1段目
僕は建物の中にいた。
レンガと石の中間の素材でできていて、隙間は泥が詰めてある。
ここに来てから、まだ一歩も動いていないのだが、出口は見当たらない。
実は、僕はどうやってここに入ったのかを知らない。
いつの間にかここにいた。
そして、僕の隣から女の子の声が聞こえている。だが、姿は無い。
自称、魂。名は藤原翠子。僕と同じ☆☆高校の生徒だ。
「ちょっと、聞いてる? これって、何かの暗号よね。何て読むのかな〜」
隣の声は、さっきからこの調子だ。
「ちょっといいか」
「なになに? 分かったの?」
「そうでは無い。僕が聞きたいのは」
「なんだ、つまんないな。橋本君なら分かると思ったのに」
「違う。それは分かっている。だが」
「分かったの? 教えて」
ずっとこの調子なので、会話にならない。
ちなみに、その暗号というのは、壁に彫ってある式の事だ。そこにはこうある。
『Arctan(1/tanx)=α−x』
多分、αを求めればいいのだろう。
「ねえ、教えてよ〜」
「分かった。教えるから、僕の質」
「それで、何て書いてあるの?」
「その前に、僕の質問に」
「答えます、よっ」
了解が取れたので、直ちに聞く。
「君は何だ」
「私は私ですよ。それ以上でもそれ以下でもね〜、ってね」
「それじゃあ、私さん、質問に答えてください」
「名前は、私ではありませんよ」
「さっき君が言った。では改めて質問をする。君はなぜここにいる」
「それはこっちが聞きたいですよ。私も、体と分裂して、いつの間にかここに来ていたんだから〜」
「君の体は」
「普通の私のままですよ。精神で繋がってるの」
「ここがどこだかは分からないのか」
「そう言ったじゃない、さっき」
いや、言っていないな。
「でもさ、よくありがちだけど、この暗号を解き明かすと先に進めるのよね」
「ゲームのやりすぎだ」
「違うわ。アニメの見すぎよ」
「論点はそこではない。問題はこの問題の答えを言うと、どうなるかだ」
「だから、先に進めるのよ。もしかしたら、外に出られるかも」
「非理論的だ。そもそも、なぜ僕達はここにいる」
「知っらな〜いわよ、そんな事は。ていうか、どうでもいい?」
「どうでもいい訳が無いだろ。僕は君みたいに非日常的な生き物ではないのでね」
「それだったらさ、答えを言ってみたら?」
「そうだな」
「あ〜っ、あっさり引いた」
「それは勿論、君との論争が非生産的だからだ」
「ぷに〜〜」
そう言いながら、頬を膨らましたように感じた。認知できないのだから、分かるはずが無いのだが。
「答えは、α=π/2」
僕が言うと、体が白い光で包まれた。
今回の問題は逆三角関数。大学で、公式『Arctanx+Arctan(1/x)=π/2』を習った人なら解けるはず。