JUNGLE UNDER
生物としての分類ならば、人間に近い。見た目はそれを頷ける。
頭、腹、胸、腕、足が人間と同じ配置に成されており、細かく動けるように作られた指、爪、髪が、ゴリラやサルといった似た哺乳類と異なることを示す。
「きゃきゃきゃ」
子供ぐらいのサイズ、身体についた汚れは土色と赤色。服は着ない。
肉食の生物であるが、基本はなんでも食べられる。果物を食ったり魚も食べたり、草木も食べる。なんでも消化し、排出もする。どこでもそれをする。
育ちを超えた植物に包まれるジャングルの中に、その生物がいたとされる。
繰り返す、彼は人間に近い容姿であるが。人間として認められなかった。そのことに彼は怒りなど沸く事はない。理解すらも彼にはないからだ。食うか食われるかの世界という理解だけの彼だ。
「きゃーーきゃきゃきゃ」
肉食の生物であり、主に人間を主食として喰う。危険性のみが街を、国を、世界をも伝わせた。
しかし、
その彼にまだ”名”はない。
◇ ◇
軍隊はなんのためにある?
「国家の象徴及び、外敵への対応」
「うむ。模範的な回答。軍事なくして、国は生まれない。軍を持たない国など、この世にもファンタジーの中にもありえない」
国が動き始めるきっかけは、とあるジャングルの中にあった農村の全壊であった。
スコールや地震といった災害ではなく、怪物でも横切ったかのような建物や地面の損壊であり、村人達の死骸が明らかに殺されているのに、銃火器や科学兵器といった仕業でもないからだ。
その近辺には行方不明者も何十人か現れており、調査及びその仕業の解明が軍隊に指令として出された。
銃器を携えて歩く軍人達の様子は、内乱を収める確かな武力があった。
人間 VS 人間。お互いに拳銃などの殺傷兵器を持っている戦争において、人間というのは殺戮をするかしないかを決める。神に近い選択を持つ存在。生殺与奪とは、それに近い。
そうなしえた人間の造った科学力と、悪意の感情を糧にした非道さは、この世にいる生物達にはない悪の強さであろう。そして、忘れてしまった。
自然の中で生きる、生物達の戦い方というものを。
「合計で何名の参加なんです?」
「1820名の参加だ。治療班も含んでいるがな」
「暴動の鎮圧かなにかですか?たかが調査でしょう」
「まぁ、国にいるライオンを残らず殺す、くらいなら容易いんだろうな」
「?」
「中にはいるんだよ。人間の中にもいる、本当の怪物って奴が……。それじゃねぇのかって、軍の上層部はそんな答えを出そうとしてんだ」
「脅かさないでくださいよ、先輩。今の動物だって、銃を知っているくらいです。人間が強くて怯えることも、本能に刻まれているくらいにね。獣が人間を殺すのには驚きませんが、軍隊と戦う1頭の獣なんざいるんですか?って話です」
フィールドは人間が生活するにはとても不適切なジャングル。巨大な草葉と樹木、そこに生息する奇妙な昆虫達、鳥類も猿達も樹上で争う。そこの戦いのルールは、勝者と敗者ではなく、喰う者と喰われる者の2択。まいったなどという停戦協定はない。
軍服の迷彩柄はジャングルに溶け込みやすい。生活においては不適切であるが、人海戦術を用いる戦闘などにおいては決してここに住んでいる生物に劣らない術を人間達は持ち合わせている。
しかし、
「?」
気配すら感じず、人海戦術という卑怯にも正しきにも感じるやり取りが同じであり、それらを互いに言い訳無用とし、奇襲かつ即死する一撃を繰り出した存在がいた。
集団で固まっていながら、警戒心が薄そうな奴の背後から襲う、その彼
「きゃきゃ」
腹部を素手で貫く。その一撃もヤバイが、
「な、なっ……」
「出っ!!」
なによりも誰も、彼が奇襲を仕掛けて、完璧に成されたところまで気付けなかった。
「デッ!」
彼は集団の中。喜怒哀楽のような感情を持ち合わせていないが、野生としての勘と学習知能、自然が教えてくれた厳しさとそこの常識は、彼の足りない知能をカバーしていた。
集団で暴れたり、大きな声を発しようとする者から、標的にしていく。
軍人が担いでいた武器、それを使うという刹那。使わせない傷を与えるという行動と攻撃を結果として、軍人達に与えるのである。
足で武器を扱える者は少ないし、瞬時にできる者もいない。必殺となる首より上の破壊、それが困難なら上腕を破壊する彼の戦闘における思考は軍人よりも戦闘に特化していた。
「………………」
「きゃきゃきゃきゃ」
奇襲からの集団虐殺は5秒ほどである。なんでもありならば、軍人10人くらい瞬殺である。
ドクンッ……ドクンッ……
倒れた死体の中にはいる。生きていながら、死んだふりをする輩。油断させ、背を向けたところに襲い掛かる正しき卑劣者。見分け方があるし、対処の仕方もある。
グシャアァッ
ちゃんと殺せばいいこと。死体と判断するため、首を切断したり、胴体を真っ二つにしたりと。彼は自然界の中でその答えを知れた。
「撃て!撃てぇぇっ!!」
「奴が標的だ!」
「きゃ?」
弾幕を張り始める軍隊のチームと遭遇。ジャングルという大自然は多くの障害物を作ってくれた。隠れ蓑として使ったり、防壁としても活躍する。彼はいったん、身を退いてから地面に両手をかざす。土竜という生物を見た、この生物は土を掻いて地中へ逃げ込んでいく。
誰かがしているから真似していい、理論。
地面を潜り、銃弾とは縁のない地中からの潜行。
ガシィッ
軍人の足を下から掴んで
「うおおぉぉっ!!?」
地中にひきずり込んで、生き埋め。確実に銃撃を免れ、こちらは必殺にできる地中からの攻撃は効率良く、この時は好んだ。
縦横無尽という言葉に相応しい、戦闘の仕方は軍隊の手を煩わせるだけに留まらなかった。
「くそ、見失った!」
「足を狙うんだぞ!機動力を奪うんだ!」
まず、彼は人間を超越したスピードでジャングルの中を移動する。木々を飛び回り、軍人達の隙を見抜いて的確な急襲を仕掛ける。当然ながらつけている防弾チョッキも、素手で容易く壊す腕力。そして、状況危うしとなれば、素早く身を隠して次の機を伺う。ヒットアンドアウェイにしては確実過ぎて、調子に乗りたいところを堪えている。
「きゃ」
時に罠を仕掛け、集団で彼を囲んでも……。
ドスウゥッ
一手目で集団の中にいる1人。標的とされた者は顔面を手で刺殺される。飛び交う銃弾がゆっくりと見えているのか、神懸かりな反射神経と動体視力でまったく恐れずに回避。その最中に2人ほど、首を跳ね飛ばす。集団で囲まれたとしても、戦闘として機能する人数はせいぜい5人。その周りをいくら覆っても、彼に一撃与えるのはまだ底知れない体力が尽きる時だけだろう。
結果として、
彼はわずか一日で、自分が住むジャングルに足を踏み入れた軍人、1820人中。1089人の命を奪い取り、食いつくした。人間同士でやるにはあまりにも差がある生物であり、いくら兵器を持っても、その生物と向き合って退治できる代物がなかった。
そこで国は軍隊の調査と始末から、手段を択ばず結果を出す方向にシフトする。
◇ ◇
「なるほど」
後日のこと。
1人の男がその残虐なやり取りを見届けた。国の軍関係者と対談していた。
「焼き討ちか。それは有効だな」
「いくら軍隊を投入してもダメだった。彼の居住を奪いさえすれば消える。野獣に土地を与えるよりも、人間のためにある土地の方が有意義だろう。あそこを何年もかけ、農場にしようと思う」
彼の住んでいたジャングルは上空からの爆撃と、地上から放った大火によって消失した。ここまでの大がかりを国一つで認めるには難しく、様々な場所から援助をもらった。
「軍隊のあるべき、理不尽な力。改めて、見させてもらった」
「ダーリヤ様。此度はご支援、感謝いたす」
「こちらも嬉しい。口述も、夢も、見させてもらった」
「?というのは……」
焼かれたジャングルが見えるこの場所は、ジャングルからでも見えたということ。悔しさは恨みとなって、
ドタアアァァッ
「きゃきゃきゃーーーっっ!!」
「な、な、……て、天井からやってきただと!?」
「野生児の復讐は恐ろしいぞ」
「ダ、ダーリヤ様。助けていただきたい」
彼の眼は、人間2人に明らかな敵意を見せていた。
「遠慮しよう。これはお前等の負けだ。お前が負けてから戦っても遅くはないから」
「そ、そんな……」
彼はダーリヤに眼もくれない。無抵抗に、泣くという行為をさらけ出したから襲い掛かった。心の弱さを感じ取り、殺しやすい奴から殺す。自然の発想だ。
「やめ、やめろ」
「きゃきゃきゃきゃ!!」
住処を奪った。それもただ指令を出すだけの存在だ。どれだけ軍人や住民が恐怖し、死んでいったか。己の判断の誤り。悔いる死に方をすべきと、食い殺される様を、隣でダーリヤは落ち着いて見ていた。
「その実力。一国に収めるにはもったいない」
食事を済ませた後、すぐ彼はダーリヤの方に意識を向ける。
「俺と共に来い。ただ戦うだけで終わる者じゃないぞ、生きるためならば俺と来い」
言葉や知識を持たない彼を、人間として認めようとしていたダーリヤ。
後に仲間であり、ダーリヤの部下として行動を共にする事になる。