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103.旅立ちの夜(中編)

 






「―――さて、ルイナ。話があるわ」

「え、は、はいっ! なんでしょう?」


 無事に望んだ洗脳をかけられ、ミチはカリーナのもとを離れてルイナの前へと歩み寄る。

 声を掛けられたルイナは立ち上がり、振られた話が何であるのか待つ。


「…………」


 そうしてミチは―――何故か黙る。


 この場において、彼女が伝えたかった事柄は1つであったが……それを語るに至るまでの道が分からない。珍しくも、戸惑っているのであった。


 しかし話さずのままでいるのも気持ちが悪い。故に彼女はひとまず、確認もかねて当たり障りのないところから話し始めたのだった。


「ルイナ。あんた、無事に親とは話出来たの?」

「え? あ、はい。話してこれました!」

「そう―――多分だけど、うまく折り合いをつけれたってことでいいのよね? 見送った時よりもだいぶマシな顔になってるし」

「あ、はい! そうなんです。私、父様とたくさんお話出来たんです―――父様から、生きていてもいいって。私は私のままでいいって、許してもらえたんです」


 語るルイナに対し、『そう』とミチは言葉短く答える。


 言葉の詳細は分からないが、意味ニュアンスだけは理解する。

 彼女は父に認められたのだ。

 彼女は世界に認められたのだ。

 彼女はありのままの自分を他者に受け入れられたのだ。


 ―――羨ましいな……


「………」


 ……頭を振る。今、自身が感じていいのは喜びだけである。

 故郷せかいに疎まれ、親に捨てられ、嘆いていた彼女が救われたことは、本当に良いことである。


 だからあたしは―――喜ぶべきだ。


「良かったじゃない、ルイナ。お父さんと和解できて」

「はい、ありがとうございます、ミチさん!」

「―――でも、良かったの? こんなに早く戻ってきて。もっとゆっくりしてきても良かったのに」

「いえ、大丈夫です―――私がいたら、あの街は壊れてしまいますから。だから、さっさと出てきちゃいました」

「―――そう」

「あ、いや、そんな顔しないでください! 私、本当にもう大丈夫なんです。私は故郷に捨てられたんじゃないんです、旅立つんです! もう戻ってこられないかもしれませんけど―――それでも、ここを故郷と思っていいって言ってくれたから。だから私はもう、大丈夫ですよ!」


 必死に言いつくろうルイナに対し、ミチは再び『そう』と答える。

 大丈夫という言葉を繰り返し使うルイナ。その真意は分からない。本当に大丈夫だから使っているのか、自分を納得させる為に使っているのかは分からない。


 だが彼女は此度の件で、立つことを覚えたのだ。

 誰かの支え無しでは生きていけないような儚さを克服したのだ。

 自分がずっと支えていた弱者ルイナは、もういないのだ。


 ―――なんか、つまらな―――


「……っ!!!」


 ―――ゴツッ!!


「え、ちょ、ミチさん?!」


 目の前の杖の先端に、頭を思いきり打ち付ける。突然の奇行に、ルイナが驚く。


「―――くぅっ、つぅーっ!!」


 痛みが頭の中を駆け巡る。押さえ込み、ミチは小さく悲鳴を上げた。


 ―――元々頭痛が蔓延っていた頭である。少しくらい痛みを上乗せした方が思考がクリアになるに違いない。そう言い聞かせ、痛みと余計な思考を捻じ伏せる。


「くぅっ……だ、大丈夫よ、ルイナ―――ちょっと、ふらついて頭をぶつけただけだから」

「え、ふらつ……いや、どう見ても自分から―――」

「ふらついたのよ」

「え、は、はぁ……?」


 強情に言い張るミチに対し、ルイナは不審そうに首を傾げる。


 ―――本題に入る前に余計な気力と体力を使ってしまった。ミチはズキズキ痛む頭を振り、改めてルイナの目を見つめなおす。


「…………」


 そして再び、黙ってしまう。

 口を開けては閉じての繰り返し、『それ』を切り出すのにどう語ればいいか思い悩む。どう切り出せば、『それ』を否定されないだろうか―――いや、どう切り出そうとも否定されることはないだろう。ない、はず。ない……よね?


 ―――不安である。いや、不安がるのもおかしな話であることは重々に承知している。

 しかし、『それ』は彼女にとって良い思い出のある言葉ではない。『それ』とはつまり、裏切りや別れと表裏の関係である。その言葉を使った分、今まで彼女は傷を増やしてきた。


 ―――だが、ルイナとはきっと、ずっと『それ』でいられるだろうと思う。そしてきっと、断られない。

 つまり、語るに臆しているのは時間の無駄であることも承知している。何をしているんだ、さっさと語れと背を押す何かがあるのも知っている。


 だけど、なぁ……相反する気持ちが彼女は無言にさせる。しかし、いい加減に不審がり始めたルイナが左右に首を傾げ続けて3往復目を越えようという時―――


「……よし」


 ようやくミチは意を決し、語り始めるのであった。









「―――ルイナ。これであんたとあたしを繋ぐものは何もなくなったわ」

「え……」


 語り始めると、ルイナより戸惑いの声が漏れてくる。

 ミチは未だ纏まり切らぬ思考を伝えきるため、彼女より視線を逸らす。纏まらぬ思考のままで話すことは、苦手であった。


 だが、話す。彼女は口をとにかく動かし、『それ』を伝える為の土台いいわけかたり始めるのであった。


「ルイナ。あんたとあたしを繋いでいたもの―――『必要性』はもう無くなったの。

 あんたは弱さを克服した。弱さを克服して、あんたは支え無しでも立てるようになった―――だから、もうあたしの支えは必要ないでしょ?」


 思い出す。王都バザーの路地裏で語り合った夜、最強を騙りながら涙を流していた彼女のことを。

 ―――彼女は痛ましいほどに、弱者であった、だから自分は手を差し伸べた。自分にとって唯一、誰かを救うことこそが、この世に生きた証を残せる行為である。その行動原理は、今なお変わらない。


 ……だが、彼女の弱さは解消されたのだ。彼女は此度、自力で立てる足を身に着けたのである。

 今のルイナにとって、自分は不要な存在となったのだ。


「……それに、あんたの秘密を知ってしまったあたしだけど、洗脳でそれも捨てたわ。

 つまり、あんたがあたしに縛られる『必要性』も無くなった。無理して一緒にいる必要は無くなったのよ」


 彼女と自分を結ぶ『必要性』の糸。その中で最も固く結ばれていたのは『吸血鬼の情報を自分が知っている』ことであった。

 それを知ってしまった自分は、ルイナに対して一方的且つ致命的な弱みを握っていた。その弱みを握っている自分は、ルイナにとって離れがたい存在となってしまっていた。


 いつか、別れたい時が来たら―――それがたとえ仲違いした時であっても、親を見つけて旅を終えたい時であっても、彼女は自分より離れることが出来なかったのだ。


 ―――しかしその糸もほぐして消した。洗脳によって自分の口を封じさせ、握ってしまった弱みも何ら意味を為さなくした。


 そうして彼女と自分を繋ぐ『必要性』、それら全てをこの地で切って捨てたのだ。


「………」


 ミチは静かに息を吸う―――ようやくだ。ようやく、本題に入ることが出来る。彼女の目線は変わらず泳ぎ、地を睨む。目の前のルイナを見上げることを忘れ、語り続ける。


「―――いい、ルイナ? あたしはここであんたの故郷の情報も、あんたの正体の情報も、全部捨てた。だからあんたも、あたしに縋らなくちゃとか支えてもらわなくちゃとか、そういった弱音は捨てなさい。たまにはいいけど……って違う。そうじゃなくて―――」


 ついつい漏らしてしまった本心に、ミチは頭を振りながら先を語る。


「―――だからね、ルイナ。今後一切、あんたがあたしに負い目を感じることを禁じるわ。

 殴りたくなったら殴ってきなさい。

 怒鳴りたくなったら怒鳴りなさい。

 別れたくなったら別れなさい。

 あたし達は、対等よ。あたし達を結ぶものから『必要性いらないもの』を切り捨てたんだから。負い目とか弱みとか、そんな関係を歪にさせてしまうものは全部捨てて、その代わりこれからは―――」


 ミチはそこで、一度大きく息を吸う。吸いながら、手に入る力は自然と強まる。気恥ずかしさと過去の後悔に、視線がブレる。

 ―――しかし間は一瞬。彼女は意を決し、先を紡ぐのであった。


「これからはあたしと―――ただの『友達』でいましょ」


 そしてとうとう、口にしたその言葉。ミチはほんの少しの恥ずかしさと恐ろしさに目線を逸らしていたが―――やがて恐る恐る前を見て、


「―――って、はぁっ?!」


 驚愕に叫んだ。


「うっ、ぐっ、うぇ、……っ、み、ぃっ、ミヂ、ざぁん……!」


 何故かそこに、泣いているルイナがいた。

 語るのに必死であったミチはしかし、何故、いつからこうなっているのか分からない。


「ちょ、え、なにっ、どうして泣いてんのよ!?」

「だ、だっでぇ、ミヂざんがぁ、どちゅうまで、わがれだいっでおぼっでいるのがどおぼってぇ……」

「えぇ、何?! 何言ってるのか全然分かんないんだけど!?」

「うぇぇ、ミヂざぁ~ん…!」

「ちょ、ほんと、何!? 何なのっ!? うわ、なんかつく! 服につくから、こら、ルイナぁー!!!」

「あ、あびがどう、っ、ござびばず~…! ど、どぼだぢ~……!!!」

「何なのよ!! あー、もぉー!! って、頭痛い~……!」


 叫ぶミチの奇声が木霊する。

 すれ違うことの多い彼女達である。しかし面と向き合い話し合った今回のそれは、無事に意味を理解し合うに至ったのである。







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