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99.吸血鬼との会遇

 





 ……意識が、覚醒に向かっている。そんな予感をミチは感じる。


 泥沼に沈んでいるかのような鈍く重たい微睡みからどんどん意識が浮かび上がり、やがて現実に帰ると―――


「……っ!!」


 襲うのは、猛烈な頭痛。脳の奥に釘を打ちつけられているような鋭く鈍い痛み。彼女は痛みに叫ぶ―――叫びたかったが……


「んん!? んー!!」


 叫べない。彼女は布でくつわをされ、何事も話せない。何事も叫べない状況にあった。


 目の前の光景が、黒く塗りつぶされてしまっている。過剰な魔素消費による魔素枯渇、それによって彼女の神経は至るところで異常をきたしており、視覚から入る情報をまともに脳が認識してくれない。


 ―――なんだ、なんで、こんな状況?! しゃべれない、動けない、頭が痛い!


 彼女はもがく。しかし、両手が背の後ろで縛られており、両足首も縛られている。地に転がされている彼女に、何も為す術はなかった。


「―――起きたみたいだね」

「ん?! んーんー!!」


 そして耳に聞こえてくる、男の声。青年……いや、言葉の柔らかさから察するに、未だ少年であろうか。ミチは未だまともに働かぬ視覚と聴覚に集中し、何者であるかを探ろうとする。


「あまり暴れないで。抵抗するようなら今すぐ―――殺す」

「っ!!」


 しかし、『殺す』という言葉が彼女の耳を突き刺す。その言葉を発した時、声の主の声音トーンが変わった。

 逆らえば殺される―――確信をもったミチはびくりと身体を震わせた後、大人しく一度頷くのであった。


「―――君に、聞きたいことがある。『はい』であれば頷いて、『いいえ』だったら首を振って。嘘は許さない、分かったね?」


 こくり。ミチは頷く。


 ―――頷きながら、段々と覚醒してきた脳が状況を把握し始める。どうやら、視界が黒いのは何かで目隠しをされているようであった。

 目も見えず、手足も動かせず、口もきけない。彼女に許されているのは耳に入る情報から頷くか首を振るかのどちらかしかないのである。


 いったい、何を問われるのか。そもそも相手は何者であるのか。不安と疑問が尽きない中、彼女へ第一の質問が下される。


「君は、ヒトか?」


 どきりと、心像が脈打つ。

 バレた? 何で? どうして? ―――未だ眠りにつく前の記憶が掘り起こせない彼女は、その質問をしてくる者の像が見えず、動揺に身体を強張らせる。


 首を振るか―――いや、先ほど『嘘は許さない』と言われたばかりである。相手がある程度の確信をもってこの問いをしてきているのであれば、自分に許される答えは……だが―――そう、彼女が質問の答えに葛藤していると。


「―――どうした、早く答えて。もしくはまさか、君は魔族なのか?」


 苛立たし気に聞こえてくるその声に、しかし彼女は安堵する。

 どうやらこの質問、彼女の正体を確かめるためのものではないことを悟ったのである。ヒトか魔族か、そのような質問をしてくるということは、そういうことだ。


 彼女は首を振る。


「―――それは、『魔族なのか?』に対しての答えっていうことでいいんだね?」


 頷く。


「―――分かった。その調子でこれからの質問にも答えてね」


 頷く。どうやら察した通り、先のは応答の要領を確認する小手調べの質問だったらしい。何の疑いもなく、声は次の質問へと移っていった。


「君はアリスという子を知っているか?」


 首を振る。アリス? ―――誰だそれ、という状態である。

 彼女が最近まで一緒にいたと言われ、思い出すのはルイナと―――あと、強いて挙げるならカリーナくらいである。アリスという名前に、聞き覚えはなかった。


 これも小手調べの質問であろうか? その意図は図りかねるがミチは首を振るのを止め、続く質問に向けて神経を尖らす。


「…………」


 ―――しかし、次の質問が飛んでこない。無言の最中、質問をしてきた者が何か言葉を選んでいるような、探りを入れているような、そんな気配を察した。


「本当に、アリスを知らない?」


 頷く。頷いた後―――彼女は後悔する。

 もしかすると、自分は何かとんでもない選択間違いを起こしてしまっているのではないだろうか。相手はその『アリス』という存在を自分が知っていると考えて、こうして質問してきているのかもしれない。1つ前の質問と、今回の質問の間に無言の空白があったのは虚を突かれたから? 想定と違う回答を自分がしたから?


 だとすると―――もし、相手が『アリス』という存在を聞きたがって自分を拘束し、それしか目的がなかったとしたら―――


「……質問は終わりだ」

「ん!! んんー!!!」


 ミチは暴れる。質問がここで打ち切りにされるということは、彼女の考えが合っているということに他ならない。

 そうなると、自分はどうなる? 最良の結果は解放であろう。単純に問いただしたかっただけで危害を加える必要がない。そんな心優しい―――いや、ここまで束縛しておいて優しいもくそもないが、血も涙もない者でなければ、命だけは助けてくれるだろう。


 しかし、それはないと彼女は悟る。質問を打ち切った際の彼の声音―――それは恐ろしく冷たく、情の欠片も感じられなかった。


 殺される!! ミチは縛られた足を懸命に動かし、地を這う。向かう先は、目隠しで見えない。だが、ここから離れて、誰かに助けを―――


「誰も助けには来ないよ」


 しかし、彼女の考えを読んだかのように、正体不明の彼は語る。


「ここは洞穴の中―――君がどれだけ叫ぼうとも、どれだけ動こうとも、逃げられはしないよ」

「んー!! んー……!!」


 彼の言葉に、彼女は呻く。

 呻きながら―――絶望に心を塗り潰される。それであれば、それが事実であれば―――自分に助かる余地はない。


 口を封じられ、杖もない。魔術は使えない。風もいうことを聞かない。

 ―――そこまで来て、彼女は思い出した。目覚める前、何があったかを。


 『大地の割れ目』の近くの林、その中で何者かに決闘を申し込まれ、戦い―――魔素枯渇に倒れた。今の自分は魔素の欠片もない、ただの『ヒトもどき』。

 ―――そしてその時、魔術師は倒す寸前まで追い詰めたはずであったが、それ以外に仲間がいた気がする。きっと自分は、そいつらに捕らえられたのだと、彼女は悟ったのであった。


 ―――悟ったから、どうなる。彼女は今、魔術を使えぬ。非力な少女そのものである。


 恐怖が滲む。恐怖は身を竦ませ、這ったつもりであっても足は地を滑り、全く進まない。

 足音が近づいてくる。自分はどうなる、自分は何をされる、自分はここで―――殺される?


 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 彼女は心の中で、必死に叫ぶ。轡越しに叫び、必死に助けを呼ぶ。


 しかし、それは何の意味も為さない。少女の心の叫びだけでは、世の悪心はひるがえらない。


「んー!!」


 ―――やがて、彼女の身体に、手が伸ばされる。その手は彼女の顔にかかり、


「んー……ん…?」


 ―――そして、目隠しが外された。


「もー、カネルくん! いじめちゃかわいそうだよー!!」


 目の前には銀髪の少女―――彼女は背後にいる、これまた銀の髪の青年に声をかけ、たしなめるように頬を膨らます。


「……っ!」


 状況が見えない。しかし、彼女ははたと右眼に映る邪魔なものの存在に気づき、右の瞼を閉じる。『それ』を見られることに、良いことなんて1つもないのだから。


「でも、リカ。彼女はアリスのことを知らないって―――だから、さっさと洗脳して街に連れて帰ろう」

「ううん! ぜったい、ぜーったいに! この子はお姫様のこと知ってるんだもん!」

「ん~……でも、ねぇ……」


 聞こえてくる情報の断片から、ミチは推測する。

 こいつらは、やっぱり、吸血鬼―――! なびく銀の髪からそうではないかと思っていたが、『洗脳』の一言でより確信に近づく。吸血鬼の視線には、洗脳の呪いが込められているからだ。


 そして、アリスと呼ばれている者は『お姫様』らしい―――誰だ、そいつは。やはりミチに心当たりはない。


 しかし、待てよ―――と思考の冷静な部分が告げる。自分はつい最近まで一緒にいた吸血鬼がいる。ルイナである。

 ルイナはカリーナより、『お嬢様』と呼ばれていた。その時は良いところの娘なのだろうくらいしか思っていなかったが、まさか姫と呼ばれる立場だったのだろうか。


 そうなると疑わしいのは『アリス=ルイナ』である。ルイナは偽名であり、アリスが本名の可能性―――よくよく思い返してみると、カリーナもルイナのことは『お嬢様』としか呼んでおらず、名前を口にはしていなかった。


 ただ、自分はカリーナの前でもルイナのことは『ルイナ』と呼んでいて、カリーナもそれを違和感なく受け入れていたように思える。何故だ? ―――まあ、呼び方などどうでもいいと思っていたのかもしれない。そんなことに気を遣っていられるほど、あの時互いに余裕などなかったのだから。


「んー! ん、んー!」

「んー? どうしたのー。もしかして、お姫様のこと思い出したのー?」


 ミチはその間延びした声の問いに頷く。そしてすぐに首を振る。


「ん……んー?」


 その反応に、銀髪の少女は眉をハの字にして悩む。頷くのは『はい』で、首を振るのは『いいえ』である。その2つを同時にされて、彼女では意味を解せなかったのだ。


「―――もしかして、思い当たる節があるのか?」


 ミチはその問いにこそ勢いよく頷く。助け舟を出してきたのは、最初に質問をしてきていた銀髪の彼の方であった。


「じゃあ……いや、このやり方じゃ埒が明かないな。仕方ない」


 そうして彼は再びミチへ歩み寄り、彼女の前に顔を突き出す。


「見ろ」

「―――!!」


 目の前に、紺碧の瞳。それは瞳同士が触れ合うほどに彼女の眼に近づき―――


『ご主人様、ご命令をお願いします』


 瞬間、その声は唐突に聞こえてきた。


 驚く。その声はまさしく、自分の声―――それが頭の中から聞こえてくる。誰かが頭の中身をいじくって、好きに自分の考えを操っているように、勝手に言葉が溢れてくる。


『僕たち吸血鬼に決して危害を与るな。今はそれだけだ』

『かしこまりました。ご主人様』


 ―――気持ち悪い。頭の中から、銀髪の彼の声も聞こえてくる。そして彼の要求ことばに、勝手にひれ伏している自分の声。

 ―――気分が悪かった。


「―――これでよし」


 頭の中での会話が途切れ、目の前の彼が遠ざかっていく。そして轡にされていた布に手をかけられ、解かれる。


「もう君は僕たちに抵抗できない―――さあ、話してもらおうか、アリスのこと」


 彼は確信めいたように言ってくるが―――ミチは納得出来ていなかった。今のが洗脳? 何ともまあ、あっさりしたものである。


 ちなみに、魔術師が杖無しで行使できる魔術は少ないが、有るには有る。それは無系統に属する魔術であったり、この場合彼ら吸血鬼が危惧すべき『輝ける陽光』もその1つである。


 つまり、轡を解く前に洗脳によって抵抗の意思を封じる必要性は理解できるのだが―――本当に? 本当に自分は洗脳されているのだろうか? そこにミチは納得できない。洗脳されている声も頭の中で聞いたが、その前後で意識に何らかの変調があったようには思えない。


 ……まあ、今はそれどころではないかとミチは好奇心から出る不満に無理やり蓋をするのであった。


「―――アリスって名前には聞き覚えはないけど、思い当たるやつはいるわ」


 そうして、轡を解かれたミチは銀髪の彼を見上げながら語る。

 その身は銀髪の少女が起こしてくれて、今は地に腰掛ける形に保たれている。


「というと?」

「ルイナ。私と一緒に旅をしている仲間の―――吸血鬼よ」


 ルイナを吸血鬼であると暴露するのは、若干の抵抗がある。しかし、目の前の者達こそ吸血鬼なのである。それを明かしたところで問題はないと踏み切り、彼女はその詳細を語ったのであった。







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