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96.友との再会

 





 洞窟を抜け出るとそこは『大地の割れ目』と呼ばれる大渓谷、その地底である。見上げると、遥か上空に細く見える空は薄暗がり。陽が彼方に沈んで間もなくの頃であった。


 そこより渓谷の裾合いに伸びる峠道をひたすらに、3時間ばかりをかけて登る。アリスとカリーナの2人が地上に着かんとする頃には、空は色濃い紺を映していた。


 星明りも乏しい曇天の夜であるが細い道を歩く彼女達の足は危なげない。吸血鬼は夜目が利く。少なくともカリーナが生まれてよりこの方、滑落事故が起こったという話は聞いたことはない。


「カリーナ。私、先に行くね」

「かしこまりました、お嬢様」


 そうして渓谷の出口が遠目に見えてきた頃、先を歩くアリスが小声で囁く。カリーナが頷いて返すと、次の瞬間にはアリスの姿は消えていた。


 ―――『光陰如箭』。移動強化に類する上級スキルである。目に見える場所へ刹那に跳べるという規格外のスキル、それを彼女は使ったのである。

 本来、その有効範囲はせいぜい100歩分ほどの距離である。発動にはその場に立つ己を夢想せねばならず、目的とする場所を正確に認識する必要がある。故に目的地を鮮明に視認できる距離で泣ければそのスキルは発動出来ない。


 しかし、彼女はもう1つ規格外のスキルを持つ。

 『長目飛耳』。その耳目は千里を明かすとうたわれる程、視覚・聴覚の感覚を鋭くさせるスキルである―――実際には千里は無理であるが、遠く離れた場所でさえも彼女の眼は鮮明に景色を映す。これと『光陰如箭』を併用できる彼女は神出鬼没。今も遠くに見える渓谷の出口、さらにその奥を見て彼女は跳んだのである。


 カリーナは実際に目の前で起こった規格外の総出演オンパレードに微かに息を呑みつつ、地上を見上げる。

 そこに待つのは渓谷の出入りを見張る監視者達である。吸血鬼であるカリーナがそこを通ることは容易であるが、家畜ヒトであると紹介したアリスを連れて外に出るのは非常に困難である。普通、家畜を連れて外に出る者はいないし、街の外に出た家畜が何かの拍子に洗脳より解かれ、逃げ出し、万一にもナトラサの情報がヒトの世界に持ち帰られてしまう可能性リスクを監視者達は容認しない。故に、アリスは跳んだのである。


「………」


 カリーナは登る。此度、彼女がアリスに付き添い街の外に出るのは『やるべきこと』がある為であった。

 それの詳細は、アリスに話していない。彼女の口からでは、何とも語りづらい内容であった。故に、ただ『果たすべきことがある』とだけ言い、彼女は街の外までの同行を申し出たのであった。


「……ふぅ」


 彼女は1つ、小さく息を吐く。そして足を動かし、峠道を登る。


 出会い、心を交わしてしまったヒト族。赤髪の少女ミチ。彼女の口を封じる為に―――
















 無事に監視者より許可を得て、渓谷の外に出たカリーナは荒野を歩く。


 やがて、渓谷の出口が遠目にしか映らなくなった頃、突如として白い閃光が視界を駆け抜け、彼女の前に留まり、正体を現す。


「―――お待たせ、カリーナ」

「いえ、こちらこそお待たせ致しました」


 白い閃光の正体はアリスである。彼女は街に出るまで目立たぬように羽織っていた黒の外套を今は脱ぎ、常の白いワンピース姿を晒していた。


「これ、返しておくね」

「承りました」


 そして外套をカリーナへ手渡す。深紅の刺繍が縫い込まれた漆黒の外套。それは吸血鬼の正装であり、ヒト族にも広く知れ渡っている吸血鬼伝統の衣装でもある。

 故に、この外套をアリスが持つことは許されない。銀の髪を有した彼女がそれを纏っていれば、吸血鬼が現れたとヒト族は恐怖し暴動が起きかねない。例え陽光昇る日中であったとしても、たちの悪い冗談として眉をひそめられる。


 彼女は渓谷を出てこれより、吸血鬼であることを隠さねばならない。それは彼女の自意識がどのように変化したところで、変わらないルールであった。


「それじゃあ、行きましょう」

「かしこまりました、お嬢様」


 そうして2人は歩き始める。

 向かうは荒野の果てにある林地。ミチと別れ、合流場所と定めた地である。














「……あれ?」


 そうして更に歩き続けて1時間ほど。ようやく林地の近くまで辿り着いた2人であったが、アリスが突然小首を傾げる。


「どうかされましたか、お嬢様?」

「え、うん……なんか、たくさん声が聞こえるなって」

「―――声、ですか?」


 言われ、カリーナは耳を澄ます。前世より使い慣れているスキル『遠耳』を発動させ、聞こえてくる音に集中する。


 ちなみに、吸血鬼は前世で習得していたスキルについて、今生で再習得する必要がないという性質を持つ。それはスキルが身体に習得させるものではなく、魂に習得させるものであることに由来する。


 前世のヒトと今生の吸血鬼、その魂は生まれ変わってもなお共通にして一個のものである。故に魂に紐づく魔術傾向やスキル習得、記憶や呪いなどの情報は前世より引き継がれる―――それぞれ良い面と悪い面があるのをカリーナは身をもって経験しているのであるが、ことスキルに関して言えば多少の魔素許容量を消耗して『思い出す』だけで良いので楽であった。


 ―――まあ、多くの吸血鬼の前世がヒト族であり、ヒト族の身で習得したスキルなどせいぜいが下級である。結局は今生吸血鬼の身における魔素許容量の増え方と魔素変換効率が全てものを言うのだ。前世において孤児であり、何のスキルも習得していなかったアーデルセンが最強の吸血鬼になれたように。


 そうして生まれたばかりの吸血鬼は完全にヒト族と同じ魂を持っているのだが、それもやがて身に合わせて変質する。おおよそ3年の時を経て、吸血鬼の魂へと変化し―――彼らは血を飲めるようになるのである。


 ……話が逸れてしまったが、前世において暗殺者として育てられたカリーナは隠密・諜報に関わるスキルを多く持つ。それは前世で無理やり習得させられたものもあれば、今生強みを活かすために習得したものもある。『遠耳』は前世、彼女がエリーと名乗っていた頃から愛用していたスキルの1つであった。


「……わたくしには、まだ何も聞こえません」


 しかし、声など聞こえない。恐らく、上級スキル『長目飛耳』を使用したアリスだから聞こえるのであって、下級スキルの『遠耳』では力不足なのだろう。カリーナはそう判断し、意識を視界に戻す。


「私が確認して参りましょうか?」

「ううん、たぶん大丈夫。ミチさんの声が聞こえるし、近くからテトの鼻息も聞こえる―――他に、聞こえてくる呼吸は……う~ん、3人分くらいかな? 偶然通りかかったヒト達と話し込んでいるのかも」

「……そう、でございますか」


 カリーナは一瞬唇を閉ざして息を呑み、何とか言葉を返す。

 吸血鬼になった身でさえ遠く及ばぬ上級スキル―――その効果の規格外さを目の当たりにし、彼女は己の領分を見失う。


 『遠耳』で声すら聞こえぬ遠方の、息遣いすら判別できるのだ。闇に潜む暗殺者にとって、これ以上恐ろしい相手はいない。

 グーネル公爵―――いや、グーネル王が恐れるわけである。怒れる彼女の前に、隠れ逃げ延びることなど不可能なのだから。


「カリーナ。悪いけどここで待っててくれる? ミチさんを連れてくるから」

「かしこまりました、お嬢様―――お気を付けください」


 そうしてアリスは単身行く。ヒトがいるのであれば、吸血鬼であるカリーナを連れてはいけない。夜を歩く銀髪の者はヒトに恐怖を与える―――もし魔術師がいた場合『輝ける陽光(マディラータ)』が瞬時に行使され、カリーナは再び身体を蝕まれてしまうのだ。故に、連れてはいけない。


 しかし、銀髪それはアリスとて同じなのである。ただ『輝ける陽光』が利かないだけであり、相手が敵意を持って襲ってくる可能性は(ゼロ)ではない。それを危惧し、カリーナは身を案じての言葉をかけたのであった。


「大丈夫、カリーナ。もしもの時は()()()()()()()()()()()()()


 ―――それに対してのアリスの返事は相当にずれていた。

 当然である。彼女にとっての心配は、自分にではなく他人に向けてのものなのであった。














「―――ミチさん、ただいま戻りました!」


 アリスは極力、陽気に声を上げる。草むらを抜け、林地の中にひらけた広場に待つ友に向けて。

 己の憂いは()ったと声音で伝える為に。そして、一緒にいるであろうヒト達に無意味な警戒心を与えない為に。


「あ、れ?」


 しかし、戸惑ってしまう。目に映る光景に納得がいかず、彼女は俄かに眼をしばたたかせる。

 そこにあった人影は事前に察した通り、4つであった。様相掴ませぬ大ぶりの外套を羽織った者が3人、そして僅かに離れ、木陰に座る金髪の少女。


「あれ、ミチさん……?」


 いるはずのミチの姿が無い。アリスは顔をきょろきょろと動かし、周囲を見回す。先ほど聞いた彼女の声は、確かにここから聞こえたはずであった。

 しかし、見えるのは見知らぬ風貌の4人だけ。誰かが影に隠れている様子もない。


「ルイナ、こっちよ」

「え?!」


 だが、彼女の耳は再びミチの声を捉える。それは前方、先ほど見た4人の方から聞こえる。


「えっと、ミチさん―――あ、そこですか!」


 そうしてようやく、アリスは合点の行った顔を浮かべる。よく見れば外套を羽織った3人のうち1人、彼女へ顔を向けず俯いている者がいる。見れば他の2人は大きいなりをしているが、その者だけ小さい。それがミチであることをアリスは見抜いたのだった。


「って、違う。あたしはここよ、ここ」

「えぇっ?!」


 しかし再び、彼女を呼ぶ声が聞こえる。

 その声は―――見慣れぬ金髪の少女より発せられていた。


「―――え、え~と……もしかしてミチさん、ですか?」


 その少女に近づきつつ、アリスは恐る恐る尋ねる。


 ミチとは、赤茶色の髪と青色の瞳を持った少女―――の風貌をした淑女であった。その顔、その髪、その瞳をアリスはこの一年の間ずっと見てきたのである。

 対して、目の前の彼女の風体は金色の髪と灰色の瞳である。ミチであるはずがなかった。


「そうよ―――悪かったわね、こんな分かりづらい格好で」


 だが、金髪の少女は是と応える。


 アリスはそれを、否定できない。

 着る服、持つ杖、そして何より勝気に吊り上げられたまなこが、彼女がミチであることを証明しているのであった。








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