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101.異端<ディート>

 





 ――――――――――――――――――――――――


異端ディート


【語源】

 ヒトではない


【意味】

 ヒト族と異なる種族との間に産まれた子を指す


【禁則事項】

 異端に対しては以下のことをしてはならない

 ・教育

 ・売買

 ・仕事の斡旋

 ・食の提供

 ・積極的な会話

 ・その他、関係性を築くあらゆる社会的行為


【罰則】

 禁則事項を破った者は、同様に『異端』と認定する


【出典】

 ラサ教 聖書「ラーの福音」

 第2章 第2節:異端 より


 ――――――――――――――――――――――――











「―――つまり『異端ディート』ってのはね、生きることを許されない者のことなのよ」


 そう、ルイナへ『異端』の意味を語ってみせたミチの声は軽い。


「………」


 それに対して、聞かされた者の表情は重い。


 私と、同じだ……異端ディパイア異端ディート。響きは違うが、意味は同じであることを悟ったのだ。


 それは仲間と認められない。

 それを仲間と認めることは許されない。


 広い世界に一人きり。生涯の孤独を強制される、ふざけた制度。


 ―――ルイナの手が、自然とミチの方へと向かう。


「……私は、何があってもミチさんの傍にいます」


 それは彼女が過去、求めていた言葉。

 それを今、彼女は相手に伝えるのであった。


「……ありがとう、ルイナ」


 手を握られ、一瞬呆気にとられたように驚いた表情を浮かべるミチ。

 しかし、その後照れくさそうにはにかんだ。


「―――とはいえ、ごめん。あたしは『異端』扱いされていないの。だから、そんなに心配してくれなくても大丈夫よ」

「え、えぇっ? そうなんですか?」


 ミチが笑いながらに語ったその言葉を理解できず、ルイナは目を白黒させる。

 『異端』扱いされていない『異端』とは、いったいどういうことなのか―――その疑問に対しての答えを、ミチは語る。


「あたしはね、運が良かったのよ。普段の外見的特徴がほとんどヒト族の父さん譲りだったから、『異端』だってばれない」


 成長が遅いのだけはエルフ族の母さん譲りだけどね、とミチは苦笑交じりに付け加える。


「見た目じゃ『異端』とばれないあたしを親や周りのひと達が守ってくれてね。あたしは国じゃヒト族って扱いになってるわ―――もちろん、エルフの母さんをそのまま実母とするのはダメだったから養子扱いになってるけど」


 そうして、ミチは性質的には『異端』であるがその認定を受けずに済む存在であるということを語ったのだった。

 しかし、『逆に―――』と彼女は表情を曇らせ、それを語る。


「……髪や瞳の色が混じっちゃったり、耳の形が左右で違ったり、1つ余計に目がついていたり。そういう明らかに『異端』だって分かる風貌で生まれてくる子の方が多いらしいんだけど―――そういう子達って大概、生まれてすぐに死んじゃうのよ」

「死んじゃうって―――どうしてですか?」

「親に殺されるからよ」


 聞かされたその現実に、ルイナは絶句する。


「……いい、ルイナ? 『異端』と分かるような風貌のひとが生きていけるような世の中じゃないのよ。誰とも話せない、何も与えられない、近づくことさえ許されない。そういう社会にされているからこそ、ヒト族は間違っても異種族との間に子を作ろうとしない―――あ、逆か。異種族と子供を作っちゃダメだからそういう社会になっている」

「……それなら―――っ」


 それならどうして、ミチさんの両親は『異端』になると分かっていたのにミチさんを産んだんですか? ―――その疑問は、口をついて出る前に飲み込んだ。

 ……言ってはいけない。そんなこと、絶対に聞いてはいけない。そんな残酷な言葉―――誰かを傷つける凶器でしかない。


 ルイナはぐっと口をつぐみ、戒める。自分がすべきことは傷つけることではなく、傍にいることであると―――彼女は半身動かし、ミチへと寄り添う。手に込める力も、俄かに強める。

 私はあなたを求めていますと、気持ちを強く抱きしめ、相手にそれが伝わるようにと願いを込めながら。

 自分に出来ることは、今、それくらいしかないのだと唇を浅く噛み締めながら、彼女はミチの手を強く握りしめるのであった。










「……そうか。『異端ディート』だから髪の色が変わったのか」


 ―――と、その時今まで黙って話を聞いていたカネルが、はっと気づいたように顔を上げ、口を開く。

 そして彼が語った言葉を聞き、ミチは器用にも片目だけを驚きに見開いてみせた。


「―――驚いた。あんた、詳しいのね」

「詳しい、のかな? そんな自覚はないんだけど」

「いや、少なくともあたしの周りじゃその特徴を知ってるヒトなんていなかったわ。あたしだって自分で体験するまで知らなかったし、本にも載ってなかったし」

「―――そう、なんだ……」


 カネルはそう言ったきり、その特徴を知っていた自分の思考に問い返す。

 認知度が低い話だという―――では、何故自分は知っているのか? 


 ……いや、違う。自分はつい先ほどまで、確かにそれを()()()()()()。『異端ディート』という単語が聞こえた途端に()()()()()()()()()()()()のだ。


 何故、自分はその知識を持っていた? ……もしかすると、前世の自分は『異端ディート』と呼ばれる者と縁があり、その知識が今になって蘇ったのだろうか? もしくは自分自身が『異端』であった?

 ……その問いに、返ってくる答えはない。欠損した前世の記憶の尻尾を掴んだ気がしたのだが―――残念ながら尻尾の先は切れてしまっているようであった。


 彼は息を軽く吐き出し、意識を思考の海より現実に戻すのであった。そしてそれ以上尋ねることも語ることもないと首を振り、ミチからの疑念の視線を振りほどくのであった。


「……えっと?」


 一方ルイナは2人を見比べ要領を得ない表情を浮かべていた。2人が何やら意味ありげに、そして彼らだけで納得して話を進めてしまったので理解が追い付いていないのだった。

 ―――事情の知らない者もいたとミチは改めて向き直り、カネルと言外に話していたそれを語る。


「『異端』はね、魔素がなくなると全ての特徴がひっくり返るのよ。ヒトのものだった部分はエルフのものに。エルフのものだった部分はヒトのものに。だから、髪や瞳も今はエルフ族である母さんの特徴が表に出てきちゃってるわけ」


 なるほど……と、ルイナは呟く。その現象の道理は理解できぬが、エルフといえば金色の髪をしていると聞いたことはある。今のミチの髪の色がまさしくそれであるから、現象の効果については納得が出来たのであった。


「まあ、外見以外にも色々と変わっちゃってるわ。今のあたし、中身は魔術適性が低いヒト族で、身体は虚弱なエルフ族のものになってるから良いとこなしよ。10歳の子供相手に本気で喧嘩しても負けるでしょうね」

「そんな―――え、というかそれって……治るんですか?」


 そうして聞かされた内容から考えるに、今の彼女が旅を続けるのは危険であると思われた。魔物や獣が現れた時、ルイナ1人で対処しきれれば良いが万一の時ミチに自衛の手段がないのは恐ろしい。

 もし治らなければ―――どうしたらいい。ミチをこのような目に遭わせてしまった自責の念がルイナの胸を締め付ける。


 それに対し、ミチはあっけらかんと答えるのであった。


「大丈夫よ。ある程度魔素が回復したら治るから」

「ほ、本当ですか!?」

「本当よ―――ただ、まあ2週間くらいかかると思うけどね。今のあたし、瞑想で魔素も回復できないし食事による魔素吸収も適性最低のヒト族のものだから」

「そう、なんですね……」


 治るのなら良かったですと、ルイナは呟く。


 ―――そして、話はそれきり、しまいになってしまうのであった。ミチはそれ以上語ろうとしなかったし、周囲もそれ以上に尋ねることをしなかった。


 何故、人間種の中で『異端ディート』は忌み嫌われているのか? それの説明は、最後まで無かったのである。


 ……恐らく、自分以外は答えを知っているのだろう。ルイナは目を配り、周囲の者が疑問の表情を浮かべていないことからそれを察する。


 ―――きっと、それを知らなければ、本当の意味でミチが抱えている痛みを理解することは出来ないだろう。

 痛みを理解していなければ、慰めの手や同情の顔も、傷の表面を撫でるだけにとどまって癒すことなんて出来やしない。


「………」


 ―――それでも彼女は、訳を問わない。大事なのは痛みを癒すことではない。近くにずっと居続けること。近くでずっと手を繋いでいること。


 それさえあれば、きっと痛みは忘れられる。前を向いていられる。生きていた方がいいんだって、胸を張って生きていられる。


 だから彼女は、その小さい手を握り続けた。


「……ありがと」


 小さく呟かれたその言葉に、彼女は微笑んで答えるのであった。







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