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108.価値観<承ー前編>

 




 キルヒ王国の王都であるバザーと、クォーツ公国の首都であるカイゲン。その2つの都市を1本で繋ぐ道がある。前王時代に拓かれた交易街道である。


 かの2国は現状、中立以上の友好関係にある。クォーツ公国は現在、大陸制覇を掲げている北西の国ガザ帝国より侵攻を受けているのだが、キルヒ王国はその侵攻に正当性はないと表明し公国へ支援を送っている。

 ―――より内情を語ると、事なかれ主義の王国が戦火の飛び火を煙たがり、支援だけ送って帝国の矢面にクォーツ公国を立たせ、一方公国も王国の駒となり下がっている現状を歯痒く思いながら支援を受け取っているという図なのであるが、今はそれが本題ではない。


 表面上はまったくの友好関係にある両国を結ぶのは1つの関所。関所の横には背の高い塀が巡らされ、許可なく越境叶わない。国境を越える為には関所を通るか、塀の外側にある『大地の割れ目』を通るか、反対側の海を渡るか、もしくは大陸中央に位置する霊峰サドラ山を越えるしかない。


 ―――ちなみに、それらの選択肢において関所を通る以外の道が難所であることを述べておこう。


 海には水棲の魔物が住んでおり、生身で入ればたちどころに彼らの餌となってしまう。船を用意し、密入国の斡旋をする者達もいるが、彼らに身を預けるのも一種の賭けである。王国から公国に渡れば法が違う。詳細を語れば、そこは奴隷が認められる社会である。予定と違う場所で船から降ろされ、野盗に出迎えられてそのまま身売りされてしまう者もいるとか―――そんな噂が囁かれ、違法の船に頼って国を渡る者は少ない。


 一方霊峰サドラ山は険しい岩肌と年中吹き荒れる吹雪によって人間種の踏破を許さない。仮に装備を整え踏み入れたところで、縄張り意識の強い竜族が住まう地である。竜の息吹によって何人なんぴとたりとも灰燼と化すだろう。命が惜しい者であれば選ばぬが吉の道である。


 そんなわけで、多くの違法越境を望む者が最も安全と思われる『大地の割れ目』を目指す。そこはただの渓谷である。足を滑らせての滑落にさえ気を付ければ良い―――そう思い至って向かったヒトの多くが、その後姿を見せなくなるのは言うまでもあるまい。


 こうして、王国と公国の行き来をする者は関所へと一極集中する。そんな関所に最も近い王国側の町がここ、オーレイなのである。


 関所近くということもあり、多くの国軍が駐在している。治安も良く、ゴブリンやコボルトといったEランク程度の魔物であれば彼らが巡回ついでに討伐してくれる。簡単な素材であれば、巡回ついでに採集してきて市場へ流してくれる。


 よってこの町にある冒険者ギルドには初心者向け(Fランク)以下のお遣いか、中堅向け(Dランク)以上の依頼しか掲載されていない。そもそも冒険者登録が出来る王都より遠く離れていることも相まって、ギルドに出入りする者達は皆顔なじみのベテラン冒険者ばかりであった。


 そんな彼らも既に出払い、今は職員以外誰もいない昼下がり―――


「……あれ?」


 ギルドの受付嬢たる彼女は、見慣れぬ者の姿を見て首を傾げた。


 白い装束を身に纏い、銀の髪を腰まで下ろした少女―――ギルドへ依頼をしに来た客であろうか? 1人で依頼掲示板を眺めているのを見て、彼女は声をかけに歩み寄るのであった。















「あのー。何か御用でしょうか?」

「え?」


 冒険者ギルドを訪れ、依頼掲示板を眺めていたルイナは突然声を掛けられ振り返る。

 見ると、白いシャツにボタン付きの黒いベスト。冒険者ギルド職員のなりをした女性が近づいてくるところであった。


「え、いや、あの―――」


 問われ、ルイナはしどろもどろに応じる。何故、声をかけられたのだろう? 自分はただ掲示板を見ていただけなのに。

 今までミチと幾度もこうして掲示板を眺めていたことはあった。時には悩み、掲示板の前で長く話し込んでいたこともある。それでも今まで職員の方から声をかけられたことはなかった。


 それなのに、今日は声をかけられた。何かおかしなところでもあっただろうか? 彼女は視線を下ろし、寝惚けて寝間着のままだったりしていないだろうかと自身の着ている服を見下ろす―――そこにあるのは、いつもの旅装のワンピースであった。


 おかしなところは恐らくない。そう、ある程度の確信が取れたところでルイナは前に向き直る―――何故か、今度はギルド職員の彼女が呆然とした表情でルイナの顔周辺を見ているのであった。


「……えっと、私の顔に何か?」

「えっ!? あ、いえ、何でもありません! 失礼しました!」

「……? そうですか」


 と答えながらも納得いかぬルイナであった。何かあるから見ていたのだろうに。顔に埃でもついているのだろうか。ルイナはさり気なく手で顔をさっと拭い、なおも居心地悪く彼女を見返す。


「えっと―――それで私に何か用でしょうか?」

「あ、はい! ……あっ、いえ、違います! お客様、当ギルドへは依頼にいらっしゃったのでしょうか?」

「???」


 ルイナの頭に疑問符が浮かぶ。お客様? 依頼に来た? どういうことだろう―――と、考えていたところではたと思い立つ。

 先ほどから感じていた違和感。恐らく目の前の職員が自分のことを冒険者ではなく、依頼に来た客だと勘違いしているのだということを悟ったのであった。


「ああ、えっと、違います。私、冒険者です」


 そう言って彼女は、職員から見て影になっていた方の手に持つ杖を見せる。大体のヒトはそれを見て気づいてくれる。先端に魔石のついた魔道具―――それを持っているということは単なる民間人ではない、冒険者であると。


「あっ!? し、失礼しました! わたし、てっきり―――失礼いたしました!」


 ルイナの弁明によってようやく事実に気づいた職員はその場で低頭、謝罪するのであった。


「いえ、そんなに気にしてませんから」

「は、はあ。申し訳ございません、ありがとうございます」


 そうしてようやく騒動落ち着き、ルイナはギルド職員より目をそらして再び掲示板を眺め始める。


 ―――今こうして、彼女が1人でギルドにやって来たのには理由がある。

 常なら隣に立つミチ。彼女がルイナを部屋から追い出したからである。


 ―――詳しく事情を話さねばなるまい。事の発端としては魔素譲渡の儀式を執り行った、昨夜のことである。









「髪が戻った!」


 爆発的な光量に目が焼かれ、苦しみ抜いた後のこと。視覚をようやく取り戻したミチは自身の毛の色が常の赤茶色に戻っていることに気づいたのである。


 魔素譲渡の儀式は成功したのであった。魔素枯渇の状態より脱した彼女は反転していた特徴が元に戻り、ヒト族らしい姿に戻ったのであった。しかし―――


「頭が痛い……」


 なおも彼女の不調は続いていた。魔素枯渇は脱した、しかし容態としては依然、魔素欠乏の状態であったのだった。


 ―――これに至った推測はミチが立てた。媒介として使った自身の毛は金色のエルフ族のものであった。それが魔素欠乏にまで魔素が回復した折に特徴が反転し、自身はヒト族へと変わった。媒介と自身の特徴が乖離かいりしてしまった結果繋がりが切れてしまい、魔素は行き場を失って四散した。そういうことであろうと。


 なるほど、とルイナもその推論に納得したのである。であれば、再度魔素譲渡の儀式を行えばもう少し魔素を回復できるかもしれないと打診してみたのだが、ミチから猛反対を受け却下されてしまった。曰く、


「酔った……うぇぇ……」


 他人の、もしくは他種族の魔素を受け取ったのは初めてであったが、どうやら身体に合わなかったらしい。酒に深く酔った後の二日酔い、その時のミチを襲ったのはそんな気持ち悪さだったらしい。

 故に、これ以上魔素を送ることは止め、あとは瞑想で地道に魔素を回復していくこととなったのであった。


 ―――それが昨夜の話。


 そうして夜が明け、今朝の話。ルイナはミチに部屋を追い出されたのであった。


「たまにはあんた1人で依頼を受けてみなさい! それで、報酬で何でもいいから買ってくること、分かった!? あたしは瞑想でもしてるから!」


 どういう経緯でそのめいに至ったのか分からなかったが、ルイナが反射的に『分かりました!』と答えると、次の瞬間には背を押され廊下に追い出されていた。


 ……閉まる扉を背中越しに見て、ルイナは前夜から気にかかっていたことを思い出す―――金貨28枚の宿代。それをまるまる稼ぐのは難しいかもしれないが、依頼を受ければ少しでも費用の足しに出来るのではないだろうか。


「―――よし」


 そうしてルイナは街へ出て冒険者ギルドへ向かったのである―――ミチの注文の後半部分、それをすっかり忘れながら。








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