表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

太陽は雪降る君にハンカチを。

※こ、これは童話なんだろうか……?(動揺)

 でもせっかくだからと上げてみました。

 冬が、終わらなくなった。


 そんな噂話が、あちこちの街の人々の間で、温もりある暖炉の前で話題になり始めたのは、ここ最近のことでした。王城から正反対の位置に、天にそびえる高い高い塔があります。


 そこに、毎年、季節を司る女王様四人が春夏秋冬と季節ごとに一定期間に一人ずつ住み込み、時期になれば姿を現し他の女王様と交代します。立派な塔から四季を司る女王様が出ることで、この国は四季が巡るのです。


 人々は、さらに噂し合いました。


 そういえば、冬の女王様をお見かけしない、と。

雪の粒が、はらはらと落ちてきます。


 そうだ、女王様、塔からお目見えしていない。

 ああ、春の女王様と交代していないのでは?

 冬が終わらないのだ、そうに決まっている!


 当然、それは国王様だって分かっていました。

民が言うことはもっともなことで、事実であることも。


 「宰相よ、今日も出てこぬか」

 「はい」


 窓辺からは一面の雪が積もった街並みが見渡せます。

王のため息ひとつで、ガラス窓は一瞬にして白くなりました。


 「国王様、もはや時間はありません。

  今はまだ、民たちは冬の終わりを待ち構えるだけで済んでおりますが、

  いずれは暴れ出してしまいます」


 そうなのです。

冬は、人の動きをけん制します。

命を止めるものなのです。


 「食糧だって備蓄保存を常日頃心がけて倹約されておられた

  先代の国王陛下のおかげで、どうにか振る舞いはできておりますが、

  しかし、倉庫の備蓄も無条件にあるわけでもなく、

  大量にあるというわけではございません。

  いずれ、民は腹を満たすものがないと判れば、

  くわすきを手に手を持ち、

  季節を巡る塔を壊しに向かうことでしょう」

 「今は国に食べ物があると信じておるからなぁ」

 「周囲の国にも攻められてはかないません。

  我が国は四季を巡る国だからこそ、公平に、計画的に

  食べ物を世界に分け与えることができました。

  美しい季節の巡りは、人々に幸せを運びます。

  軍も王族や治安程度しか持たず、平和を享受してきたのです。

  ……国王様、ご覧ください」


 赤い絨毯の上に映える差し出された一枚の高級そうな手紙を、国王様は受け取ります。


 「ふむ、これは?」





 塔の重厚そうな門扉の前に、騎士が二人、門兵として構えて守っています。

中に入れるのは四季の巡りを司る女王様と、彼女につけられた召使いのみ。召使いは国が派遣します。召使いもこたびのことについては、口を割らず、女王様と一緒に塔の中に食糧と生活用品を受け取るだけ受け取って引きこもるので、深刻な問題として王様を始めとして宰相たちは頭を悩ませていました。

 他の女王様も沈黙しています。

特に、春の女王様なんて今年は姿形さえ現さない徹底ぶりで王の招へいにも応じません。

 痺れを切らした国王様はお触れを出しました。


 「女王が塔から出てこない。

  無事に出すことを条件として、女王を連れ出す方法を期待する」

 

 当然、王様は無料奉仕で出せとは言わない。

それなりの報酬が与えられるという。


 冬の巡りの時期でしたので作物作ることさえ出来ず、暇だった国民たちは大喜びです。

国中のあちこちの辻角にて、相談し合いました。


 自分だったら、ああする、こうする。

噂は飛ぶに飛び、隣国へと飛ぶ羽目になり、翼から抜け落ちた羽根のように、それはひとりの娘の耳たぶあたりをこしょこしょと刺激しました。


 娘はくしゅん、とひとつ鼻水をたらし、ぐずりと啜ります。

今日の行商は終わりだ、なんたってやりたいことができてしまったのだから。


 「ふぅん……雪の女王様、ね」


 噂は尾ひれ葉ひれを引き連れて、別の名称になってしまいましたが些末なことです。

 氷のような美貌が脳裏を掠めます。

見たことがない女王様でしたが、ここまで隣国にまで飛び火する噂だもの、きっと世にも麗しいに違いないと娘は思いました。


 「お金があれば、妹の薬代ぐらいにはなるかな」


 それどころか、嫁入り道具一式だって用意できるだろう。

どこか遠い目をしつつも、娘の心にやる気の炎が灯りました。飛ぶようにして自宅へと帰り、母と妹にやる気満々なのを告げました。


 「行っていい?」

 「いいわよ。でも、ご安全にね?」

 「うん!」


 母は機織り工場で働いています。


 「お姉ちゃん、変なのに引っかからないでよ?」

 「大丈夫だよ、私がどれだけ足が丈夫なのか、

  あんたも知ってるでしょ」

 「良かった、お姉ちゃんは鈍感だった」


 妹は今年からベッドの住民です。

過ごしやすい春の季節、調子の良い時に作るお手製の手巾はプロ顔負けの仕上がりで、窓辺で寛ぐふわふわな毛並の家猫手巾は特に良く売れました。


 「はい、これ。

  幸せのハンカチ。きっと、悲しみを吸いとってくれるわ」

 「いいの?」


 からりと娘が広げると、妹から送られた黄色いハンカチには姉の名前と愛らしい動物の絵が描かれていました。猫ちゃんだ。

 猫ちゃんの名前は、性別がメスだと思い女の子らしい名前にしましたが、よく見れば猫ちゃんはオスでしたので姉妹仲良く大笑いしました。

 妹が元気だった昨年の季節の頃を思い出し、ぐすりと涙もろい母は鼻を啜りました。


 「うん、お姉ちゃんだったら転ばないと思うけど。

  魔除けにはなると思う」

 「ふぅん」





 四季巡る国に辿り着いたのは、それからしばらく数日後のことでした。

驚いたのは、その豊かな国の内情でした。


 「わあ」


 生まれて初めての旅路でしたが、娘は驚きっぱなしです。

なんせ宿に泊まったら一番安い値段の宿泊料金でもちゃんと足湯をしてくれるし、食べ物だってきちんとパンが出てきます。それも、白いパン。ずっと食べてきた黒いパンは隣国の固い主食ですが、でも娘にとってそれこそが故郷の味でしたから、歯でがじがじとネズミのように食べるものでしたが、こんなにも柔らかくて歯触りの良い白いパンは生まれて初めてです。あまりにも美味しすぎて、涙がちょちょぎれるほどです。


 「美味しい!」


 家族のために持って帰りたいと思いましたが、それはいけないことでした。

絶対に腐ります。それに娘には目的がありました。

 やり遂げたいことがあるのです。

隣国へと旅立つために資金を工面してくれた母や妹のためにも、稼がねばなりません。いえ、女王様を引っ張り出さなくては。


 「美味しそうにパンを食べるお姉ちゃん、

  そんなに美味しい?」

 「うん!」

 「そう、じゃあもっと食べて。

  今日のパン、僕が作ったの」

 「偉い!」


 宿屋では、一人の男の子が細長い手足を使って働いていました。

その子は妹同じ年齢のようで、口調もよく似ています。忙しく立ち働いてきたものか、その手の平は娘と同じく働き者の手をしており、服はよれよれ。妹の分だと分け与えたパンを懸命に頬張っています。今まで頑張って生きてきた証です。

 そんな頑張り屋の男の子のために、ついつい娘は、えへへとえくぼを作って笑うその子を褒めちぎってしまうのでした。


 「ねえ、雪の女王様が出てこない塔ってどこ?」

 「冬の女王さまのこと? ほら、あそこだよ。

  僕、毎日見てるんだ」


 宿から出て玄関口から見上げてみれば、そこにあるのは大変立派な塔でした。


 「わお! あんなに高いものがあるなんて!

  凄いね!」

 「お姉ちゃんの声も大きいのが凄いよ」





 「わお!!」


 もはや何に驚いていいのやら分からないぐらい、娘はびっくり仰天していました。塔の前は、もはやお祭り状態になっていました。足の踏み場もないぐらい、人々は浮かれ、歌っていたり音楽を鳴らしていたり。


 「凄いわ、真冬に裸踊りなんて」


 出店までされています。

また色鮮やかなお菓子が売っていて、娘の目は輝きました。


 「いいなあ」


 よだれがたれたところで、はっとしました。

この国に何をしに来たのか、娘は忘れかけていたのです。

 そうだった、私はやるべきことがあって、お金を稼ぎにやってきたのでした。


 「やらねば!」


 さて、娘の足は人々の波をかき分け、ずんずんと塔の入り口へと向かいます。


 「すみません! 騎士の人!」

 「あ、はあ」


 ぼんやりと整理券を配っていたらしい、ひょろい男性に話しかけました。

恰好からして騎士だったので一応尋ねてみたところ、ビンゴでした。


 「私も参加したいのですが!」

 「じゃあ、これに書いて」


 申し込み書でした。

ぺらりと出されたそれには、沢山の人の名前が書かれておりました。

 出身地も名前も様々です。


 「わー、凄い、色んな国からの参加者がいるんですね」

 「ああ。おかげで俺は国一番の働き者だよ」


 眼の下にくまを作りながら、騎士はモゴモゴと整理券を渡してきました。





 さて、順番待ちの娘は暇だったので、塔の周りをぐるりと観察することにしました。

娘には正直いって勝算はありません。

 なんせ、娘は生まれてこの方、仕事ばかりしてきました。

辛うじてできることといえば、自分の名前を書くことと、丈夫に歩き回れるこの二本の足ぐらいです。

野菜を持って販売する商い、町内会の当番交代で少々の賃金が貰える火の用心に、春には早朝から凍える貝の真水洗いと野菜洗い。

 とかく、娘は忙しく働いた。父がいないからだ。


 塔は、娘の目には立派な建築物に映りました。

丈夫そうで、どこにも剣や槍の攻撃を受けたことのないざらりとした表面でしたが、厚みを感じさせる硬質さは娘の住んでいた国にはない物質です。触ってみましたが、墓標にも感じられるほどの冷たさ。

 白い息が絶え間なく娘の口から溢れんばかりに天へと伸びるけれども、春になれば、ここいら辺りの雪原があっという間に緑に覆い尽くされるのは間違いありません。遠く見える木々の揺れる枝には毛玉のような鳥がいて、震えています。

 春のざわめきを待っているかのようです。


 「……どうして、雪の女王様は出てこないのかしら」





 順番が遠のきました。

というのも、どこぞの有名なサーカス団が順番無視して割り込んだからです。

 気長な娘は、まあいいかとばかりに宿へと戻りました。暖められた室内は、体の芯に染みる心地です。


 「ふう」

 「あ、お帰りなさい」

 「うん、ただいま」


 宿屋の男の子が嬉しげに微笑み。

娘もまた、笑い返しました。


 「ねえ、君。

  どうして、女王様は塔から出てこないのかな」


マフラーを外しながらそのようなこと尋ねると、男の子は銀色の髪を揺らしながらうーんと唸り、答えます。


 「多分、大事なものを失ったからじゃない?」

 「へえ? どうしてそう思うの」

 「それはねぇ、」


 この四季巡る国では、とある噂が徐々に広まっておりました。

なんでも冬の女王様は、大事な人を失ったのだと。

 恋に破れたのだという。


 「へへぇ」


 娘は年頃でした。

なんとはなく、そわそわとした心地になります。

思春期でもありましたし、働くことが唯一のかつかつ人生を送ってきましたので、そういったセンチメンタルな部分が刺激され、少し心が動揺しましたし、がぜん興味が湧きました。野次馬です。

 娘は、銀髪の男の子に白いパンのおすそ分けをし、話の続きを催促します。


 「それでね、女王様はたった一人を失ったって。

  嘆いて、寂しくなっちゃったんだって。

  愛した人が冬の日に帰ってくるんだって言ってたって。

  だから、冬をなくさないようにずっと塔の中で待っているんだって、

  そこの道端で近所の真向いのさらに川の向こう側に住んでる、

  キラキラしたお目めのおばちゃんに教えて貰った」


 近所の真向いの皮の向こう側に住んでるキラキラお目めのおばちゃんからさらに聞きにいったところ、それはおおよそ、このようなことだった。


 「冬の女王様の唯一は戦地へ向かい、散った」


 と。





 四季巡る国は、戦争なんてしたことのない平和主義な国でした。

だから、戦地、と聞き、ピンとこなかった娘ですが、念のため騎士に順番伺いのついでに疑問をぶつけてみました。


 「え、何。冬の女王様の噂? あれって、ただの噂だよ」


 昨日よりも疲れきった表情をしてみせるひょろ騎士は、それでも娘を邪険にせずに応えてみせた。

騎士の鏡です。


 「四季を巡る交代の季節に、

  塔の外を出た女王様に護衛として付き合う役目があってね。

  騎士だったり、護衛の経験がある召使いだったりするんだが、

  たいては騎士だけど、たまに、他国が戦争になったりすると、

  騎士の人手が足りないということで、

  市井しせいから募集することがあるんだよ。

  といっても、安全な王城から出ることは許されないけどね。

  やっぱり国に就職した人じゃないし。

  戦争なんてできやしない国だから、

  どうしてもそうなるんだよ」

 「戦争に騎士?」

 「ああ、騎士は視察に駆り出されるだけ。見張りだよ、見張り。

  戦争自体に係るわけじゃない、派遣されるんだ、戦争地に。

  お客さんとしてね。俺だって行ったことがあるよ、

  死んでも絶対に手出しするなと厳命されるけどね」


 そういえば、と娘は思い出します。

娘の国、隣国ではかつて戦争があったことを。

 娘が小さな頃のことでしょうか、あれのせいで父は帰らなくなった。

そして、母はたびたび、隣国へ探しに出かけたのです。この国に。





 宿に戻れば、温かな黄色いスープが待ち構えていました。

トウモロコシでできた砂糖が入っていないのに甘い味わいは隣国では望めない味です。正直、家族のためにも持って帰りたい味ですが、液体なので腐る以前に娘が飲み干すほうが先でしょう。

 すっかり好物になってしまったスープを前に、宿屋の男の子が口の端に黄色いスープの染みをつけながらも、不思議そうに娘の幸せそうな顔を眺めていました。


 「ん?どうしたの」


 娘は気づきます。


 「ううん、前から思ってたんだけど。

  お姉ちゃんの顔って、あのおじさんに似てるなって」

 「おじさん?」

 「うん。前にもこの宿に来たことがあるおじさんでね、

  とても渋い人だったよ、百面相をして。

  お姉ちゃんみたいな面白い顔をするの」





 そもそも、塔とはいったいなんぞや。

娘は情報をかき集めることにしました。

正解はないのかもしれない。だけど、やらないと後悔するかもしれない。

 まず、情報が集まる場所はどこかといつものひょろ長の騎士に尋ねに行きました。

有名サーカス団は冬の女王様を引っ張り出せず、失敗を受けてブーイングを受けている最中でした。

面倒見の良いひょろ長の騎士は、休みがないと連日連夜のお祭り騒ぎにげっそりとした表情をしながらも、教えてくれました。


 「図書館へ行ったら? あと、新聞社」

 「としょかん?」


 娘は、自分の名前しか把握していません。

だから、本という存在そのものは、まあ知ってはいましたが、かき集めた場所があるということを知りませんでした。


 「わあ、凄い!」


 だから、娘はたまらず大声を上げてしまいました。

あまりの静けさに娘の声が、図書館のドーム型の天井にまで響き渡ります。

 そのため、


「うるさい!」


 叱責されました。

図書館では静かにするのがマナーだからです。


 「あ、ごめんなさい」

 「ふむ、素直だな。良いがの」


 気を悪くした男は、偉そうな口調で読書中でした。

とてもリラックスした座り方をしていて、白い髭を蓄えていて恰好もぬくぬくとしており、頭も良さそうです。


 「あの、聞いていいですか?」

 「なんだ、不躾なやつじゃの。まあいいぞ、暇だし」


 仕事したくないと威風堂々言い張る男に目を丸くしましたが、娘は尋ねます。


 「あのね、雪の女王様のことなんだけど」

 「冬じゃな」

 「冬の女王様のことなんだけど、

  彼女はずっと女王様してたの?」

 「なんだ、そのことか」


 ふう、と顎髭の白いところを撫でながら、男は答えます。


 「あれは、生まれながらの雪の女……冬の女王じゃ。

  余が子供の頃から、ずっと、の」

 「へええ」

 「冷ややかな、厳しい目をした女じゃったわ。

  だが、あの冷酷な吊り上った顔を崩したいと挑んだ男は数知れず……、

  って、何を喋らせようとしておる、娘」

 「え、恋バナ?」

 「……ふむ、恋バナか。

  …………娘よ、ときにそなた、父親はどこにおるのか」

 「いないです。

  私が生まれてしばらくは一緒に暮らしてたみたいなんですけど、

  隣国の戦争が始まった途端、仕事だっていなくなって。

  それっきり。帰ってこないんです」

 「そうか……ふむ」


 男は皺をさらに深め、なんとも言い難い表情を浮かべたあと、


 「もしかすると、そちが鍵かもしれんな。

  我が国では無理だとしたら、隣国の娘に頼るしかあるまい。

  そら、鍵じゃ」

 「わ」


 言いながら、男は何かを放り投げてきました。

慌てて両手で受け取った娘、まじまじと見詰めます。

 赤、青、黒、白色。

四色の綺麗な石が散りばめられたそれは、なるほど、黄金の鍵でした。


 「その鍵を使い、塔の門を開いて向こう側へ潜ることを許す。

  行け、行って女王の心の雪を溶かせ」


 男はばっさりと言い放ち、重たそうな本を閉じて抱え、颯爽と図書館から出ていきました。

娘はぽつん、と一人呟きます。


「……あれ、私、隣の国の人間だって言ったっけ」





 順番が、とうとうやってきました。


 「どきどき」


 正直、もう何をやっても無駄な気はしています。

有名サーカス団は駄目だったし、腹踊りも無駄でした。音楽もさっきから鳴らしっぱなしでしたが、女王様はその顔姿形を、窓から覗かせることもなくうんともすんとも言わないのです。

 でも、やっぱりやらなきゃ女王様はいつまでたっても塔の中だし、あの銀色の髪の男の子が寂しそうに塔を眺めずに済みます。


 「女王様! 

  これ、見てください!」


 ぱっと見せつけたるは、黄色いハンカチ。幸せのハンカチだ。


 「私、隣の国からはるばるやって来ました!

  だから、女王様!

  どうして、こんなことをしているのか、気になって!」


 案の定、しーんと帰ってくる言葉はありません。芸も何も、ただ話しかけただけですから。

劇団のプロがやってみせても意味がなかったというのなら、やはり、直接面と向かってお願いしなければなりません。

 娘は度胸を決め、重厚な扉に黄金の鍵を使います。

 かちり。

 開きました。

 ざわめく背後を気にもせず、娘は門を潜り抜けます。

外野のずるいという叫びに、ひょろ長の騎士は答えました。


 「悪いね、こちらも正念場でね」





 「女王様!」


 ばたん、と閉じて薄暗くなった中を目を凝らして見れば、あちこちに豪奢な家具が山積みのように散在していました。ゼンマイ仕掛けの玩具もあります。静寂なる塔の中は見上げれば見上げるほどに螺旋階段がどこまでも続いていて、あちこちに扉がありました。

 また、壁にはドライフラワーが飾られていたり、美麗にもほどがある縦長の、大きな絵があったりしました。

 四枚あります。

それぞれ、目も眩まんばかりの美女が描かれており、娘は一人の美女に目が留まりました。それは、裸の樹枝の前に女性が佇んでいて、頭から縦長の布を被っています。手元には一匹の鳥。

 他の三人の美女の背景は華やかで色彩豊かなのに、彼女だけが寂しそうな背景をして、遠い目をしています。

 立派な、立派な絵でした。

塔を初めて目にしたときと同じ衝撃を受けた娘は、ただただ、人の二倍はあるでしょう背丈の、巨大な絵に感動していました。


 「わあ……」


 娘の思わずこぼした声は塔の中を反響し、ほどほどに篭りました。


 「女王様……」


 呟く声も、しんしんと降りしきる雪のように静まり返っていきます。

立ち尽くしますが、人の気配を探します。いるはずなのです、国が自ら率先してやっていることに無駄はないはずです。

 かつん、と一歩足を踏み出せば、どこぞからぱちり、と。

 何か、物音がした。

 はっとした娘、誘われるかのように、ぐるぐると螺旋階段を登り。とある光漏れる扉の前に立ちます。心細さを感じないわけでもないのですが、冷えた塔の中にいつまでもいたいとは思えませんでした。防寒具のマフラーだけでは身心が凍えます。手もかじかみ始めました。

 ぐっと気持ちを決めて、こん、こんと、規則正しく扉をノックします。


 「お入りなさい」


 娘は思わず瞬きます。

それは確かに、女性の。優しげな声だったから。

 促され、娘はドアノブに手を伸ばし、戸を開きます。


 「失礼、します……」


 まず目についたのが、温かそうな暖炉でした。

ぱちり、ぱちりと薪から火の粉を飛ばし、やや半分白くなって燃え尽きています。

 その暖炉の前に、人影があり。

一人の人間が、揺りかごのような椅子に、後ろ向きで座っていました。

 娘は、そろりそろりと、いつになく足を動かします。なんせ靴の下がふわふわとした毛の絨毯でしたから。歩けば歩くほどに沈む高級な絨毯は、まるで沼のようでした。


 「さあ、暖炉の前へ。寒かったでしょう」


 鈴の鳴るような声でした。

女性の前に移動した娘は、ようやく、彼女が冬の女王様であることを把握しました。

 額には、女王の冠。青い宝石が中央で輝いていて、青白い肌の女性です。ですが、豊かな銀髪が美しく顎に寄り添い、彼女の端麗な顔を引き立てます。それはそれは、整った容貌にぴったりの。本当に想像通りの、美しい女性だったのです。また、あの絵画に良く似たお人でした。


 「女王様……」

 「さ」


 手入れをしているであろう、彼女のほっそりとした指先に誘導され、娘は暖炉の前に陣取ります。

座り心地も素晴らしいものでした。ほう、と思わず娘はため息をつきます。毛の絨毯は、生まれて初めて座る高級な椅子のようなものです。地べたでしたが。


 「温かな飲み物でも飲ませましょう」


 女王様は、手元にある本物の鈴を鳴らしました。

途端、やってきたのは召使いです。

 娘はびしっと糊のきいたお仕着せの召使いから渡されたホットミルクを与えられ、指を温めます。そして、一口、恐る恐る飲み込めば、なるほど、とても美味しく甘い味です。


 「ふふ、蜂蜜入りよ。

  美味しいでしょう?

  間違って購入したもので、いつ使おうか迷っていたのよ」


 使用することができて良かったわ、なんて私の様子を見てコロコロと笑う女王様。

彼女は、自身の唇に人差し指を当てくれたので、娘は慌てて袖口で口を拭いました。鼻に牛乳が付着していたようです。


 「あなた、名前は?」

 「……ティーダ」


 上目使いで見上げると、女王はゆったりと揺りかごを揺らしながら、


 「テンダル、チダル……太陽って意味だったかしら。

  良い名前ね、私の生まれ故郷の言葉よ」


 ひとしきり瞬く娘を、柔らかな瞳で視界に入れます。


 「ティーダ。

  わたくしは望んで塔に住んでいます。

  さて、あなたはわたくしにいったいなにを望んでいるのですか?」


 娘は、ティーダはごくりと気持ちを切り替えます。

ぎゅっとコップを握りしめ、伝えることにしました。


 「……雪の女王様、

  もうすぐそこに春が来ています。

  だから、春をお願いしたいのです」

 「そう……でも、わたくしはもう少しこの塔に居たいわ」

 「でも、それだと春が来ません。

  渡り鳥たちも、戸惑っています。

  この四季巡る国の人々も、今は楽しんでいるようですが、

  これからが大変だと思います。 

  冬では植物が育たず、食べるものがありません。

  みんなが困ります」

 「けれど、春の女王だって来ないわ」


 そうなのだ。

春の女王様の所在が問題だった。

 ティーダがやって来て最初に思ったこと。

それは、春の女王様を始めとする、冬以外の季節を司る女王様の存在でした。


 「わたくし、ずっと待っているのよ。

  春の女王を。

  でも、待ち人来ず。くたびれたわ」

 「う……」

 「春の女王が来なければ春は訪れないし。

  わたくしだって塔から離れれば、季節が狂ってしまう」


 冬の女王のおっしゃる通り、もし彼女が塔から出てしまったらとんでもないことになってしまうのかもしれない。娘は身震いをした。まさか、こんなにも実情は大問題だったとは。季節が狂えば、夏がきてすぐに冬が来てしまうのかもしれません。

 また、春が来て、突然秋が来るかもしれません。逆に、冬から夏と。とんでもない風が吹き荒れ、山が嘆き、海が干上がり、動物たちが生き残ることができなくなるのかもしれません。

 娘は悩みます。


 「ティーダ、ひとつ提案なのだけれど。

  わたくしと、この塔に暮らしましょう。

  ここは寒い国だけれど中は温かいわ」

 「でも、春の女王様を探さないと」

 「大丈夫よ」


 いいのかな?

と思ったけれど、女王様と召使いの住む塔に、今日だけは滞在することにしました。

 なんせ、ここはびっくり箱のような場所でしたから。

女王様も久方ぶりの客人に、重い腰を上げてドレスの裾をさばきました。

 年頃の娘にはどれもこれもが新鮮に映るものばかりでした、ドライフラワーはすりつぶして程よい湯で飲めば薬になるし、四枚の巨大絵画は皆、予想通り、季節の女王様方の絵姿であり、旅の絵師が描いたそれらは四人の女王にとってお気に入りのモチーフでもありましたから。

 真白い息をこぼしながら、女王は呟きます。


 「この絵を描いた男は娘が二人と妻がいると言ってね。

  早く帰国したいが仕事をしなきゃいかんと、

  ぶつぶつ不気味な言葉を吐きながら、

  あれこれと話をしていったわ」

 「不気味……」

 「可愛い娘のために、無理をして国に尽くしてきたと 

  言ってもいたわね。

  ちょうど、あなたぐらいの年頃かもしれないわ」

 「でも、私のお父さんは絵を描くほどの腕を持っていない、

  不器用な父で」

 「あら、そうなの?

  でも、器用そうな人だったわ。

  四季を司る春の女王は、特にあの男に懐いていたわ。

  ……そうね、わたくしが出来ることといえば、

  春の女王のために生活をすることぐらいかしら」





 早朝、娘はぼんやりとした眼で屋上から周囲を見渡します。

塔の周りはまるっと白い平原です。そして、ティーダはぼんやり眼を覚醒させていきます。冬の寂しさは、娘の目には輝かんばかりの美しい風景画です。


 「わ……」


 雪が、はらはらと舞っている。

それも、太陽の光を浴びて。

ダイヤモンドのように、宝石みたいに光っていました。

きらきら、きらきら。

太陽に煌めき、空を舞う。

自然の光景でしたが冬というものが存在しなくなった隣国生まれの娘にとって、それは、とても大事な冬の女王からのプレゼントでした。


 「どう?

  気に入ったかしら」

 「雪の女王様……」

 「色々と教えてあげるわ。

  雪の降り方は教えてあげられないけれど、

  命の芽吹きは分かるわ、ポインセチアやスノードロップの咲かせ方も」

 「わあ! じゃあ、オレンジ色の花はどうですか?」

 「カランコエかしら」


 女王は、暴風雪や大雪をあまり降らせませんでした。

大事なときは思いっきり降らせることもあるけれども、基本的に管理された四季の巡りの国である、塔も、そのために生まれた古代の機械というものであると教えてくれました。


 「渡り鳥たちも、隣国から飛んできたみたいね。 

  夏の女王が来る前にいなくなる鳥よ」


 見上げれば、くの字になって鳥が空高く翼を動かしている。


 「ティーダ。

  明日も、これからもこの塔に住んでいいのよ?」


 女王様のせっかくの好意でしたが、娘は断ります。


 「でも、私、行かなきゃ。

  春の女王様を、迎えに行きます」

 「そう……どうしても?」

 「どうしてもです」


 冬の女王様は寂しげに微笑みます。





 「私、春の女王様を探しているんですが」


 捜しに来たのは、新聞社でした。

ここは、あらゆる情報が集まるとひょろい騎士に教えられた所です。出てきた記者は、うーん、と唸りながらもしゃんと答えます。


 「春の女王は王城にいるんじゃなかったっけか?」


 おい、応対した黒ひげの記者は、おい、などと後輩に振り返ります。机にかじりついていた後輩は昼ご飯を邪魔されて嫌そうにしていましたが、先輩の問い合わせは絶対です。


 「そっすね。

  ですけど、うん、誰も姿を見てないっすよ、春の女王様」

 「なぁにぃ?

  スクープじゃないか! どうして言わない!」

 「い、いやだって! 冬の女王様のほうが美人だから、

  記事はお金になるし話題にもなるって先輩が、ふがっ」


 がくがくと食べ物を口に入れたまま揺すられている後輩記者は、とある言葉をパンの端切れと共に口にしました。


 「ふがが、ふが。

  じょ、春の女王様はっ、その、本当かどうかわかんないんですけどっ、

  塔から王城に移動するときにお城と塔の移動ばかりの人生に

  嫌気が差したと、愛の逃避行をしたっていう噂がっ!」

 「ほお!」

 「で、ででですがっ、

  あくまでも噂ですぅ! 嘘臭いじゃないですか!」

 「詳しく教えてください!」


 黒ひげの記者と共に後輩の話をまとめると、こうなりました。

なんでも、春の女王様は、とある出入りをしていた男性と恋に落ちた、と。

 ですが、女王様は交代すれば王城へと閉じ込められます。

当時は戦争をしており、女王様方を守る騎士たちの数が不足しており、国境沿いや見張りに騎士たちは駆り出され女王様方は安全なお城に住むことを余儀なくされていたのでした。

 長い戦争でした。

女王様たちは、出歩くことも禁止されていたため、彼女たちを慰めるために、ひとりの絵師を引き合わされました。話し相手になればということでしたが、気分転換にもなったそうで、女王様方は、彼の異国の話や、絵を大層気に入ったそうです。交代する塔の中にも特別に入ることが国王直々に許可され、巨大な四枚の絵姿を描くことも許されたほどです。


 「……あの四枚の絵が……」


 そういえば、春の女王様。

とても美しい絵でした。

 豊かな金色の髪は背中にまで流れており、ゆったりとした服は高貴で懐に抱くハープと小鳥たちはさぞ美しい音色を奏でただろうことは、その小さな花々に彩られた絵姿だけで想像でき、楽しめるほどです。


 「……」


 娘は、己の毛先を手櫛ですかします。

太陽のように、煌めく金色の髪でした。





 宿に戻ると、少年が飛び出てきました。

以前と比べ背も伸び、手足に筋肉がついています。とても元気そうにしていました。


 「久しぶりですね、ティーダさん。

  ……あれ?

  どうしました」


 なんだか、少年のくすみのない銀髪が羨ましくも思いましたし、懐かしくて目端がじわりと滲みます。


 「ううん、なんでもないの」


 娘は腕で己の目元を擦ります。


 「あ、ダメですよ、

  強く擦るとあとが残ります、せっかく可愛い顔をしてるのに」


 ぷっと吹き出す娘に、銀髪の男の子はむっとします。


 「ティーダさんはいつまでたっても、小さいままだ」

 「ああ、ごめんなさい。

  せっかく心配してくれたのに」


 言いながら、娘は黄色いハンカチを広げます。

妹お手製の幸せのハンカチです。大事なものでしたが、少しでも涙を吸ってくれれば分かち合えると思ったのです。


 「あ、猫だ」

 「可愛いでしょう?

  フワフワモコモコの猫ちゃん。

  毛深くて、しかめっ面をよくしてるのよ。

  白い花をよく食べて、温かな窓辺がお気に入りでいつもゴロゴロしてる」

 「……冬毛ですね」

 「うん。この国の生まれの猫なの。

  私、今まで気付かなかった」


 娘は、太陽ともいうべき朗らかな笑みをしてみせました。

金の髪は豊かで、柔らかな色をしています。


 「私、塔に行くべきなのよね」

 「……ティーダさん」


 男の子は、彼女の名前を呼びながら、くしゃりと悲しげにしてみせます。

少年の面立ちは、明らかに冬の女王とそっくりでした。きっと成長すれば、誰もが振り返り、誰もが期待するような青年になることでしょう。

 彼は、独り立ちができます。

ですが娘にはもう、一本の道しか進むべき道はありません。


 「お母さんがたびたび、

  この国にお父さんを探しに来てたけれど。

  きっと、そうなのね。

  この国のために訪れ、春を呼んでいたのね。

  私、春の女王になる」





 塔へ。

そこには、騎士たちが勢ぞろいしています。


 「ようこそ、小さな春の女王様」


 ひょろりとした騎士は、立派な軍服を身にまとい、しっかりと剣を携え、ティーダを待ち構えていました。


 「さあ、国王様と冬の女王様がお待ちです」


 騎士たちは整列し、さっと剣で道を作り、天へ向けて持ち直しました。

剣の音が、木霊します。

 雪が、ティーダが一歩踏みしめるごとに、消えていきます。

そして、娘が歩き過ぎた足跡に、緑が芽生えて花が咲き、辺りに緑の風が吹き抜けていきます。

 春風はティーダの髪を優しく撫で、国中へと淡雪を溶かしに旅立ちます。


 「よくぞ来た、春の女王の娘」


 塔の前に、いつか見た図書館での白髭の気難しげな男と、繊細そうな男が控えています。

さらには、


 「ようこそ、春の女王の娘、ティーダ。

  わたくしの大事な友達の娘」


 冴え渡る美貌を誇る冬の女王様が立っていました。

瞼を伏せ、息子そっくりの悲しげな表情を浮かべます。


 「ティーダ。

  あなたの妹が去年、病で倒れ、あなたの母である春の女王は、

  春をずっと呼び寄せ、隣国から離れられないでいるわ。

  少しでも離れたら、あなたの妹が苦しむと分かっているから」


 こくりと頷きます。

春以外の季節を、妹は苦しがっていました。


 「人の間に混じって生きることを選択したあなたの母は、

  この国で生きることを拒絶したわ。

  それもこれも、娘である貴女方二人の幸せを願い、

  普通の暮らしをさせてあげたがった。

  わたくしも……、」


 言いながら、冬の女王は苦笑します。


 「いいえ、もう。遅いことね。

  わたくしたちは神話の時代から生きてきた女王だもの。

  さあ、いらっしゃい。

  春を呼ぶ子。

  小さな春の女王」





 そうして、季節は無事に巡りました。

幾度も、何年も星が過ぎ去り、ひとつの流星が天に張り付きましたが銀髪の青年が騎士として登場し、舞台は小さな春の女王が銀髪の騎士の手を取り、胸元に贈られた黄色いハンカチを飾って踊りました。

 春の女王はオレンジ色の花で辺りをいっぱいにして、元気になった妹と母を呼び寄せて世界に幸せを運んだということです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ