97.旧友との再会
「ど、どうしちゃったんですかミチさん、その髪!? あと、目の色も!!」
大きく変わってしまったミチの風貌に驚き、アリスの視線は彼女の髪と、何故か片目しか開かれていない瞳に注がれる。
常なら後ろで1本に束ねられている赤い髪。それは今、全て下ろされ金色の風を吹かせ、瞳の色も常の青より薄い灰色へと変わっている。一瞬見ただけでは、ミチと気づかない風貌である。
「ちょっ、待、あ〝っ?! ―――っつぅ、いったぁ〜……」
故にアリスは困惑と心配のあまり、駆け寄り訳を問うたのだが―――何故かミチはいきなり奇声を上げ、顔を苦痛に歪めてしまう。
「えっ、ど、どうしたんですか、ミチさん!?」
「ちょ、静かに、して……頭、痛くてね……あんまり大きな声は出さないでくれる……?」
「え、あっ、ごめんなさい……」
今まで強気の姿勢しか見せてこなかったミチが、初めて吐き出す弱音であった。経緯は知らぬが、アリスはその症状の重さを悟り声量を抑える。
―――しかし、分からない。アリスはますます首を傾げる。人間種の常識は冒険者学校へ在学中、そこそこに学んだはずであったが、ヒト族に髪や目の色が変わるという性質があっただろうかと記憶を辿る。
……そうえいば、毛の色を染めて変える『染毛』という文化があるというのを聞いたことがあった。果たしてそれであろうか? ―――いや、しかし目の色も変わっている。つまり―――どういうことだろう?
アリスの思考はそこで行き詰まり、それ以上解への道を辿れそうにない。
うんうんと唸って考え込んでいるうちに、彼女は背より声をかけられるのであった。
「―――ちょっといいかな?」
それは聞き慣れない、男の声であった―――振り返ると外套を羽織った3人のうち、1人がフードに手をかけ近づいてくるところであった。
「―――?」
そうしてフードが脱がされる。現れた容貌を、地に置かれたカンテラの灯火が照らし出す。
瞬間、アリスを襲ったのは違和感である。声は聞いたことがなかった、だが顔は見たことあるような―――不思議な既視感であった。
知っているのに、答えが出てこない。もどかしさがアリスの喉を走る。
「………」
一方フードを脱いだ彼も、振り返ったアリスをまじまじと見つめる―――その顔に浮かべられた苦笑の由縁は何であろうか、アリスには未だ掴めない。
2人の視線が交錯し、数秒―――やがて口を先に開いたのは、彼の方であった。
「……本当、そんな姿になっても顔を見れば分かるもんだね―――アリス」
「………ぁ」
そして囁かれる、彼女の本名。刹那、その名を呼ぶ声の響きが、彼女に正解を呟かせる。
「―――カネル……」
「……うん。そう、僕だよ。久しぶりだね、アリス」
そうして目の前の彼―――カネルは応える。
別れてより一年、声変わりを迎えた少年は背も伸び、顔つきも若干大人びたものに成長していた。
しかし、碧眼の瞳に宿る意思だけは変わらない。その眼は守るべき者を変わらず、ひた向きに、真っ直ぐに見つめるのであった。
「お姫様ー! おひさしぶりー!」
そして、久しぶりの再会にアリスとカネルが互いの顔を見つめあっていたところ、ひょこりと、彼の脇より顔を出す者がいた。
フードを脱ぎ、銀色の髪と丸みを帯びた橙色の双眸を曝す、その少女は―――
「―――リカ」
「うんー、そうだよー!」
成人の儀において、共に闘争の儀に臨んだ少女、リカであった。
彼女は満面の笑みを浮かべながらカネルの横を抜け、アリスへと両手を差し出す。
「わー、お姫様、ほんとにおっきくなったんだねー! わっ、リカよりも背が高いー! すごーい!!」
「あ、本当……私、リカよりも背が高くなってたのね」
伸ばしてきた手をそのままに、リカはアリスの背に腕を回し、抱き着く。
そして自分の目線より上にアリスの顔があることに気づき、彼女は更に明るく笑う―――おおよそ2年前。闘争の儀では見上げるほどの高さにあったリカの顔が、今や胸の中に収まっている。アリスは改めて自身の成長のおかしさに気づき、苦笑でもってリカの笑顔に応えるのであった。
―――さわさわっ……
「きゃっ! え、な、なに?」
そしてリカが抱き着いてくるのと同時、アリスは突然自身のふくらはぎを何かが這うようにくすぐっているのを感じ、悲鳴を上げる。
ワンピースの裾を押し上げ、何者かが股下へ侵入してきたのである。彼女はリカを優しく押しのけ、直下、自分の足元にいる『それ』を見る。
「………」
『それ』はのそりと蠢き、ワンピースの裾から顔を出す。
黒い毛玉―――否、それは耳を持ち、口を持ち、尻尾を生やしている。見覚えのあるその風体は、リカが使役する眷属『黒狼』であった。
「クロちゃんもね! お姫様にまた会えて嬉しいってー! ねー、クロちゃん!」
「ばふっ」
言葉を語れぬ黒狼であるが、召喚者であるリカとは意思疎通が図れる。
今、リカは語れぬ黒狼の代わりに彼の気持ちをアリスへ伝えるのであった。
「そ、そう……ありがとう、私もまた会えて嬉しいわ。でもね、服の中に入ったらダメよ」
「ばふっ」
アリスの言葉に、威勢よく応える黒狼。
果たして自分の言葉と感じた恥の気持ち、伝わったかどうか不安であったが―――
「分かったってー!」
……リカがそう言うのであれば、納得するしかあるまい。アリスは乱れたワンピースの裾を整え―――
「………」
「……ん」
それでもなお、すり寄ってくる黒狼に向かってしゃがみこみ、その顎を撫でてやった。
「くふー」
黒狼は、気持ちよさそうに喉を鳴らし、為されるがままに首を上げる。どうやら気持ち良いらしい―――なるほど。可愛いものである。
―――ふと視線を感じ、アリスは脇へ目をやってミチの傍で静かに佇む馬を見る……あの子も、これくらい懐いてくれてもいいのに。そう思いつつも、自分が目線をやった瞬間にわざとらしく眼を逸らすあの馬と、いつになったら仲良くなれるのか分からずため息を吐くのであった。
「………」
―――そうして、もう1人。未だにフードを被り続け、その顔を見せない者がいた。先ほどアリスがミチであると勘違いした、最も背の低い者である。
その者は黙る。黙って、俯く―――誰であろう? アリスは疑問に思い、カネルとリカを見比べてはたと閃く。そして嫌そうに顔を顰める。
「もしかして、あいつ?」
「……その『あいつ』っていうのが誰を指しているのか分かりにくいけど、多分そう。ソーライだよ」
「やっぱり」
アリスの問いに、カネルは苦笑交じりに応える。
そして答えを聞いた後も、アリスは渋面作ったままにソーライを見るのであった。
彼と会話を交わしたことは、闘争の儀においてしかない。それでも、その時の記憶はアリスを嫌な気持ちにさせる。尊大に口をきき、相手を見下し、如何にも自分が優秀であり、如何にも相手が劣等であると決めつけてものを言う態度は、アリスにとって鼻持ちならない。単純に言えば、嫌いな人種であった。
―――しかし、そんな彼は今、どうやら彼女のことが眼中にないようである。地面を見ては溜め息を吐き、ちらちらとミチの方を見てはまた溜め息を吐く。いつぞやのような刺はなく、むしろ針の筵にでもされているようである。
その彼の視線の先にいるミチに目線を配っても、彼女は片目を閉じたまま、肩をすくめるのみである。状況は相も変わらず掴めない。
「―――まあ、とりあえず一回座って落ち着こうよ。経緯も説明したいし」
そうして、納得しかねると不満げな表情を浮かべ始めたアリスを見て、カネルは地に置かれたカンテラの傍を指す。今は夜、吸血鬼が外で語らうには十分な環境である。
「そうね―――って、あ、待って。カリーナを待たせているんだった。呼んでくるわね」
「カリーナー!? わー、カリーナもいるんだー! うれしい! 久しぶりだなー!」
アリスは喜ぶリカの声を背に聞きながら、元来た道を戻る。そうして林地の傍で待機していたカリーナを呼び寄せ、カネル達と合流を果たすのであった。
6人と1匹。表情を各様にさせながらもカンテラの灯火を囲って集う。そうしてカネルは語り始める。この場で起こった事の発端と、顛末を―――




