板の前で悩むルイナがいるのであった。


 ちなみに、彼女が眺めているのはDランク以下の依頼が集中して貼り出されている部分である。


 Dランクの依頼とは、Dランクの冒険者が6人で挑めば人的損耗なく達成できるとされている依頼のことである。

 冒険者ギルドでは1ランク上がる毎に下位ランクの冒険者2~3人分の強さがあると見做みなされる為、彼女のようなB級冒険者であれば1人でこなすことも可能と判断される。


 そもそも、彼女は戦いにおいて負けることを全く想定していない。敵がいれば勝手に身体が仕留めてくれる。しかも、未だその仔細は分かっていないがどうやら自分は『死にたい』と思わなければ死ぬことすらないらしいと、例の一件(ナトラサでのできごと)で知った。


 つまり、無敵である。どんな存在であろうと彼女の得物からは逃げられない。彼女に傷を負わせることが出来ない。そうした確信があるからこそ、彼女は1人でも依頼をこなせるのだ。むしろ今は守るべき対象ミチがいない分、常より背伸びして依頼を受けることだって出来るはずであった。


 ―――しかし、彼女は悩む。しかも、彼女からすれば簡単にこなせると思われるDランク相当の依頼を眺めてである。


 ちなみに、彼女が頭を悩ませている依頼の数々を一部抜粋してみると、


『難易度D:ホブゴブリン討伐―――討伐報酬1体につき銀貨13枚、無期限』

『難易度D:ワーウルフ討伐―――討伐報酬1体につき銀貨14枚、無期限』

『難易度D:マンドレイク討伐―――討伐報酬1体につき銀貨10枚、無期限(指定部位採集により追加報酬有り)』

『難易度D:乗合馬車の護衛―――炭鉱都市マンタールまでの護衛、1人につき金貨9枚(ほか詳細は受付まで)、出発日は10の月の第2週中』


 といった具合である。

 そしてこれらの依頼を受けるに障害があると彼女は悩み、唸って掲示板を眺めているのであった。


 彼女の考える障害とは―――例えばまず、護衛依頼。彼女にはミチを置いてこの町を離れるつもりはないし、出発日自体が来週の日付である。その頃にはミチの魔素も瞑想によって回復しており、この町に留まる理由もなくなっているだろう。故にこの依頼は選択肢より除外される。


 次に討伐依頼だが、これを受けるべきか否かでもルイナは頭を悩ませる。


 今まで彼女が殺してきた魔物の数、それはとても両手では数えきれないほどである。周囲にミチ以外のヒトがいないことを確かめた後、杖を手放して爪でほふる。そうして首を刈り、胸を貫いてきた魔物の数は多い。

 ……しかしそれらの行為を、彼女が密かに罪悪感を抱えながらこなしてきたことをここで語ろう。


 ヒトか、魔物か―――ルイナにとって、その両者は区別をつけられるものの、差をつけられない。魔物はヒトに牙を剥くが、ヒトも魔物へ刃を向ける。どっちが悪かと問われればどっちも悪い存在ではないと思うし、どちらを生かすかと問われればどちらにも同じだけ生きる価値があると思うと答えるのが今の彼女の倫理観であった。


 無論、彼女にも個別で優先度は存在する。常であれば最優先はミチの命である。隣に立つミチと見ず知らずの魔物。どちらかの命を選べと問われれば迷わずミチを選ぶ。それだけのことである。そうして彼女は隣に立つミチを守るために、目の前に立ちふさがる魔物を狩ってきたのだった。

 もしこれが、例えばリカが使役する黒狼と見知らぬヒトであれば、迷わず黒狼を助ける。彼女にとって身近であり、大切であるものを守りたいという単純な尺度である。


 しかし此度隣にミチはいない。相手を殺すという行為を、誰かのせいには出来ないのである。

 そうなると、普段は考えないで済んでいた罪悪感であったり良心の呵責であったり、そういったものに悩まされそうな未来がルイナには見えたのであった。


 そんなわけで、魔物討伐の依頼に気が乗らない。ルイナはそれらの依頼も視界の外へ追いやり、他の依頼がないか探すのであった。


 しかし、それらの依頼を除外した後、残ったものは何も無かった。Cランク以上も同様である、討伐依頼か長期にわたって拘束されてしまう依頼しかなかった。そしてお目当てとして見込んでいた鉱石や木材の採集などが多くあるはずのEランクの依頼が、何故かこの町では見当たらないのだ。おかしい、今まで見た町ではこんなことはなかったのに―――


 ―――こうしてルイナは頭を悩ませる。選択肢はない、やはり魔物討伐の依頼をするしかないのか……と半ば諦めかけていた時であった。


「……ん?」


 ふと、隣に立つもう1枚の掲示板が目に入る。そこにあるのはEランクにも満たない、ミチに言わせれば『どうでもいい依頼』しかない掲示板である。


「……!」


 悩んでいた彼女に、光明が見えた。これだ! Fランク以下の依頼!

 彼女は足をスライドさせ、掲示板一枚分横にずれる。そこに並んでいるのは人探し、猫探し、不倫の調査等といった『どうでもいい依頼』の数々である。


「―――これ、いいかも!」


 そして彼女は数々貼られた『どうでもいい依頼』の中から1枚、割のいい依頼を見つけたのである。


『難易度G:【緊急】ムラサキクマタケの採集―――1本につき大銅貨1枚と銅貨7枚(数により追加報酬有り)』


 これだ―――! 何故かは知らないが、緊急扱いになりにくい薬草採集に【緊急】の文字がついている。それにより王都では通常1房あたり銅貨8枚だった報酬が2倍以上にも吊り上がっている。これは得だ、やるしかない! ルイナは息巻き、先ほど話しかけてきた受付嬢へ話しかける。


「すみません! この依頼―――ムラサキクマタケの採集なんですけど、まだ緊急扱いですか?!」

「え? あ、ええっと―――ああ、これですね。はい、まだ緊急扱いですよ」


 ぐっ、とルイナは静かに拳を握る。薬草採集はライバルが多い。緊急扱いだからと多めに指定の薬草を取って帰ってきたら、需要が間に合ってしまって緊急扱いが外されていた、なんて話も聞いたことがある。薬草採集は先に動いた者が勝ちなのである。


「分かりました! あと、この辺りでムラサキクマタケが生える場所ってどこら辺になりますか?!」

「あ、はい。この近辺であれば()()、町の東にある森林地帯をお勧めしておりま―――」

「分かりました! ありがとうございます!」


 そうしてルイナは礼を言い、ギルドより飛び出していく。何度も言うが、薬草採集は先に動いた者が勝つのである。先に動いた者こそ、熟れた薬草を採集できるのである。後に動いた者は、先に取られた薬草の茎の根を恨めしく見るだけなのである。


 ―――こうして、ルイナはその場を去った。残されたギルド職員は嵐のように去っていった彼女の背を呆然と見送ってしまったのだが、はたと我に返り追いかけ、言った。


「ま、待って下さい! 今は、あの森へは―――」


 しかし、ギルドの扉より出た彼女が、ルイナの背を見つけることは出来なかったのである。

 『光陰如箭』―――既にルイナははるか地平の彼方、薬草おたから眠る森の前へと跳んでいたのであった。






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