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Straysheep  作者: ジョニー
5/11

4・Welcome to......

      A


 車道側を歩く俺の横を、軽自動車が排気ガスをまき散らしながら走り去る。並んで歩いてはいても、俺が先導する形で歩道を歩く。女の子は明らかに不審な俺を少しは警戒しているのか、口を開かずについてきていた。

 悟られないように、観察する。

 学校帰りらしく、制服を着ている。紺のブレザーの襟に白いラインが入っているデザインで、細身の体によく似合っている。スカートは縦に細いラインが幾筋か模様として入っていて、女子高生らしく丈は膝の上だが、短すぎるわけではない。言動から判断しても、短慮な人間ではないだろう。俺は本心からも、相手の緊張を打ち消すためにも軽く笑った。相手が賢くあればあるほど、籠絡の策を練るのは面白い。


      B


 つい勢いで話に乗ってしまったが、信用していい人なのか今更不安になってきた。線の細い彼が、わたしに力尽くでなにかをする、なんてことはしないだろうけど。

 横を歩く彼をじっと観察する。黒い髪の毛はくせっ毛で、ところどころはねている。服装にこだわりでもあるのか、色は違えどいつも同じ格好。ただ、目を引くのが何よりも不恰好に大きな眼鏡だった。太くしっかりとした四角いフレームで、顔の三分の一は覆っているのではないかというほどの大きさだ。口元には微笑が浮かんでいて、目の大きさや鼻筋を含めた女性的な顔立ち、男の人としては低い身長も相まって、人の良さらしいものがにじみ出ている。

 横を歩く笑顔が自分に向けられた。

「……なにか顔についてる?」

「え、いえ、なにも」

「良かった。あんまり凝視してるもんだからさ」

「凝視……し、してませんよ」

「そうかな?さっき物陰から見られてるときも、透視でもされるんじゃないかって勢いだったからね。さすがにちょっとむず痒かったよ」

 顔に血流が集結する。

「そんなに見てないですよ!あ、あれはあなたが怪しかったからであって」

「ははは、そうかもね」

 さらにとんでもないことに気づいた。恐る恐る訊いてみる。

「……もしかして、隠れて後をつけてたのも、知ってたんですか?」

 さも当然のように彼は首肯した。

「うん、最初から」

 ……死んでしまいたい。痴態を晒していることにすら気がつかないなんて。我ながら完璧な尾行だとすら思っていたのに。

 うつむいたわたしの様子から察したのか、彼は意地悪そうに笑う。

「そもそも隠れてたの?あれで」

 追い打ちをかけられた。もう顔が上げられない。


      A


 反応が面白い彼女をからかうのも一興だが、あまりふざけて機嫌を損ねたら堪らない。

 徒歩五分、目的地に到着。最近構えたばかりの事務所の入ったビルを見上げる。五階建ての雑居ビルで、建物ごと売りに出されていたのを運よく手に入れることができた。拠点が無ければ『活動』もままならない。実に都合よくいい物件に巡り合えたのは、どれもこれもジョニーさんのおかげだ。

 ビルの一階の店の看板から、女の子はこう推測した。

「バー、ですか?」

 そう、一階部分ではジョニーさんが経営するバー『binoculars(ビノキュラーズ)』。ツテを頼りにビルを探し当ててくれたのはジョニーさんなのに、ワンフロアの私有だけでいいとは。本当に謙虚なお人だ。

 ともかく、今案内するのは二階だ。道路に面した入口から、俺は無言で建物内部へ入る階段を上っていく。薄暗い、人一人分程度の幅の階段を上がりながら、自分たちも看板を出さなきゃ『お客』が来ないな、と思った。


      B


 銀色の円筒状、俗にインテグラル錠と呼ばれるドアに鍵が差し込まれる。意味もなく緊張して唾を飲み込んだ。

「ようこそ、俺たちの事務所へ」

 そこは、まさに事務所と呼ぶにふさわしい場所だった。

 入ったドアから左手、道路側の壁には端から端まで窓があり、白いブラインドが下げられている。窓際には、事務机、とでも言うのだろうか。事務所よりは学校の職員室にありそうなグレーの簡素なデスクがある。ただ、椅子だけは黒革のような立派なものなのがミスマッチだ。部屋の中央にはソファが向かい合わせに二つ。その間には背の低いテーブルが設置されている。右手にはキッチン、冷蔵庫。生活に必要なものだけが最低限揃えられているだけで、飾り気はない。他にも扉がいくつか。お手洗いなどだろうか。

「あの、……ここは?」

「最近手に入れた俺たちの会社本部だよ。これから活動するにあたって、非常に重要な拠点になる。見ての通り、俺たちの生活場所でもあるけどね」

「さっきから『俺たち』って言ってますけど、他にも誰かいるんですか?」

「それも含めて、説明するよ。とりあえず座って座って」

 勧められるがままにドアに近い方のソファに腰を下ろす。柔らかく体が沈むようで、座り心地はとてもいい。三人用なのか、わたしひとりが座るには少々大きい。

「さて」

 向かいのもう一つに座って眼鏡の少年は、後ろを向いて声を上げた。

「タカナミさーん、お連れしましたよー」

 彼の視線の先には、入り口と同じようなアルミ製のドアがあり、そこから「おー」とくぐもって男の人の声がした。ガチャリとドアノブが回され、ふらりと大人の男性が現れた。

 薄い水色の、ポケットがたくさんついた作業服の上下。建築関係の仕事を連想させる。背は、日本人としては普通。目測で百七十五センチと見た。髪は短く、逆立ってはいるが、自分で整えたわけでもないのだろう。要するに、そんな暇なことをする歳には見えないということだ。疲れたような表情にあごの薄く残る無精ひげは、三十代半ばあたりの倦怠感のような雰囲気をまとわせている。

 彼は気だるげにわたしを見て、片手を上げた。

「ども」

「こ、こんにちは」

 わたしと男性の挨拶の間に挟まれた少年が、ぱん、と両手を叩いた。

「さあ、揃ったところで。自己紹介から始めようか」


 少年は、タイヤ付のホワイトボードを引いてきた。男性の方はキッチンに立ち、腰に手を当て、体を反らしながら訊いてくる。

「なんか飲むか?緑茶、紅茶、コーヒー」

 その質問が一応は客人であるわたしに向けられたものだと気づき、慌てて返答する。

「あ、コーヒーでお願いします」

「お前は?」

 お前と呼ばれた少年は気にすることもなく「牛乳で」と即答した。

「なんでいつも牛乳なの?いいけど」

 突然連れてこられた空間で、拳を膝に置いて固まっているわたしを見かねた少年が、ペンのキャップを外した。ホワイトボードに文字を書いてゆく。

「まず、俺の名前は……シラザワ・サイキ。よろしくね」

 ボードには、黒で『白澤才樹』と書かれている。品定めでもするように文字を見つめる。彼は行動からして不審さは明確だ。わたしに接近してきた目的を探るために、リスクを承知でここまでついて来たけれど。となるとあれも本名かどうかわからない。

 わたしの考えを見抜いたように、彼は笑う。

「本名だよ」

「証拠はありますか」

「疑り深いね。当然かな?君に信用してもらいたいから、嘘はつくつもりはないけど……」

 すると男性が間延びした声で、

「サイキお前、また疑われるようなことしたんだろ。余計なことしか言いやがらねえしな」

「高浪さん……また人をファンタジスタみたいに言って」

「一個も褒めなかったろ、どう受け取ったらそうなんだよ」

 タカナミと呼ばれた男性が少年にマグカップを渡した。

「そういうことをさらっというのも俺に失礼だと思います」

「そいつは置いとこうや。で、俺がタカナミ・ケンスケ。ほい、これ」

 わたしの前のテーブルにカップを置く。砂糖が入っているかは見ても分からないけど、色だけならブラックのホットコーヒーだ。

「ありがとうございます」

「インスタントで悪いな。ミルク&シュガーは?」

「お気遣いなく」

「お、いけるクチか」

 ……コーヒーの、『いけるクチ』とは?

 わたしのささやかな疑問をよそに、タカナミさんは少年を指さして、

「こいつがさー?いっつも牛乳しか飲まねんだよ。コーヒーは眠気覚ましに良いって言ってんのに。なあ?」

「はあ……」

「いいじゃないですか。好みの問題ですよ。それを言うなら高浪さんも仕事帰りに飲んでくるのはやめましょうよ。朝方にこそこそジョニーさんにたかってるの知ってるんですよ?」

「なっ‼なぜそれをっ!」

「あなたの愚行はお見通しです!いい大人が、温和な彼の人柄につけこんで……空しいと思わないんですか?」

「あの!」

 堪えかねて、つい声をあげ会話を中断させてしまった。その勢いに任せて問いを重ねていく。

「あなたたちは何者なんですか?どうして殺人事件の現場、わたしの家の近くに何度も現れたんですか?なぜ……わたしを、ここに連れて来たんですか?」

 今まで黙っていて唐突に喋りだしたわたしに面食らったようだったが、少年はすぐに落ち着いた声でこう切り出した。

「ごめんごめん。それじゃあ話そうか。俺たちの目的をね」


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