第70話 終話
十二月に入るとイグニクェトゥアの首都クェトゥアは毎日のように雪が降っていた。
イグニクェトゥアがラ・カーム王国と戦争している理由の一つは冬でも雪が積もらない南部地方の豊かな土地が欲しいからだとも言われていた。
クェトゥアにラ・カーム王国からの使者が来訪したのは、そんな十二月初旬であった。
国家委員会宛てで和平交渉ということであった。
それまでも水面下で行われていたが、今回は話題になるだけの理由があった。
停戦を委員会が受け入れたのだ。
それも、ラ・カーム王国側は中央山地から産出される金の半年分につきイグニクェトゥアに和解金として支払うことを申し出ているということらしい。
今回の使者も手付として、その金の十分の一にあたる量を持ってきているということで、大規模補給部隊のような陣容となっている。
今回の申し出は過去に異例のものであったし、国家委員会でも相当な議論になったが、北部森林への遠征で疲弊した財政にとって願うべくもない申し出であったこともあり、最終的には五名の委員全員の賛成で受諾ということになった。
国境線の確定については、今後は実務者レベルの協議をするということで落ち着いた。
クェトゥアにいた幕僚長のカイ・ロキは副官のアクサ・シロに語りかけた。
「千年伝承という噂は本当だったのかもしれないな」
「私には分かりかねます、これで戦争が終わったのでしょうか」
「戦争は終わらんよ、人が生きている限り、ただ、区切りというものはある」
「そうですね」
「五軍の連中は頭にきているかもしれないな、今回の和平は」
「カイ様が納得されたのなら、軍部の不満は解決ではないでしょうか」
「わしは納得してないぞ、明日からまたグリフォン対策の研究員と打ち合わせだ」
「停戦ではないのですか?カイ様は和平派だと感じていました」
「もちろん、わしは終戦を望む。だが政治というものは分からん、準備だけは怠らないということだ」
「はい」
パク・ドゥーンは、妻となったユナ・キとクェトゥアの自宅でその知らせを聞いた。
「あの皇子のような気がするな」
「そうかもしれないですね、あなたの目も治ったのですから」
「だが、分からんよ、我が軍は十分すぎるほどの戦力を持っている、王国にしても同様だが、なにがきっかけになってもおかしくない」
「そうですね」
「ただ、俺の持論だが、代理戦争という考えがある」
「なんですか、それは」
「イグニクェトゥアとラ・カーム王国が直接戦うのではなく、レグニヤーローやキリスオーが戦場になり、本国では戦わないということさ」
「たしかに、それであれば本国に住んでいれば安全です、ただ、最前線にいる兵士や住民にとってはなんの変りもないのでしょうね」
「ああ、その通りだ、人間というものは救いがたい、俺が言えたものではないが」
緑軍団長ユ・ネルの下には多くの団員が集まっていた。
「なぜ、和平なのですか、そもそも、中央大陸は我々イグニクェトゥアの領地、たかが半年くらいの金で委員会はなにを考えているのだ」
「委員会のことだから、それで自分たちの老後が安泰ならいいのじゃないか」
様々な憶測と怒号にも似た声が上がっていた。
団長の見解を聞こうと、団員たちはユ・ネルの方を向いた。
「皆の考えは分かる、とにかく我々はイグニクェトゥアの空を守る使命がある、停戦であれば、この期間のうちにグリフォン対策を行おう」
「おー!」多くの団員がユ・ネルに賛同した。
ファ・ゴート、リザ・ナッシュ、ラ・プレはいつものように三人でつるんでいた。
「今回の件、どう思う」ラ・プレが可愛らしい声で聞いた。
「ダナ・カシムを殺すチャンスがなー」ファ・ゴートが物騒なことを言った。
「前回北部方面軍と真正面でぶつかったのは俺の軍だぜ、俺の部下がどれだけ死んだと思っている」リザ・ナッシュが少し興奮して言った。
「二人は反対なんだ、私はこのまま平和ならいいなって」ラ・プレが二人に言った。
『え』同時に二人が言葉を詰まらせる。
「私は回復魔法について、少し才能があったかもしれないけど、戦場で救いきれなかった兵士さん多かったんだ、そのたびにみんなが見えないところで泣いたんだよ、どうして助けられなかったのかなって、魔法ってこんなに無力なのかって」一気に話してラ・プレは涙ぐんだ。
「魔法は戦争の道具じゃなくて、もっと普通の人を治療するような、みんながあってよかったなって思えるような、そんな風に使うべきだよ」
そう言われると、ファ・ゴートもリザ・ナッシュも返す言葉がなかった。
王国歴八八五年十二月二十五日、史上初めてのラ・カーム王国とイグニクェトゥアの和平調停が実現し、両国は正式に国交が結ばれることになった。




