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104.旅立ちの夜(後編)

 





 ―――夜の荒野。語り合う2人の姿がある。

 彼らの髪は銀色に靡く。白銀に光る月明りが彼らをますます輝かし、暗闇の世界は銀に切り取られる。


 少女は語る。自分が街を出た後、どのように旅をし、どのように友と出会い、どうして街へ戻って来たのか。

 そして街での出来事―――それを語って聞かせ、自分は自分を取り戻し、生きることに希望を見出したのだと語ったのだった。


 一方、少年も語る。少女がいなくなってより感じた寂しさ、悔しさ。街の外で生きていることを聞かされ、無事を祈り続けた毎日。

 そして街に堕ちた倦怠と不安感、それと終末感。それに抗う為に狩猟隊を組んでからの、修行を繰り返しながらの遠征の日々を語ったのだった。


 ―――今後、彼らの道が交わることはない。それは少女が先に語った話で少年も知っているし、もちろん少女もそれを自覚して語っていた。

 彼女はヒトの世界、彼は吸血鬼の世界。それぞれ別の世界で生きていくことを決めたのだ。今は一時、それが奇跡的に重なっているだけ。


 彼らは常のように、他愛もない話を語り合う。それぞれが、これが終いであることを偽るように。これが別れであることを隠すように。


 しかし時は過ぎていく。別れの時は近づいてくる。

 ―――少女は最後まで、父と交わした約束を少年に告げずにいるのであった。


 3年に一度の戻り月、その満月の夜にこの荒野にて再会する約束を交わしていた。もしそれを伝えてしまえば、優しい彼はその時に自分に会いに来てくれるだろう。


 だから、言わない。これからを街の内で生きる彼を縛る真似はしたくなかった。彼には自分を忘れてもらって、彼らしく生きて欲しいと思った。


 だから―――


「今までありがとう、カネル―――それと、さようなら」


 終わりの言葉は、感謝と別れ。

 それに対して少年も同じ言葉を少女に囁き、夜空を見上げるのであった。


 今宵は満月。影は寄り添い―――決して重ならず。離れて時は過ぎたのであった。















「―――それではそろそろ、わたくし達も参りましょう」

「うんー!」


 片や、林地に残っていた4人と1匹。それらも別れの時を迎えたのであった。


 ルイナとカネルという少年―――どうやら2人は仲が良かったらしい。2人で少し話がしたいと彼の方より声がかかり、それにルイナが応じる形で彼らはこの場を去った。

 それを見送ったミチはその場に残った3人の吸血鬼、それと1匹の黒狼をぼんやりと眺めながら時を過ごしていたのだった。


「―――そう」


 立ち上がったカリーナとリカを視界の端に映しながら、彼女は冷淡に応える。関心の色を漏らさず、頭にかぶった三角帽子を目深に被りなおして目線を下げる。


 今この場で混じり合っているのが奇跡の彼女達である。ヒトと吸血鬼、それは同じ場に立てば殺し合うことが宿命の種族である。故に、間に立つルイナがいなければ彼女達の関係性は成り立たない。

 ミチはそれ以上言葉を語るつもりがないことを態度で示し、この場に1人残される時を待つ―――と、


「ミチ様」


 ―――声をかけられた。

 ミチは姿勢を変えず、三角帽子のつばの端から覗ける給仕服の裾を見ながら、耳だけを傾ける。


「お嬢様を御救い頂き、ありがとうございました」


 その言葉と共に衣擦れの音が聞こえてくる。視界に映る足元に変化はない。


「そして、どうかお嬢様のことをお願い致します」


 今度は衣擦れの音は聞こえてこない。いつまで経っても―――諦め、ミチは答える。


「……分かってるわよ、別にあんたにお願いされなくたって、あたしはルイナと一緒にいるつもりよ」

「―――ありがとうございます」


 ミチが帽子の鍔を持ち上げ応えると、ようやく相手も辞儀に下ろした頭を戻す。もし彼女が答えなければ、ずっと同じ姿勢でいるつもりだったのだろうか? 末恐ろしい想像に、彼女は苦笑を浮かべながらも再び鍔を下げる。


「―――行きなさい。あたし達は敵同士。もう話すことはないわ」


 そして冷酷に突き放す。それに対し、カリーナも見えないと知りながらも頷いて答える。


 彼女達の種族はヒトと吸血鬼。決して相容れぬ種族である。


 此度の出会いは彼女達に何をもたらしたか? ―――それは心の認識、心の触れ合いである。


 忌むべき敵である吸血鬼にも心があり、生活があり、愛がある。それを知ってしまったミチは今後、吸血鬼を殺すことへの躊躇が生まれる。決意が鈍る。

 それは自身や周囲の命をおびやかすものになりかねない。だからこそこれ以上、情を移すことは避ける。目の前で助けられる者がヒトか吸血鬼であった時、ヒトを助けて後悔したくない。彼女は吸血鬼の情報を捨てるとともに、吸血鬼への情も捨てるのである。


 そして忌むべき敵であるヒトにも心があり、優しさがあり、愛がある。それを知ってしまったカリーナは今後、街で飼われている家畜ヒトを正視出来ない。

 それは本来、知っているべきものである。彼ら吸血鬼は前世において、その多くがヒトであったのだから。しかし血に酔い、いつしか忘れてしまうのだ。ヒトは家畜、血を出すだけの家畜。ヒトを個として見ず、飲みやすいか渋みが強いか程度でしか見分けない。ヒトとは物であり、分け方は外見ステータスのみであり、内面など誰も見ようとしない。


 歪だ―――吸血鬼の在り方の違和感に、政で上に立つ者以外で初めて気づいた者といっても良い。民が知らず知らずのうちに『常識』と刷り込まれたものが、実はとても歪んだものであるとカリーナは気づいたのだ。


 ―――否、気づいてしまったのだ。このままでは彼女は今後、血を飲む度にミチの顔を思い出してしまうだろう。血を出した者の顔を思い浮かべてしまうだろう。そしてその者が歩んできた道程、失った心を思い、酔えなくなる。ヒトへ思いを寄せることに、何ら彼女に利は無いのだ。


「かしこまりました、ミチ様―――私達は、敵同士でございます」


 故に彼女もヒトへの情を捨てる。


 同じ言葉を語れるのに。

 同じ心を持ち合わせているのに。

 同じ者を愛せるのに。


 2人はそこに見えた『共通』を捨て、背を向け合うのであった。身体ではなく、心同士で。

 此度、触れ合った心の隅を削り取り、無かったことにする為に。


「失礼致します、ミチ様―――さようなら」


 そうして彼女は去っていく。地を踏みしめ歩く音がミチの耳に届く。


「あ、カリーナー。待ってよー」


 それを追うように間延びした声が聞こえてくる。その声の主もカリーナに続き、林の向こうへと駆けて行く。黒い狼も横に付き従い去っていく。


「………」


 そして―――最後。今までずっと語らず、ミチの様子を見てきてばかりであった彼がその場に残った。


 ミチは何も語らない―――当然である。彼が自分の何を気にしているのか、聞かなくても分かる。

 彼は魔術師である。それも中級魔術を複数同時に行使できる凄腕である―――2本の杖を使って複数の魔術を同時に行使する方法など聞いたことがない。恐らく、独学でその境地に至ったのだとミチは悟る。


 しかし、自分はそれよりも規格外おかしな魔術を使ってしまった―――無詠唱、無呪文の魔術。魔術の道を歩む者であれば、疑問に思わないわけがない。彼女はたる質問に対し、沈黙を貫く心構えをする。


「……すまなかった」

「―――え」


 しかし、聞こえてきた言葉に戸惑いの声を上げてしまう。

 彼女が思わず鍔を上げ、見上げた時には既に彼は背を向け歩き出していた。


 ―――謝られた? 彼女にとってそれは予想外であった。

 まあ、確かに彼のせいで自分は魔素欠乏に追いやられ、危機的状況に陥ったのだが―――何となく、交わした少ないやり取りの中で、彼がこういった時謝る人種タイプではないと勝手に思い込んでいた。


 ―――しかし、思い返せばずっとこちらを見ていたのも、彼らしからず謝ろうと時期を見計らっていたと考えれば、納得できる。そして、その謝罪の意も込めて魔術について聞かずに去ろうとしているのかもしれないとミチは考えた。


 なるほど。意図せず自分は窮地を脱せたのだ。彼女は安堵に肩で息を吐き、その背を見送ったのであった。



















「―――さて、と。準備良し」


 荒野へ去り行く吸血鬼達を見送り、明けて翌朝。

 ルイナとミチの2人は旅の供テトに跨り、別れの地を発とうとしていた。


 彼女達が目指す先は隣国クォーツ公国、ひとまずそこへ渡る為の関所である。『大地の割れ目』を大きく迂回し、ヒトの足で30日ほどかかるところにある。

 馬の足では10日ほどの行程となる―――しかし、途中の町でミチの魔素が回復するまで休まねばならない。療養の期間も含めて約一か月後に国を渡れるといったところであろう。


「行くわよ、ルイナ」

「はい、ミチさん!」


 そうして同じくらに跨り、2人は行く。地を駆け、林を抜け、荒野を往く。


 ―――此度、この地に来た時と違うものが3つある。


 ミチの容貌。

 ルイナの表情。

 そして―――アリスの右手薬指に嵌められた魔道具『結びの指輪』。


 彼女にとっての宝物が増え、昇る陽のように晴れやかに、天と地を望んで彼女は笑う。

 契りを交わした友との旅―――きっと、楽しいものになるに違いない。心の拠り所を見つけた彼女は前を向き、見果てぬ旅路の行く末を、期待の眼差しで見晴らすのであった。






 ―――しかし、彼女は未だ知らない。


 『吸血鬼アリス』と『白銀のルイナ』。


 それぞれの名の下に、様々な思惑が渦巻いていることを。


 ―――それらの思惑を彼女が知るのは、まだほんの少し先のことである。








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