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100.そして今に至る

 





「―――なるほど」


 カネルはミチと名乗った少女の説明を聞き終え、最終的に納得の声を上げる。


 彼女が語った『ルイナ』という少女の話。血を吸えない、陽光を浴びても砂にならないという話は確かにアリスと共通するものがある。しかし、それだけであればただ銀色の髪を持つヒト族である可能性がある。その情報だけで彼は『ルイナ=アリス』とは認られめない。


 彼が認めた理由は、2つ。まず、話の中に出てきたカリーナの存在である。


 『召使いのカリーナ』、これはアリスに仕える従者の名であり、彼の知る情報と一致する。目の前の少女が尋問途中に手にした『アリス=お姫様』という情報から召使いがいるだろうという情報を推測出来たとしても、カリーナという名前を偶然言い当てることは難しい。

 それに最近、街の中でカリーナの姿を見かけない。アリスを探しに街の外へ旅立っていたと言われれば納得できる。


 そしてもう1つ。これはもう、彼女の言を事実であると認めざるを得ない要素であった。


「ナトラサの街に戻った、ね……」


 彼女は言ったのだ。吸血鬼しか知り得ない『ナトラサ』という街の名前を。

 これはもうアリスか、もしくはカリーナか。どちらかが彼女へ街の話をしたことを裏付ける証拠である。


 つまり、彼女の話は全て真。彼女が語って聞かせた者―――『背が高い』や『髪が長い』は違和感があったが、ルイナという者がアリスであることは間違いないと彼は結論付けたのであった。


「―――どう、納得してくれた? そういうわけだからこの拘束さっさと解いてくれない? 頭痛いし気持ち悪いし、同じ体勢でいるのがつらいのよ」


 そうして説明を終えたミチは足首と、後ろ手に縛られた拘束を目で示す。


 かれこれ目を覚まして一時間は経つ。ずっと同じ姿勢でいるのも疲れるし、洞穴の地面に座ってばかりで腰が冷えてくる。せめて何かを腰の下に敷きたいものだと思っているのであった。


 しかし、カネルは無言で彼女を見下ろす。

 彼女がアリスと仲間であることは間違いないが―――未だ晴れぬ疑いがある。


 否、晴れないどころか余計に増す疑念。

 納得できない、理解できない、信じられない。彼の疑心は晴らされぬまま、やがてその口をついて出る。


「―――1つ、聞きたいことがある」

「……何よ」


 頼んでも、拘束は解かれない。未だに自由にさせてくれぬ彼を恨めし気に睨み上げながら、ミチは聞き返す。


「君は―――どうしてそこまでアリスの為に動ける?」

「……どういうこと?」


 問われた内容に首を傾げ、彼を見上げる。問いの内容は広く、答えにくい。


「―――言葉を変えよう。どうして君は、アリスにそうも都合よくいられる?

 何故彼女が吸血鬼だと知りながら共にいられる?

 何故ヒトに追われている吸血鬼を助ける?

 何故吸血鬼の隠れ里の場所を知りながらそれを誰にも語ろうとしない?

 君の行動は全てアリスにとって都合が良すぎて―――ヒトの道に反し過ぎている」

「……なるほど」


 アリス(ルイナ)にとって都合の良い存在、そう言われ彼女は微かに笑う。少し前にも、誰かに似たようなことを言われた気がする。


「さっき言ったでしょう? カリーナとの約束―――あたしはルイナにとっての『それ』でいたいだけなのよ」

「その道理が分からない。吸血鬼だぞ? 君はヒトだ。アリスは血を飲めないから君に害を為さないかもしれない。でも、僕たち普通の吸血鬼は違う。君たちを襲い、街へ連れ帰り、永久に閉じ込め血を啜る。そんな忌敵を見逃していいはずが―――」


 ミチの答えに、カネルはますます息巻き問い詰める。


 彼らは決して交われぬ敵同士であり、彼女は吸血鬼にとって急所たる『隠れ里の場所』という情報を知った。それを世に広めることは、全てのヒトにとっての救世と成り得るのだ。目指すべき善行であり―――それを行なわないことはヒトにとっての非道である。

 なのに、彼女は非道を行くというのだ。吸血鬼の肩を持ち、他人にそれを教えず、あまつさえその情報を捨てるというのだ。納得できるはずがない―――少なくとも、カネルは納得できなかった。


「あー、待った待った。それ以上は聞かないわ―――あ、そこのあんた、この手の拘束取ってくれる?」


 しかし、ミチはまくし立ててくるカネルの言葉を遮り、近くにいたリカへ背を向け後ろに縛られた手を差し出す。他人を疑うことをしなさそうな、人畜無害さを感じる丸い瞳を見て、この子なら解いてくれるかもしれないと思ったのである。

 そして案の定、背より『いいよー』という間延びした声が聞こえてきた後、彼女の拘束は解かれるのであった。


「っ、あ~……つらかった。って、いたた、まだ頭が痛いわね……」

「っ! おい、まだ話は―――」


 カネルの追及は、遮られる。

 しっ、と―――ミチが人差し指を唇に添えて、短く息を吐く。片目を閉じて行われたそれは、しかしどうしても幼い少女の顔には不釣り合いであった。


「それ以上は聞きたくないわ。あたしは『ルイナ』と一緒に旅をしたいだけ。その選択に負い目を感じるようなものは、全部ここで捨てるのよ―――でないと、あの子が可哀相でしょう?」

「っ……」


 カネルは、俄かに言葉を失う。


「―――どうして、君は、そこまでアリスを思えるんだ」


 そして問う。

 その思いの根拠・理由・由縁は何であるかと。


「理由に名前なんてつけたくないわ。でも納得したいのなら言葉をつけてあげる。……一緒なのよ、あたしとあいつは、根本が。だからあたしはあいつを裏切りたくない。それだけよ」

「………」


 その語られた言葉の真意を、カネルは考える。

 ―――しかし、考えることに意味などない。明確に語られた根拠はないし、納得できる理由もない。


「…………」


 だから彼は、どうしたか。


 ―――疑うことを諦めた。

 彼女の言動、それは全てに筋が通り、一貫してアリスを裏切っていない。であればその思いの由縁を聞き出すことに、納得感は得られるかもしれないが必要性はないのかもしれない。そう思ったのだ。


 ……それに、何となく言葉を聞いて、分かったものがあったのだ。


「―――分かった。もう何も聞かないよ。どうせ答えてくれないんだろう?」

「そういうことよ」


 彼女は自由になった手で足の拘束を解き始める。それを見下ろしながら、彼は自分の思った通りであるのか、試しに問う。


「怒っているかい?」

「あんたを?」

「ああ」

「……正直殴ってやりたい」


 なるほど、と彼は答える。


「ただ、あんた達の立場からすれば当然なのかもねとは思うわ。あんたは道理から外れたことはしていない。あたしを無意味に辱めることはしなかった。だから、まあ、今回は仕方なかったと諦めてあげるわ」

「―――優しいね」

「別に……って、ああ、また頭が痛くなってきた―――それで、あたしは見逃してもらえるってことでいいのよね? ちょっと、寝たいんだけど」

「ああ―――あっ、でも1つだけ。言っておきたいことがあるんだ。いいかな?」

「―――何よ?」


「―――アリスを救ってくれて、本当にありがとう」


 そうして彼は、頭を下げるのだった。


 アリスが出会ったヒトが、この少女で良かったと。

 アリスがこの少女に出会えて、本当に良かったと。

 心から思い、彼は心優しき少女に感謝を伝えるのであった―――















「こうして、カネルくんとミチちゃんは仲直りー! 喧嘩は終わったんだよー」

「なるほど……」


 時は戻り、灯火囲った月夜の下。カネルより語られる大筋に沿い、時たま入ったリカの合いの手が、話の幕を下ろすのであった。


 カネルより礼を言われて後、ミチは気を失うように眠りにつき、目を覚ました頃には夜を迎えていた。

 ルイナとの合流は、カリーナも共に戻ってこれる夜だと約束していた。故にカネル達へ事情を話し、合流場所であるこの広場へと戻って来たところ、間もなくルイナ達がやって来た。それが事の顛末であった。


「―――でも、本当に無事で良かったですミチさん。まさか殺されそうになっていただなんて……」


 ルイナは傍らに座るミチを伺い、きちんと生ある者としてそこにいることを確かめ、安堵の息を漏らす。

 そして、睨む。元々きつめの印象であるその眼が、さらに尖って相手を見据える。その睨まれた相手―――カネルは僅かに身体を震わし、


「本当に、ごめん……」


 居心地悪そうに目を伏せながら言う。


 ―――と、謝られたものの。ルイナにとっても自分の怒りが筋違いであることは承知している。

 カネルの取った行動は、ミチも言った通り吸血鬼として何も間違っていない。ナトラサの存在をヒト族に持ち帰られてしまう可能性がある中で、その可能性を潰すよう最善を尽くしただけである。そのヒト族がたまたまミチであっただけで、カネルに責められるような非はない。


「……ううん、違った。私の方こそ睨んだりしてごめん」


 だから、ルイナも謝る。思わず睨んでしまったが、この場で一番悪いのは誰かと問われれば自分なのだ。

 ナトラサが近くにあり、街の外に出ていた吸血鬼が通るかもしれない林の中、ミチを1人置いていってしまった自分が悪いのだ。


 自分のことで頭がいっぱいになってしまっていて、ミチのことを蔑ろにして置き去りにした自分が悪い―――ああ、本当に、身勝手だ私……ルイナは、しゅんと項垂れる。


「あんた達さぁ、あたしが言うのもなんだけど謝る相手が違うんじゃない?」


 そうして謝り合った2人に挟まれ、金色の髪を指に巻きつけながらミチは言う。

 彼女は背負い袋にもたれかかって地に足を投げ出し、出来るだけ負担がかからないように身体を休めている―――が、目は常の強気を忘れておらず、両隣の2人をじろりと見上げる。


「……そうだね。ごめん、まず君に謝るべきだった」

「ごめんなさい、ミチさん。私のせいで―――」


 ルイナとカネルは、共に間に座る少女へ頭を下げる―――ルイナは更に言葉が続きそうであったが、それをミチは手で遮った。


「はい、終わり。この話はこれで終わりよ。ルイナは放っておいたことだけ、あんたはやり過ぎたことだけ。それ以外何も悪くないし誰も悪くないわ。誰もがそうせざるを得なかっただけなんだから―――取り返しのつかないことは何もなかったし、これでおしまい。いい?」


 その言葉に2人は頷く。頷きながら―――カネルはふと思った。目の前の少女、名前はミチという彼女。果たして歳は幾つであろうかと。

 見た目はまるで子供。断片的な記憶でしかないが前世の記憶を頼りにすると、ヒト族でいうところ10歳前後であろうか。身長も120センチあるかどうか。


 ―――まさか、こんな子供から説教と慰めを受けるとは思っていなかった。彼は密かに苦笑を浮かべるのであった。








「ところで、ミチさん。まだミチさんの髪の毛と目の色の話を聞けていません」

「……ああ、これね」


 そうしてルイナに指摘され、ミチは毛先を弄んでいた髪を見る。

 常の色と違う、金色である。そしてそれを見る瞳は青ではなく灰色。


 それをとうとう、他人に話すのかと息を吐く。

 ―――しかし、別に構わないかと息を吸う。


 ルイナであれば構わない―――吸血鬼達おまけもいるが、こいつらに聞かれても構わない。 

 だってそれは、人間種うちわでの話に過ぎないのだから―――


「まあ、いつかは話すかもしれないなと思ってたけど。こんな形になるとは思ってなかったわ」

「……ミチさん?」


 ミチは投げ出していた身体を起こし、地に胡坐をかく。


「ルイナ。あたしの髪、何色だった?」

「え? えっと……赤ですよね」

「そう、赤。それがあたしの、『ヒト』としての色よ」


 ヒトとしての色? ―――ミチの言っていることがよく分からず、ルイナは首を傾げて言葉を待つ。


「そしてこの金の色。これがあたしのもう1つ、『エルフ』としての色―――」

「……?」


 ルイナは理解できずにさらに首を傾げる。対して、周りからは、はっと息を呑む音が聞こえてくる。

 『ヒト』としての色と『エルフ』としての色―――その2つを持っているミチがどういった存在であるのか分からずに、ルイナは灰色に変わってしまったミチの片目をただ見つめる。


「あたしは『ヒト』と『エルフ』、異なる種族の親を持ち、2つの血が混ざって生まれた者。人間種の中では、そういった者を疎んじて、あるいは忌避してこう言うわ」


 ―――『異端ディート』と。















「……ディート……」


 呟き返したその忌み名に。

 聞き覚えのないはずのその蔑称に。


 ―――ルイナは何故か、心がざわつくのを抑えられなかった。







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