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Straysheep  作者: ジョニー
4/11

3・疑念

      B


 誰も予想出来得なかった事件の犯人に、世間は大いに騒いでいた。まさか未確認、未知の生物が殺人事件の犯人だとは、コンピュータだって推理できない。

 その犯人の正体が暴かれた翌朝、わたしは呆然とテレビのニュースを見ていた。昨夜、二体の怪物が消えた後、わたしはすぐ自宅の玄関に駆け込んだ。突然の闘争から命からがら逃げ、心臓をばくばく言わせながらも、怪物の片方のことについて考えていた。あの生き物は、わたしを助けたのだろうか。

 多くの人の目撃情報と状況証拠から、照橋さんやこれまでの被害者は、あの羊に似た怪物に殺害された、と警察も結論づけた。前代未聞の出来事に世界は震撼し、捜査にも力が入り、メディアもしばらくはネタに困らないだろう。

 わたしはすぐに逃げたため、被害者になりかけたことは誰にも知られていない。面倒事に巻き込まれ両親に心配をかけるのも嫌だったので、自ら名乗り出るようなこともしなかった。

「この生物がね、わざわざ夜、人目につかないように殺人を行っていたということはね、明確に人への対処法と恨みが備わっているということなんですよ。これは人類の危機なんじゃないですか?」

 朝食を見ながら作るテレビの中では、コメンテーターがずいぶん大それた人類の行く末を先読みしている。いつもならこういう意見には頷けないけど、わたしにはあることがその懸念を強くした。

『隠れて!早く!』

 わたしを助けた方の怪物は、日本語を喋ったのだ。イントネーションにも不備のない、完璧な人の言葉。それを知るのは、目の前で二体の戦いを見たわたしだけだ。

 この情報が、捜査の進展につながるだろうか。信じてもらえるかは別として、議論を呼ぶことは間違いない。怪物が人語を真似したか、覚えたか。それぐらいの知能があるとすれば、大問題だ。それとも、ごく当然に予測されることとして、あの巨大な生物が実は……。そしてその声には、自信が無いながらも聞き覚えがあった――。

まさか。考えを振り払うために首を横に振ると、コンロ上の鍋からお湯が吹きこぼれるのが見えた。

「あっ!」

 考え事に没入しすぎて、また失敗してしまった。焦ってつい素手で蓋を取ったら、湯気で指を火傷した。


      A


 いつかこうなることは分かっていたが、まさか自分が最初に怪物の身を世間に晒すことになるとは。あるビルの二階、俺たちの事務所。テーブルに立てられた携帯電話で、ニュースを食い入るように見る。

『……目撃者の証言によると、その生き物は体長七メートルほどで、全身を黒い毛で覆われ、草食動物に似た頭部の形を持つ……』

「なるほど、つまり……」

 隣でニュースを見ていた高浪さんは一呼吸おいて、

「……どういうことだ?」と疑問符を浮かべた。

 まあ、そう言うだろうと思っていた。俺も昨夜は疑問に思った。

「やっちまったってことですね」

「そりゃ俺にもわかる」

後頭部をぽりぽり掻く高浪さんを尻目に、俺は考えをまとめる。

 本来なら、眠りに落ちてからの体の所有権は無いはずだ。勝手に殺人を犯して帰ってくる。しかし昨日は違った。おそらく『獲物』を探して跳び回っているところで突如俺の意識が発現し、別の羊に遭遇。撃退できるほど自由に怪物の体を動かせた。では昨夜、『本来』と違ったことと言えば?

 俺が助けた、高校生と思われる女の子。

 あの子を見たとき不思議な感覚を覚えた。どうしようもない現状に焦り、ぐちゃぐちゃに荒れていた心が洗われるような心地よい感覚。

 俺はいつも理詰めで物を考えるので、感覚に行動を委ねるのは少々不本意だが、これに賭けてみるしかない。

「ま、考えがあるんだろ。お前に任せるよ」

 無言で考え込む俺を見てすぐに返答はないと判断したのか、そう言って高浪さんは肩をすくめた。

「ええ」

「ここんとこ仕事続きで疲れてるし、昼寝でもするよ」

 皮肉交じりに俺は笑う。

「俺たちは寝られませんよ」

「わかってるっての、転がってるだけだ」

 高浪さんはひらひらと手を振って和室に引っ込んだ。部屋に残された俺は一人呟く。

「寝られない、か」

 そう、俺たちは眠れない。身に悪を宿してしまったが最後、昼も夜も、安らかな眠りは訪れないのだ。


      B


 いくら不可思議な事象に巻き込まれたとしても、そんなわたしの事情など学校は露も知らない。いつも通り学校には行ったけれど、授業にはほとんど集中できなかった。

 今日はどこにも寄り道せずにまっすぐ自宅に向かう。しかし家の前に人だかりができていた。予想通り、怪物が目撃された現場としてテレビの中継や周辺住民への取材が行われていた。朝の登校の際も家の周りは今と似たような様相で、記者にでも捕まると面倒なので見つからないよう裏口から出た。まだやっているのか、と少しうんざりし、また裏口に回ろうと思ったところでふと足が止まった。

 報道を聞きつけ興味本位で見に来た野次馬や、ただテレビに映りたいだけの目立ちたがりの中に、気になる人影を見たからだ。

 暗い緑のパーカーに、ジーンズをはいた男の人。集まる人の群れには入らず、離れたところであたりをきょろきょろ見回し、家々の塀の中を覗こうと伸び上がったりしている。挙動が明らかに怪しい人だけれど、似たような行動をしている人は多少なりとも野次馬の中には居る。気になったのは、大きな黒縁眼鏡に見覚えがあったからだ。

 しばらく観察していると、その人と目が合った。うつむいて視線をそらされ、彼はそそくさとその場を後にする。

 不審な行動が気にかかる。あの人はどこか怪しい。この事件について何か知っているのかもしれない。後を追おうと思ったけれど、人ごみに紛れて見失ってしまった。ずっと突っ立っているのもどうかと思ったので、とりあえずこの日は家に帰った。


 翌朝、思い至ってテレビをつけてみると、ニュースの中継にちらりとわたしの家が映っていた。なんとなく私的生活が公開されているようで気分の悪さを感じたけど、道路に面した窓はカーテンを閉めてあるので、高性能の指向性マイクで盗聴でもされない限りそんなことは無い。しばらく見ていたけれど、少しも減らない野次馬の中に昨日のあの人はいなかった。

 再び学校から帰ると、取材と思しき人が家のインターホンを押していた。最悪のことを考えて背筋がぞくりとする。表札だけを見てはわからないが、もし女優の笹野かほが住む家だとバレたら。この事件は大きく報じられているし、また別の話題を呼んでしまうだろう。わたしの家庭事情を知る人が情報を流さなければ、心配はいらないのだけど。

 なんにせよカメラには映りたくない。いつもより離れた角で曲がり、裏口へ向かうところで人を見つけた。

 昨日見た、眼鏡の人。今日は赤いパーカーを着こみ、わたしの家を見上げていた。びっくりして立ち止まると向こうもこちらに気づき、今度は無表情のまま立ち去って行った。

 恐怖を感じるべきかもしれない。事件現場を嗅ぎまわる人間がいるのだ。でも、それよりも強く気になった。ただの好奇心では説明のつかない、心が惹かれるような……。

 次の日も、その人は現れた。こうなるといよいよ怪しさに度が増す。マスコミだってさすがに別の場所に取材の対象を移しているのに、変わらずわたしの家の周りをうろついているのだ。

 野次馬ならここまで熱心なことはしない。それに、記者にしても若すぎるのだ。数日も見ればわかってくることもある。身長はわたしとそれほど差は無いし、幼めの顔立ちから年下にさえ思える。いつもフード付きパーカーにジーンズという出で立ちで、今日は真っ黒なものを着用している。いつも持ち歩いている自分のデジタルカメラで写真を撮っておこうかと思ったけど、やめておいた。

 ちなみに今、わが身を翻ってみると、どちらが不審者かわからない。近所の住宅のコンクリート塀の陰から、彼を見張っているのだ。彼の移動に合わせてちょこちょこと隠れ場所を変えている。ストーカー容疑で通報されても仕方のないような方法で調べを進めているのだ。まあ、元が人通りの少ない住宅街なので、心配には及ばないかもしれないけど。それほどまでに、あの少年のことが気になる。

 ただ……彼はなにもしないのだ。このあたりをぼんやりと歩いているだけで、目的が掴めない。事件現場の近くだから、それにかかわりがあるのは間違いないのだろうけど。

 黒髪の後ろ頭を見ていると、突然彼が走り出した。


      A


 追いかけてきた。狙い通りだ。ある程度直進したところで、細い道を右折する。そこからは進まず、来たところから見て手前側の壁に背中をもたれさせる。

 ポケットに手を入れて待ち、数秒。

 女の子が勢いよく角を曲がってきた。気づかれないとさえ思ったが、俺を視認するとつんのめって止まった。まさか待機しているとは思わなかったのだろう、言葉も出ない彼女に向かって、如才なく笑いかける。

「こんにちは。どうかされましたか」

「えっ、あ、いえ」

 しどろもどろに誤魔化そうとする様子を楽しんでから、いきなり突っ込んだ。

「まさか女の子に後をつけてもらえるなんて、俺も人気者になったなあ」

 彼女は一瞬きょとんとしたが、俺の言ったことの意味を理解したようで顔を赤くした。

「……き、気づいてたんですか?」

「まあ、最初からね。というか、君の目に留まるように仕向けたのはこっちだから」

「?」

 訝しげに眉を寄せ、少し考える様子があってから、

「わざと目につくようにしていたんですか?どうしてそんなことを」

「君と話したかったから、かな」

 細い路の上、向かい合う彼女は警戒を解かない。

「目的は……なんですか」

 目的は既に果たされている。彼女からのコンタクトを待っていたのだ。決してこちらから接触を図ってはならない。不審がられるし話すら聞いてもらえないというリスクもある。向こうの自発的行動によって接触した場合、相手は引き際を失うのだ。懐柔には忍耐が必要である。

「知りたいことがあるのは、君も同じなんじゃないかな?」

 相手は目を見開く。いかにも訳知りのように振る舞えば、探究者の興味は簡単に惹ける。

「……はい」

 ここが核心だ。改めて彼女に向き直る。

「おそらく君が予想している通り、俺は『三日前のこと」に関連しているよ。君に真実を知る勇気があるならば、ぜひお話ししたいと思っていたんだ。……少し、付き合ってくれるかな」

 俺の急な申し出に、彼女は戸惑いながらも首を縦に振った。


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